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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第九章 真実を背負う者たち

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第67話 天より降る救済

 聖域の光は、戦場をじわじわと焼き尽くす朝日にも似ていた。

 美しく、逃れようもなく、命の輪郭さえ奪い去っていく。


 世界そのものが淡い金色の牢獄となり、そこに閉じ込められた俺たちの力を吸い取っていくようだった。

 ネクレアたちの身体から力が抜け落ちていく音が、皮膚の裏側で震えるほど鮮やかに感じられた。


「くっ……腐敗領域!」


 吠えるような叫びとともに、コーハの体から黒紫の霧が溢れ、地面を走り、騎士たちの光の盾へと食らいつく。

 しかし触れた瞬間、世界をはじくような透き通った音が響き、腐敗の霧はあっけなく霧散した。


「効かない……っ!? やっぱりいつもより……力が……」


 かすれた声。歯を食いしばるその横顔が痛いほど苦悶に染まっている。

 震える肩を見ただけで、俺の胸の奥がざらりと逆撫でされた。


 ネクレアたちの動きも明らかに鈍っていた。

 リヴでさえ、いつもは十数人を相手にして余裕そうにしているのに、今は十人と拳を交えるだけで息が乱れている。

 シグレもまた、十人に囲まれ、乾いた斬撃の音を何度も浴びながら、かろうじて刀を返す有様だった。


「リヴ、シグレ、下がれ!」


「下がれません……クロム殿を……必ず……!」


 ヴァリアさんが張った結界は、砕ける寸前のガラスのように高い音を立てて軋む。

 その向こうでは聖騎士たちの光刃が幾筋も振りかざされていた。


「あああぁ……っ!」


 ネクレアの一人が光を浴び、地面に崩れ落ちる。

 光が彼らの身体から生命を吸い上げるようだった。

 

 そして――一人の騎士が、ネクレアたちを踏み越え、俺の元へまっすぐ走ってきた。

 幼いころ、領主となるために握らされた剣。

 今は、手の中の鉄の冷たさだけが、自分の存在を支えている気がした。


「来いよ……!」


 騎士の刃を受け止める。

 衝突の瞬間、腕が焼けるように痺れ、骨の芯まで震えが走った。


 幼いころから剣の稽古はしてきたつもりだ。


 それでも――本物の戦場で鍛えられた騎士の刃圧は、想像していた世界の外側にあった。


 押し返せない。


 金属が跳ねる甲高い音がして、俺の剣は弾き飛ばされた。

 視界の端で、くるくると空を回りながら落ちていく。


 まずい――


 騎士の眼光が細まり、光刃がまっすぐ俺の喉元へ迫った。


 終わる。


 そう悟った一瞬――


 どごッ!


