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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第九章 真実を背負う者たち

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第65話 二人の父

 父――イグラードがこちらへ歩み寄ってくるたび、空気が裂けていく。


 足音自体は静かなのに、踏み出すたび周囲の大気がきしみ、まるで見えない火柱が立ち上るような圧が肌を刺した。


 耳の奥では、熱そのもののうねりが響いていた。

 炎の圧が空間を押し広げ、近づくだけで肺の奥まで熱されるような錯覚が走る。


 父の視線は、血を分けた息子を見るものではない。


 獄炎に照らされたその目は、目の前の獲物をただ焼き滅ぼすだけの、冷たい光を宿していた。


「まだ抵抗するのか、クロム」


 声には炎が宿っていた。

 怒りの熱ではない。


 慈悲のかけらすら無い、純粋な拒絶の火炎だ。


「アストレイを守るためなら、俺は下がれない」


「守るだと?」


 わずかに眉が動いた。

 その瞬間、周囲の空気が波打ち、熱が肌を刺す。


「逃げ出したお前に、領主の資格など無い」


「逃げなければ処刑された。資格の話なんてどうでもいい。……俺はただ――父上に、認めてほしかった……」


 その言葉が口を出た瞬間、空気が爆ぜた。

 父の殺気が膨れ上がり、肌が焼け付くような痛みが走る。


「……くだらん。親の情など、領主である私の前では灰にしかすぎん。お前が何を望もうと、私はヴァルデンの領主である」


「それでも――」


 反論を紡ごうとしたとき、左手に静かな熱が重なった。


 シグレの手だった。

 澄み切った目で、まっすぐ俺を見ていた。


「クロム殿……心を預けてくだされ」


 その声音には、覚悟よりも深いもの――懇願に似た静かな熱が宿っていた。

 シグレは続けて、低く、しかしはっきりと言った。


「今は、言葉だけでは届きませぬ。互いの心を繋ぎ、同じ刃を振るわねば……越えられぬ相手です」


 その言葉が胸の奥に落ちた瞬間、意識の底へ、もうひとつの呼吸が染み込んできた。


 魂が重なる感覚――魂共鳴ソウルリンク


 視界が徐々に混ざり、同調し、思考のリズムがひとつに重なる。


「行くぞ、クロム殿」


「ああ……頼む」


 ひとりではない。その安心感が胸奥で静かに燃えた。


 ◆   ◆   ◆


 イグラード殿がわずかに腕を振り上げた瞬間、地面を裂くように炎柱が噴き上がる。

 これが獄炎。触れれば骨すら灰へ化す、破壊の極致。

 だが、躊躇している余裕など無い。


 拙者は一息で間合いを詰め、地を蹴って跳んだ。


 イグラード殿の拳が振り下ろされる。

 大気がめくれ、光が歪む。

 ただの拳ではない。

 内部に凝縮された熾熱が、空間ごと握り潰していた。


 拙者は刃を合わせる。

 炎と刃が衝突した瞬間、地が揺れ、世界が反転するほどの衝撃が襲った。


 腕が痺れる。押し返せぬ……


 これが獄炎の拳。


 だが――


「イグラード殿!」


「……何だ、貴様」


「今は拙者など、どうでも良い。クロム殿を捨て、国を選んだ。それが貴殿の覚悟というのなら――問わせていただく」


 イグラード殿の炎が、一瞬だけ揺らいだ。


「問うだと? この期に及んでか」


「ええ。今でなければならぬのです」


 クロム殿の驚きが、拙者に流れ込んでくる。

 だが拙者は、前へ踏み込んだ。


「なぜクロム殿と国を天秤にかけた。なぜ、どちらも守る道を探さなかった。……それほどまでに、重い理由があったと申すか」


「そんなもの……領主だからに決まっている!!」


 怒号が周囲を震わせ、地面が悲鳴をあげる。


「領主は民を守る義務がある! 個人の感情ごときで揺らいでよい立場ではない! 国か子かを迫られたとき、私が選ぶのはただ一つ――!」


「それが貴殿の、本心か」


