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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第五章 命を営む者たち

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第36話 凍てつく手が灯すあたたかさ

 セラを見送って、数日が経った。


 陽はまだ低い。朝の空気は肌に張りつくように冷たく、それでいてどこか心地よい澄み方をしていた。


 アストレイの空は、以前よりも青が深い。

 領地というものが、景色にさえ影響を与えるのかもしれない。


 それが思い込みにせよ、悪くない気分だった。


 村全体の様子を見ながら、俺は息をゆっくり吐く。

 聞き慣れた足音が近づくのに気がつき、振り向く。


「……もう戻って来たのか、ラセル」


 ラセルは、深く礼をした。

 以前と変わらぬ物腰の柔らかさ。しかしその礼は、客人でも商人でもなく、一人の同盟者としての礼節だった。


「セラさんは無事、港までお送りいたしました。オルタリア行きの船にもお乗せできましたよ。『クロムさんに、くれぐれもよろしくお伝えください』と、そう言っていました」

「……そうか」


 迷子の旅人。

 ふわふわしていて、掴みどころがなくて、でも、澄んだ笑顔をする女性。

 あの足取りの先に、どんな道が続くのかは俺には分からない。


 やがて何かを背負う日が来るような、そんな予感が胸に宿る。


 ラセルは一度表情を和らげたあと、すぐに真剣な眼差しに戻した。


「――さて。本日は別件で参りました」

「早速、商売の話か」

「はい。ですが今回は、マルキオンではなく……アストレイの同盟者として」


 しなやかな声に迷いはない。


「魔物肉を、ギルディアに卸していただけないかと考えております」


 その言葉に、俺は軽く息を吸った。


 魔物肉。

 魔力を帯びた荒野の獣たちの肉は、普通の家畜よりも旨味が濃い。

 だがその魔力が災いし、魔力を吸い取った後も時間が経つほどに肉は劣化し、独特の苦味とえぐみが増す。


 だから今は、ドレイナが魔力を吸い、燻製や塩漬けにして保存・販売している。


「ギルディアが求めているのは、生肉だな」

「ええ。加工前の味を、料理人たちは望んでいるようです。しかし――」

「ドレイナを貸すわけにはいかない」


 俺が言うと、ラセルは静かに頷いた。


「もちろんです。アストレイはまだ独立したばかり。食糧事情も安定はしていない。外へ出す余裕があるかどうか……その判断は、もちろんクロム様にお任せします」


 ラセルは静かに頷き、言葉を選ぶ。


「ですが、アストレイの魔物肉は――本当に、旨い」


 その声音は商人ではなく、ひとりの食客の感想のようだった。


「もし生の魔物肉があれば、ギルディアの食卓に新たな文化をもたらします。新しい食の流れ。それは、国の相場をも揺るがす可能性がある」


 話は分かる。

 確かにアストレイはまだ駆け出しの独立領。資源は限られている。

 だが、もし安定した輸出経路が確立できれば――村は強くなる。


 問題は、保存だ。


 ドレイナは魔力吸収の才能を持つが、彼女は一人しかいない。

 魔物肉をすぐに輸出しても数日もしない内に品質は落ちてしまう。


 ドレイナは替えが利かない。

 魔力吸収は個人依存の能力だ。


 そこで、ひとつ思い当たった。


「……フリシアなら」


 凍結。

 それは言い換えればそのまま保つ力。

 解けることなく停滞する、永遠の瞬間。


 俺はラセルに告げ、ネクレアたちが訓練している広場へ向かった。


 ◇   ◆   ◇


 そこでは、フリシアがネクレアたちと並んでスキルの練習をしていた。


 彼女は小柄で、雪のような淡い銀雪色に薄く青みが差している。

 その瞳は冬の朝の空気のように冷たく澄んでいながら、やわらかな光を帯びていた。


