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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第七章 礎を築く者たち

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第52話 覆面の来訪者

 ここ最近、昼と夜の境目が曖昧になってきた。


 北のアルトレア村、東のアステリア村、そして中心のアストレイ。

 三つの町村の整備が同時に進み、移住希望者も引きも切らない。


 朝にパンをかじったと思えば、次に意識した時には空は赤く染まり、そして気付けば夜の帳が降りている。

 そんな日々が続いた。


 もちろん嫌ではない。アストレイが広がっていくのは嬉しい。


 だが――移住希望者の波は、本当に尽きる気配がなかった。


 農民、商人、冒険者。訳ありの者、行き場を失った者、何も持たない者。


「ここならやり直せる気がする」「この土地で生きたい」


 そんな言葉を聞くたびに、胸が少しだけ熱くなる。


 領主館にて、移住希望者の面会日を設けてからというもの、俺の一日はほとんどそこで終わるようになった。


 今日もその一日だ。


 面会予定者リストには十数名の名前が並ぶ。

 だが、その中に一つだけ赤字で囲まれた名前があった。


 ――ビセル。


 移住希望者の多くは、前の村や職業の情報を多少なりとも出してくるが、書類備考欄の注意書きに、奇妙な一文が目につく。


『両目に布を巻いているが、意思疎通に問題なし』


 両目を……布で? 盲目なのか、それともスキルの影響か。


 書面だけでは判断がつかず、胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚が残った。


 それでも、面会は避けられない。深く息を吸い、部屋へ向かった。


 ◇   ◆   ◇


「失礼します」


 静かな声が響いた瞬間、空気がわずかに冷たくなった気がした。


 本日最後の面会相手――ビセルさんが、ゆっくりと部屋へ入ってきた。


 黒い外套。そして、顔の上半分を覆い隠す黒い布。

 その布は装飾も模様も一切なく、まるで影が凝固して張り付いたような異質な存在感を放っていた。


 そのままこちらへ顔を向ける。

 布越しなのに、確かに視線が刺さる。

 無表情のはずの布から、何か重いものがにじみ出ていた。


 背筋が自然と伸びた。


「ビセル……さんで合っているか?」


「はい。お初にお目にかかります、領主クロム殿」


 年齢の見当がつかない声だった。

 穏やかだが、底の深さがある。

 その声に、何故か懐かしさのような気配が混じった。


 布に覆われた彼の目に視線を向ける。


「その……目は、大丈夫なのか? 怪我をしているのか?」


「いえ。怪我ではありません。スキルの制御のためです。視界はありますので、ご安心を」


「スキル……そうか。なら問題ない」


 だが、どんなスキルなのかは気になった。

 敵意はない。


 しかし――底が見えない。

 まるで深い井戸の水面をのぞいているような、不思議な感覚に襲われた。


 簡単な挨拶を済ませ、アストレイ領の現状を説明する。


「今、アストレイ領には三つの町村がある。中心のアストレイ、北のアルトレア、そして東のアステリア。それぞれ役割が違う。移住希望者には適性を見て行き先を選んでもらっているんだ」


「ふむ……興味深いですね」


「ビセルさんは、どの町村を希望している?」


 ビセルさんは、すぐには答えなかった。

 両目を布で覆っているはずなのに、部屋の空気を慎重に探るように視線を巡らせる。

 そして静かに息を吐いた。


「……あらかじめ伺っていた情報だけでは判断がつきませんでした。できれば、実際に町を見せていただきたい」


「いいだろう。今日の面会はあなたが最後だし、俺が案内しよう」


「……領主自らよろしいのですか?」


「構わない。……面会ばかりで少し外に出たくなったところだからな」


 ビセルさんはゆっくりと頭を下げた。


「感謝します、クロム殿」


 ◇   ◆   ◇


 領主館を出ると、昼下がりのアストレイの活気が全身に押し寄せた。


 鍛冶場ではバラクの弟子たちがハンマーを振り下ろし、乾いた空に弾けていた。

 露店ではミーノが新しく育てた作物を使った料理が次々と売れていく。旅人が列を成し、香ばしい匂いが風に乗る。

 ドルビの弟子たちは新しい家屋を建て、材木が組まれる音が心地よいリズムになっていた。


 混沌とした活気。


 しかしそれが、不思議と心を温かくする。


「ここ最近、一気に人が増えてな。嬉しい悲鳴というやつだ」


 ビセルさんは静かに歩きながら、布の奥で村の様子を追っているようだった。


「……活気がすごいですね」


「そうか?」


「ええ。理想を現実に変えていく速度が、尋常ではありません。これは……生きている町だ」


 布の奥の目がどんな表情をしているのか、想像もつかない。

 だが、不思議と嘘の匂いはしなかった。

 むしろ、彼は本気でこのアストレイを見つめているように思えた。


 その時――背後から聞き慣れた声が飛ぶ。


「あぁクロム様、ちょうどよかった。今少しよろしいですか」


 ラセルだ。いつもの柔らかい笑みを浮かべ、書類を抱えて歩いてくる。


「あぁ。どうし――」


 言いかけた時だった。

 ラセルの視線が俺の横に立つビセルさんをとらえた。


 その瞬間――ラセルの足が止まった。


 ラセルの肩が震える。書類を握りしめる手が白くなる。息を呑む音が聞こえた。


「…………兄上?」


 兄上? ラセルの兄? ビセルさんが……?


 理解が追いつく前に、ビセルさんが静かに微笑んだ。


「久しいな、ラセル」


「な……なぜ、こんなところに……」


「なに。噂のアストレイを直接見てみたくなってな」


 ラセルの声は震え、視線が合うことすら怖れているように見えた。

 俺は状況を理解するため、二人の間に言葉を差し込む。


「ラセル、ビセルさんはアストレイへの移住を希望して来られていて――」


「移住……ですか。兄上が?」


 ラセルは一度目を閉じ、深く息を吐いた。

 そして、諦めたように肩を落とす。


「……また偽名を使われたのですね。兄上。その癖は本当に治らない」


 偽名。つまり、本名ではない?


「偽名……?」


 俺が問い返すと、ラセルは観念したように顔を上げた。


「クロム様……この方は、私の兄、ヴィゼル。そして――商業国ギルディアの現国王です」


 言葉が頭に到達した瞬間、心臓がひどく強く打った。


 ギルディアの王。その頂点に立つ人物が――なぜここに?


 驚きが波のように押し寄せる。呼吸が少しだけ浅くなった。

 国王が身分を隠し、単独でアストレイに来た理由。

 その真意は未知で、危険すら感じる。


 そんな俺を、ヴィゼルさん――いや、ヴィゼル王が静かに見つめた。


「クロム殿。先ほどの案内、ありがとうございました」


 その声は威圧的ではない。

 だが、背後に国の重さが感じられる。


 王という立場の者にふさわしい、静かで揺るぎのない声だった。


「……少し、話をさせていただけませんか」

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