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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第五章 命を営む者たち

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第39話 食べる者

「……米と納豆が食べたい」


 鍛冶場にいた俺とバラクは、同時に手を止めた。

 火床の炎がぱちりと爆ぜ、金属を焼く匂いが鼻をくすぐる。


 シグレは炉の前に立ったまま、まっすぐにこちらを見ていた。

 その声音は真剣そのものだった。

 バラクが呆れながら問う。


「……おい、今なんて言った?」

「米と納豆だ」


 即答だった。

 まるで当然のことのように言い切るから、余計にわけがわからない。


「いや聞こえはしたがよ……お前、唐突すぎねぇか?」


 バラクが眉をしかめる。

 今は、刀の形状について話していた。

 その流れでジャポニアの文化についても少し触れていたが――唐突すぎる。


「ジャポニアでは米が主食だ。炊き立ての白米に、納豆をかけて食うんだ。あれが、たまらない」


 シグレは遠い記憶をたどるように目を細めた。

 炎が揺れて、その瞳の奥に赤い光が映る。


 そこに宿るのは懐かしさ――そして、ほんの少しの寂しさだった。


 俺は思った以上に驚いていた。

 シグレは侍と呼ばれる戦士であり、寡黙だが、淡々とした男だ。

 感情よりも理を優先し、必要以上の言葉を持たない。

 そんな男が『食』を――しかも故郷の味を恋しがっている。


 その事実が、なぜか胸にじんと響いた。


「……納豆って……どんなもの……なんですか?」


 背後から控えめに声がした。

 振り返ると、トローネとツムギが顔をのぞかせていた。

 二人とも、鍛冶場の熱気に押されながらも興味津々といった様子だ。


「大豆を発酵させた食品だ。匂いは強烈だが、味は深い」

「へぇ……私も食べて……みたいです……」


 トローネの声は、やさしく、どこか夢見るように柔らかかった。


「それなら私は味噌汁が飲みたいです」


 ツムギが続ける。


「味噌汁?」

「えぇ。あったかいスープみたいなもので、体の芯から落ち着くんですよねぇ」

「味噌も大豆から作る。豆を潰して、塩と麹で……時間をかけて育てるんだ」


 シグレとツムギの声は、まるで遠い日々をなぞるように穏やかだった。

 その光景を見ながら、俺はふと息を呑んだ。


 二人の姿が、どこか人間らしく見えた。


 いや、人間以上に――生きている、と思えた。


「……二人は、別に食べる必要はないだろ」


 俺は静かに言った。

 ネクレアは、俺の魔力を糧にして動く。

 食事も睡眠も、本来は不要な存在だ。


 それでも、シグレは迷いなく言い切った。


「食べることは、生きることだ」


 短い言葉だった。

 だが、その響きは心の奥底に沈んでいくように深かった。


 生きるとは、ただ動くことではない。

 喜び、感じ、思い出し、また望むこと。


 そういうものがあるから『生きている』と言えるのだと、思わせる力があった。


「……わかった。手に入れてみる」


 そう言うと、シグレの瞳がわずかに揺れた。

 ツムギは小さく息を呑み、トローネは目を細めて微笑んだ。

 その瞬間、鍛冶場の熱が少しだけ柔らかくなった気がした。


 ◇   ◆   ◇


「米と納豆に、味噌……ですか」


 数日後訪れたラセルに相談すると、彼は顎に手を添え、涼しい笑みを浮かべた。


「手に入らないわけではありません。ただ……輸入品となるため高価です。量も少ない」

「構わない。少しでもいい。どうしても食べさせたい人たちがいるんだ」


 俺がそう言うと、ラセルはわずかに目を細めた。

 そして、軽やかに笑う。


「では――なんとかしてみましょう」


 その言葉には、商人としての自負と信頼があった。

 この男は約束を守る。

 それだけで、十分だった。


 ◇   ◆   ◇


 数週間後、再びラセルが姿を見せた。


「持ってきましたよ」


 ラセルが持ってきた物は、俺たちが期待した米や納豆、味噌そのものではなかった。


「……これは、なんだ?」

「米の苗と、大豆の種です」


 ラセルは涼しい声で言い放つ。


「完成品ではなく、材料を育ててしまえばいいのです。そうすれば、いくらでも食べられるでしょう?」


 ……なんて発想だ。


 やはりこの男は、想像の斜め上をいく。


「ラセル……助かる」

「お礼は、これが実ったあと食べさせてもらえたら結構ですよ」


 軽く笑うその顔は、どこまでも涼やかだった。


 ◇   ◆   ◇


 俺たちは畑へ向かった。


「まずは大豆ですね……」


 ツムギがミーノと並んで説明する。

 その声はいつになく張りがあった。


「土を柔らかくして……間をあけて……こう……」


 シグレは無言で手を動かし、トローネは穏やかに微笑みながらそれを手伝う。

