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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第九章 真実を背負う者たち

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第66話 天より降る断罪

 父イグラードとの戦いは、剣より鋭く魂を削った。

 戦場からの帰路は短くも長く感じ、身体よりも心が疲れていた。

 だがアストレイの防壁の影が視界に収まった瞬間、強張っていた呼吸がようやく緩む。


 門をくぐると、熱を帯びていた空気がふっと和らいだ。

 この空気を吸うと、自分が戻ってきたことをやっと実感できる。


 戦場を離れたのは数時間前のはずなのに、まるで数日分の重さが心に張り付いていた。

 それでも、ここは俺の帰る場所だ。


 門の内側で待っていた仲間たちが、次々と顔をあげた。


「クロムさん! 無事だったんですね……!」


 フリシアが真っ先に駆け寄ってきて、息を荒くしながら俺を覗き込む。

 その瞳には恐れと、心の底からの安堵が入り混じっていた。


「ああ。この通り、腕も足も付いてる」


 笑ってみせたが、胸の奥でまだ震えが消えなかった。

  父との交わした言葉は、矢のように心に突き刺さり、そのまま抜けずにいる。


「無茶ばかりしやがって……まあ、生きてりゃ十分だ」


 ハードンが腕を組んだまま、目を細めて笑った。

 その声を聞いた瞬間、張り詰めていたものが音を立てて緩む。


 仲間の顔を見るだけで、息が深くなる。

 戦場の余韻はまだ身体に残っているのに、不思議と心は静まっていく。


 リヴ、シグレ、そしてネクレアたちがゆっくりとこちらへ歩いてきて、姿を見せる。トローネが駆け寄り、傷ついたネクレアたちを見て目を大きくした。


「クロムさん……。みんな、怪我を……?」


「俺が魔力を使いすぎたせいで、回復が追いついていないだけだ。魔力が戻ればすぐ治せる」


「クロム様のためなら、今は……どうということもありません」


 リヴが淡々と言い切る。

 その過度な忠誠心に苦笑しつつ、不思議と胸が熱くなる。


 束の間の、穏やかな時間。

 戦いの後の静寂は、こんなにも柔らかいのかと思う。


 ――世界が割れたのは、その瞬間だった。


 空が震えた。


 硬質な、耳を刺す音が響き、陽光が一瞬だけ白く塗り替えられた。


「……なんだ?」


 見上げると、空の一点が裂けたように輝き、蒼白の光が街を包んだ。

 天から降り注ぐ、巨大な光柱。

 眩しさではなく、皮膚を凍りつかせる冷たい光。


 町の人々が空を指差し、悲鳴が上がる。


 光柱の中心から、巨大な円が広がっている。薄い膜のような光が天蓋のように展開し、アストレイの上空を覆う。


「あれは……結界? アストレイを包囲している……」


 ヴァリアさんの呟きが、俺の想像を現実に引き戻す。

 これはただの結界ではない。


 世界そのものを塗り替えるような――聖なる圧を感じる。


 その圧が俺の胸を掴み、魂の根元をえぐった。


「────っ!?」


 胸の奥の、ネクレアたちとの絆が急激に細くなっていく。

 ネクロマンシーの糸が軋み、ちぎれそうなほど締め上げられた。


「クロムさん!? みんなも……!」


 フリシアの叫びが妙に遠く聞こえた。

 視界の端でリヴが苦痛に顔を歪め、片膝をつく。

 続いてシグレが浅い呼吸で肩を震わせ、ネクレアたちが一斉に地に伏した。


「クロム様……力が……削がれていきます……」


 リヴのか細い声が、光に溶けていった。

 ネクレアたちだけじゃない。

 俺自身の魔力も、内側から攪拌されるように乱れ始めている。

 血管の奥を針でなぞられるような、細く鋭い痛み。


 だが隣を見ると、フリシアもハードンもまったく変わらぬ様子だった。


「クロムさん……この光……私たちには何の影響もありません。でも、クロムさんとネクレアのみんなは――」


 フリシアは唇を噛み、周囲を見渡す。

 その焦りが、逆に違和感を際立たせた。

 聖なる圧力が狙っているのは、こちら側だけ。

 ハードンも拳を構え、歯を剥きながら怒鳴った。


「なんなんだ、こんな気味の悪い光はよ! ……おい、クロム、あれを見ろ! 防壁の外だ……敵がぞろぞろ並んでやがる!」


 その声に引かれ、俺は重い首を上げた。


 眩い光が空から降り注ぎ、アストレイを覆うように結界の縁を描いている。

 そして、その外側――整然と並ぶ白銀の鎧。

 光を纏った教会の騎士団の列。

 さらに後方には、ヴァルメイア軍の軍勢が、地平線を埋めるように広がっていた。


