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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第八章 想いを背負う者たち

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第60話 揺れる心、迫る刃

 胸の奥に貼り付いたざらつきは、どれだけ風にさらされても剥がれ落ちてはくれなかった。

 戦場の気配はもうないはずなのに、どこかで次の波が迫っている――

 そんな予感だけが、薄煙のように領内の空気を這い続けていた。


 その予感が確信へと変わったのは、再びラセルが姿を見せたときだった。

 扉を開けて入ってきた彼は、いつもの商人としての柔らかな笑みを欠いていた。

 口元は固く結ばれ、瞳には重く濁った色が沈んでいる。

 見た瞬間、胸の奥でなにか冷たいものが一筋に流れ落ちた。


「……何があった」


 答えは分かっていた。

 だが問わずにはいられなかった。


 本当は聞きたくなかった。


 ラセルは深い息を吐き、ゆっくりと重い言葉を落とした。


「クロム様。あなたの故郷――ヴァルネスト領から、大軍がこちらへ向かっています」


 心臓がひとつ、大きく跳ねた。


「……父上が?」


「はい。名目は汚名返上。ですが実際は……教会による圧力でしょうね。相当なものだったようです」


 やはり、そこに行き着くか。


 喉がひどく乾いた。

 言葉を探しても、口の中が砂を噛むように軋むだけだった。


 ヴァルネストとは縁を切った。

 父とも、家とも。


 しかし――教会は俺を処分するために、最も都合の良い形で父を動かした。


「……どれほどの規模だ」


 短い沈黙。

 ラセルは視線をそらさず告げた。


「ざっと二万。他領からの援軍も控えており、後続はさらに増えるでしょう」


 二万。

 その数字が胸の中心に突き刺さり、体温が底へ沈んだ。


 アストレイの総人口はネクレアを除いて、およそ三千。

 その中で武器を握れる者は五百に満たない。

 だが今回の戦いでは、彼らは前線には出さない。


 いざという時の各村の防衛を固めるため、全員がそれぞれの拠点に散って配置している。


 頼みの綱であるネクレアも、今回の戦いに備え急増させたとはいえ千に届くかどうかで、実際に戦場へ出せるのは八百ほど。


 常人より強いとはいえ、一度に相手に出来るのは多くて十人ほど。

 リヴやシグレのような化け物じみた実力者でも五十がやっとで、百となれば分不相応だ。


 一騎当千――そんなものは物語の中だけの幻想にすぎない。


 昼夜問わず戦えるのがネクレアの強み。

 だが傷つけば、回復には俺の魔力が必要になる。


 そして――こちらには不殺という縛りを設けている。

 倒さない以上、押し返すのみの戦いになる。

 長期戦になれば負けるのは、どう考えてもこちらだ。


 前回は背後からの奇襲が功を奏した。

 地の利と不意打ちが、戦力差をごまかしてくれた。


 だが今回は違う。

 敵は俺たちの存在と戦い方を把握している。

 二万の正規軍が、正面から堂々と押し寄せてくるのだ。


 ――同じ手は通用しない。

 ――正面からでは勝てない。


 心臓を握りつぶされるような圧迫感が、胸の奥を軋ませた。


「教会はそこまでして、俺たちを……」


「神敵として断じるのでしょう。ネクロマンサーが領主、という存在が彼らには都合が悪いのです」


 ラセルの声には静かな怒りと、わずかな哀しみが混ざっていた。


「クロム様。……覚悟を決める時かもしれません」


 覚悟。


 もちろん、人を殺す覚悟のことだ。


 だが――その一線を越えることだけは、どれほど追い詰められようと、踏み切れずにいた。


 父上が軍を率いてくる――その事実だけで、胸の奥がねじ切れそうに痛む。


 不殺を貫くのか、あるいは、一線を越えるのか。


 そのどちらにしても、自分自身が決めねばならないのだと、分かっていた。


