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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第八章 想いを背負う者たち

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第61話 槍の誓い、拳の愛

 風が、音を失ったように沈んでいた。


 西の平原は、陽光が乾いた大地を照り返し、空気は張りつめ、わずかな砂の揺れすら、戦の前触れとして肌を刺す。


 その中央で、サリアの槍先が、俺の胸元をまっすぐに射抜いていた。

 槍の穂先から伝わる冷気は、かつて槍聖を授かった時のそれよりもはるかに鋭く、迷いの欠片すらなかった。


「私ひとりで決着をつけます」


 その宣言に、背後から駆け寄った女騎士が声を上げた。


「サリア様! 前へ出すぎです! ここは我々が――」


「いけません」


 サリアは振り向かない。その声音は冷たく、氷のように静かだった。


「これは……私の問題です」


「しかし――!」


「私はクロムの許嫁。その不始末は、私自身の手で清算します」


 許嫁。


 その一言で、胸の奥に押し込めていた記憶が容赦なくかき回される。

 俺が領地を捨て、すべてを断ち切ったあの日。


 サリアは――あの場に残された彼女は、どれほどの思いで俺を見送ったのか。


 女騎士は悔しげに歯を噛む。


「……サリア様」


「皆は下がりなさい。これは命令です」


 短い沈黙のあと、部下たちは渋々と後退していった。

 サリアは、ただひとり前へと進み出る。


 その瞬間、風を裂く影が俺の前へ踊り出た。

 リヴだ。栗色の髪が陽光を弾き、俺に落とす影が静かに揺れた。


「クロム様は、私の旦那様です」


 澄んだ、凛とした声が大地へ響く。


「妻として……お相手いたします」


 その後ろ姿は、細身で華奢なのに、なぜだか巨大な壁のように俺を守っていた。

 サリアの瞳がわずかに揺れる。

 しかしすぐに、その色は凍りついた。


「……リヴ。あなたが相手をするのですか」


「はい。クロム様に槍を向けるなら、誰であろうと」


 リヴは振り返らない。


「クロム様。少しのあいだ……私にお任せください」


 その言葉の向こうで、サリアが槍を握り直した。


「あなたは、その命を賭けてまで……クロムを選んだのですか?」


「もちろんです。誰よりも、大切なお方」


「ならば」


 サリアの足が砂を踏みしめる音が聞こえた。


「その想い――槍で確かめさせてもらう」


 その言葉とともに、女同士の戦いが始まった。


 風が破れた。


 サリアの踏み込みは、矢を放つよりも速かった。

 たった一歩。

 されど、その一歩で大地が悲鳴を上げる。


 槍先がリヴのこめかみを狙い、一直線に走る。

 寸分の狂いもない軌道。本物の殺気。


 だが――リヴはすでに動いていた。

 槍の軌跡をまるで見切っているかの様に身体を沈め、滑るように右へ抜ける。

 髪先が切り裂かれ、そこを風が絶叫のように走り抜けた。


 間合いへ飛び込むと、リヴの肘がサリアの脇腹を狙って閃く。

 最短距離、最速の角度。


 しかしサリアは、槍柄を水平に払って受け流した。

 その一撃は鉄塊のように重い。

 空気が裂け、衝撃が俺の足元まで震わせた。


 互角――いや、違う。


 押しているのはサリアだ。


 リヴの拳が、蹴りが、影のように繰り出される。

 そのすべてを、サリアは半歩だけ先んじて受け、弾き、返す。


 速さが違う、密度が違う、間がない。

 砂が舞い、大地が削れる。


 強い。

 あの日、任命式で立ちはだかった時よりも――遥かに。

 あの時から積み重ねた月日が、血肉として槍に宿っている。


 リヴも退かない。

 影のようにしなやかに舞い、死角を突き続ける。

 回し蹴り、肘打ち、突き、蹴り。

 連撃が一点へと収束する。


 だが――サリアはすべてを見切っていた。


 槍の柄が稲妻のように巡り、リヴの攻撃線を片端から折り畳んでいく。

 攻めながら守り、守りながら反撃する。


 そこに境界はない。


 ただひとつの流れとして成立している。


 リヴの拳が槍の寝かせた柄に阻まれた次の瞬間、サリアが踏み込む。

 石突きが、心臓を狙って突き上がる。


「リヴ!」


 叫んだ瞬間、金属を叩くような音が鳴り、リヴが地面を転がった。

 砂煙が舞い、腕が震えている。


 追撃の槍が一直線に走る――


 このままでは――


 胸が焼けるようにざわついた。意識が勝手に叫んでいた。


「リヴ、魂共鳴ソウルリンクだ!」


 衝動だった。

 思考より先に心が動いた。

 リヴが一瞬だけ振り返る。


 その瞳には、揺るぎない信頼があった。


「……はい、クロム様」


 俺は、深く息を吸い、すべての意識を一点へ沈めた。

 鼓動がひとつに束ねられ、意識がリヴへと伸び、魂の輝きが胸に灯る。


 視界が白く弾ける――


 次の瞬間、意識が深い水へ沈むように切り替わった。


 重なり、交わり、魂がひとつに融け合う。


 ◆  ◆  ◆


 クロム様の意識が流れ込んできた瞬間、肺の奥へ熱が灯った。

 視界が澄み、世界の線が明確に見える。


 サリアの槍が迫る。

 突きでも薙ぎでもない、中間の軌道――こちらの反応を試す一撃。

 その意図が、呼吸の揺れと足の沈みから読み取れた。


 私は地を蹴り、刃先の外側へ滑り込む。

 槍柄が折れるほどの勢いで横薙ぎに振りかえされるが、身を沈め、肩上をかすめていく風だけが触れた。


 間合いに入り、拳を連ねる。

 サリアは槍を縮めるように扱い、刃と柄で私の拳撃を受け止めるが、衝撃で彼女の足元がわずかに沈む。


 次の瞬間には逆に大上段から槍が落ちてくる。

 私は前へ潜り、サリアの懐へ肩を押し込む。

 サリアの息が詰まる音がした。


 そこからさらに二合。

 打ち込み、弾かれ、踏み込んで、躱し、体勢を変える――

 そのたびに、サリアの槍筋がわずかに鈍くなる。


 好機。

 そう思い、私は回転しながら背後へ拳を叩き込んだ。

 サリアの肩がわずかに揺れた。


 先ほどまでは届きさえしなかった一撃。


 サリアは以前とは違い、格段に強くなっている。

 それでも、クロム様と一つになった今の私には届かない。


 こちらの優勢――そう思った、その刹那。


 サリアの唇が、かすかに震えた。


「……あなたがいなければ、クロムは私のものだった」


 クロム様の心が小さく揺れる。

 その動揺がそのまま胸へ流れ込んでくる。

 私は深く息を吸った。


「……あの時、言ったでしょう。クロム様は、私を選んだと」


 サリアの瞳が揺れ、色が濁る。


「……そうね。あなたはそう言った」


 槍がしなる。

 その一撃は先ほどより重く、鋭い。


「でも……許嫁は私だった。それを、あなたは分かっていながら……!」


 クロム様の痛みが、私の胸に刺さる。


 繋がっているから――彼女の言葉がどれほど刺さるか分かってしまう。


 それでも、私は言った。


「それでも、クロム様は私を選んだのです」


 サリアの顔がゆがむ。怒りとも、哀しみともつかない表情。


 そして――


「それでも私はクロムを……愛していた」

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