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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第九章 真実を背負う者たち

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第64話 獄炎、空を焦がして

 父が腕をわずかに振りかぶった瞬間、空気が変わった。

 風が止み、鼓膜が軋む。世界の輪郭がゆるやかに滲み、色彩が翳っていく。


 幼いころから嫌というほど刻まれた――あの前触れ。

 獄炎が生まれる直前の、理がねじ曲がるような沈黙。


 背筋に冷たいものが走る。

 逃げ出したいという本能的な叫びが、いまだ身体の奥底に巣食っている。


 だが、もう逃げる側ではいられない。

 背後にはアストレイの仲間たちがいる。


 俺が守ると誓った人たちがいる。


「クロム様……来ます!」


 リヴの声が鋭く背中を刺した。

 彼女の気配から、恐怖は一片もない。


 俺を信じてくれている。


「分かってる。全員、位置につけ!」


 命じた直後、大地が低く鳴った。

 地震ではない。

 父の魔力が大気の層を押しつぶしているのだ。


 そして、静かに響く声。


「――滅しろ」


 たったそれだけの言葉で、世界が熱に塗り替えられた。


 赤でも黒でもない。


 燃焼という概念すら否定する、純粋な破壊の熱が父の掌から膨張し、押し寄せる。

 影は消え、空気は色を失い、存在そのものが焼却されていく。


 ――これが、父のスキル【獄炎】。ヴァルネストの象徴。


「ヴァリアさん……来るぞ!」


 振り返るまでもなく、ヴァリアさんは結界構築のため手を広げていた。

 白色の魔力が周囲を照らし、彼女の白髪が揺れる。


「予定通りでよろしいですね?」


 緊張で声は揺れているのに、その瞳には一点の迷いもなかった。


「ガレオンには伝えてある。……アストレイ全域の結界を、今だけ解除してくれ」


 ヴァリアさんの呼吸がわずかに止まる。

 俺を見つめる瞳が揺れた。


「獄炎に全力を注がなきゃ守れない。突破されたら……全部焼かれる」


 短い沈黙ののち、ヴァリアさんの瞳の揺れが消えた。


「了解しました」


 彼女が短く詠唱を紡ぐ。


「……アストレイ全結界解除。魔力を一点集中へ――切り替えます」


 次の瞬間、遠くの上空を覆っていた結界の光が淡くほどけていく気配が伝わってきた。

 重みが消え、代わりに膨大な魔力がヴァリアさんの身体へ流れ込んでいく。


 その直後。


「来るッ!」


 父の獄炎が、空を覆った。

 色を奪い、影を焦がし、生命を焼く奔流が降り注ぐ。


「任せてください、クロム殿! 絶対に……通しません!」


 ヴァリアさんの叫びとともに、白光が奔った。

 透明な壁が幾重にも重なり合い、巨大な盾となって俺たちの前に広がる。


 ――世界が悲鳴をあげた。


 鼓膜が千切れそうな音。大地の割れる振動。空気の破裂。視界を奪う光。


 それでも、結界は砕けない。

 ヴァリアさんの指先は震え、汗が滴り落ち、肺は悲鳴を上げながらも――彼女は退かない。


 一秒。二秒。三秒。


 永遠のような時間。

 獄炎に触れれば街ひとつが灰と化す。

 だが、ヴァリアさんの結界はそれを受け止め続けた。


「ヴァリアさん……もう少しだ!」


「は……い……っ……!」


 やがて獄炎が縮み、霧散し、熱風が吹き抜けた。


 ――生き残った。


 ヴァリアさんは膝をつき、荒い呼吸の合間にかすかに笑みを浮かべようとした。


「……見事だ、ヴァリアさん」


 声をかけると、彼女は息を乱しながら小さく頷いた。


「あの規模の獄炎は、連発できない……しばらくは撃ってこない」


 俺は彼女の肩に手を置く。


「少し休んでくれ。ここまで守ってくれたのは……ヴァリアさんのおかげだ」


 ヴァリアさんの肩がかすかに震えた。


