第50話 領地を繋ぐ者たち
領地の成長は、もはや誰の目にも明らかだった。
朝の空気を吸い込みながら中心通りを歩くと、かつて静かだった村とは思えないほどの活気が胸に響いてくる。
材木を運ぶ音、鍋の煮える匂い、商人の声。
それら全てが、アストレイが生きていることを示していた。
特産品である発酵食品やワイン、魔物肉。
最近ではバラクが鍛え上げた刀まで人気が出始めて、人の流れはさらに加速した。
「アストレイは伸びるぞ。今が商機ってやつだ」
「バラク殿の鍛冶、あれは本物だ。弟子入りしたい」
「ここに店を構えさせてくれ! 毎日人が押し寄せるだろ!」
アストレイに訪れた人たちから、そんな声が絶えず耳に入ってくる。
かつては誰も振り向かない辺境の村だったアストレイ。
それが今では、外部の人たちが『ここで生きたい』と望む場所へと変わった。
商いを覚えたい者、農地を求める者、魔物討伐班に加わりたい者。
その波に押されるように、村の周囲には入りきれなかった移住希望者の張った小さなテントが並び始めていた。
「……さすがに、このまま膨張させるわけにはいかないな」
小さな声でつぶやく。
既に北と東には防衛拠点を作っている。
なら——そこに、村を作ればいい。
それが俺とリヴ、そして主要メンバーで出した答えだった。
北はネクロスへの防衛線。
東はギルディアとの交易の玄関口。
どちらも村として発展すれば、アストレイ領全体の強みになる。
だが——問題は一つ。
「伝達手段が、致命的に足りない」
隣で歩くリヴも静かに頷いた。
「俊足のラピでも限界があります。領地が広がりすぎました」
「ネクレアの中にも伝令向きの移動系スキル持ちがいるが……それでも遅れる」
「緊急事態が発生したとき、遅れは命取りになります」
俺たちはしばらく沈黙した。
新しい村を作るどころか、今の規模でもギリギリだ。
領地が広がれば広がるほど、いちばん問題になるのは——伝達だ。
特に伝令系のスキル持ちはどの国でも喉から手が出るほど欲しがられるほど貴重で、滅多に現れない。
一度見つかれば、大国が真っ先に囲い込み、外には絶対出さない。
その事情を理解したうえで、俺はラセルに相談した。
だが返ってきた答えは、首を横に振るものだった。
『申し訳ありません、クロム様。ギルディアの情報戦を支える伝令系の人材は……いくらあなたでも、お渡しできません』
当然だ。
ギルディアの生命線を差し出すことなどできるはずがない。
つまり——外部に頼る可能性は完全に断たれた。
自分たちで解決するしかない。
それが、目の前に突きつけられている現実だった。
そんなとき、隣を歩いていたリヴがふと口を開いた。
「クロム様……あの三つ子を、覚えておいでですか?」
その名を聞いた瞬間、あの日の光景が蘇る。
シグレの刀『晴天』が完成し、北の森への視察へ向かったときに襲い掛かってきた三体のアンデッド。
互いの動きを完全に補完し、息を合わせ、まるで三つの体が一つであるかのような恐ろしい連携。
シグレと晴天がなければ、あれは危なかった。
無事無力化しネクレアにする事が出来た。
その時に発覚したのが三人は三つ子という事だった。
「もちろん覚えてる。あの三人がどうした?」
「三人……最近、自分たちのスキルを教えてくれたのです」
リヴは一歩近寄る。
「スキル名は【共鳴】。三人がお互いの思考を読み取り、意識をつなげ合う力です」
「……それが理由であれだけの連携ができたわけか」
「はい。そして、生前は近距離限定のスキルだったそうですが……ネクレアとなった今、範囲が桁違いに広がっている可能性があります」
胸が跳ねた。
「つまり——領地全体を繋げる伝達網になり得ると?」
「その可能性があります」
リヴは俺を見上げ、静かに微笑む。
「三つ子は……アストレイの《《神経》》になれるかもしれません」
その一言で、視界が一気に開けた。これまでの問題が、すべて解決する。
「……呼ぶぞ。すぐに」
「はい。準備させます」
◇ ◆ ◇
「「「お呼びでしょうか、クロム様」」」
俺の部屋に現れた三つ子のネクレア——リリラ、リリリ、リリル。
三位一体で襲い掛かってきたときの不気味な雰囲気はもうない。
今の彼女らは、静かで柔らかく、子どもらしいあどけなさを残している。
「元気そうだな」
三人は同時に頬を赤らめた。
「クロム様に」「呼ばれたと聞いて」「すぐに来ました」
三者三様の声なのに、まるでひとつの音のように響く。
これが共鳴の力なのか。
「試したいことがある。協力してほしい」
「「「もちろんです……クロム様のためなら」」」
迷いのない瞳だった。
俺は三人に同時に指示を出す。
「リリラはこのアストレイに残ってくれ。リリリは北の拠点へ。リリルは東の拠点まで移動してほしい。お互いがどれだけの距離で共鳴できるのか確かめたい」
三人は『任せてください』と頷き、すぐにそれぞれの場所へ向かった。
それから一時間もしないうちに、アストレイに残っていたリリラが俺に報告をする。
「二人とも着いたって」
「共鳴は?」
「うん、ちゃんと聞こえる。細かい考えまでは分からないけど……気配と意図くらいなら全部わかるよ」
その瞬間、背筋が震えた。
距離は関係ない。領地全域で共鳴できる。
つまり——伝達網の完成だ。
「戻ってきてもらおう。伝えてくれ」
ほどなくして、リリリとリリルが戻り、三人は俺の前に揃った。
「三人の力、間違いなく本物だ。アストレイに必要なものだ」
三つ子の瞳が希望に揺れる。
「リリラ、リリリ、リリル——頼みがある」
三人は姿勢を正し、同時に息を呑む。
「「「クロム様のためなら……なんでも」」」
「アストレイの伝達網になってほしい。北と東の拠点、そしてこのアストレイ。全ての連絡を、君たち三人の【共鳴】で繋いでほしい」
一瞬、三つ子は驚きに目を見開き——次の瞬間、ぱっと花が咲くように笑った。
「クロム様の声を……」「クロム様の想いを……」「隅々まで届けます……」
そして三人は揃って、胸に手を当てた。
「「「アストレイの声になります!」」」
その言葉は小さかったが、確かに領地の隅々まで届いた気がした。
そのあと、三人は俺の袖をそっとつまみ、あどけなく微笑んだ。
「クロム様……必要としてくれて……うれしい……」
「わたしたち、生きる意味が……できた……」
「ずっと……ずっと、おそばで……」
胸の奥が温かくなる。
「これから、頼りにする。よろしくな」
三つ子は嬉しさに身を震わせながら、深く頭を下げた。




