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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第七章 礎を築く者たち

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第49話 雨が晴れるとき

 分解を始めてから、十日が経った。


 その間、シグレはほとんど鍛冶場に張り付くようにしていた。

 刀を預けているというより、魂ごと預けているのだ。

 俺も、できる限り近くにいた。


 視線を離すのが怖いほど、バラクの仕事は異質で――美しかった。


 そして、ついにその時が来た。


 刀作りが始まった。


 炉は赤を通り越し、白に近い光を放っていた。雪原のような白さなのに、少しでも近づけば肌が焼ける。

 熱が押し寄せるたび、肺の奥まで火の粉が入り込むような、そんな息苦しささえあった。


「刀に使われているのと同じ素材は、この大陸にはなかった」


 バラクは素材の破片をひとつひとつ手に取り、無駄のない視線で判断していく。その動きは、確認ではなく対話に近かった。


「この素材は粘りが強い。こっちは硬度が高い。で……これは熱に強い。三つを合わせて、重ねて……あの刀と同じ骨格を作る」

「そんなことが、本当にできるのか?」


 思わず問いが漏れた。


 常識では無理だ。素材も技法も違うのに再現など――


 だがバラクは、当然とばかりに頷いた。


「あぁ。分解したからな。説明を聞いただけじゃ絶対無理だが……魂まで分解すりゃ、話は別だ」


 魂を分解。


 その言葉に、心臓がひくりと揺れた。


 人にも、ネクレアにも、刀にも――魂は宿る。

 触れれば響き、抱けば震える。

 バラクはその震えすら見極めたというのか。


 素材が揃うと、バラクは深く息を吸い込んだ。

 肺の奥に熱を落とし込むような、重い呼吸だった。


「まずは……核を作る。刀の芯になる部分だ」


 炉から赤熱した素材を鉄箸で引き抜き、金床に置いた瞬間、空気が震えた。


 ――カァン。


 澄んだ金属音が、鍛冶場いっぱいに広がる。

 ただの金属音ではなかった。


 何かが目覚める音だった。


 シグレが息を呑む気配が、横で濃く感じられた。

 俺の背中にも、熱が走る。


 ――これは、ただの鍛冶じゃない。


 バラクが一打撃ち込むたび、素材が細かく震え、かすかな叫び声のような音を返す。


 抵抗ではない。苦痛でもない。

 まるで『そこだ』『もっとだ』と訴えかけるような音だった。


 バラクは折り返し、叩き、また折り返す。

 その動きはまるで、鉄を支配する獣のようで――同時に祈りを捧げる神官のようでもあった。


「……すごい……」


 シグレの声は小さかったが、熱を帯びていた。


「刀が……生まれ直しているように見えて……胸の奥が、熱く……」


 シグレが握りしめる拳は震えていた。

 侍としての誇りと、刀への信仰に似た感情があふれ出していた。


 バラクは振り返らない。ただ黙々と、職人の背中だけで語っていた。


 核が形を帯びると、外側の鋼を重ねる作業へ移った。


 粘る鋼。固い鋼。しなる鋼。

 三種の素材が、バラクの槌と火に鍛えられ、重なり合い、ひとつの刃へと変わり始める。


 シグレは、息をするのも忘れて見入っていた。

 炎に照らされる瞳には、刃が生まれ変わる瞬間だけが映っていた。

 バラクは手を止めずに言う。


「この刀は……戦うためだけに刃を鍛えられたんじゃねぇ。守るためだ」

「守る……」

「刃の表情がそう言ってる。……シグレ。お前もそうだろ?」


 その言葉に、シグレの胸が一気に揺れたのがわかった。

 静かな火が灯り、そして力強く燃え始める。


「……はいっ」


 鍛冶場の火よりも熱い声だった。


 ◇   ◆   ◇


 そこから先の七日間、炉は昼夜関係なく白熱し続けた。


 バラクの槌が止むたび、世界の音が消え――また打ち込まれた瞬間、世界が息を吹き返す。


 それほどまでに、彼の鍛造は圧倒的だった。


 シグレも、ずっとそこにいた。

