第53話 王の眼が射抜くもの
ヴィゼル――商業国ギルディアの現国王が、偽名を使ってアストレイを訪れていた。
ラセルからそう聞かされた瞬間、心臓が跳ねるほどの衝撃が胸を貫いた。
だが当の本人はというと、護衛もつけず、黒布を被ったまま、俺の目の前に立っている。
だが、黒布越しに向けられた視線には、穏やかさと同時に、王として積み重ねてきた年月の重みが深く滲んでいた。
圧を感じるのに、威圧感とは違う。
潮の満ち引きのように、静かに、しかし確実に押してくる力。
俺は乱れた呼吸を整え、慎重に言葉を選んだ。
「ヴィゼルさ……いや、陛下。どうしてアストレイへ直々に?」
ヴィゼル王はわずかに間を置き、落ち着いた声で答えた。
「礼を述べに来た。ギルディア北境――あの地を、ネクロスの侵攻から取り戻してくれたことにな」
胸の奥に熱が灯った。
本来なら、それはギルディアがアストレイを独立領として承認するための条件のはずだった。
だが、王の声音には形式的な礼ではなく、本心からの感謝が滲んでいる。
「陛下が……そこまで気にされるとは思いませんでした」
「当然だ。長く脅かされ続けてきた地だ。私でさえどうにもできなかった状況を、クロム殿は――あっさりと変えてしまった。民の声も届いている。ゆえに、直接礼を言いに来た」
静かな誠意が空気に満ちていた。
やがてヴィゼル王は黒布に指を添えた。
「それに――私はラセルと同じく、良きものは自分の目で判断したい主義でな。もっとも、この目を使うのは慎まねばならんが」
「……この目、と言いますと?」
黒布の奥がかすかに光を含んだように見えた。
「私のスキルは【千里眼】。見た物の性質、人の本質……あらゆる情報が勝手に流れ込んでくる。強すぎるゆえに、日常生活に支障が出る。ゆえにこの布で力を抑えている」
ようやく納得した。
黒布から立ちのぼっていた冷たい気配――あれほどの能力を抑え込んでいたのだ。
そして、俺の胸にひとつの疑問が浮かんだ。
「陛下。もし可能なら……その千里眼で、俺のネクロマンシーを鑑定していただけませんか」
ヴィゼル王の肩がわずかに揺れた。
「クロム殿の……ネクロマンシーを、か」
俺はうなずいた。
「俺のスキル、ネクロマンシー。自分でも理解しきれていません。神が禁忌としている、危険性も含めて……知っておく必要があると思っています」
しばしの沈黙の後、ヴィゼル王はゆっくりと頷いた。
「……よかろう。ただし覚悟はあるか?」
「――もちろんです」
「ならば――目を開く。気を強く持て」
次の瞬間、世界の温度が変わった。
黒布の隙間から淡い光が漏れ、空気がざわつき始める。
風は吹いていない。
ただ、皮膚の表面だけが冷たく震える。
やがて布が外され――王の目が開いた。
光が走り、俺に突き刺さる。
「……っ」
心臓の裏側まで冷たい指が入り込んだような、耐えがたい感覚。
視線が俺の魂を貫き、探り、暴き、底の底まで触れようとする。
ヴィゼル王が低く呻いた。
「これが……ネクロマンシー……命を呼び戻し、魂に干渉し、死者の残滓すら……?」
目を細めた瞬間、ヴィゼル王の肩が震えた。
「……深すぎる。底が……見えぬ……」
「陛下! 大丈夫ですか?」
「問題……ない。だが……ぬ……」
彼は額を押さえ、黒布を慌てて巻き直した。
布を締める指が震えている。
「……すまない。千里眼でも読み切れんとは……驚きを通り越し、恐ろしい」
「やはり……危険な力なのでしょうか」
「危険、という一言では語れん。だが――」
王は息を整え、ゆっくり顔を上げた。
「クロム殿の人となり、アストレイの空気、ネクレアの振る舞い。それらが、この力の危うさを中和している。少なくとも今のクロム殿は、危険ではない」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「……ありがとうございます、陛下」
「礼を言うのは私だ。クロム殿の力は我が国を救った」
ヴィゼル王は穏やかに微笑んだ。
「さて。ひと仕事終えたところで……腹が空かぬか?」
「……まあ、確かに」
「ならばアストレイの名物を案内してくれ」
緊張がわずかに解けた。
◇ ◆ ◇
俺たちは市場を歩きながら、アストレイの食を堪能した。
炙った魔物肉は香草の香りが強く、ヴィゼル王は満足げに目を細めた。
「うむ。ギルディアに届く魔物肉も素晴らしいものだったが……新鮮な魔物肉というのは、ここまで味が違うものか。格別だ」
「それと、これはミーノが育てた新種の米です。甘みがあって粘りが強いんですよ」
ヴィゼル王はひと口食べ、感慨深げにうなずいた。
「……見事だ。ラセルが推すわけだ」
ヴィゼル王の声は淡々としている。
だが、評価は本物だ。
「アストレイはまだ伸びる。私もそう確信した」
その言葉で胸の重さが少し軽くなった。
ふと、元々ラセルに相談しようとしていた件を思い出し、ヴィゼル王に切り出した。
「陛下。実は、アストレイに冒険者が増えてきていて……ギルドが必要だと感じています。ただ、運営のノウハウが全くなくて」
「ふむ、確かに必要だな」
王は短く考え、頷いた。
「よかろう。アストレイをギルディアのギルド連盟に登録しておこう。後日、詳しい者を派遣する。ギルドマスターだけ決めておけ」
その言葉を聞いた瞬間、最初に浮かんだのは――リヴだった。
「リヴに任せてもいいか?」
「わ、私は……クロムの傍にいるのが役目です。離れるのは……嫌です」
小声でそっぽを向くリヴに、俺は思わず笑った。
「じゃあ……ハードンでいいか。フリシアを補佐につければ、まあ何とかなるだろう」
「それなら……まぁ大丈夫だと思います。」
リヴは満足げに頷いた。
ヴィゼル王がこちらを向く。
「さてクロム殿。この際だ。まだ聞きたいことがあるのでは?」
「はい。色々ありますが……ひとつだけ、どうしても」
「なんだ?」
俺は深く息を吸い、静かに問いかけた。
「【ネクロマンシー】――俺の力は、ギルディアではどう伝わっているのでしょうか」




