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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第九章 真実を背負う者たち

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第71話 歴史が軋む音

 セラが真実を告げたあの日から、まだ数日しか経っていない。

 それなのに、世界は静かに、しかし確実に形を変え始めていた。


 何かが壊れる時というのは、いつも音もなく始まる。

 だが、今回は違った。

 はっきりと、耳に届くほどの音を立てていた。


 オルタリア大陸――その中心に位置する巨大な教会都市。

 かつては聖典と鐘の音だけが支配していたその街が、いまは喧噪に包まれているという。

 渡り鳥のように噂は空を越え、海を越え、やがてヒュマリア大陸にまで流れ着いた。


 ネクロマンシーは、禁忌ではなかった。

 神に拒まれた力などでは、最初からなかった。


 禁じたのは神ではない。

 人間だった。


 五百年前。

 ヴァルメイア王家が犯した罪。

 それを覆い隠すために、教会が作り上げた偽りの禁忌。


 たった一つの嘘のために、世界は長いあいだ真実を知らされなかった。

 死を扱う力は神に拒まれたものだと信じ込まされ、人々は疑うことすら許されなかった。


 その歪みは、命を奪うよりも静かに、しかし深く、世界の在り方そのものを蝕んでいた。


 その真実は、あまりにも重く、そして――残酷だった。


 セラが調べ上げた記録と証拠は、教会だけに留められることなく、世界中へと送られた。

 特定の組織に握り潰されぬよう、意図的に、あらゆる国と都市、学術機関と個人の研究者へ。


 それを受け、各大陸の学者たちが過去の文献や封印された史料を洗い直し始めている。

 五百年前の出来事だけではない。

 同様の隠蔽が、他にも存在しなかったのか。

 歴史の影に葬られた事実が、まだ眠ってはいないか。


 表に出たのは、ほんの皮切りにすぎない。

 これから先、世界はさらに多くの嘘と向き合うことになるだろう。


 風が変わる音が、はっきりと聞こえる。

 長く澱んでいた空気が、ようやく動き出した感覚だった。


 ◇   ◆   ◇


『オルタリア大陸では、未だ混乱が続いている』


『ヴァルメイア王都では、王家に説明を求める民衆が宮廷前に集結』


『教会は公式声明を出さぬまま沈黙。複数の高位司祭が責任の所在を巡って対立』


 商人や旅人たちがもたらす情報は、どれも騒然としていた。

 中には、興奮を隠しきれず、声を震わせながら語る者もいる。


「聞いたか? 王都じゃ、夜通し人が引かねえらしいぞ」


「教会が終わったって、酒場じゃ皆が言ってる」


「五百年も騙してたんだ。信じてた方が馬鹿だったって話だ」


 その言葉の一つ一つが、胸の奥に沈んでいく。


 怒りでも、喜びでもない。

 ただ、時代が大きくずれ落ちていく感覚。


 ――本当に、変わり始めている。


 聖典の言葉は絶対で、教会の定める禁忌は神の意思だと疑いもしなかった世界。

 その巨大な塔が、根元から音を立てて崩れていく。


 ある日突然、真実が暴かれた。

 その衝撃は、きっと世界中に響いたはずだ。


 ◇   ◆   ◇


 一方、アストレイは不思議なほど静かだった。


 嵐の中心にいるからこそ、音が消える。

 そんな錯覚を覚えるほどに。


 セラが突きつけた真実が、すべてを変えた。


 禁忌の正体が人為的な偽装であったこと。

 五百年前のヴァルメイア王家の横暴。

 そして、それに教会が深く関わっていたという事実。


 この報を受け、ヒュマリア大陸では急遽、三国会議が開かれた。

 ヴァルメイア、ギルディア、バルドリア。

 それぞれが、これからの在り方を問われる立場に立たされたのだ。


 三国会議の前に訪れたヴァルメイアの使者は、言葉少なだった。

 沈黙ののち、ようやく絞り出すように告げた謝罪。


「……我が国の、過去の王家の行い。重ねて、お詫び申し上げる」


 あれは、形式だけの言葉ではなかった。

 長い沈黙と、積み重なった後悔の果てに生まれた声だった。


 そして今日。


 すべての結論が、ここで示される。


 ◇   ◆   ◇


 俺は領主館で、その報告を待っていた。


 気づけば、皆が自然と集まっていた。

 誰もが落ち着かず、だが席を立つこともできず、ただその時を待っている。


 椅子に腰を下ろす俺の隣には、リヴが控えていた。

 彼女の存在だけが、わずかに心を落ち着かせてくれる。


 手のひらがじんわりと汗ばんでいる。

 緊張しているのだと、今さら自覚した。


 やがて、領主館の前に馬車が止まる音がした。見覚えのある、いつもの馬車。

 扉が開き、降りてきたのは――


「クロム様、お待たせしました」


 いつもと変わらぬ調子で現れたラセルだった。


「領主自ら来てくれるとはな」


「それほど重要な決定だった、ということです」


 そう言って、彼は鞄から一通の封書を取り出す。

 封を切り、深く息を吸い込むと、澄んだ声で読み上げた。


「……これよりアストレイは、独立国として扱う」


 一瞬、音が消えた。


 言葉が、空気を切り裂くように部屋に響き渡る。


 ざわめきが遅れて押し寄せる。誰かが息を呑み、誰かが声を漏らした。


「……本当に、国になってしまったのか」


 自分の口から出た言葉が、ひどく頼りなかった。


 現実感が、まるで追いつかない。


「アストレイはネクロスに対抗し得る存在であり、アンデッドを管理できる可能性を持つ。ならば排除するのではなく、新たな友好国として迎え入れるべきだ……兄上やバハドール王は、そう主張されていました」


 ラセルの声は、どこか誇らしげだった。


 リヴが小さく息をのむ。

 コーハは、信じられないものを見るように口を開けていた。


「独立国って……」


「僕たちが……国民?」


「いや、急すぎるだろ……」


 混乱が広がる中、ラセルが続けようとした。


「そして、アストレイの代表者クロム様を――」


「ちょっと待ってくれ!」


 思わず声を張り上げていた。

 本能が、続きを拒んだ。


「独立国とか……そんな……俺はただ、アストレイを守りたかっただけで……」


 喉が震える。

 本心だった。


 王になりたかったわけじゃない。

 歴史に名を残したかったわけでもない。


 それでも、仲間たちは首を振った。


「クロムさんがいたから、ここまで来れたんです」


「あんた以外に、誰がいるってんだ」


 フリシアが胸に手を当て、静かに言う。


「クロムさんなら……きっと、いい国にしてくれます」


 リヴが微笑み、まっすぐにうなずいた。


「クロム様なら、大丈夫です」


 言葉が出なかった。


 こんなにも信じられていることが、嬉しくて、怖かった。

 逃げられない場所に立たされたのだと、ようやく理解する。


 不安も、恐れも、迷いも、すべて胸の中にある。


 それでも――


 守りたいという気持ちだけは、最初から変わっていない。


 俺は、ゆっくりと息を吸った。

 

 新しい風を、胸いっぱいに感じながら。


「……わかった。俺でよければ、このアストレイの国王となる」


 その瞬間、確かに世界が、次の段階へ進んだ音がした。

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