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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第四章 選択する者たち

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第31話 生を選ぶ者たち

 朝靄が薄く漂う平原に、鉄が擦れ合う低い音が響いていた。

 空はまだ白んでいる。だが、陽が昇るより先に戦の気配が満ちている。


 ガリア領からの軍勢。その数およそ二千。

 大地を踏みしめる無数の足が響かせる振動が、胸骨までも震わせた。


 俺たちアストレイ側は——百人ほど。


 数だけを比べれば、圧倒的に不利。

 だが、誰ひとり退こうとする者はいなかった。


 この百は、ただの百ではない。

 死から戻り、生を選んだ者たち、ネクレア。生を渇望し、命を抱きしめる者たちだ。

 その決意が、風の中に凛と立っていた。


 俺は先頭に立ち、ゆっくりと息を吸う。

 呼吸は静かだ。だが、胸の奥が熱く燃えているのが分かる。


 やがて、向こうの陣から少人数が歩み出る。

 奴隷商のドレーク。その薄い口元には、嘲るような笑みが乗っていた。


「やあ、クロム様。お久しぶりでございますね」


 その後ろには、無表情のままスパイクメイスを肩に担ぐ護衛のクラガン。そして、整列するガリア兵たち。

 ドレークは芝居じみた所作で一歩前に出ると、声を張った。


「さて。本題に入りましょう。我が主、ガリア領主マサクリフ閣下に献じる品物が、どうやらそちらの村に紛れ込んでいるようでしてね」


 品物。


 その時点で、もう言葉を交わす価値などなかった。


 だが、俺はあえて問い返した。


「何のことだ」

「フリシア。あのハーフエルフの娘でございます」


 空気が、冷たく震えた。

 それは、スキルによるものではない。


 怒りと軽蔑が、胸の奥から静かに燃え上がったからだ。


「彼女は、商品じゃない」


 ドレークは肩をすくめ、薄笑いを浮かべた。


「彼女はガリア領に渡される正式な商品。返して頂きたい。それだけの話です」

「断る」


 俺は迷わず返した。

 その瞬間、奴の笑みがかすかに歪む。


「……そうですか。では、仕方がありませんね」


 彼は無駄なく踵を返した。外套の裾が風に舞う。


「それでは三十分後に。気が変わったらお声がけください」


 俺は奴が去るのをただ見送った。

 リヴが隣で、小さく息を吸う。


「クロム様……覚悟は、できているのですね」

「ああ。俺だけじゃない」


 視線を巡らせれば、ネクレアたちは皆、静かに前を見ていた。

 恐れではなく——意志の瞳で。


「守るために戦う。奪うためじゃない」

「——はい」


 リヴの返事は、ひとひらの祈りのように柔らかかった。


 ◇   ◆   ◇


 そして、開戦の時が来た。

 遠くで、角笛が鳴る。

 大地が震え、波のように兵が押し寄せてくる。


 槍と盾を構えた歩兵たちが整然と前進してくる。

 弓兵と魔法兵は後列に控え、冷徹な統制が保たれている。


 規律ある軍——主の命に従う者たち。侮れぬ正規の戦力。


 だが——


「——コーハ」


 俺が名を呼ぶと、前方に出た青年は、ひとつ深く息を吸い、その両腕を敵軍に向けて伸ばした。


「腐敗領域——展開」


 音もなく、世界が塗り替えられる。

 黒い波紋が地を這い、兵たちの足、鎧、武具へと触れる。

 次の瞬間——鉄が溶けた。


「な……なんだ!? 鎧が……!?」

「盾が……腐って……!」


 装備が砂のように崩れ落ちる。戦列に綻びが走った、その隙に——


「——参ります!」


 リヴが踏み込む。

 静かな一歩だが、地が沈むほどの重さ。

 振るわれた拳が空を裂き、衝撃波が走る。

 兵がまとめて吹き飛び、叫びが風に散る。


「な、何だあれは……!?」

「人なのか……!」


 ガレオンは大剣を振りぬいた。


「——おらぁ!」


 剣圧が風を裂き、衝撃が波となって敵を薙ぐ。

 刃が届く前に兵が倒れる。

 その一撃は暴風そのものだった。


 そんな戦場に、柔らかな声が響いた。