 その姿はまるで、戦場を忘れた家族のようだった。


「次は米の田植えだな」

「まずは泥にするわよぉ!」


 肥料をたっぷりと混ぜた土をドロシーの能力で土を均し、水路から流れ込んだ水が一気に広がり、光を映して波打った。


 アストレイに初めてできた田んぼと呼ばれる畑。

 その静かな水面を見て、誰もが息を呑んだ。


「これから田植えをします。このくらいの束を、一定の間隔で……」


 ツムギの指示に従って、俺たちは一斉に植え始めた。


 泥に足を取られながら、バラクが盛大に転ぶ。

 ドロシーは笑いすぎてつられて転び、トローネはゆっくり手を差し出す。

 その光景がなんとも穏やかで――思わず笑みがこぼれた。


 田植えが終わると、ミーノが稲に手をかざす。

 やさしい光が苗の先を包み、少しずつ背が伸びていく。


「止めてください。このくらいで十分です」

「田んぼの管理って大変なんだな」

「本来は半年以上かけて育てるものですからね」


 ツムギの言葉に、誰もが感嘆の息を漏らした。


 ◇   ◆   ◇


 一週間後、黄金色の稲が風に揺れ、大豆の莢がふっくらと膨らんでいた。


「……すげぇ……」


 誰かが呟いた。

 俺も言葉を失った。


 生命が宿るというのは、こういうことなのかもしれない。


 収穫は村の住人総出で行った。

 稲はバラクが作った鎌で刈り取られ、腰をさすりながらも皆が笑っていた。

 汗と泥にまみれながら――それでも笑顔だった。


 刈り取った稲はバラクのスキルで可食部となる米に分解される。

 掌の上で光るその粒に、誰もが見惚れた。

 白く輝く米粒がこの後どのようになるのか、今から楽しみだ。


 大豆は発酵するコーハが担当した。

 壺を開けた瞬間、鼻を刺すような匂いが広がる。


「これ……成功してるんですか……?」


 恐る恐る開けた壺から、強い香りが立つ。

 チーズとはまた違う発酵の匂い。

 とても食べ物の匂いとは思えない。


「……間違いない、納豆だ」


 シグレが断言した。


 そして、下処理をした大豆も発酵させる。

 見た目がその、あれに似ていて食べ物なのかと疑問に思う。


「味噌もこれで完成です」


 ツムギの味噌も完成し、温かい香りが診療所から漂ってくる。


「炊けたぞ」


 米も、白く輝いていた。


 村に、湯気と香りが満ちていた。


 俺たちは輪になって座り、そっと手を合わせた。


「いただきます」


 炊き立てのご飯をすくって食べる。


 米を口に含んだ瞬間、全員が息を呑んだ。

 ふっくらとした甘み、やさしい温もり。

 それだけで胸が満たされる。


「……うまいな」

「あったかいです……」


 ツムギの頬がほんのり赤い。

 味噌汁も、あの見た目からは予想できない独特な風味で心を落ち着かせてくれる。


 だが――


「うえぇ……なんだこれ……糸引いてる……!」

「く、くさい!」

「これは食べ物なのか!?」


 納豆の壺を前に、村のあちこちで悲鳴が上がる。

 誰もが顔をしかめ、涙目になりながら手を止めた。


 その中で。


「……最高だ……」

「ん……おいしい……」


 シグレとツムギは、ドルビが作ってもらった箸という二本の棒を器用に操り、心から幸せそうに笑っていた。


 まるでその瞬間だけ、故郷の時間が戻ってきたかのように。


 俺はその笑顔を見つめながら、胸の奥で何かがほどけていくのを感じていた。


 ――食べることは、生きることだ。


 シグレの言葉が、ゆっくりと胸に落ちた。

 それは確かに、命の証だった。


 ◇   ◆   ◇


 その日を境に、ネクレアたちの中に『食べる者』が増えていった。

 味を楽しみ、香りを感じ、語り合う。

 それだけで、彼らは確かに生きていると感じた。


 やがて、アストレイで生まれた食べ物たちは、ラセルのお眼鏡にもかなった。

 彼の商人としての勘が告げたのだろう。

 『この味は、きっと広がりますよ』と、あの涼しい笑みで言っていた。


 白米は上質な穀物として。

 味噌汁は身体を温める癒しの一杯として。


 そして、例の納豆も。

 食べた者の多くは、眉をひそめてしばらく黙りこみ、やがて『……珍味だな』と言葉を濁す。


 それを聞いて、俺たちは笑った。


 アストレイには、確かに生きる匂いがある。


 それだけで、もう十分だった。

第五章はここで完結です。

第五章では村長から領主へ。

新たな登場人物と共に領地発展へと繋がっていきました。

そして領主となり発展する事で、今後どのような展開を巻き起こすのか楽しみにして頂けたら幸いです。


※作者からのお願い


投稿のモチベーションとなりますので、この小説を読んで「続きが気になる」「面白い」と少しでも感じましたら、↓の☆☆☆☆☆から評価頂き作品への応援をよろしくお願い致します!


お手数だと思いますが、ブックマークや感想もいただけると本当に嬉しいです。


ご協力頂けたら本当にありがたい限りです。

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