表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第十章 想いを遂げた者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
82/86

第75話 同じ歩幅で

 サリアが、アストレイへ来る。


 その知らせを受け取った瞬間、胸の奥で何かが、かすかに揺れた。

 まるで、長い間沈殿していた記憶が、静かに水面へ浮かび上がってくるような感覚だった。


 驚きではなく、喜びとも、安堵とも、まだ呼べない。


 ただ、ずっと棚上げにされていた問いが、ついに現実として、こちらへ歩いてくる。

 それだけは、はっきりと分かった。


 俺とサリアは、婚約している。

 過去の話ではなく形式上、その関係は今も継続していた。


 ネクロマンシーを授かった俺が、教会によって異端と断じられ、処刑寸前まで追い詰められたあの日。


 俺は、ヴァルメイア国を捨てた。


 生きるための選択だったが、その結果として、彼女の隣に立つ資格を失ったのも、また事実だった。


 それでもサリアは、俺の問題が解決するまで婚約は保留にしてほしいと、父に願い出たという。

 立場も、将来も、不安定なままで。


 そして今、教会とヴァルメイア国は、ネクロマンシーを禁忌ではなかったと認めた。


 アストレイは独立国となり、俺は、王になった。


 避け続けていた問いが、再び現実として、俺の前に差し出される。


 サリアは、どうするのか。俺は、どう向き合うのか。


 その答えを形にするため、ヴァルメイアとアストレイの間で協議が重ねられた。

 政治的意味合いも、形式も含めた末の結論。


 サリアは、アストレイへ嫁ぐ。


 それが、正式に決まった。


 ◇   ◆   ◇


 サリアを迎える当日、空は驚くほど穏やかだった。


 館に整えられた迎賓げいひんの場は簡素だが、必要な礼はすべて揃っている。

 過剰な装飾を施すより、アストレイらしい在り方を示したかった。


 列をなして並ぶ人々の中に、ネクレアたちの姿もある。

 生者と死者が肩を並べる光景は、今やアストレイでは日常だった。


 遠くに馬車の影が見えた瞬間、ざわめきが波のように広がる。


 ゆっくりと近づき、止まると扉が開き、サリアが、降り立った。


 銀の髪に、氷のように澄んだ青い瞳。背筋を伸ばし、周囲を静かに見渡す佇まい。


 建国の時に一時とはいえ傍にいたはずなのに、こうして迎える立場になると、ほんの短い空白が、思った以上に長く感じられた。

 懐かしさが、かすかに胸をかすめる。


 彼女も、俺を見た。


 一瞬、視線が絡み、そのまま、そっと微笑んだ。


 昔には、決して見せなかった笑み。

 だが、その理由を、俺はもう知っている。


 俺は、一歩前に出た。


「……ようこそ、アストレイへ。サリア」


「ええ。久しぶりね、クロム」


 形式的な挨拶のはずなのに、言葉の奥に、積み重なった年月が滲んでいた。


 歓迎の儀は滞りなく終わり、サリアは館へと案内される。

 だが、その後に予定されていた会食は、彼女自身の希望で延期となった。


「まずは……話がしたいわ」


 その言葉に、断れる理由など、最初からなかった。


 ◇   ◆   ◇


 二人きりで向き合うのは、いつ以来だろう。


 応接室の窓から差し込む光が、床に柔らかな影を落としている。

 向かい合って座ると、自然と距離が空いた。

 先に口を開いたのは、サリアだった。


「……少し見ない間に、変わったわね」


「そう……かな」


「ええ。顔つきが。王様の顔をしているわ」


 冗談めいた口調とは裏腹に、その視線は真剣だった。


「そっちは……あまり変わらないな」


「努力はしたけど、人は簡単には、変われないわ」


 微笑みながらも、その声には確かな重みがある。


 沈黙が落ちた。

 言うべきことは、いくらでもある。

 だが、どこから手を伸ばせばいいのか分からない。


 やがて、サリアが静かに切り出した。


「……魂共鳴ソウルリンクのことは、リヴから聞いたわ」


 胸の奥が、わずかに強く脈打つ。


「リヴと戦っている間に、あなたが私の想いを……彼女の中で聞いた、と」


 その言葉に、息を呑む。


「私のことも……想っていてくれたの?」


 責める声ではない。

 確かめるような、慎重な問いだった。


「……ああ」


 否定する理由は、どこにもなかった。


 あの時、確かに想っていた。

 許嫁として、何一つ与えられなかった後悔。

 距離を置いたまま、踏み出せなかった弱さ。


 それでも、彼女の心が離れていなかったという事実。


「俺は……臆病だった」


 自然と、言葉が零れる。


「領主になる覚悟はあっても、サリアと向き合う覚悟がなかった」


 サリアは、静かに首を横に振った。


「違うわ。私が立場を考えすぎただけよ。領主の妻になる身として、あなたの足を引っ張りたくなかったの」


 穏やかな断言だった。


「今のあなたは違う。国と人を背負った上で、それでも私を迎えようとしている」


 その違いを、彼女は理解していた。


「私は……それを、誇りに思うわ」


 胸が、熱を帯びる。


「……変わったな」


「……あなたが変えたのよ」


 ふっと、笑みがこぼれた。


 思えば、昔は親が決めた関係だと思い込んでいた。


 だが今は違う。


 同じ歩幅で、隣にいたいと思える距離だ。


「サリア」


「はい」


「アストレイは、普通の国じゃない」


「知っているわ」


「生者と死者が共に生きる国だ」


「それも」


「それでも……ここで、俺と一緒に生きる覚悟はあるか」


 わずかに、俺の声が震えたが、サリアは、迷わなかった。


「あるわ」


 即答だった。


「あなたが選んだ道なら、私は隣を歩くわ」


 その言葉が、胸に深く沈む。


「……ありがとう」


 それ以上、言葉は続かなかった。


 ◇   ◆   ◇


 部屋を出ると、廊下の先にリヴが立っていた。

 こちらを見るなり、いつもの穏やかな表情を浮かべる――はずだった。


 だが、一瞬だけ。

 本当に、一瞬だけ。


 その顔に、影が差した。


 何かを悟ったような。あるいは、失うことを予感したような。


 俺とサリアを交互に見て、すぐに視線を伏せる。


「……お話は、終わりましたか」


「ああ」


 リヴは、静かに頷く。


「それなら……良かったです」


 その声は、いつも通りに感じた。

 だが、胸の奥に、かすかな引っかかりが残る。


 俺はまだ、その意味を理解していない。


 この国が、前へ進むために。

 そして、俺自身が選び取った未来のために。


 避けては通れない感情が、確かに存在することを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