「みなさん、少しだけ——動かないでくださいね」


 前へ進み出たのは、線の細い女性。

 その身なりは、この大陸のどの文化にも属さない、不思議な衣をまとっていた。

 彼女の周囲に淡く光る細糸が浮かび上がる。


 それは蜘蛛の糸ほどに細いのに力強く感じる。


 細い指が、空を縫うように動いた。

 彼女の指の動きに応じて、糸は風のような軌跡を描き、敵の腕、足、武器の柄へと触れていく。


「な、なんだ……! 動かねえ……っ……!」


 糸が兵士の体に縛りつく。

 だが締め付けもしない。

 ただ抵抗する意志そのものをそっと縛り取るように、動きを止める。


「大丈夫。息はできます。少しだけ、休んでいてくださいね」


 女性は、微笑んだ。

 それは優しさに見えながら、逃れられない支配でもあった。


 血も怒声もない。

 ただ静かに、戦意が消えていく。


 ——彼女の力は、静寂を編む力だった。


 その一方で、前線のもっとも激しい場所に、一つの影があった。


 斬撃の気配が走るのに、血は一滴もこぼれない。

 倒れた兵の呼吸は健在で、命は奪われない。


 パシュッ、パシュ、と軽い木が打ち合うような音。

 男は不思議の形をした木剣を手にしていた。


 その装束は、こちらの大陸では見られない形——遠い海の彼方から来た者のもの。


「な、なんだ……あいつは……!」

「速い……いや……違う……無駄がない……!」


 敵の槍が振り下ろされる。

 だが男は静かに一歩を踏み込み、木剣でその柄を払う。


 パキッ、と乾いた破裂音。

 槍が折れ、兵士が尻もちをつく。


 男は、刃のない剣先をそっと下げた。


「安心せい」


 武器を軽く掲げる。


「峰内じゃ」


 少しだけ霧が晴れ、木剣の表面に刻まれた細かな削り跡が光を受けて浮かび上がる。


「……刃は、ついておらんがな」


 小さく呟き、肩で息をしている敵兵へと目を細める。


「生きて帰れ。恥をかく暇があるなら、己を見つめ直せ」


 風が吹き、束ねられた黒い髪が揺れた。

 その目には、死を越えてなお、剣の道を歩む者の覚悟が宿っていた。


 その背後では、雷光が走る。

 少女の放つ稲妻が、槍兵の列を貫き、兵たちを膝つかせた。

 だが鎧は焼けず、肉も焦げない。


 ただ筋肉の力だけを奪う、絶妙な加減。


 別の青年は棒を回転させ、手首と顎を正確に叩く。

 俺の傍で弓を構える男の矢が、正確に武器を奪い、敵の足を止める。


 致命傷は与えない。

 急所は外す。


 ただ——戦う力だけを奪う。


「……すごいですね、皆さん」


 軽やかに笑いかけてくる声に振り返ると、ラピが戻ってきていた。

 その背には、腕と脇腹を負傷したネクレアの青年が担がれていた。


「負傷者を回収してきました。よろしくお願いします、クロムさん」


 俺はうなずき、その青年の体に手を添える。

 熱い。

 血も汗も、戦場の空気もまとわりつくように重い。


「大丈夫だ。まだ間に合う」


 俺は魔力を送り込む。静かに、焦らず、だが確かな意志をもって。


 傷口が塞がっていく。破れた皮膚が寄り、血が止まる。

 荒い呼吸が、少しずつ整っていった。

 青年は目を開け、掠れた声で呟く。


「……戻ります」

「無理はするな」


 俺は彼の肩に手を置いた。


「だが——みんながまだ戦っている」


 青年は力強くうなずくと、そして、再び戦場へ走り戻っていった。

 その背を見送りながら、ラピが息を吐く。


「……ほんと、すごいです、皆さん」


 その言い方には、尊敬でも感謝でもない。

 もっと深い、信頼に似た響きがあった。

 俺は応え、深く息を吐いた。


「ああ。みんな、俺の意思を理解して戦ってくれている」


 ラピは小さく笑い、すぐにまた前線へ駆けていった。

 俺も深く息を吐き、次の傷ついた者を迎えるため、再び手を伸ばした。


 俺が望むのは普通の勝利じゃない。

 殺さず、奪わず、ただ止めるために戦う。

 それは、暴力よりもずっと難しい。


 だが、それこそが——俺たちが選んだ、戦いの形だ。

※作者からのお願い


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