 肉が殴られる鈍い音がし、騎士の身体が横に吹き飛ぶ。


 俺の前に影が立ちはだかっていた。

 荒く息を吐き、自分のものか相手のものかわからない、血塗れの拳を握ったハードンだった。


「クロム! こんなとこでやられてんじゃねぇよ!」


 怒鳴り声というより、胸の底から絞り出した吠えだった。

 その背中は震えているのに、まるで巨大な壁のように俺の前に立っていた。


「ハードン……!」


「お前が倒れたら、誰がアストレイを指揮するんだよ! いつまでもネクレアたちに守られてばっかでいられっか! 俺たち人間だって……やれるんだよ!」


 俺はずっと、みんなを守るために戦っていたつもりだった。


 だがハードンの言葉は、胸の奥に突き刺さり、気づかないふりをしていた事実を暴き出した。


 守っているようで――本当は守られてばかりだったのかもしれないと。


「ヴァリアさん! 援護します!」


 フリシアが両手を広げる。一陣の冷気が渦を巻き、地面が一瞬で白い氷に覆われる。

 氷壁が伸び、砕けかけた結界の前へ新たな障壁となって立ちはだかった。


「ハーフエルフの私を受け入れてくれたアストレイを……クロムさんを絶対に渡さない……!」


 その叫びは、凛とした祈りにも似ていた。


 次の瞬間、世界が――ふっと軽くなる。

 身体に絡みついていた見えない鎖が、いくつか外れたような感覚だった。


「これくらい……私にだって……できるわ」


 掠れた声が背後から聞こえる。

 振り返ると、ドレイナが、両手を空へ伸ばしていた。

 吸魔のスキルが聖域の光を侵食し、光はわずかに薄らいで見える。


「ドレイナ……! 無理するな!」


「たまには……無理させなさい……!」


 別の場所では、ドロシーが泥化を展開していた。

 足元の大地が沼に変わり、騎士たちの重装備が次々と沈み、足を取られる。泥の海に騎士が倒れ込み、泥を跳ね上げる。


「アストレイはね……私たちの帰る場所なんだから!」


「待ってろよ、今止めてやるからな!」


 粘着を操るネバルドが飛び込み、泥と絡むように粘着を広げる。足を奪われた騎士たちは、さらにその動きを完全に封じられた。


「動けないだろ、騎士さん! アストレイは渡さない!」


 戦場全体に、アストレイの民の声が溢れ始めた。


「教会なんて前から気に食わなかった!」


「これから稼がせてもらう町を焼かれてたまるかよ!」


「俺たちを受け入れてくれたアストレイを……今度は俺たちが守る番だ!」


 剣を掲げる者、魔法を放つ者、盾を構える者――

 この町が、アストレイが、確かに一つの意思を持って立ち上がっていた。


 その中に――治療院で眠っていたはずのサリアの姿があった。


 頬はまだ青白い。

 それでも槍を握る手は震えておらず、まっすぐ俺へと歩いてくる。


「サリア……」


 彼女は静かに首を振った。


「私は……もう間違えない」


 揺るがない光が、青い瞳に宿る。


「クロムを……殺させたりしない!」


 教会を信じていたサリアが、神の光の下で、俺を守るために槍を構えていた。

 その姿に胸が熱くなる。


 聖域が弱まり、ネクレアたちが息を吹き返す。

 リヴの動きが戻り、シグレが再び大人数を相手に斬り結んだ。


 ついに――均衡が戻り始めた。


「いける……! 押し返――!」


 叫ぼうとした、その瞬間。


 光が、震えた。


 ノクティアが両手を胸の前で組み、静かな祈りを紡いでいた。


「……神よ。禁忌に触れし者たちを、どうか正しき道へ導き給え……」


 世界そのものが震えるほどの聖気が膨れ上がる。


「これ以上は……!」


 ドレイナが悲鳴を上げ、そのまま崩れ落ちた。


「ぐ……っ! ま、また……!」


 ネクレアたちが再び地へ倒れ込む。聖域により、結界が砕け、氷が溶け、泥が浄化され、粘着が剥がれ落ちていく。


 ノクティアが悲しげな顔で、しかし冷たく言い放つ。


「……罪人以外の命まで奪うつもりはありませんでしたが……禁忌に感化されたなら、それもまた禁忌。皆さん、神の名のもと――浄化を」


 ノクティアの号令に聖騎士たちの光刃が一斉に掲げられる。




 ……終わりだ。




 そう理解した、その時だった。


 影が――空から落ちてきた。


 白い羽根が一枚、俺の前へ舞い降りる。

 触れた瞬間、聖域の光に焼かれることなく、花片のように溶けて消えた。


 顔を上げると、空から、ゆらりと舞い降りる影があった。


 背中に純白の羽根を生やした、一人の女性。

 白金の髪が風にほどけ、琥珀色の瞳が柔らかく輝く。


 息が止まった。


「……セラ……?」


 あの日、方向音痴でアストレイに迷い込み、「北って上じゃないんですか?」と訊いてきた、あの不思議な旅人。


 その彼女が――光の翼に包まれ、まるで別人のような気配をまとってゆっくりと舞い降りていた。


「……久しぶり、クロムさん。遅くなって、ごめんなさい」


 その声は、戦場のすべての音を静かに洗い流すようだった。


 その姿を見て、聖騎士たちが一斉にざわめく。


「セ、セラ様……!?」


「なぜ……《《聖女候補》》のあなたが……ここに――!?」


 俺は、息を呑み――悟る。


 ただの旅人のはずがないとは思っていた。


 しかし――彼女が纏う光は、俺の知らない何かを告げていた。

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