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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第十章 想いを遂げた者たち

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第73話 戦わない戦場

 国家承認式の翌日。

 アストレイの町は、まだ祭りの余韻の中にあった。


 通りには色鮮やかな布が残され、昨夜の名残の花びらが石畳の隙間に散っている。

 露店はいつもより多く並び、酒の匂いと焼き菓子の甘い香りが混じり合って、空気そのものが浮き立っていた。


 笑い声、乾杯の声、楽器の音。


 人々はまだ、未来を祝っている。


 独立国を祝う熱は、一夜で冷めるほど軽いものではなかったらしい。

 それは、この町が背負ってきた不安と抑圧の裏返しでもあったのだろう。


 ――本当に、国になったのだ。


 その実感を、窓の外の喧騒が嫌というほど突きつけてくる。


 だが、俺は、その音から切り離された場所にいた。


 執務室机に向かい、書類の山を前にして、深く息を吐く。

 吐いた分だけ、覚悟を吸い直すように。


 館の窓の外から聞こえてくるのは、町の音。

 人々が歌い、飲み、笑い合い、未来を語っている声。


 それらが重なり合って、確かにここが『国』になったのだと実感させてくる。


 ……だが。


「終わらないな」


 思わず、声が漏れた。


 俺の視界にあるのは、祝祭とは無縁の現実だった。

 文字と数字、判子の押されていない紙束。

 そして、その一枚一枚にぶら下がる人の人生。


 独立を祝う喧騒は、まだ続いている。

 だが、アストレイにとっての『明日』は、もう始まっている。


 机の上には、未処理の案件が山積みになっていた。


 国庫管理の報告書。暫定法案の草稿。治安維持の配置計画。住民からの陳情書。


 どれも、後回しにできないものばかりだ。


 戦場では、剣を振るえば答えが返ってきた。

 敵か、味方か。生きるか、死ぬか。


 だが、今は違う。


 答えはすぐに返ってこない。

 しかも、どれを選んでも、誰かが不満を抱く。


 ――戦うより、決め続ける方が重い。


 そんな言葉が、胸の奥に沈んでいく。

 剣を握るよりも、書類に判を押す方が、よほど腕が震えた。


 ふと視線を上げると、執務室の隅でネクレアたちが、せわしなく動いていた。


 書類を運ぶ者。地図を広げ、治安配置を検討する者。住民の話を聞きに行く準備をしている者。


 彼らは皆、かつて命を落とした存在だ。

 それでもなお、この国のために働いてくれている。


 便利だから使っているわけじゃない。

 彼ら自身が、この場所に意味を見つけたからだ。


「クロム様、次はこれを確認してください」


 声をかけてきたネクレアの表情に、疲れの色はなかった。

 眠りも休息も必要としない存在だからこそ、動きは淀みなく、佇まいも静かだ。


 それでも――その目には、確かな意思が宿っている。


 やるべきことを理解し、自らの役割を選んでいる者の目だった。


 名を呼ばれるたびに思う。


 この国は、生者だけのものじゃないと。


 書類を受け取りながら、俺は小さく頷いた。


「分かった。すぐ見る」


 俺の一言が、命令にも、約束にもなる。

 それが、王という立場なのだと、ようやく実感し始めていた。


 ――国になった。


 その事実は、もう疑いようがない。


 だが同時に、逃げ場もなくなった。


 ◇   ◆   ◇


 昼から、住民の陳情を受ける時間が始まった。


 農地の境界問題、水路の修復要請、流れ着いた孤児の保護について。


 一人一人の話は小さく見えるが、放置すれば必ず歪みになる。


 話を聞きながら、俺は何度も頷き、時に言葉を選ぶ。


 簡単な答えは、どこにもない。


 誰かを切り捨てれば、楽になる。

 だが、それは王として一番やってはいけない選択だ。


 夕方を過ぎても、列は途切れなかった。

 気づけば、喉の渇きすら意識の外に追いやられていた。


「クロム様」


 柔らかな声が、思考を引き戻す。


 リヴだった。


 彼女は静かに近づき、湯気の立つ杯を差し出してくる。


「少し休んでください。顔色が良くないです」

「……ありがとう」


 受け取った杯の温かさが、手のひらから胸へと伝わる。

 ほんの一瞬、張り詰めていたものが緩んだ。


 リヴは、城内の調整やネクレアたちの統率も担ってくれている。

 表に出ることは少ないが、彼女がいなければ、この国はとっくに回らなくなっていただろう。


「国になった実感、でてきましたか?」


 不意の問いに、俺は言葉を探した。


「……あるよ。嫌というほど」


 肩にのしかかる重さが、そのまま答えになった。


 リヴは小さく笑う。


「そうですか。なら、ちゃんと王様としての自覚も出てきたという事ですね」


 その言葉に、少しだけ救われた気がした。


 ◇   ◆   ◇


 翌日は、治安関係の会議だった。


 力だけではなく、住民との距離感も考えなければならない。


 力の強さは、秩序を作らない。信頼だけが、街を静かに保つ。


 それを理解させるために、何度も言葉を尽くした。


 夕方、ようやく一息ついた頃、窓の外では、子どもたちが追いかけっこをしている。


 住民たちがそれを見守り、時折声をかけている。


 その光景が、胸の奥を温かくした。

 守りたいものが、そこにあった。


 だからこそ、責任が重い。


 日が沈み始め、執務室に再び静けさが戻る。


 机の上を見下ろし、俺は苦笑した。


「……まだ半分か」


 書類の山は、確かに減っている。

 だが、なくなってはいない。


 国を動かすというのは、こういうことだ。


 終わりはない。区切りもない。


 ただ、明日へ繋げるために、決め続ける。


 戦いのない日々は、楽だと思っていた。

 だが実際は、別の重さがある。


 それでも、この重さを、投げ出したくはなかった。


 ◇   ◆   ◇


 夜、館の灯りが一つずつ消えていく。


 最後まで残っていたネクレアたちが、静かに頭を下げる。


「本日は、これで」


「ああ。ありがとう」


 彼らが去ったあと、俺は椅子に深く身を沈めた。


 静寂の中で、胸の鼓動だけがはっきりと聞こえる。


 国になった実感、そして、王であるという現実。


 どちらも、確かにここにある。


「……始まったな」


 誰に言うでもなく、呟く。


 アストレイ国の、日常が。


 剣を置いた、その先の戦いが。


 机の上に残った書類を、もう一度手に取る。


 明日も、仕事は終わらない。


 だが――それでいい。


 これは、俺が選んだ道だ。


 戦うためではなく、守り続けるための。


 こうしてアストレイ国は静かに幕を開けた。

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