第壱話 愛が呼び戻したもの
私の名はメルクア。ヴァルメイアの第一王女。
今日は、私の十五歳の誕生日。
創造神オルタリウス様よりスキルを授かる、人生で一度きりの、決してやり直せない儀式の日。
緋色の絨毯が敷かれた礼拝堂は、静寂に満ちている。
高い天井から差し込む陽光が、染色ガラスを透かして七色の模様を床に描いていた。
その光が、まるでこの瞬間を、オルタリウス様が見守っている様に感じられ、胸が痛いほどに高鳴った。
今日こそ、私は証明する。お父様に――ヴァルメイアに。
私は『価値ある娘』なのだと。
「メルクア様、目を閉じてください」
司祭が静かに告げ、私の額へ手をかざした。古い祝詞が紡がれ、空気が震えた。光の粒が舞い、胸の奥に熱が刻まれる。
これが、私のスキル。
息を呑む。手が震える。私は、どんな力を与えられたのだろう。父上の隣に立つに相応しい、誇り高い力であってほしい――そう祈った。
「……では、鑑定いたします」
司祭は私のスキルを覗き込み――表情を凍りつかせた。その一瞬の変化を、私は見逃さなかった。
「メルクア様……なんという……これは……」
背筋に冷たいものが走った。
「どうか、早く教えてください」
声は震えていた。嫌な予感が膨らみ、胸の奥が締めつけられる。
司祭は唇を固く結んだまま、苦しげに告げた。
「スキル名は【ネクロマンシー】……死者を蘇らせ、操る力のようです」
礼拝堂の空気が一瞬で凍りついた。司祭の声が震えている。
死者を蘇らせ、操る――そんな汚らわしい力を、私が……?
「そ……そんなはず……」
こぼれた声は、自分のものとは思えないほど弱かった。司祭は目を伏せる。
「恐ろしい力です。決して、人前で使ってはなりません……」
その言葉が胸の奥でざらりと響く。
成人の儀は形式通りに終わったが、祝福の言葉はどれも薄かった。
お父様は遠巻きに私を見ていただけで、近寄ってくることすらしない。
ああ――嫌われたのだろうか。私は、お父様に認められたかっただけなのに。
◇ ◆ ◇
儀式を終えた私は、気づけば足が勝手に教会の地下へ向かっていた。そこには安置された死体が並んでいる。
今日、ネクロマンシーというスキルを授かった私が、どうしても行ってみたい場所だ。
「メルクア様、いけません。どうか――」
止めようとした執事や神官たちも、私の命令には逆らえず道を開けた。
選んだのは、流行り病で亡くなったばかりだという若い女性の遺体。
「ごめんなさい……でも、どうしても証明しなければならないの」
私はそっと手を伸ばし、胸の奥の力を呼び覚ます。闇のように重い魔力が手を包み、空気を沈ませた。
「……お願い。戻ってきて」
しかし彼女は動かない。まつ毛ひとつ震えず、そのまま。――何度試しても結果は同じだった。
他の遺体にも試した。男も女も、若者も老人も。
誰ひとり、応えなかった。
「どうして……どうしてなの……?」
私が間違っているのか。この力が間違っているのか。
それとも――私は世界に必要とされていないのだろうか。
「……いやだ……」
喉が締めつけられ、涙が床に落ちた。お父様に認められたかった。その願いが、胸の奥でひび割れていく。
◇ ◆ ◇
教会での儀式を終え、重い沈黙をまとったまま王城の回廊を歩いていた。隣には、ずっと黙して寄り添う執事のチェイナードの姿があった。
「……メルクア様。どうか……今夜は、ご自身を責めすぎませんよう」
低い声が、石壁に柔らかく反響する。
彼は執事であり護衛であり――そして私が密かに想いを寄せる人だった。私の幼いころから側にいて、私の弱さも、強がりも、誰より深く知っている。
主人と執事としては許されぬ想い。それでも私は、彼の手の温もりに何度救われたか分からない。
……だからなのだろうか。オルタリウス様は、私に罪を授けられたのではないか。そんな考えが一瞬、胸をかすめた。
部屋の前へたどり着いたとき、チェイナードがそっと視線を落とす。
「今夜は、どうかお休みください。闇は……思考を深めすぎます」
わかっている。わかっているのに――
彼に慰められても、胸の奥の孤独は消えない。冷たい空気が肌を刺し、黒い影が心に沈んでいく。
◇ ◆ ◇
城では私のスキルに関して緘口令が敷かれたらしい。
当然だ。ネクロマンシーなんて言う死の力を授かったなんて外へ漏れれば――王国の名に、深い汚れを刻むことになる。
教会も公には言わぬが、その視線に宿る忌避は隠しようがなかった。
だからだろう。私はいつしか、自室へ閉じこもるようになった。誰に命じられたわけでもない。ただ、外に出るのが怖くなった。
そんな私が唯一足を運ぶ場所がある。部屋を出て、長い廊下を抜けた先――庭の隅にひっそりと佇む、小さなお墓だ。
そこには、五歳の誕生日にお母様が贈ってくれた愛犬――ルナリオが眠っている。
「ルナリオ……会いたいよ……」
私は小さな墓の前に膝をついた。手を合わせると、胸の奥から黒い霧が溢れ出した。
霧は墓へ吸い込まれ――そして、土がゆっくりと盛り上がった。
「……ワン?」
聞き慣れた声が、夜風を震わせた。顔を上げると、そこには亡くなった頃のままのルナリオが立っていた。生前と同じ、澄んだ瞳で。
「え……どうして……?」
ルナリオは近づき、私の手に鼻先を押し当てた。尻尾を嬉しそうに振りながら。
私は震える手で抱きしめた。温もりがあった。死んだときよりも、少しだけ力強い身体。
胸の奥の力が、かすかに光った。
「……そう。私を愛し、私に愛された者だけが……応えてくれるのね」
自然と、言葉がこぼれた。
恐ろしい力なんかじゃない。
これは――愛の力だ。
ルナリオが尻尾を振るたび、胸の裂け目に温かな光が差し込んでいく。私はその光を必死につかんだ。それだけが、今の私を支える唯一のものだった。
そして、この時の私はまだ知らなかった。
この小さな命が私を救ったこの瞬間から――私はゆっくりと、戻れない道へ踏み出していたということを。