「……知らせてくれて感謝する。ラセル」


 ラセルは小さく首を振る。


「同盟だからこそ、です。私もまだまだアストレイの恩恵にあやかりたい。無くなられては困るのですよ」


 軽い冗談のように言いながらも、目は笑っていなかった。


 返答しようとした、その瞬間――


 扉がノックもなく弾け飛んだ。


「クロムさん! 大変です!」


 ラピが駆け込んでくる。肩で息をし、顔色は蒼白だった。


「西の平原に……武装した一団が接近中です!」


「数は?」


「百ほどですが……先頭の槍を構えた女騎士が、ただ者ではない雰囲気で……!」


 槍。女騎士。


 その二つの単語が、胸の底に沈んでいた嫌な予感を一気に浮かび上がらせた。


 頭の奥に、鮮烈な姿が過る。


 陽光を弾く銀髪。氷のように澄んだ青い瞳。凛とした佇まい。


 戦場に降り立つ戦乙女。


 まさか――


「すぐに出る。準備を整えろ」


 立ち上がる。

 胸のざわめきは消えない。濁流が逆巻くように胸腔を満たし、足元を揺らす。

 背後でラセルが小さく、しかし深い声音で告げた。


「……どうかご無事で。クロム様」


 その声が、鎖のように背中へ重くのしかかった。


 ◇   ◆   ◇


 奇襲を警戒し、主戦力は領内に残したまま、リヴを含めた数十名の精鋭を率いて西の平原へ向かった。

 馬を走らせるたび、鼓動が徐々に速くなる。胸の奥に、緊張がざわめく。


 ほどなく、地平線の向こうに砂煙が立ち昇るのが見えた。

 緊張が空気を細く張りつめさせる。


 先頭――そこにいた影が、俺の視界を強く捕らえた。


 槍を携え、馬上で風を切る凛烈な姿。

 細身ながらも、鋼のように研ぎ澄まされた気配。

 距離が縮まるにつれ、その顔立ちがはっきりと見えた。


 銀髪が陽光を照り返し、白銀の鎧が眩しく光る。

 まっすぐにこちらだけを捉える、揺らがぬ青の瞳。

 かつて、俺の隣に立っていた女性。


 息が詰まった。


「……サリア」


 元婚約者のサリア。

 そして今は――俺に刃を向ける女性。


 サリアは軍勢を止め、ひとり馬を進めてくる。

 槍を軽く構える。


 その動きには迷いの欠片もない。


「クロム」


 風を裂いて届いた声は、透明でよく通る。

 だがそこに情はなく、使命を背負った者の覚悟だけがあった。


「あなたを――連れ戻しに来ました」


 連れ戻す。

 それはつまり、父のもとへ。


 そして教会の裁きの場へ。


 俺は馬を降り、彼女と正面から向き合った。


「……サリア。父は、ほんとうに軍を率いて来ているのか」


「イグラード様は後方で指揮を。判断のすべては教会の決定に従う、と」


 サリアが槍をわずかに持ち上げた。

 まるで俺との距離を正確に測るかのように。


「クロム。あなたは神敵と断じられました。処遇は教会が決めます。どうか抵抗しないでください。私は……あなたを傷つけたくない」


 表面上の優しさではない。

 静かな哀しみと、冷たい覚悟をまとった声。

 俺はその目をまっすぐに見返した。


「処遇もなにも、あの時点で処刑すると決まっていただろう。……俺は連れ戻される気はない」


「そう……ですか」


 握る指先に力がこもり、槍がきしむ。

 サリアは瞳を細め、槍先を真っ直ぐ俺へ向けた。


「クロム。最後にもう一度だけ言います。共に来てください。でなければ――」


 太陽を反射し、槍の穂先が鋭い光を放つ。


「――私はあなたを力ずくで連れ戻します」


 胸の奥で何かが静かに裂けた。

 痛みではない。


 覚悟が形を取った証だった。


「来るなら来い、サリア。……俺はもう、昔の俺じゃない」


 一瞬だけ、サリアの表情が揺れた。

 そして――地が震えるほどの気迫で。


「ならば、槍聖の名にかけて」


 構えた槍が風を裂き、光のように伸びてくる。


「クロム――あなたを捕らえます」

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