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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第六章 魂を賭して戦う者たち

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第44話 覇王とメイド

 闘技場の砂は、熱を含んでざらついた匂いを放っていた。生温い風が吹くたび、その砂が小さく舞い上がり、肌に薄膜のようにまとわりつく。


 観客席のざわめきが薄まっていく。

 まるで全員が、これから起きる光景を息を潜めて待っているかのようだった。


 リヴがゆっくりと歩き出る。

 ツムギに作ってもらった、黒を基調としたメイド服に似た戦闘服は、彼女の俊敏さを損なわず、動きのたびに裾が緩やかに揺れた。


 対するは――武闘国バルドリア王、バハドール。

 巨岩のような身体。

 近くにいるだけで、圧迫感が皮膚から内側へじわりと染み込んでくる。

 視線を向けるだけで胸の奥がざわつくのだから、直接向かい合っているリヴへの圧は想像を絶するものだろう。


 兵たちが運び込んだ巨大な布包みが解かれ、鉄と油の濃厚な匂いが広がった。


 鉄を固めた塊を両端に持つ両手棍。

 凶器というより、暴力そのもの。

 バハドールはそれを片腕で軽々と担ぎ上げた。

 観客席のどよめきは、歓声というより震えに近い。


「これは俺の武器、覇王棍はおうこん


 低い地鳴りのような声が闘技場に響く。


「本来であれば、これで相手をする。だが――」


 バハドールの視線がリヴを射抜いた。

 リヴは肩を回し、拳を握り込む。

 瞳には揺るぎのない光。


「私は、素手でいきます」


 震えのない声だった。

 それだけで胸の奥が熱くなる。


 バハドールの口元がわずかに持ち上がる。


「ほう……いい眼だ」


 そして、覇王棍を背中の革帯に差し、手を離した。


「そちらが素手でくると言うのなら、俺も素手でいこう」


 闘技場が爆ぜるような歓声に包まれた。


 侮りでも情けでもない。


 ただ一人の戦士が、一人の戦士を正面から楽しむための選択。


 リヴの喉から、嬉しさが滲んだ小さな唸りが漏れた。

 その音だけで、心が強く揺さぶられる。


 始まる――


 審判として立つ西領主フォルテスが手を挙げる。


「構え!」


 その瞬間、空気が変わった。


 バハドールの周囲の空気が震え、揺れ、ひび割れたような錯覚を覚える。

 視界が揺らぐ。


 まるで彼を中心に、世界が歪んでいく。


 観客席から溢れる感情が流れ込んでいくのが見えるようだった。


 恐怖。興奮。殺気。狂喜。期待。憧憬。


 全てが奔流となって、バハドールへ吸い込まれていく。

 筋肉が膨らみ、呼吸が熱を帯び、彼の存在そのものが拡大していくように見えた。


「最終試合――始め!」


 フォルテスの声が落ちた瞬間――


 バハドールの巨体が、跳んだ。


 消えた。

 巨体が跳躍したとは思えない速度。


「っ――!」


 リヴは反射的に腕を上げる。

 その腕に、岩壁を砕くような衝撃が叩きつけられた。


 轟音。


 砂煙が爆ぜるように巻き上がる。地面が巨大な槌で殴られたように陥没した。


 俺の視界が揺れる。


「リヴ!」


 リヴの身体が吹き飛ぶ。

 だが彼女は空中で身体をひねり、二回転して爪先で砂を裂きながら着地した。

 腕を振り、拳の感触を確かめて――微笑んだ。


「やはり……、覇王と呼ばれるだけの事はありますね」


 バハドールは笑う。


「まだだ。もっと来い。お前の本気はそんなものではあるまい!」


 赤黒い渦が彼の身体から立ち上る。

 吸い上げた感情そのものが、魔力へ変換されているかのようだ。


「俺のスキルは【覇力(はりょく)】」


 空気が重くなる。

 砂が震える。

 巨王の筋肉が膨張し、骨がきしむような音が耳に届いた。


「周囲のあらゆる『感情』を吸収し、俺の力へ変える。ゆえに人は俺を覇王と呼ぶ」


 言葉が終わりきる前だった。


 ――地を砕く破裂音。


 バハドールの足元から砂が爆ぜた。

 次の瞬間、巨体が跳んでいた。


 重さを無視した速度。

 人の視覚が追いつく前に、影だけがリヴの目の前へ落ちてくる。


「リヴッ!」


 叫ぶよりも早く、バハドールの拳が振り下ろされた。


 拳、というにはあまりにも巨大な質量。

 城壁を叩き割る戦槌のような一撃が、リヴめがけて一直線に降りる。


 リヴは寸前で腕を交差し、全身で受け止めた。


 再び轟音。

 砂煙が爆発し、地面が波打つ。


 受け止めたはずのリヴの足が、砂ごと十センチ沈み込む。

 衝撃が腕から胸へ、脊椎へ、全身を叩き抜ける。


「くっ……!」


 息が漏れたその一瞬を狙い、バハドールの影が揺れた。


「まだだ!」


