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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第四章 選択する者たち

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第33話 名が運ぶ風

 戦いが終わった夜、アストレイを包む空気には、まだ血と焦げた鉄の匂いが残っていた。

 村の中央広場には負傷者たちが運ばれ、うめき声と荒い息が交錯する。

 揺らぐ焚き火の灯が人影を伸ばし、その影が地面で重なり合っていた。


 ネクレア以外にも戦ってくれた人達も、もちろんいた。

 ネクレアは俺が魔力を注げばすぐに再生する。

 だが普通の人間はそうはいかない。

 血が流れ、肉が裂け、痛みと向き合わなければならない。


「ほら、しっかり歩け。背中開いてるぞ」


 俺はハードンの腕を取って支える。ガレオンも反対の肩を支え、三人で診療所代わりの小屋へ向かっていた。

 

 彼の背中には深い裂傷。硬化のスキルを使っていても、あの規模の戦いとなれば、どうしても無傷と言う訳にはいかなかった。


「いってぇ……いやー、次こそほんとネクレアになれると思ったんだけどなぁ」


 ハードンは笑っているが、その声には震えが混じっている。


「まだ言ってるのか。お前はまだ死ぬな。飯食って討ち上げでくだ巻け。そっちの方が似合ってる」

「……へいへい、クロムさんは相変わらずだな」


 笑うくせに、額にはうっすら冷や汗が浮かんでいた。


 診療所の中は、想像していたよりも静かだった。

 静寂は安堵ではない。

 緊張と集中の匂いを孕んだ静けさだ。


 そこで、糸が舞っていた。


 白く細い糸が宙に浮かび、傷口へと触れ、裂けた皮膚と肉をすくい上げる。

 針はなく、糸そのものが意志を持つように動き、縫い、結ぶ。


 その中心に立つのは、一人の女性。


 黒い髪を緩く後ろで束ね、長い睫毛が伏せられている。

 指先の動きは静かで、空気に溶けるように滑らかだった。


「……ツムギ。頼む」


 俺が声をかけると、彼女は顔を上げ、小さな笑みを浮かべた。


「任せてください。ハードンさん、こちらへ。痛いと思いますが、我慢してくださいね」

「いや、もう痛み通り越して何とも――うおおおおおおお!? いってぇぇぇぇ!!」

「硬くすると余計痛いですよ。力を抜いてください」

「無理だってそれは!!!」


 静かな声と絶叫が小屋に響く。


 それでもツムギの瞳は揺れない。

 白い糸が、まるで意思を持つ生き物のように滑るように動き、裂けた肉に触れ、縫い合わせていく。


 その所作は残酷さよりも、どこか慈しみの手つきに近かった。


 ――彼女の名前はツムギ。スキルは【操糸そうし】。

 針を使わず、糸そのものを自在に操り、布も皮膚も肉さえも、まるで人の体を一枚の布のように扱う。


 彼女はこの大陸よりさらに東、海の向こうの島国ジャポニアの出身だった。

 航海の途中、嵐に呑まれ、船は砕け、漂着した先は北の死地ネクロス。

 そこで命を落とし、いったんはアンデッドとなり、なお生を求め続け、ネクレアへと至った者。


 彼女の指先にある糸は、過去と今を繋ぐものでもあった。


 彼女は生を縫い止めているのだ。


 その時、屋外から戻ってきた男が、木刀を肩にかけたまま小屋に入る。


「戻った」


 低く落ち着いた声。

 濡れた黒い前髪を指先で払う仕草は、どこか古い武家の美意識を思わせた。


「シグレ。巡回ありがとう」


 ツムギの言葉に、シグレと呼ばれた男は小さく頷くだけだった。


 彼はツムギと同じ船に乗っていた侍と呼ばれる戦士だった。

 彼のスキルは【刀】。

 この大陸には存在しない、細身でしなやかな一枚刃の剣――刀を扱うためのものだ。


 本来、彼が手にしていた刀は、嵐の夜、怒涛の海に呑まれた。

 今、腰に差しているのは、ドルビが丸太を削り、幾度も火で炙って硬度を上げ、丁寧に形を整えた木刀。


 木でできたただの棒のはずなのに、シグレの手に握られた瞬間、それは刃の気配を纏う。

 振れば、空気が裂ける音がする。

 先の戦場では誰よりも前に立ち、その木刀一本で敵を薙いだ。


「……刀があればな」


 ぼそりとシグレは呟く。

 その声音には、悔しさでも未練でもない。

 ただ、足りないものを淡々と見つめる静かな響き。


「そのうち、俺たちで手に入れよう。……いや、いっその事、作ってみるか」


 俺がそう言うと、シグレはほんの少し目を細めた。

 口元は動かない。


 だけど、それが彼の笑みだということを、俺は最近になってようやく知った。


 ◇   ◆   ◇


 治療を終え、外へ出る。夜は深く、星は高い。

 焚き火の揺れが、戦いの余熱のように村を包んでいた。


「……なぁ、クロムさんよ」


 治療を終え包帯を巻いたハードンが、肩を回しながら言う。


「このままじゃ、やべぇよな?」

「……ああ」

「北はネクロス、西はヴァルメイア、南はバルドリア。三つまとめてってのは笑えねぇ」

「笑えないな」


 ガレオンが静かに言葉を継ぐ。


「これからどう動くべきなのでしょう?」

「これ以上敵を増やす訳にはいかない。俺たちが今するべきは――東と協力する事だ」

「ギルディア、ですね」


 俺は頷く。


「ああ。一番近い領地のマルキオン領。そこに繋いでくれる商会がある」

「ラセル商会、ですね?」

「そうだ」


 ラセル。飄々とした商人。掴みどころのない笑顔。

 だがヴァルデン領との争いあたりから、ラセル商会の交易も減り、ラセル本人が姿を見せる事は無かった。


 まるで――俺たちの生死を静かに見極めていたかのように。


 ◇   ◆   ◇


「……やあ、皆さん。お元気そうでなによりです」


 戦いの翌日、タイミングを見計らったかのように村の門に、見慣れた馬車が止まった。

 軽く手を振る声。いつもの調子で、いつも通りの笑み。


「……ラセル」

「お久しぶりですね、クロム様。いやぁ、こちらも色々立て込んでまして」

「こっちは命がけだったんだがな」

「存じております」


 そう言って――


 彼は、静かに頭を下げた。

 深く、長く、軽口も挟まずに。


「遅くなって、申し訳ありませんでした」


 場の空気が変わる。

 彼がこんな態度を取ることは、今まで一度もなかった。


「……事情を、聞かせてもらおうか」

「もちろんです。その前に――」


 ラセルは顔を上げる。その瞳には、隠されていた鋼の意志が宿っていた。


「改めて名乗らせていただきましょう」


 一瞬、風が止まったような気がした。


「――私はマルキオン領主、ラセル・マルキオン」


 この名がもたらすものは何なのか――

 それが恩恵なのか、災いなのか、まだ分からない。


 けれど、たしかなことがひとつある。


 アストレイは、静かに変わろうとしていた。

※作者からのお願い


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