「……すぐ……戻ります。クロム殿たちが……これから戦うというのに……」


「無理するな。ヴァリアさんがいなかったら、この戦いは始まる前に終わっていた」


 ヴァリアさんの肩が、ほんのわずか震えた。

 それが安堵か、誇りによるものなのかは分からなかった。


 その直後、地鳴りが襲う。

 父の軍勢が、獄炎の余波に乗って突撃してきた。


「来るぞ!! 全員構えろ!!」


「任せて、クロムさん!」


 コーハが前に飛び出し、両手を地面へと向ける。


「腐敗領域――展開!」


 黒い波動が地を這い、突撃してきた兵士の鎧が次々と溶け崩れる。


「な、なんだこれ!?」


「剣が……溶け……っ!」


 兵の動きが止まった、その隙にネクレアたちが突撃する。


「クロム様に近づけさせないわよ!」


「この程度、突破してみせる!」


「いや多い多い! 本っ当に多いってば!!」


 ネクレアたちも不殺という縛りがあっても、敵を撃退していく。

 だがそれでも父の兵力は膨大だ。


 押し返しきれない圧がじわじわと迫る。


 そのとき――空気が再び変わった。


「クロム!」


 冷たい声。

 背筋が反射で跳ねる。


 弟――ジーノが俺を睨みつけていた。


「お前さえ……お前さえいなければ……俺はサリアと結婚できたんだ……! 全部、全部お前のせいだ!」


 ジーノの怒気が空気を震わせる。


「消し炭になれッ!」


 青白い稲妻が一直線に走る。

 父ほどの破壊力はなくとも、その速度は父の獄炎よりも速い。


「リヴ!」


「お任せください!」


 リヴが即座に前へ飛び込み、地を殴って土煙を巻き上げる。

 光が弾け、爆音が耳を焼く。


「メイド風情がッ! どけぇ!!」


 次の雷を放とうとするジーノの前へ、黒い影――シグレが割って入った。


「悪いが、クロム殿に近づくなら――まずは拙者が相手をしよう」


「どけよ! 雑魚には用はねぇんだよ!!」


 雷が縦横に走り、シグレの肌を切り裂こうとする。

 ジーノの雷撃は速く、鋭い。

 シグレに数度かすり、着物の袖が焦げていく。


「流石に……速い……」


「どうしたよ!? その変な剣は飾りか!」


 ジーノの嘲笑が響いた。

 その瞬間――シグレの瞳が変わった。

 濁りも迷いもない。


 ただ一点、雷光を射抜くような集中。


「……我が魂、晴天を侮辱したな」


 シグレが呟いた次の瞬間、彼の体が、雷光に合わせて動いた。

 シグレが、一歩踏み込んだだけで、雷の軌道が完全に読まれた。

 ジーノの目が見開かれる。


「な……! 俺の獄雷を……目で追うだと……!?」


「まだまだ、戦場の修行が足らぬな、ジーノとやら」


「ふざけんなぁぁぁッ!!」


 ジーノが叫び、力任せの雷を放つ。

 地が裂け、光が奔る。


 だが――


「終いだ」


 シグレは鞘に収めた刀を、閃光のように抜き放ち、雷を――斬り裂いた。

 稲妻が二つに裂かれ、白光が霧散する。

 ジーノの掌から雷が消え、唖然としたまま固まった。


「な……ん、で……?」


「経験が足らん。技が未熟。そして……覚悟がない」


 刃ではなく峰で、シグレはジーノの鳩尾を正確に打ち抜いた。


「がはっ――!」


 ジーノはそのまま崩れ落ちた。


「安心せい。峰打ちだ。愚かな弟を名乗る余地くらいは残しておいた」


 シグレは刀を収め、俺へ軽く顎を引いた。


「晴天は雷雲をも晴らす。残るは……噴煙でござろうか」


 ――大地が再び震えた。


 父の周囲で、獄炎が濁流のように巻き上がる。

 あの怒りは、ジーノが倒されたからか――


 それとも、俺が抵抗し続けていることが気に入らないのか。


 どちらにせよ――


 呼吸を整え、父の目を真正面から見据える。


「……まだだ、父上」


 俺は拳を握り直し、胸の奥で高鳴る鼓動を押し込めた。


「俺は――ここで退けない」


 この一歩の先に、俺の選んだ未来がある。

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