 吸い込んだ感情の奔流が、拳に、肘に、膝に、まるで炎のように宿っていく。


 連撃。重さと速度を兼ね備えた、巨王の暴圧が襲いかかる。


 一撃。さらに一撃。


 リヴの腕が弾かれ、足がよろめき、地面に指がめり込む。


 押されている。防戦に回らされている。


 ただでさえネクレアとして、常人を遥かに超えるはずのリヴの膂力。

 そのリヴが、巨大な嵐に片手で押し流されるように後退させられていく。


 砂煙の中で、リヴの息が荒れた。

 腕から血が一筋飛ぶ。


 ――押し返せない。


 僅かなその事実に、胸が焼けるような痛みが走る。


「……リヴ!」


 気づけば手を伸ばし、魔力を流し込んでいた。


 黒い霧がリヴへ駆け込み、傷を塞ぐ。


 その瞬間――


「クロム殿、手出し厳禁だ!」

「卑怯者!」

「決闘の礼を知らぬのか!」


 フォルテスやバルドリア兵たちが怒号を上げ、殺気を向けてくる。


 だが――


「構わん」


 バハドールの声が、全てを制圧した。


「これはすでに、決闘という枠では収まらぬ戦いだ。俺が望むのは……アストレイが持つ力だ。それが全力だと言うのなら構わない」


 王は俺を、真っ直ぐに見た。


「クロムよ。お前の助力で、あの女がどこまで行けるのか。俺はそれを確かめたい」


 兵士たちは沈黙した。


 こんな王がいるのか。

 この世界の強者は、ここまで純粋なのか。


 リヴが俺を見る。血に濡れた顔で、笑っていた。


「クロム様。ありがとうございます。後は――私に任せてください」


 彼女の傷は、俺の魔力で塞がっていく。

 闘気が再び身体の周りで揺らめく。


 バハドールは満足げに頷く。


「面白い。これがネクロマンサーとネクレアか。噂よりずっと良いではないか」


 バハドールは言う。


「来い! その力、存分に見せよ!」


 拳と拳が再びぶつかる。

 大地が割れ、砂が一直線に吹き飛ぶ。


 俺の魔力を受けたリヴの身体が、黒い燐光のようなものを帯びる。

 筋肉がしなる。


 強敵を前に怪力を抑制する必要がなくなり、彼女の拳が音を裂いた。

 その瞬間、リヴの拳は以前とは比べものにならない重さを秘めていた。

 バハドールの巨腕を真正面から受け止め、わずかに押し返す。


 観客席から驚嘆のうねりが起きた。


「ほう……!」


 バハドールの目がわずかに見開かれる。

 覇力を纏った王を、ほんの一歩だけ後退させたのだ。


 砂がリヴの足元で爆ぜ、彼女はさらに踏み込み、拳を二撃、三撃と重ねる。

 速度も重さも、完全に先ほどまでとは別次元だった。


 だが。


 バハドールは、それ以上一歩も退かない。


 リヴの拳が入るたび、吸収された観客の感情が轟音のように王の体内を巡り、瞬時に力へ変換される。

 押し返しても、押し返しても――次の瞬間にはそれ以上の力で返ってくる。


「悪くないッ! だが――まだ遠い!」


 咆哮とともに振り上げられた拳が、空気の膜を剥がすような音を立てた。

 リヴの全力の打撃が交差する。


 衝撃の波が闘技場全体を震わせた。


 次の瞬間――


 リヴの足が滑り、砂に深く沈み込む。

 肩が大きく揺れ、膝がわずかに落ちかけた。


 強くなっている。

 確かに先ほどより速く、重く、鋭い。

 俺の魔力が確かにリヴを後押ししている。


 それでも――


 覇王バハドールは、遥か先で待っている。


「っ……!」


 リヴの拳が弾かれた衝撃で、肺の奥から血が逆流しそうな音がした。

 そのわずかな乱れを――バハドールは逃さない。


 振るわれた巨腕が、リヴを大きく後退させる。


 そして――


 彼女の唇から、赤い雫が零れ落ちた。 リヴが血を吐く。

 肩が震え、膝が落ちかける。


「リヴ……もう、いい。これ以上はネクレアでも危険だ。リヴが――」

「……倒れません。クロム様がいるから」


 リヴは笑った。


 苦しそうなのに、嬉しそうに。


「私は……まだ、戦えます」


 声が震え、瞳も揺れている。


 それでも――折れていない。


 なぜだ。なぜ、ここまで。


「なぜ……そこまで拘る。なぜ……」


 リヴは短く息を吸い、俺を真っ直ぐに見た。


「クロム様の願いが……私の願いですから」


 胸の奥が熱くなり、言葉が出なかった。


 その瞬間――俺の魔力が震えた。


 応えるように。リヴの想いに、応じるように。


 俺の中のネクロマンシーが、脈動した。

※作者からのお願い


投稿のモチベーションとなりますので、この小説を読んで「続きが気になる」「面白い」と少しでも感じましたら、↓の☆☆☆☆☆から評価頂き作品への応援をよろしくお願い致します!


お手数だと思いますが、ブックマークや感想もいただけると本当に嬉しいです。


ご協力頂けたら本当にありがたい限りです。

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