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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第十章 想いを遂げた者たち

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第79話 象徴を築く者

 ドルビの工房は、相変わらず木材の匂いが濃かった。

 切り出された梁《はり》、削りかけの柱、壁際に立てかけられた設計途中の部材。

 作業台に並ぶ工具の一つ一つが、使い込まれた歴史を語っている。


 この国が、まだ名前すら定まらなかった滅びかけの村だった頃から、ドルビは、ここで形を与え続けてきた。


 だが、その肝心の本人は、作業台の前に立ったまま、動きを止めていた。


 工具を手にしたまま、宙を見つめている。

 焦点の合わない視線は、目の前の木材ではなく、もっと遠い何かを追っているようだった。


 声をかけなければ、しばらくそのまま固まっていそうなほどに。


「……ドルビ」


 名を呼ぶと、ほんの一拍遅れて、彼は顔を向けた。


「おう。王様か」


 口元だけが、わずかに持ち上がるが、目が笑っていない。


 ネバルドの言葉が、頭をよぎる。

 間違いなく、今のドルビは、いつもの彼ではなかった。


「少し、話せるか」


「ん? ああ、いいぞ」


 肩をすくめるようにして、工具を作業台に置く。


「どうせ今は……やる気にならん」


 自嘲気味な言葉。

 それが冗談ではないと、すぐに分かった。


 俺は一歩踏み込み、正面から彼を見る。


「最近、調子が悪いそうだな」


 ほんの一瞬、ドルビの眉が動いた。


「……ネバルドが、なんか言ったか」


「心配してた」


 短くそう答えると、彼は鼻を鳴らした。


「心配されるほどじゃねえよ。ただ……」


 ドルビは顎に手をやり、言葉を探す。

 いつもなら、設計の話でも作業の段取りでも、即座に言葉が出る男だ。

 その彼が、詰まる。


「なんつーか……こう……もぞもぞすんだよ」


「もぞもぞ?」


「おう」


 真剣な顔で、そんな曖昧《あいまい》な表現を使うものだから、思わず息を詰めた。


「アストレイをよ、ここまで作り上げちまってさ」


 ドルビは、工房の外、国の中心部がある方角へ視線を向ける。


「戦って、守って、積み上げて……気づきゃ、形になってた」


 拳を、ぎゅっと握る。


「で、だ。なんか……落ち着いちまった」


 その言葉が、工房の空気に沈んだ。


「嫌な言い方だがよ。次に何を作りゃいいのか、分かんなくなった」


 その言葉で、胸の奥で、静かに何かが鳴った。


 ああ――そうか。これは疲れではない。


 目的を果たした者が、次の一歩を見失ったときの空白だ。


 俺は、ゆっくりと息を吸った。


「ドルビ」


 視線を合わせる。


「なら、次を作ろう」


「……次?」


「城だ」


 その一言で、空気が変わった。

 ドルビの目が、わずかに見開かれる。


「城?」


「ああ」


 俺は、はっきりと頷いた。


「アストレイは国になった。ここに王もいる。民も増えた。それなのに、俺の住まいは未だに領主館のままだ」


「……」


「今までは、それでもよかった」


 だが、と続ける。


「もう違う。この国は、偶然の積み重ねじゃなくなった」


 天井を見上げ、息を整える。


「俺たちは、選んでここに立っている。なら、その覚悟を形に残すべきだ」


 視線を戻し、言葉を置くように告げた。


「だから――ドルビに依頼する。アストレイの象徴となる城を、建ててほしい」


 ドルビは、しばらく黙っていた。


 沈黙は、ほんの数秒だったはずだ。

 だが、その間に、彼の中で何かが組み上がったのが分かった。


「――はっ」


 短く、乾いた笑い。

 次の瞬間、目の色が、完全に変わった。


