第38話 火を熾す者
バラクとトローネを迎え入れた俺は、二人をアストレイの案内へ連れ出した。
アストレイは、以前より明らかに活気づいていた。
煙突からは食事の匂いが流れ、畑では村人が鍬を振るい、子どもたちは水辺ではしゃぎながら魚を洗っている。
――生きている音だ。
「おお……なんだこれは……えらく整ってるじゃねぇか!」
バラクは目を輝かせながら村を見渡した。
「俺はてっきり、もっとこう……死人の国、ってやつ想像してたんだがよ」
「ネクレアならいるぞ」
畑の方から、作業をしていたネクレアたちがこちらに振り返った。
手に鍬を持ち、土に立ち、夕日を受けて影を伸ばしている。
死んだはずの者たち。
けれど、今は――この村を支える、仲間だ。
バラクは腕を組んで見入った。目に宿るのは嫌悪でも警戒でもなく、観察だった。
「怖いか?」
「あ? 意思があるんだろ。なら俺たちと変わらねぇさ。名前が何だろうが、意思をもって動くなら仲間だ」
あまりに自然に言うので、俺は思わず息が少し軽くなった。
その隣で、トローネが作業をしていたネクレアの手にそっと触れていた。
動きは遅いけれど、やさしい。
「……冷たいんですね……でも……ゆっくり……でも……脈がある……」
「トローネは怖くないのか?」
「話だけ聞いて……ここに来る前は……すこし。でも……今は……この光景を……見てると……」
言葉がゆっくりと、しかし確かに心に届く。
「……生きてる、って感じがします」
その声は、穏やかだった。
俺は確信した。
――この二人は、ここに馴染む。
◇ ◆ ◇
バラクとトローネが村に来てから、数日が過ぎた。
アストレイの空気はいつものように穏やかで、だがその中に『ほんの少しの熱』が差し込んでいた。
村に新しい手が入り、それが確かな形となって表に現れ始めていたからだ。
――鍛冶場の火だ。
バラクは村の外れ、元々はネクロスの領域だった岩場の近くに鍛冶場を構えた。近くにあった炭鉱から素材となる材料が採取できることが判明した。
バラクは鍛冶場に腰を据え、村人たちが持ち込んだ壊れた鍬や包丁を修理しながら、手際よく火と鉄を扱っていた。
揺れる炎に照らされた横顔は、戦う者のそれではなく――作る者の顔だった。
「重さが逃げねぇように形をこっちに寄せた。無駄な鉄は落とした。握りやすさも調節した」
鍛え上げた鍬を手渡された村人が、驚きの声を上げる。
「す、すげぇ……手に馴染む……!」
「道具は使い手が主人だ。鉄は従う。それだけだ」
バラクは豪快に笑った。その笑いは火の明るさによく似ていた。
俺はその光景を少し離れて眺めながら、心の奥があたたかくなっていくのを感じていた。
――力のある者は、いつか戦うことを強いられる。だが、作るためにも力は必要だ。
バラクは、その両方を背負う男だ。
◇ ◆ ◇
トローネの様子を見に診療所に足をのばす。
ちょうど怪我人を治療しているところだった。
ベッドに横たえられた青年の腕は、深く切れて血が溢れていた。
「……大丈夫。痛くないですからねぇ……」
トローネはゆっくりと青年の手に触れ、まぶたを閉じた。
彼女の動きは、焦りをまったく含んでいない。
「停滞――」
声は小さく、けれど確かに力を帯びていた。
青年の腕から溢れていた血が、すう、と落ち着く。
痛みに歪んでいた表情が、ふっと緩む。
「……不思議、な……感じだ……」
「ね……だいじょうぶ……ツムギさん……縫合をお願いします」
ツムギがその隣で糸を操り、素早く縫合していく。
トローネはその間、薬草をすり潰し、包帯を丁寧に巻く。
手際は、遅い。
だが、見ているだけで呼吸が整うほど落ち着いていた。
「終わりました……」
トローネはほっと息を吐く。
ツムギは目を輝かせていた。
「トローネさん、本当にすごいです……!」
「ゆっくり……で、すみません……」
「ゆっくりでもいい。治るならな」
俺がそう言うと、トローネはほんのり笑った。
「早さだけが答えじゃない。守るべきものは、ゆっくりでいい」
「クロムさんは……優しいですね……」
「俺は優しくなんかない。必要だと思ったから言っているだけだ」
そう言うと、トローネは嬉しそうに首を横に振った。
「それが……優しさなんです」
不思議な女性だ。
だが、嫌ではない。
◇ ◆ ◇
数日後、シグレが鍛冶場に現れた。
「バラク殿の腕を見込んで頼みたい事がある」
「どうした。武器でも折れたか」
「いや。作ってほしいものがある。ジャポニアに伝わる――刀だ」
バラクは目を丸くした。
「刀か! 噂は聞いたことがある。で? 現物は?」
「なくした」
「は?」
「拙者が説明するから作ってくれないか?」
「無茶言うな!」
鍛冶場にバラクの怒声が響く。
シグレは、肩をすくめるでもなく、ただ静かにバラクを見た。
その目には焦りも、強引さもない。
あるのは――淡い諦めと、けれど消えていない願いの光。
「……やはり難しいか……」
押したわけではない。
煽ったわけでもない。
もし無理なら、それで仕方ない。
そんな声音だった。
だがバラクは、むしろその静けさに火をつけられた。
「――できないとは言ってねぇ!!」
大声が鍛冶場を揺らした。
「無茶だっつってんだ! けどなぁ、職人に『できない』って言わせたまま帰らせるかよ!」
バラクはニヤリと笑い、火床に炭を足す。
炎が再び唸りを上げる。
「よし、話せ。お前の言う刀ってのが、どんなもんか。形、重さ――なんでもいい。」
シグレは、わずかに、ほんのわずかに表情を緩めた。
「……助かる」
夜は深まり、しかし鍛冶場の火だけは、静かに燃え続けていた。
火はまだ消えていない。
鉄の匂いは夜に溶けない。
アストレイの夜は、これから形になるものたちの音を鳴らしていた。
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