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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第十章 想いを遂げた者たち

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第80話 人生を建てた男

 あの予感は、消えることはなかった。


 だが作業は滞りなく進み、日々は忙しさに押し流されていった。

 木材を運び、石を積み、汗を流し、失敗しては直し、また積み上げる。

 誰もが前だけを見て、手を止めることなく働き続けた。


 ――止まれなかった、と言うべきかもしれない。


 そして、ある朝。


 気づけば、そこに城は立っていた。


 青空を背に、堂々とした姿で。

 アストレイの中心にそびえたつ城は、誰かを威圧するためのものではない。

 だが、見上げれば分かる。


 ここに国がある。

 ここに、人の営みが根を下ろした。


 そう、否応なく伝わってくる重みがあった。


 俺は城の前で足を止め、ゆっくりと息を吐いた。

 胸の奥に溜まっていたものが、少しずつ外へ流れ出ていく。


 かつての領主館とは、まるで違う。

 規模も、構えも、背負う意味も。


 ――これは、覚悟の形だ。


 逃げ場ではない。

 仮初《かりそめ》の拠点でもない。

 ここから先、この国と共に生きると選んだ者たちの、意思そのもの。


「……本当に、出来ちまったな」


 隣で、ガレオンが低く呟いた。

 戦場で何度も死線を越えてきた男の声は、珍しく柔らかい。


「城が完成したなら、次は祝いの席だな」


 ハードンが腕を組み、いつもの調子で言う。


「諸国にも知らせるべきだ。これほどの城を建てたのだ。国としての宣言にもなる」


「いいですね、それ!」


 フリシアが、ぱっと顔を輝かせる。


「お祭りにしましょう! 盛大に!」


「各地の商人も呼べば、いい交流になるでしょう」


 その輪の中で、リリラが楽しそうに手を打つ。


「共鳴で知らせれば、向こうの村の人たちにも、あっという間だよ」


 軽やかな声に、さらに空気が弾む。


「祝い事は、多いほうが楽しいでしょ? みんなで集まって、ちゃんとお祝いしようよ」


 言葉が重なり、場は一気に賑わった。

 達成感と高揚感。

 誰もが、それを隠そうともしない。


 リヴも、城を見上げていた。

 その横顔には、安堵と誇らしさが入り混じっている。


「……ここまで来たんですね」


「ああ」


 そう理解しながらも、胸の奥で、あの引っかかりが再び疼いていた。


 あまりにも、早い完成。


 振り返れば、息を整える間もなく動き続けていた。

 何かを成し遂げることだけに、急き立てられるように。


 視線は、無意識のうちに、あの男を探していた。

 止まれば壊れてしまいそうな、危うい背中を。


 ドルビだ。


 彼は、祝福の輪から少し離れた場所に立っていた。

 誰とも言葉を交わさず、ただ城を見上げている。


 その背中が――なぜか、ひどく小さく見えた。


「……?」


 違和感が、確信へと変わる。


 ドルビの肩が、かすかに震えている。


 歩み寄るにつれ、それが錯覚ではないことがはっきりした。


 彼は、泣いていた。


 無骨な職人の顔を歪め、声を殺し、城を見上げながら。

 流れる涙は、止めようともせず、頬を伝って落ちていく。


「ドルビ……」


 声をかけようとした、その瞬間。


 ふわり、と。


 彼の身体を、淡い光が包んだ。


「……っ!?」


 その光を見て、ざわめきが走る。

 誰かが息を呑み、誰かがドルビの名を呼ぶ。

 驚きと戸惑いが、一斉に広がった。


 だが――俺だけは、動揺しなかった。


 やはり、か。


 胸の奥で、静かに納得している自分がいた。


 ずっと感じていた予感が、形を持って現れたに過ぎない。


 光は、眩しさを主張するものではない。

 朝靄のように、優しく、温かい。


 ドルビは、ゆっくりと周囲を見渡した。


 そこにあるのは、完成した城と、共に作り上げてきた仲間たち。


 驚き、戸惑い、悲しみ、そして感謝。

 様々な感情が、彼に向けられている。


 やがて、俺と目が合う。


 ドルビは、穏やかに笑った。


「……ありがとな、クロム」


「……ああ」


 それ以上、言葉は要らなかった。


「もう一度、こんな立派な国と……城を建てられるとは思わなかった」


 視線を城へ戻す。


「ネクレアとして過ごした時間は、長すぎたかもしれん。だが……悪くなかった」


 その声に、悔いはない。


 未練も、恐れも。


 ふと、ドルビの視線が一点で止まる。


「……おい、ネバルド」


 名を呼ばれ、ネバルドは弾かれたように前に出た。


「し、師匠……!」


 ネバルドは涙を流し、声が上擦っている。

 ドルビは、少し困ったように笑った。


「次の建築班リーダーは、お前だ」


「……っ!」


「拒否は聞かねえ。もう決めた」


 ネバルドは、言葉を失い、ただ首を振る。


「無理です……俺には……」


「馬鹿言え」


 その声は、驚くほど優しかった。


「長すぎる人生を、ずっと歩き続けることはできねえ」


 ドルビはふっと笑う。


「俺の場合は、ネクレアとしてだったがな。人生という時間の中で、一度は立ち止まった」


 光が、わずかに強まる。


「だが、再び歩き出せた。夢を追えた。それで十分だ」


 ドルビは、ネバルドの肩に手を置いた。


「人には、終わりがある。だから必死に夢を追いかけるんだ」


「……」


「そして、いつか夢を追いかけなくてよくなるように、老いて死んでいく」


 静かな言葉。

 だからこそ、胸に深く沈み込む。


「叶えられなかった夢があれば、それに思いを馳せて、次の世代に託す」


「……師匠……」


「それでいいんだ。それが、人生だ」


 ドルビは、最後に城を見上げた。


 誇らしげに。

 満足そうに。


「……じゃあな」


 光が、ゆっくりとほどけていく。

 風に溶けるように、彼の姿は薄れ――


 やがて、完全に消えた。


 そこに残ったのは、彼が身に着けていた道具と、完成した城、そして静まり返った空気だけだった。


 誰も、すぐには動けなかった。


 涙を拭う者。

 城を見上げ続ける者。

 ただ、立ち尽くす者。


 それぞれが、それぞれの形で、ドルビとの別れを受け止めていた。


 その時だった。


 人の流れの中から、そっと離れていく人影が見えた。


「……?」


 胸の奥が、わずかにざわつく。


 俺は、無言でその背を追った。


 城の完成と、別れの余韻の中で――

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