「黙れ! 貴様に何が分かる!」


 怒りが頂点を越え、大気が赤熱する。


 その時だった。


 拙者の心が、クロム殿の胸へ流れ込んだ。


 深い後悔。長い旅路の孤独。百五十年を超えても消えぬ痛み。拙者の、失った家族の記憶――


「……分かるのです」


「何がだ?」


「拙者にも――子がいました」


 イグラード殿の動きが止まった。

 拙者はゆっくりと刀を構え直し、続ける。


「武者修行の旅に出ていった。いつか戻ると約束して。だが拙者は遭難し、この大陸へ流れ着き……そして命を落とした」


 炎がわずかに、弱くなった。


「妻も、子も残したまま。何も果たせぬまま、ただ骸となって……クロム殿のために蘇った」


 流れ込むクロム殿の胸苦しさが、拙者の痛みを映していた。


「あれから百五十年。もう、あの子は生きておらぬでしょう。……子孫がどこかで生きているかどうかさえ、分からぬ」


 声が震える。


「今でも後悔している。あの幼い手を離したことを。旅に出たことを。もう二度と会えぬかもしれぬと知りながら……それでも刀を取った自分の愚かさを」


 イグラード殿は、一歩すら動けなくなっていた。


「イグラード殿。子を置いて先に行く痛みも――残される側の痛みも――本当に、お分かりにならぬと申すか?」


 その瞳が揺れた。

 怒りではない。

 もっと深い場所で。


 拙者越しに、クロム殿にも伝わる揺らぎ。


『父上は……まだ……?』


 クロム殿の呟きが胸に響いた、その瞬間。


「……やめろォォッ!」


 イグラード殿が叫び、獄炎が爆発した。

 感情を否定するように、炎は濁流となって世界を覆う。


『クロム殿!』


『ああ――行くぞ、シグレ!』


 心の奥底にある思考の流れがひとつに重なり、判断の速さも、斬るべき瞬間も、互いに同じ光景として浮かび上がった。


 拙者は晴天を鞘に納め、静かに腰へ添える。

 その瞬間、クロム殿の魔力がしずかに胸奥へ満ち、拙者の意志に寄り添うようにして晴天へと流れ込んでいく。


 刀身がかすかに震え、魔力が共鳴する。


 まるで一振りの刃と二つの魂が、同じ方向だけを見るように。

 

 世界が、音を失った。


 ――ただ一閃のための静寂。


「――霽光せいこう


 刀が抜け、光が走る。

 晴天に蓄えられた魔力が獄炎の渦を切り裂き、世界の赤を晴らすように一直線の銀光を描いた。


 イグラード殿の鎧が裂け、血が滲む。

 殺す為の太刀ではない。


 だが、確かに届いた。


「くっ……!」


 イグラード殿は後退し、獄炎の出力を収束させる。


「イグラード殿。これは殺意の一太刀ではござらん。貴殿の胸に渦巻く暗雲――それを払うための一閃です」


 イグラード殿はしばらく拙者を睨みつけ……やがて静かに背を向けた。


「……一時撤退だ」


 炎をまとい、軍勢とともに消えていく背中が揺れて見えた。


 ◇   ◇   ◇


 戦場に、風が吹いた。

 焦げついた空気に、わずかに冷たい澄んだ匂いが戻ってくる。

 魂共鳴ソウルリンクを解くと、シグレが刀を納めて俺の肩へ手を置いた。


「……クロム殿。大丈夫ですか」


「ああ。シグレこそ」


「拙者は大丈夫です。……むしろ、心が軽くなりました」


 胸の奥には、シグレの長い痛みがまだ残っていた。

 だがその痛みは、不思議と俺の心をも整えていた。


「あんな……父上を見るのは初めてだ」


「ええ。あの御方は、まだ完全に家族を捨てたわけではない」


 その一言に胸が熱くなる。


 父は俺を捨てた。そう信じてきた。


 だが――ほんのわずかにでも揺らぎがあるのなら、いつか、向き合える日が来るのだろうか。


 戦いはまだ終わらない、けれど、ほんのわずかでも希望があるなら。


「……父上。いつか、話せる日が来るといいんだけどな」


 空を見上げる。

 硝煙と焦げ跡だけが漂う、暗い空。


 だが――雲の切れ間から、かすかな光が差していた。

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