「城か……城、だと?」


 拳を強く握りしめる。


「いいじゃねえか……!」


 先ほどまでの、抜け殻のような気配は、どこにもない。

 近くにあった紙を引き寄せ、ペンを掴むと、勢いよく線が走り始めた。


「まずは基礎だ。土地の強度、動線、防御面……」


 ぶつぶつと独り言を呟きながら、線が増える。


「いや、王城だ。象徴もいる」


 目が、爛々《らんらん》と輝いていた。


「国の顔だぞ。妥協できるか」


 そのまま、工房の奥へ怒鳴る。


「おい、ネバルド!」


「は、はい!」


「資材の目録、全部だ! 足りねえ分は洗い出す!」


 走り去る足音。

 ドルビは止まらない。

 設計図を抱えたまま、工房の外へ飛び出す。


「忙しくなるぞ! 人手も集めろ!」


 その背中を、ネバルドが追いかけていく。

 不安ではなく、安心の表情で。


 俺は、その光景を、ただ黙って見送った。


 ◇   ◆   ◇


 城の設計は、ドルビ独りで決めるものではなかった。


 ドルビは、俺を含め、リヴ、サリア、ヴァリア、ガレオン、シグレ……アストレイの中枢を担う者たちを、工房に集めた。


「このアストレイはよ、最初から一人で作ったもんじゃねえ」


 腕を組み、俺たちをぐるりと見回す。


「戦って、支えて、悩んで……ここまで来た。なら城も同じだ。俺独りで決める気はねえ」


 短く息を吐き、続ける。


「アストレイは、みんなで作り上げてきた国だろ」


 その言葉に、場の空気が変わった。


「だから聞かせてほしい。この国の城を、どんな姿にしたいのか」


 次の瞬間、抑えていた声が一斉に溢れ出した。


「やはり守りが重要ですね。動線は単純に」


「象徴が必要だな。みんなが見上げる場所だ」


「生活導線も忘れないでください。クロム様の住まいです」


「訓練場は必須であろう」


「庭も必要よ。心が休まる場所がないと」


 みな、思い思いの言葉。


 ドルビは、それを一切遮らず、すべて書き留めていく。


 顎に手を当て、ドルビはしばらく黙り込んだ。


 視線は図面の上を行き来し、先ほど出た意見を、一つ一つ思い返しているのが分かる。


 やがて、彼は低く息を吐いた。


「……なるほどな」


 ペンを走らせ、線を引き直す。


「全部そのままじゃ、ただの寄せ集めだ。だが、噛み合うように組めば――形になる」


 意見を拾い、要らない部分を削ぎ、足りない部分を補う。

 ばらばらだった要素が、少しずつ一つの輪郭を持ち始める。


「なら、ここはこうだ」


 線が整理され、図面に流れが生まれた。


 そして、全体像が見えてきたところで、ドルビは、外観の話に踏み込んだ。


 城の姿には、シグレとツムギの故郷、ジャポニアの城郭《じょうかく》様式も取り入れる。


「異国風だが……」


 一拍置いて、頷く。


「色々混ざり合ってるアストレイなら、悪くねえ」


 ◇   ◆   ◇


 設計図が完成すると、作業は一気に動き出した。

 ドルビは、指示を飛ばしながら、自らも木材を加工する。


「おい、そこ! 角度が甘ぇ! 基礎を舐めるな!」


 威勢のいい声が、現場に響く。


 俺たちも手伝いに加わった。汗をかき、汚れながら。


 リヴは、その様子を見て、ほっと息をつく。


「……良かった。ドルビさん、元気になったみたいですね」


「ああ」


 そう答えながらも、俺は素直に笑えなかった。


 確かに、ドルビは輝いている。


 だが、その輝きが、どうにも胸に引っかかる。


 あまりにも、燃え上がりすぎている。


 まるで――ろうそくが、燃え尽きる直前に、最後の炎を上げるように。


 作業の合間、俺は彼の背中を見つめていた。


 この国は、また一歩、前へ進んだ。


 だが同時に――何かを、削りながら。


 そんな予感だけが、胸の奥に残り続けていた。

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