第54話 禁忌の扉の向こう側
【ネクロマンシー】――それは俺が授かったスキルであり、教会が神の名を掲げて禁忌と断じた力だ。
その力を持つ俺を、ギルディアは正式な領主として認めた。
禁忌のスキル保持者を領主に。
常識で考えれば、異常だ。
胸の奥の疑問は、ずっと消えずに燻っていた。
なぜ俺を認めたのか。
なぜ禁忌の力に目をつむったのか。
なぜ、ギルディアは、ヴィゼル王は――
その疑問を今日、問うべきだと思った。
俺が言葉を整えた瞬間、ヴィゼル王がふと立ち止まった。
黒布越しの視線が、混雑した市場の方へ小さく向けられる。
「……ここでは話しにくいな。人の目も耳も多すぎる」
その声音は柔らかかったが、どこかで警戒が光っていた。
「クロム殿、場所を変えよう。領主館に戻った方がいい」
「……わかりました」
ヴィゼル王が歩き出し、ラセルが静かに後へ続く。
俺もその背を追った。
市場の喧騒がすっと遠ざかり、足音だけが石畳に落ちる。
領主館へ向かう道は、夕陽を受けてゆっくりと赤く染まっていた。
◇ ◆ ◇
館に戻ると、俺の部屋へ向かった。
扉を閉めると、外の喧騒は完全に遮断された。
厚い木戸が音を吸い込み、部屋には淡いオレンジ色の光だけが静かに満ちていた。
窓の外では、沈みかけた陽が雲を照らし、空には濃い橙色が滲んでいく。
先ほどまで市場に漂っていた魔物肉の香りが、まだほんのり鼻に残っていた。
椅子に腰を下ろしたヴィゼル王は、黒布越しに俺を見た。
「さて――続けようか」
ヴィゼル王の促しに、俺は深く息を吸った。
「ギルディアは……陛下は、なぜ俺を領主として認めたのでしょうか」
問いを口にした瞬間、黒布の奥の視線が静かに俺へ向けられた。
「俺のスキルは、神が禁忌としたネクロマンシーです。普通なら他国とはいえ問題にされるはずですが……」
そこで言葉が途切れた。
ヴィゼル王は、ふっと笑った。
国王としての威圧も、鋭い鑑定者としての緊張もない。
ただ、一人の人間としての苦味をふくんだ笑みだった。
「なるほど。疑問に思うなとは言わぬよ。むしろ当然だろう」
夕陽が黒布の縁へ淡い橙色を落とす。
ヴィゼル王は、息を整えるように静かに語り始めた。
「確かに、ネクロマンシーは古来より禁忌とされている。だがな――それを『強く』叫んでいるのは教会だ」
「……教会」
「ギルディアは金の国。金こそが信仰であり力でもある。教会の声は他国ほど大きくない。民は教義より実利を求める。ゆえに、宗教的な圧力は通りにくい」
思っていた以上に、あっさりした答えだった。
だがその軽やかさの奥に、重厚な現実がある。
「では……ネクロマンシーを危険とは?」
「危険だ。危険ではあるが――ヴァルメイアほど危険とは思ってはいない」
ヴィゼル王の声がわずかに沈む。
「ヴァルメイアは教会の庇護下にあり、教義そのものを国是としている。さらに、教会の総本山がある聖大陸オルタリアの影響も強い。ゆえに禁忌に対する反応はどうしても過剰になる。……あれは、宗教国家ゆえの歪みだ」
ヴィゼル王はゆっくり首を振った。
「ギルディアにもネクロスの被害はある。しかし、ヴァルメイアほど甚大ではない。ゆえに、教会が騒いだからといって、我々がそれに従う理由は薄い」
そこまでは理解できる。ただ――
「ですが……先程、千里眼で俺のスキルを見て、恐れなかったのですか?」
「恐れはしたぞ。むろんだ」
予想より強い口調だった。
「そなたが使役しているアンデッド――いや、失礼。ネクレアだったな。あれも私は千里眼で見させてもらった。あれは……死の女王のアンデッドとは違う。魂を踏みにじった気配がない。むしろ形が整いすぎていて、こちらが恐ろしくなるほどだった」
