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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第四章 選択する者たち

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第30話 凍てつく過去、灯る居場所

 フリシアは深く息を吸い、そして静かに吐き出した。

 胸の奥に沈んでいた何かが、まだ形を持たないまま揺らいでいる。


 言おう、と思っても、言葉はすぐには生まれない。

 そんな気配が、その細い肩に滲んでいた。


 俺とリヴは、彼女の正面に座ったまま待っていた。


 急かさない。

 問い詰めない。

 ただ、待つ。


 それが今の彼女に必要なことだと、分かっていた。


「……ありがとう。話す機会を、くれて」


 フリシアの声は、消えてしまいそうに細かった。

 けれど先ほどより、その奥にわずかな意志があった。


「あまり、上手く話せないかもしれない。でも……聞いてくれる?」

「ああ。俺たちは、聞くためにここにいる」


 隣でリヴが、穏やかな声で言葉を添えた。


「あなたが言葉にしようとしていることは、大切なものです。ゆっくりでいいですよ」


 フリシアは一度目を閉じ、過去という深い水の底へ潜るように呼吸を沈めた。


「……ハーフエルフっていうのは、わかりますか?」


 問いだが、説明というより、自分の輪郭を確かめるような声音だった。


「人間とエルフの間に生まれた者。けれど……それは、どちらの世界にも居場所がないということなんです」


 フリシアは膝の上で手をぎゅっと握りしめた。

 その指先は白くなり、小さく震えていた。


「エルフの国では、ハーフエルフは『異端』と呼ばれます。純血を重んじる文化だから。混じりは……穢れとされる」


 穢れ。


 たった一言が、息苦しいほどの重みで落ちてきた。


「生まれた時から、歓迎されない存在でした」


 リヴがそっとまぶたを伏せる。

 俺はひとつ、気になっていたことを尋ねた。


「……フリシア。年齢は、いくつなんだ?」


 フリシアは少し驚いた顔をし、それから小さく答えた。


「二十歳です」

「二十か。俺たちと、ほとんど変わらないな」


 その言葉に、彼女はわずかに微笑んだ。

 とても弱いけれど、確かにあたたかい微笑だった。


「よく言われます。見た目は人間と同じくらい。でも……寿命はもう少し長いんです。エルフほどではないけれど。全部が……中途半端なんです」


 その声には、笑うでも、泣くでもない寂しさがあった。


「父は旅の冒険者だったと聞いています。誰なのかは分かりません。母は……私を産んで、すぐに亡くなりました」


 最初から、世界の中に独りだった存在。


「さらに……私のスキル【凍結】。ハーフエルフだからなのか、原因はわかりません。でも、上手く制御できないんです」


 彼女の視線が、昨夜の凍てついた部屋の奥を思い返すように揺れた。


「気持ちが乱れると、冷気があふれてしまう。恐怖、悲しみ、怒り……ただ息が乱れただけでも」


 フリシアは両手を抱え込むように胸元で重ねた。


「周りを凍らせてしまうんです。意図せず、望まずに。だから……迷惑をかけてしまう。危険な存在だと、恐れられるんです」


 そして、とても静かな声で続けた。


「……そのせいで、国から追い出されました」


 追放されたのではなく、最初から居場所がなかったのだ。


「フェイリア大陸には、エルフの国だけじゃなく、ドワーフや獣人の国もあります。でも……どこにも居場所はなかった」


 フリシアの言葉は淡々としていたが、それは諦めではなく、傷が深すぎて感情を持てなくなった声だった。


「だから私は海を渡ったんです。『どこかに居場所があるかもしれない』って、信じたかったから」


 その信じた先が――地獄だった。


「ヒュマリア大陸に来て、しばらくして……バルドリアの奴隷商に捕まりました」


 リヴの目が細くなり、空気が震えたように感じた。

 俺も、胸の中に冷たい硬いものが落ちていく。


「逃げようとして……でも恐怖で感情が乱れ、冷気が暴発して。混乱した隙に、私は逃げ出せたんです。でも――」


 フリシアは唇をかすかに噛んだ。


「生きようとするほど、私は誰かを傷つけてしまう。そう思うと……怖かった」


 その声音は涙よりも痛かった。


 俺は言葉を慎重に選んだ。


「……フリシア」


 彼女は顔を上げる。

 瞳は凍りついたまま、救いの形を知らないまま。


「この村を、逃げ場じゃなくていい。居場所にすればいい」


 フリシアの肩がわずかに震えた。


「スキルが制御できるまで、ネクレアの集落で暮らそう。あそこなら君の冷気でも被害は出ない」

「……いいの……?」

「ああ。ここは、誰かを追い出す場所じゃない」


 リヴがそっと微笑んだ。

 その微笑は、春の雪解けのようにやわらかかった。


「ここは、生きたいと願う人が、生きていい場所です。あなたが、まだ生きたいと思っているのなら」


 フリシアの瞳がかすかに揺れ、そして――小さく、確かに頷いた。


 それは、凍った心にようやく灯った、小さな灯りだった。


 ◇  ◆  ◇


 それから数日の間、フリシアは、リヴたちと共に呼吸と心を整える訓練を始めた。


 冷気は感情と共に動く。

 ならば、まず心を扱うことから学ぶ。


 フリシアは不器用だったが、必死だった。

 小さく微笑む回数も、ほんの少しだけ増えていた。


 ――そして。


 その静かな日々は、あまりにも唐突に終わった。


 アストレイの村に、警鐘の音が鳴り響いた。


 空気が切り替わる。

 戦の匂い。鉄と土と汗の匂い。


 伝令として駆け込んだのはラピだった。


「クロム様――! 南より、バルドリア国ガリア領の軍勢が接近中!」


 胸が、静かに燃えるように熱くなった。


 フリシアを追ってきたのか。

 それとも、最初から狙っていたのか。


 どちらにせよ―


 これ以上、彼女から奪わせない、傷つけさせない。


 俺は立ち上がった。


「……迎撃準備だ」


 声は静かだった。

 けれどその静けさには、鋼のような決意が宿っていた。


 守るべき者が、またひとり増えたのだから。

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