第肆話 愛に差し込む光
「おい……あれが噂の……」
「ああ、死者の傭兵団だ。よくもまあ、平気な顔して歩けるぜ……」
石畳に貼り付くようなひそひそ声が、肌にまとわりつく。
視線は避けようとしても刺さってくる。
だが私は、ほんのわずか眉を動かしただけだった。
慣れてしまったのだ。
私は今日も死者たちを率いて歩く。彼らは私の後ろを無言でついてくる。その足取りは、かつて生きていた頃よりも落ち着いてすらいた。
死者の傭兵団。今の私が生きる唯一の場所。
ヴァルメイアの各地で行方不明者が続出し、その影にひとりの女が関わっているという噂が、静かに広まりはじめたのだ。既にヴァルメイアにはいられなくなった。
私は逃げる様に、ヴァルメイアの北の農業国ナクロアへと辿り着いた。
肥沃な大地が広がり、風が冷たくても大地はたしかに息づいている国。
だが、その温かい大地に私が救われることはなかった。
私はただ、生きるために死者たちを動かし、依頼をこなしていった。
ヴァルメイアからの追っ手は返り討ちにし、死者として傭兵団に加えた。
寂しいと感じない自分に気づいたのは、いつの頃だろう。
孤独にひび割れた心に触れてくれるのは、死者だけだった。
微笑みかければぎこちなく頬を吊り上げ、命じれば忠実に従う。
愛を注げば注ぐほど返ってくる従順さ。
──けれど、それが偽物だと私は知っている。
チェイナードのような温もりはない。ルナリオのような純粋さもない。
それでも、私はそれで十分だと自分に言い聞かせ続けていた。
……あの日までは。
◇ ◆ ◇
光の粒が揺れた。雪解け水の反射のように淡い輝きが、視界に差し込む。
そこに彼がいた。陽だまりの中に凛と立つ青年。深い色の外套が冷たい風に揺れ、鍛えられた体躯の影が足元に落ちる。まっすぐな眼差しには、確かな強さと、ほんのわずかな脆さが宿っていた。
胸の奥がきゅう、と縮む。
「……第二王子殿下が、直々に?」
従者の説明を聞きながら、私は心のどこかがざわつくのを抑えられなかった。
王族が私たちに依頼するなどありえない。そんな常識よりも、私は別のことで頭がいっぱいだった。
彼が、こちらを見ている。
偶然でも、敵意でも、興味本位でもない。
ただ私という存在を見つめていた。
目が合った瞬間、心臓が痛いほど跳ねる。
──まさか。
「あなたが、死者の傭兵団の団長……メルクアだね」
第二王子のアルドレイン殿下は、穏やかな歩調で私の前へ来た。
見下すのでも、値踏みするでもなく、ただ確かめるように視線を落とす。
「はい。私が団長のメルクアです。ご依頼の詳しい内容を伺えますか」
声が震えなかったのは奇跡だ。けれど内心は荒れ狂う嵐だった。
どうして私は、こんなにも動揺している?
死者ばかり愛してきた。本物の愛など、もはや持ち合わせていないはずだった。
アルドレイン殿下は私の目の前で立ち止まり、ほんの一歩だけ距離を詰めた。
風が彼の髪を揺らし、草木を思わせる淡い香りが胸へ染みていく。
「隣国との国境付近で魔物が大量発生している。……力を貸してほしい」
声は澄んでいた。なのにその奥には、民を思う強い想いがあった。
──その想いが、心を締めつけた。
私はひとつ息を吸い、問う。
「……どうして私に? 私のような存在に依頼するのはありえません。その理由を、知りたいのです」
自分でも驚くほど、言葉が震えていた。
本当は聞く必要などない。依頼を受けるだけで良かったはずだ。
数秒の静寂のあと、彼は答えた。
「……あなたなら、救えると思ったんだ」
心臓が、跳ねる。
その声は優しく、まるで凍りついた胸の内側へと入り込んでくるようだった。
「死者でも、生者でも……あなたは見捨てない目をしている」
目が、熱くなるのを感じた。
そんな言葉を、いつ以来聞いただろう。
私が誰かを救える?
「……殿下。私の力は救いの力ではありません。死者を増やすだけの呪いです」
「それでもいい。……それでも、私はあなたに頼みたい」
迷いのない瞳。そのまっすぐさは、刃よりも鋭く胸に刺さる。
喉が熱い。呼吸が苦しい。
忘れたふりをしていた心の痛みが、ゆっくりと蘇る。
──私は、また誰かを愛してしまうの?
恐怖と期待が入り混じり、胸が蠢く。
だがもし。もし、もう一度だけ許されるのなら。
私は深く頭を垂れた。
「……承知いたしました。王子殿下のために、この命、すべて捧げましょう」
その瞬間、胸の奥で死んでいた何かが、はっきりと動いた。
死者ではない。蘇らせた人形ではない。
私を震わせる、生きた人。
どれほど恐ろしいことか理解している。
愛した人を失う痛みを、私は誰より知っている。
それでも──もう二度と、この人だけは失いたくない。
狂気に近い願いだ。だが消すことはできなかった。
アルドレイン殿下は微笑んだ。
「ありがとう。……君に頼んでよかった」
ああ、その言葉が、どれほど私を救ったことか。
胸が熱くて、痛くて、張り裂けそうだった。
私は悟った。
孤独ではなかったのだと。
彼を見た瞬間、ずっと眠っていた『私』が息を吹き返したのだ。
──ようやく、私に光が差し込んだ。