「……あまり褒められている気がしませんが」
「当然だ。褒めるべき代物ではないからな」
そう言いながらも、ヴィゼル王は穏やかに続けた。
「だが――力が人を飲むか、人が力を使いこなすか。それはその者の心にかかっている。クロム殿。そなたの心は柔らかく、同時に芯が強い。実に珍しい」
胸の奥が少し熱くなった。
過大評価だと思いつつも、否定しきれない部分もある。
「だからこそ、ギルディアはそなたを認めた。禁忌だから排除するのではなく、そなたが何を守り、何を成そうとしているのか……それを聞いて、見て判断しただけのことだ」
静かな言葉だった。
だが胸の奥に深く響く。
ヴィゼル王は立ち上がり、黒布がひらりと揺れた。
「クロム殿。力を持つ者は常に疑われる。だが疑われることを恐れる必要はない。その疑いに、実績と信義で答え続ければよい。少なくとも私は、クロム殿の中にその価値を見た」
穏やかながら揺るぎない声だった。
その言葉は、俺の胸の奥に深く刻まれた。
◇ ◆ ◇
翌朝、アストレイは白い靄に包まれ、遠くの林が淡く滲んでいた。
領主館前には馬車が用意され、ラセルとヴィゼル王が立っている。
「昨日は有益な時間だった、クロム殿」
「こちらこそ。陛下のお言葉……胸に刻みます」
「ふむ。刻んでおいてくれ。忘れられると、私も困る」
ヴィゼル王は小さく笑った。
ラセルが馬車の扉に手を添えて言った。
「クロム様。近日中にギルド連盟より使者を送ります。ギルド設立の折には、私も力を尽くしましょう」
「助かるよ、ラセル」
ヴィゼル王は最後に振り返り、深く一礼した。
「クロム殿――また会おう」
白い靄の中へ馬車が消えていく。
その背を見送ったとき、胸の奥にわずかな違和感が沈んだ。
◇ ◆ ◇
――なぜ、ネクロマンシーだけが禁忌とされているのか。
この世界には数多のスキルがある。
危険なスキルなど、他にもいくらでもある。
大気を操り、大陸を混乱に陥れた者がいた。
他者を血で操り、王国をひとつ崩壊させた者がいた。
砂を宝石に変え、経済を破綻させた者がいた。
だが――それでもだ。
死者を扱うネクロマンシーだけが、神の名で禁じられている。
神を掲げる教会が、神の与えたスキルを否定する矛盾。
世界を揺るがした無数の危険なスキルを許しながら、ネクロマンシーだけを例外として焼き払おうとする狂気。
その不可解さは、ここにきてさらに強くなっていた。
ギルディアも、バルドリアも、エルフもドワーフも、それほど神経質ではない。
なのに――ヴァルメイアが、教会だけが異常なほど拒絶する。
――まるで、ネクロマンシーにまつわる何かを隠しているように。
胸の奥に、冷たい棘のような違和感がしっかりと刺さった。
それは、ヴィゼル王の千里眼でも読めない深淵。
教会が異常なほど隠したがる闇。
禁忌と呼ばれたスキルに付着した、古く深い影。
すべてが一本の線で繋がりかけているようで、しかし霧の奥に隠れて見えない。
アストレイは順調だ。
ギルディアとバルドリアは俺たちを認めてくれた。
ネクレアたちも傍にいる。
それでも――この違和感だけは消えなかった。
「……調べる必要があるのかもな。真実を」
靄が晴れ、朝日がゆっくりとアストレイを照らす。
ネクロマンシーの深淵へと続く扉は、――目の前にある。
第七章はここで完結です。
第七章ではいつか約束していた刀作りに、新たな村。
そしてネクロマンシーに繋がる謎。
この謎の真相が、今後どのような展開を巻き起こすのか楽しみにして頂けたら幸いです。
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