 息が、喉の奥で止まった。


「……教会……と……ヴァルメイア軍……」


 なぜだ。教会の騎士団がここにいる。


 そんな疑問が胸を刺した瞬間、気付く。


 軍勢の中心に、一人の女性が立っていた。

 光の中心にいてなお、色褪せない存在。

 深紅の髪が光をまとい、黒金の瞳がまっすぐにこちらを射抜く。


 祈りのような純粋さと、断罪の刃のような冷徹さ。

 相反する二つが美しく調和した瞳。


 彼女は歩み出る。

 その一歩ごとに光の結界が脈動する。


「私の名前はノクティア。オルタリアの次期聖女です」


 声は澄み、教会の鐘の音のように響いた。


「あれが……次期聖女……」


 あれが噂のオルタリアの次期聖女候補。

 教会がこの大陸に送り出したという聖の代行者。


 ノクティアは静かに両手を胸の前で組み、俺を見つめる。


「禁忌を操る者、クロム・アストレイ。あなたの力は、神の領域を侵し続けています」


 白銀の光が彼女の周囲に集い、衣を揺らした。


「あなたの術式は魂を縛り、死霊を従える禁忌そのもの。その存在が、この世界の秩序を蝕む」


 ひどく静かな声だった。

 感情がないのではなく、確信だけが乗っている。


「聖域――展開」


 光が一段深まり、空気がさらに重くなる。

 俺の膝が一瞬揺れた。

 聖の重圧が、血流にまで入り込んでくるようだ。


「クロム様……もう……身体が……」


 リヴが息を詰まらせる。

 他のネクレアたちもかすれるような呻き声が漏れる。

 ノクティアがネクレアたちを見て、首を傾げた。


「普通のアンデッドならば、私のスキル【聖域】の中で霧散しているはず。やはり……しぶといですね。禁忌に作られた存在というのは」


 その声には怒りも嘲りもなく、ただ祈りのような冷たさだけがある。


 だからこそ恐ろしい。


「神に背く者を救う道は一つ。浄化です」


 ノクティアが杖を掲げる。

 後方の騎士団が光盾を構え、ヴァルメイア軍が一斉に武器を上げた。


「……やる気だな」


 俺はかすかに笑った。この絶望的な状況で、なぜか笑いが漏れた。


 戦えるのか?


 いや――戦うしかない。


「クロムさん……!」


 フリシアの瞳が揺れていた。

 それは恐怖ではなく、俺を失うことへの切実な不安だった。

 その横で、ハードンが拳を鳴らす。


「上等じゃねぇか。こんな連中まとめて――」


「やめろ、ハードン」


 思わず声が鋭くなった。

 ハードンが眉をひそめる。


「おまえまで倒れたら、誰が町を守るんだ。ここは……俺たちに任せてくれ」


「……クロム」


 ハードンは悔しげに歯を食いしばったが、それ以上は言わなかった。


「大丈夫だ。……みんなは町へ。俺たちで守る」


 その言葉を吐き出した瞬間、胸の奥で小さな火種がぱちりと弾けた。


 恐怖でも焦りでもない。

 ただ前へ進むための、静かな熱だ。


 俺とネクレアたちは防壁の外へ歩を進めた。

 聖域の光に焼かれるように、皆の動きは鈍く、足取りは重い。

 それでも顔を上げ、並び立つ姿は揺らぎもしなかった。


 忠誠という言葉では足りない。

 もはや、生と死のどちらへ傾こうとも離れない、深い縁のようなものになっていた。


 前方でノクティアが杖を胸元へそっと添え、静かな眼差しをこちらへ向ける。


「クロム。あなたの魂が、人の領域へ戻ることを……私は祈っています」


 柔らかい響き。

 けれどその奥には、温度のない断罪の刃が潜んでいた。

 祈りであり、宣告でもある。


 ヴァルメイア軍が大地を踏み鳴らし前進を開始する。教会騎士団の光盾が重なり、聖なるざわめきが空気を震わせた。鎧の擦れる音すら、ここでは戦端を告げる鐘のように響いた。


 聖域の力で、リヴたちの動きも鈍い。

 俺自身の魔力も乱されている。

 父との戦いで受けた傷はまだ癒えていない。


 圧倒的に不利。

 状況は最悪。


 だが――それでも前に立つしかない。


「クロム様……」


 苦しく息を漏らすリヴの声が、かすかに耳に届く。

 彼女の膝は震えていたが、視線だけは真っすぐ前を向いていた。


 俺は剣を握り直し、ゆっくり前へ踏み出した。


「来いよ、聖女様」


 剣を握る手のひらから、微かな熱が逆流する。

 燃えるほどの力じゃない。

 今の俺にはそんな余裕はない。


 それでも――折れるほど弱くもない。


「俺たちは……まだ倒れるわけにはいかない」


 声にして初めて、腹の底に灯った火が確かな炎として揺れた気がした。


 聖と死が交差する戦いが、静かに幕を開けた。

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