 ただ、見届けたかったのだろう。


 炎に照らされた侍の横顔は、真剣で、美しく、そしてどこか哀しげでもあった。


 やがて刃の形が整い、仕上げへと進む。

 バラクは細心の注意で刃を研ぎ、鋼の肌目を整えた。


 滑らかな曲線が現れた瞬間、刃が――呼吸した。

 俺ははっきりと感じた。


 ――魂が入った。


 炎の中で、刃だけがひときわ白く輝いた。


「……できた」


 バラクの声は低いが、七日間のすべてが宿っていた。

 刀をシグレの前に差し出す。


「シグレ。……お前の刀だ」


 シグレの肩が震えた。受け取る手は、小刻みに震えていた。


「……これを……拙者のために……」

「当たり前だろ。お前が使うんだ。そうじゃなきゃ意味がねぇよ」


 シグレは刃を見つめた。

 火の光を映す波紋は、まるで命の脈動のようだった。


「侍の魂は……こうして……未来へ受け継がれるのですな……」


 その目に光るものを見て、俺は静かに言った。


「シグレ。その刀は、お前自身だ。大事にしてやれ」

「……はい……! 必ず……!」


 シグレは胸に刀を抱きしめた。


 まるで、自分の半身を取り戻したかのような抱き方だった。


「シグレ。……試してみるか?」


 俺の問いに、シグレは静かに頷いた。

 表情は凪いでいるのに、周囲だけが張り詰めたように揺れていた。


「……お願いします」


 外に丸太が一本、立てられた。

 風はない。だが、シグレの周囲だけが微かに震えている。


 刀が呼吸しているようだった。


 シグレはゆっくり歩み出し、鞘を握ったまま目を閉じた。

 侍の集中力――


 まるで世界の音が遠ざかる。


「行きます……!」


 声は小さいのに、空気が一瞬で重くなる。


 ――居合。


 抜いた影すら見えなかった。

 ただ、真横へ一筋、冷たい光が流れた。


 次の瞬間、丸太は中心線で吸い込まれるように割れていた。


 音はなかった。裂け目は極限まで滑らかで、刃が通った痕跡すら感じさせない。

 ただ重力に従い、二片が静かに滑り落ちるだけだった。


「……すごい……」


 思わず呟く。

 刃は揺らがず、むしろ抜かれたことを喜ぶように青白く輝いた。

 シグレは刀を納め、胸に手を当てた。


「『晴天(せいてん)』……」


 その声は、祈りにも似ていた。


「……拙者の名は、雨。ならば、その雨を晴らし、道を照らす刀であってほしい。そう願い……この刀を、『晴天(せいてん)』と名付けます」


 シグレは少し照れたように笑う。


「晴れ渡る天のように……真っ直ぐな刃でありますように」


 バラクは腕を組み、鼻を鳴らした。


「名前負けしねぇように、しっかり使ってやれよ」

「はいっ!」


 晴天を抱くシグレは、紛れもなく侍だった。


 ◇   ◆   ◇


 数日後、バラクは再び炉に火を入れた。


「……また打つのか?」

「当たり前だろ。あの王様への礼は形にしねぇとな」


 炉の熱が白に近づく。

 バラクの横顔には、誇りと静かな闘志が灯っていた。


 七日後、一本の威厳ある刀が生まれる。

 バラクは刃を一瞥し、満足げにうなずいた。


「……王の顔に恥かかせねぇ出来だ」


 その刀は丁寧に布に包まれ、バルドリアに届けられた。


 ◇   ◆   ◇


 さらに数日が過ぎた頃、俺は鍛冶場の戸を叩いていた。


「バラク、バハドール王からの手紙だ!」


 読んだバラクの顔が、妙に照れくさく歪む。


『見事な刀、確かに受け取った。飾らせてもらっている。使うには惜しいが、機会あらば試してみたいものだ。鍛治師バラクに心からの感謝を』


 読み終えた時、バラクは鼻の頭を指でかいた。


「使ってほしいんだけどな、本当は。武器は飾るもんじゃねぇからな。でもまあ……喜んでるなら、いいか」

「……そういって、嬉しいんだな?」

「うるせぇ。嬉しいに決まってんだろ」


 鍛冶場の奥、まだ煤の残る炉が、ぽっと赤く光った。


 その火は、いつもより少しだけ優しい色をしていた。

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