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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第四章 選択する者たち

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第32話 勝者は何を求めるか

 血と鉄の匂いが、戦場の空気に溶けていた。

 戦いはすでに長く続いていたはずなのに、時間の感覚は曖昧になっていた。

 ただ、相手の息遣いと足の運び、仲間の動きと戦場の鼓動だけが鮮明だった。


 ガリア兵の顔に、恐怖でも怒りでもない、戸惑いが浮かび始めていた。


「……俺たちは、何と戦ってる……?」

「人間……なのか……?」


 それは、戦場に降りた一つのひびのように広がっていく。

 力による圧倒ではない。死を振り撒く暴力ではない。

 崩れ始めるのは、彼らの戦う理由の方だった。


 ネクレアたちは、もはや呼吸するように戦っていた。

 殺さないと決めた瞬間から、命を奪わず、ただ止めるための戦い方を磨いてきた。

 そのうねりは、二千という数を無力化していく。


 ガリア兵は徐々に押し戻され、やがて足を止め始める。


「な……なんだこの連中……! 楽しんでるのか……!」

「違う……! あいつら……殺してこない……!」

「殺してこないで……止めてるだけだ……!」


 倒れた兵が、震える声で呟いた。

 その言葉に、俺は静かに答える。


「殺さなくても、止められる。俺たちは奪うために戦ってるんじゃない」


 その瞬間、戦場全体の空気が揺れた。

 兵たちの手から力が抜け、剣先がわずかに下がる。


 だが——


 角笛が、低く響いた。後方で大きな陣形の影が動き始める。


「来るぞ!」


 空が黒く染まる。

 矢の雨。数を捉えられないほど、空を覆い尽くす影。

 そして、矢に混じって光の粒。魔法、スキル、破壊の意志。

 空が唸り、そのまま大地に降り注ぐ。


「ヴァリアさん!」


 俺が呼ぶより早く、彼女は前に出ていた。

 白い髪がふわりと揺れる。指先で空を撫でるように動かす。


「……結界展開」


 淡い光が波紋のように広がり、視界一面を覆う透明な壁へと変わる。


 矢が降り注ぎ、爆ぜる。魔術が衝突し、火花のように散る。

 耳鳴りが残るほどの衝撃が続くのに——


 一つたりとも、俺たちには届かない。


 その光景に、ガリア兵たちは息を呑んだ。


「なんだ……なんなんだあいつら……!」

「この数の攻撃もびくともしない……」

「倒したはずなのにすぐに戻ってきやがる……不死身なのか……?」


 混乱が伝播していく。


 そうだ。わかってほしい。俺たちはお前たちを殺すために戦っているんじゃない。


 生きて、戻ってほしいだけだ。


 ——そう思ったそのとき。


 前線の奥から、重い足音。

 地を踏みしめる音だけで空気が変わった。

 戦場の視線が、一点に集まる。


 巨大な斧を肩に担ぎ、漆黒のマントを纏った男。

 その覇気は、戦場を背負っていた。


「アストレイの代表、聞こえるか!」


 その声は、戦場全体に響いた。


「俺はガリア領の領主、マサクリフ! そちらは、無駄な犠牲を出すつもりはないのだろう!」

「ああ。必要のない死は望まない」

「ならば――決闘だ!」


 ざわめきが走る。


「バルドリア古来の誓いに則り、代表者同士の一騎打ちを求める! 勝者の要求は、敗者は必ず飲む!」


 ハードンが俺の隣に立ち、低く言う。


「クロムさんよぉ。あんな提案に乗る必要はねぇ。こっちが優勢じゃねぇか」

「だが、あいつらも引き際を探している。無駄な血をこれ以上流さなくて済むなら応じる価値はある」

「……好きにしな」


 マサクリフは叫ぶ。


「代表は俺だ!」

「こちらの代表は——」


 俺が告げる前に、一歩、影が進む。


「クロムさん。ここは俺に行かせてくれないか」


 ゼルガンだった。

 肩に担いだ大剣は、重く、真っすぐだった。


「……いいのか?」

「ああ。顔なじみなんだ」


 ゼルガンは軽く笑い、そして視線をマサクリフへ向けた。

 マサクリフもまた、じっとゼルガンを見返す。

 その瞳が、記憶を探るように細められた。


「……どこかで見た顔だな」

「もう忘れたのか」

「いや……思い出した。大剣のゼルガン。酒場で、俺と張り合ってた怪物だ」

「お前こそ、腰を壊すほどの斧を振り回してた熊だったな」


 戦場に、わずかな笑いが漏れた。

 だが、それは一瞬だけだ。


 マサクリフは斧を持ち上げる。

 その刃は地面に影を落とすほど巨大だった。


「だがゼルガン。お前は片腕を失ったと聞いた。その腕は……」

「生まれ変わったのさ」


 ゼルガンは大剣を肩からすっと下ろす。

 その動きは、無駄がない。重ささえ美しい。


「行くぞ、ゼルガン!」

「来い!」


 二人は距離を取る。


 風が止んだ。音が消えた。

 火蓋が落ちる。


 最初の衝突は――爆発だった。


 大剣と大斧がぶつかり合い、雷鳴のような轟音が響いた。

 土が跳ね、地面が割れ、周囲の兵たちが思わず身を引くほどの衝撃。


「おらァッ!!」

「その程度で折れんぞッ!!」


 マサクリフの斧は重く、一直線で粗暴。

 だがそこには迷いのない戦歴がある。


 ゼルガンの剣は、大きいのに鋭い。

 力任せではなく、積み重ねた技がある。


 金属と金属が擦れ、火花が散る。

 砂塵が舞い、二人の足跡が地を削る。


 互いに一歩も引かない。


「……強くなったな、ゼルガン。生まれ変わったというのはまんざら嘘ではないようだ」

「お前も相変わらずだ。だが……」


 ゼルガンの足が一瞬止まる。

 マサクリフはそれを見逃さず、斧を振り下ろした。


「終わりだ!!」

「……いや」


 ゼルガンは前に出た。

 斧が振り下ろされるより、ほんの指先の差で。

 その踏み込みには、一切のためらいがない。


「遅ぇよ!!」


 大剣が横一閃に閃いた。

 斧の柄が弾き上げられ、斧は宙に跳ねる。


 そのままゼルガンの剣は――

 真っ直ぐ、マサクリフの喉元に止まった。


 静寂。


 勝敗は決した。


 マサクリフは息を吐き、目を閉じた。


「殺せ」

「しねぇよ」


 ゼルガンは剣を引いた。

 マサクリフが驚いたように目を開く。

 俺は前に歩き出し、短く告げる。


「俺たちの要求はひとつ。フリシアを渡してもらう」


 マサクリフは目を閉じ、短く息を吐いた。


「……わかった。だが——」


 目を開いたとき、その瞳にはまだ炎があった。


「このままでは終わらせない」


 ガリア軍は退いていった。

 戦場に、風が戻る。


 ◇   ◆   ◇


 俺たちは村へ戻り、勝利を伝えた。

 歓声に沸く民衆の中、フリシアが震える声で問いかけてくる。


「どうして……私のために……?」


 俺は迷わず答える。


「君は、もうこの村の一員だ」


 その瞬間、フリシアの瞳に涙が溢れた。


「……ありがとう……ございます」


 その言葉は、今日戦った全員へ捧げられた祝福のようだった。

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