「フリシア」


 呼ぶと、肩がわずかに揺れ、彼女はこちらを見る。


「クロムさん」


 名前を呼ぶ時の声に、ほんの少しあたたかさが宿るようになった。


「お願いがある。魔物肉を凍結できるか試したい」


 フリシアは一度まばたきをして、それから迷いなく頷いた。


「……やってみます」


 その返事に曇りはなかった。

 俺たちは早速魔物肉を処理している、ドレイナの加工場へ向かった。


「まあ。クロムさん。こんな朝から来てくださるなんて……夜なら、もっと熱く歓迎できるのに」


 ドレイナがいつもの調子で笑うと、フリシアはさっと前に立ち、目だけで牽制した。

 小柄な体で、誰よりも強い拒絶を示す。


「……実験をします。魔物肉を、お願いします」

「はいはい、可愛い子に頼まれちゃ断れないわねえ」


 ネクレアたちが運んできたのは、魔力を抽出したばかりの魔物肉。

 血の照りは濁らず、新鮮そのものだ。


 フリシアは一歩前へ出る。

 息を静かに吸い込む。


 冷たさが世界に満ちるのが分かった。


「――凍てよ」


 囁くような声。

 白い霧がふわりと舞い、氷花が肉に咲く。


 それは一瞬。

 呼吸ひとつ分の短さで、魔物肉は完全に凍りついた。


 肉の繊維は乱れず、水分は飛ばず、ただ、時間だけが閉じ込められた。


 ラセルが驚きの息をもらす。


「……見事です」


 だが問題はここからだ。

 保存期間、そして解凍後の品質。


 凍結された肉はそのまま数日たっても溶ける気配はなかった。

 仕方がないので火にかけ解凍を促す。

 解凍された魔物肉を、切り分け、調理される。


 熱した鉄板に乗せると、香りが立ちのぼる。

 脂が弾ける音が心地よい。


「……いただきます」


 俺は口に運んだ。


 旨味が濃い。

 魔物肉本来の甘みがそのままだ。

 凍らせたはずなのに、繊維はほどけるように柔らかい。


「……すごいな。味が落ちていない」


 ラセルが息を吐く。


「これなら、ギルディアへ輸送しても品質を保てます。価格競争にも勝てる。アストレイは……本当に、市場に名を出せます」

「ああ。フリシアのおかげだ」


 言った瞬間、フリシアが肩を震わせた。


 驚きでも自信でもない。

 それは――あたたかい涙の気配に似ていた。


「わたし……役に、立てましたか」

「もちろんだ。アストレイはフリシアを必要としている」


 フリシアの瞳が揺れ、胸にそっと手を当てる。


 凍てついた心に触れるように。


「……よかった……クロムさんの力になれて……」


 その声は、雪解けの雫のように静かだった。


 フリシアは続ける。


「もっと……できるように、なりたい。みんなのため……アストレイのため……」


 そして、言葉はすこし震えて――


「……クロムさんの、ためにも」


 俺は微笑んだ。


「なら、共に進もう」


 フリシアは小さくうなずいた。

 その横顔は、氷ではなく――確かに、あたたかかった。


 ◇   ◆   ◇


 その後、凍結された魔物肉はラセルの手によってギルディアへと届いた。


 驚きが、感嘆に変わっていく。

 料理人たちは首を傾げながら、同じ言葉を口にした。


「本当に、これが魔物の肉なのか?」


 ギルディアの料理界に小さな衝撃が走った。

 保存が利き、旨味を保ち、何より美味い。


 噂は酒場へ、商人へ、貴族へ――

 アストレイという名前は、静かに、確かに広がり始めた。


 アストレイへ戻ってきたラセルは、深い礼をした。


「これは、アストレイのはじまりです」


 俺は頷いた。


 アストレイの未来が、また一つ形を得た。


 そしてその隣で――

 フリシアは胸元にそっと手を当て、微笑んでいた。


 その笑みは、雪の温度ではなかった。

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