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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第九章 真実を背負う者たち

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第68話 真実へ至る翼

 聖域の光が揺れていた。

 ざわめく騎士の影を飲み込み、世界そのものを塗り替えてしまうような強烈な光だ。

 その中心へ――白い翼を広げたセラが、羽根のひとひらすら散らさぬ静けさで降り立った。

 空気が張り詰め、戦場にいる誰もが息を殺した。剣を構えていた者たちですら、その姿を前に動きを止める。


 それほどまでに、彼女は異質で、神話的で、現実離れしていた。


 ざわめく騎士たちの声が遠い。

 胸の鼓動だけがやけにうるさく響いて、自分の身体が自分のものじゃないみたいだった。


 セラは静かに立つ。

 風にほどけた白金の髪が聖域の光を弾き、淡い虹のような光沢をまとって揺れた。

 その姿を見るだけで、胸の奥が熱くなる。


 だけど同時に、ひどく遠い存在になってしまったような、そんな不可思議な距離も感じた。


 そして、そんなセラを真っ直ぐ見据えたのは――ノクティアだった。


 離れていても分かる。

 彼女の苛立ちと動揺は、針のように肌に刺さるほど露骨だった。


「……セラ。あなた、私の邪魔をしに来たの?」


 次期聖女候補としての威圧を纏った声。

 だがそこには、余裕というものが欠片ほどもなかった。


 セラは風で揺れる髪をそっと抑え、微笑んだ。

 その微笑みは毅然としながらも、どこか哀しげな色を帯びていた。


「邪魔をしに、ではありません。……ただ、放っておけなかっただけです」


 放っておけない――

 その言葉の響きが胸の内側をわずかに震わせる。


 ノクティアの目が細くなった。

 その瞳に、ほんの一瞬だけ揺らぎが走る。


「……どういう意味?」


 俺は二人の間に視線を往復させ、一歩踏み出す。


「セラ……どうしてここへ? オルタリアに行ったんじゃ……」


 セラは俺の名前を呼ぶ代わりに、そっと視線を重ねてきた。

 その瞳には夜明け前の蒼のように、濃い決意が宿っていた。


「オルタリアに戻ったあと、私は……アストレイの噂を耳にしました」


 騎士たちの息が止まる。


「『死者を操る怪物が再び生まれた』……『ヒュマリア大陸を滅ぼそうとしている』……」


 胸の奥で、刺さっていた棘が疼いた。


 噂が刃となって広がっていることは知っていたつもりだったが――セラの口から聞くと、それは現実の冷たさを帯びて突き刺さってきた。


「でも私は、知っています。クロムさんがどんな人なのか」


 セラの声は震えていなかった。

 静かで、強くて、優しかった。


「そして……あのとき見た力がどれほど優しかったかも」


 その言葉に心臓が跳ねた。

 逃げたくなるような、けれど逃げたくない、そんな感情が胸を締めつける。


「だから、どうしても信じられなかったのです」


 一度だけ息を吸い、セラは言葉を続ける。


「クロムさん……私、どうしても知りたかったのです」


 声が少しだけ揺れた。

 けれどそれは恐れではなく、覚悟が重すぎるがゆえの揺れだった。


「私が知りたかったのは――なぜ神がネクロマンシーを禁忌にされたのか。その理由です。過去に何が起き、なぜ禁忌と定めたのか。そこにこそ、真実が隠れていると感じたのです」


 ノクティアが眉を吊り上げる。


「セラ……あなたの立場で、禁忌の真相を探るなんて――」


「その禁忌が、本当に正しいと思いますか? ノクティア」


 セラは一歩も引かない目でノクティアを見返した。


「『神が禁じた』と書かれているからといって、それが本当に正しいとは限りません。だから私は……禁忌になった理由を辿ったのです」


 セラの声は静かだった。

 だが、空気が震えた。


「私は、ただ従うだけの聖女になるつもりはありません」


 その言葉はナイフのように鋭く、ノクティアの胸に突き刺さった。


 セラは小さく息を吸い、語り始めた。


「オルタリアの図書院で、教会の文献を隅々まで読みました。けれど……どうしても腑に落ちない部分があったのです」


 俺は息を呑む。

 彼女が真剣に何かを追っていたことは、声の熱だけでも伝わってくる。


「禁忌の記述は……五百年前から急に現れています」


「五百年前……」


 その数字が耳に触れた瞬間、胸の奥で古い伝承がかすかに揺れた。

 五百年前といえば――死の国ネクロスを生んだネクロマンサー、死の女王。

 昔話のように語られる悲劇。


 セラは小さく頷き、言葉をつむぐ。


「それまで、ネクロマンシーという言葉すら、文献に登場しなかった。それなのに五百年前から突然、『神によって禁じられた絶対悪』として記録が溢れ出したのです」


 ノクティアの表情が初めて揺れた。


 風が草を揺らす。

 だがそのわずかな音さえ、誰も意識していなかった。


「五百年前に何があったのか。オルタリアだけでなく、すべての歴史書を照らし合わせたとき、ようやく全てが繋がったのです」


 セラは聖域の光に照らされながら、静かに告げた。


「その年代で最も大きな出来事……それは、ヒュマリア大陸のある王国の滅亡」


 遠い記録の断片が戦場の空気に混ざるようにして語られた。


「その滅亡をきっかけとして、ヒュマリア大陸……いえ、ヴァルメイアでの教会の権威が急速に強まっていきました。その直後から、禁忌に関する記述が一斉に増えているのです」


 ノクティアが何かを言いかけて口を開く。

 だが次の言葉が出てこない。


「辻褄が合わないのです。神が五百年前に突然、ネクロマンシーを禁じた。その理屈が、どこにもないのです」


 セラの声は静かで、それゆえに重かった。


「歴史を遡れば、国が滅びた例などいくらでもあります。千年前も、七百年前も……戦乱や災厄の陰には、必ずといっていいほど強大で危険なスキルが関わっていました。――いくつもの国がそれらに巻き込まれ、姿を消していった」


 セラの声は淡々としていたが、その奥に沈む怒りの温度が伝わる。


「それでも、神は一度たりとも禁忌を定めなかった。どれほど悲劇が繰り返されても、です。ただ一つ……五百年前に現れたネクロマンシーだけが、例外のように切り捨てられたのです」


「じゃあ……禁忌って……」


 喉が乾く音が自分で聞こえるようだった。


 セラは顔を上げ、まっすぐに俺を見た。


 その瞳はまったく揺れていなかった。


「神が禁じたんじゃありません……人が禁じたんです」

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