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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第十章 想いを遂げた者たち

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第77話 減らないもの

 中庭に残った沈黙は、重く、冷たかった。

 風に揺れる木々の葉擦れの音さえ、どこか遠い。


 俺とリヴは向かい合ったまま、言葉を失っていた。

 彼女は俯き、指先を強く握りしめている。

 その横顔はあまりにも静かで――まるで、もう結論を出してしまった人間のようだった。


 引き留めなければならない。

 そう思うのに、喉が張りついて声が出ない。


 その空気を、鋭く切り裂く声が響いた。


「――勝手に全部、終わらせないで」


 張り裂けるような声だった。


 俺も、リヴも、同時に顔を上げる。


 中庭の入口に立っていたのは、サリアだった。

 蒼い瞳は怒りに燃え、呼吸はわずかに乱れている。

 だが、その立ち姿に迷いはなかった。


「……サリア?」


 俺の呼びかけに、彼女は答えない。

 足早にこちらへ歩み寄り、リヴの前でぴたりと足を止めた。


「聞いてたわ。最初から、全部」


 空気が、凍りつく。

 リヴの肩が、目に見えて震えた。


「盗み聞きするつもりはなかった。でも……あまりにも、聞き捨てならなかった」


 サリアの声は震えている。

 それでも、一歩も退かない。


「国のため? 資格? 身を引く?」


 一語一語、噛み砕くように言葉を並べる。


「――ふざけないで」


 リヴが、はっと顔を上げた。


「サリア様……これは、私の問題です」


 静かだが、拒絶のこもった声。


「違う!」


 鋭い否定が、即座に返ってきた。


「あなたが一人で背負っていい話じゃない!」


 サリアは一歩踏み込む。


「クロムがネクロマンシーを授かって、教会に追われて、故郷を捨てた時――」


 声が、震えながらも力を増していく。


「その時、一番傍にいたのは誰よ!」


 リヴの瞳が、大きく揺れた。


「ここに辿り着くまで、支え続けたのは誰! 王になるまで、夜も昼もなく、迷いも恐れも全部受け止めてきたのは――」


 サリアは、叫んだ。


「――あんたでしょうが!!」


 中庭に、声が反響する。

 沈黙が、その後を飲み込んだ。


 リヴは、言葉を失っていた。

 唇が、かすかに震える。


「……それは……」


「それは、何?」


 サリアは一切、引かない。


「……ねえ、リヴ。私と戦ってた時、あんた何て言ったか覚えてる?」


 リヴの呼吸が、乱れる。


「あの荒野で、私が槍を向けて、全部を賭けてぶつかった時――」


 サリアの声は、怒りではなく、確かめるような強さを帯びていた。


「――『クロム様は、私を選んだ』って」


 一歩、踏み出す。


「命を賭けて、拳で、魂ごとぶつかってきて。私の全部を叩き潰してでも、そう言い切ったのは誰よ」


 リヴの唇が、強く噛みしめられる。

 サリアの言葉は俺の胸にも深く、鋭く刺さった。


「それなのに今さら、国のため? 身を引く?」


 一瞬、言葉を区切り、はっきりと告げる。


「――あの時の自分を、全否定してるって分かってる?」


 そして、容赦なく問いを突きつける。


「――あんたにとって、大切なのはどっちなのよ」


 リヴの喉が、詰まる。


「クロム? それとも、国?」


 残酷なほど、真っ直ぐな問い。


 リヴは、すぐには答えられなかった。

 視線が揺れ、指先が強く握りしめられる。


「……私は……」


 かすれた声。


「クロム様のことを、大切に思っています。心から……」


 それは、疑いようのない本音だった。


「でも……国の王である以上、未来を繋ぐ責務が……」


「だから、全部あんたが我慢するの?」


 サリアは、静かに言った。


「愛してるのに、身を引く? それが正しさ?」


 リヴは、答えられない。


 その沈黙に、サリアは一度、深く息を吸った。


 そして――驚くほど穏やかな声で、告げる。


「……だったら、私が譲る」


 俺は、息を呑んだ。


「サリア……?」


 彼女は、俺を見ない。

 真っ直ぐに、リヴだけを見つめている。


「第二夫人でいいわ」


 あまりにも、あっさりとした言葉。


「別に正妻の座が欲しくて来たわけじゃないの。国の形式も、後継も、必要なら全部受け入れるわ」


 そこで、ようやく俺を見る。


「でも、クロムの隣に立つのは……あなたよ、リヴ」


 リヴの瞳が、見開かれた。


「クロムが一番弱った時、一番汚れていた時、一番何も持っていなかった時――」


 サリアは、柔らかく微笑む。


「その全部に、あなたがいた。その事実は、何があっても消えないわ」


 胸の奥が、強く締めつけられた。

 俺は、逃げられなかった。


「……リヴ」


 声が、震える。


「俺も、言わなきゃならない」


 リヴの怯えと諦めが混じった視線が、こちらを向く。


「俺が……一番好きなのは、今も変わらずリヴだ」


 空気が、止まった。


「王になる前も、なった後も、これからも」


 言葉を、一つずつ選ぶ。


「国の未来も、責務も、確かに重い」


 それでも――


「リヴがいない未来を、正しいなんて思えない」


 リヴの目から、涙が溢れた。


「……クロム様……」


 嗚咽を堪えきれず、肩が震える。


「私……そんなふうに、想ってもらえる資格なんて……」


「ある」


 即答だった。


「あるに決まってる」


 サリアも、静かに頷く。


「ええ。あるわよ。あんたが思ってる以上にね」


 リヴは、とうとう崩れ落ちるように膝をついた。

 涙が、止まらない。声にならない声。


 長い沈黙の後、彼女は顔を上げる。

 濡れた瞳で、微笑んだ。


「……分かりました」


 小さく、けれど確かな声。


「私は……クロム様の隣に、います」


 胸の奥に溜まっていた何かが、ようやくほどけた。


 だが――


「ただし」


 リヴは、涙を拭いながら、いつもの調子を取り戻そうとする。


「国のため、お世継ぎのためにも……」


 ちらりと、俺とサリアを見る。


「夜は、クロム様とサリア様に、しっかり頑張っていただきますので」


「……は?」


 思わず、間の抜けた声が出た。

 サリアも、一瞬きょとんとし――次の瞬間、顔を赤らめながら叫ぶ。


「ちょっと! 今それ言う!?」


 中庭に、笑いと混乱が広がる。

 張りつめていた空気が、少しずつ、ほどけていった。


 愛は、奪い合うものじゃない。


 減るものでもない。


 不器用で、歪で、それでも確かに温度を持った答え。


 それが、俺たちが選び取った、愛のかたちだった。

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