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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第四章 選択する者たち

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第28話 南より来たる影

 陽はまだ高いというのに、南の道から吹き込む風は乾いていた。

 砂を含んだ風は、遠い荒地と、焚かれた鉄と、血が乾いた時のような匂いを運んでくる。


 この風を知っている。

 戦いの匂いだ。


「来るぞー!」


 見張り台からハードンが大声で告げた。


 俺と数名が南門へ向かうと、坂の先に、荷馬車がゆっくりと近づいてきているのが見えた。

 御者席には上等な衣服を着た細身の男。

 両脇を固めるように、筋骨の張った護衛が二人、馬上で周囲へ鋭い目を向けていた。


「随分と物々しいな……」


 そう呟く俺の隣に、足音を重く響かせながらガレオンが近づいてきた。

 彼の視線は、護衛たちの鎧と紋章に向いていた。


「――武闘国バルドリアだな。あれはカザル領の紋章。昔よく見た。奴らは国境沿いだけじゃない、交易路にも深く顔を出す。だが……」


 ガレオンはそこで言葉を切った。


 胸の奥が、鈍く疼く。

 彼が言いたい言葉は、言わずとも分かった。


 あいつらがここに来る理由は、良いものではない。


 俺たちは門前に立ち、来訪者を迎えた。


 荷馬車は止まり、御者席の男が朗らかに帽子を取って笑った。


「いやあ、お初にお目にかかります。私はバルドリアのカザル領より参りました商人のドレークと申します。こんな辺境とは思えない、美しい村ですね。感嘆いたしました」


 声も笑顔も柔らかい。


 だが、目だけが笑っていない。


「俺はアストレイの村長、クロムだ。用件を」


 言葉を短く切ると、ドレークはすぐに笑ったままの表情で、声の色だけを落とした。


「ええ。お尋ねしたいのはただ一つ。この村へ逃げてきた者はおりませんでしたか?」


 笑みの形のまま、瞳の奥だけが獣のように細くなる。

 獲物を探す眼だ。

 俺はあえて、すぐに返事をしなかった。


「誰のことだ?」

「いやぁ、少々恥ずかしい話なのですがね。その人物は、私どもが扱っている――商品でして」


 空気が凍りついた。


「商品だと」


 俺の声は低く落ちる。

 ドレークは優雅に微笑んだまま、胸に手を当てた。


「ええ。私共はバルドリアで奴隷商を営んでおります」

「ここはヴァルメイアだ。奴隷制度は禁止されている」


 はっきり言うと、護衛の一人が鼻で笑った。


「はっ、随分と偉そうだな、村長さんよ。だがよ、ここは元々寂れた村だったのは知っている。どこの領にも属してねぇって事もな。 ヴァルメイアの法なんてねえ関係ねぇだろ」


 その護衛は、長い柄のついたスパイクメイスを肩に担ぎ、口の端を歪めた。

 その目は、何かを救うためではなく、奪うことでしか確認できない者の目だった。


 俺が返答しようとしたその時だった。


「……クラガン」


 振り返ると、ガレオンがそこにいた。

 その表情は、怒りでも憐れみでもなく――深い痛み。


 クラガン、と呼ばれた男が振り向く。

 目がガレオンを捉え、見開かれ、そして歪んだ笑みへと変わった。


「おお……生きてやがったか。ガレオン」


 驚愕は一瞬。

 次に浮かんだのは、歪んだ侮蔑の笑みだった。


「腕までそろって。ずいぶん元気そうじゃねぇか」


 クラガンの視線は、ガレオンの左腕へ。


「……誰に生やしてもらった? 医者か? 祈祷師か? それとも――この村長か?」


 ガレオンは、しばらく言葉を探したようだった。

 そして、かすかに震える声で答えた。


「……俺が腕を失ったとき。俺は……まだ戦えると思っていた。だけど――お前たちは俺を切り捨てた」

「当たり前だろ」


 クラガンは即答した。

 迷いなど一欠片もなかった。


「使えねぇ仲間は捨てる。それがバルドリアだ。背負ってやる義理なんざ、誰にもねぇ」


 ガレオンは唇を噛む。

 その拳は震えている。


 怒りではなかった。


 かつて信じた仲間が、最初からずっと、そういう人間だったのだという悲しみだった。


「……それで、今は奴隷商の護衛か」


 俺は告げた。

 クラガンの顔が、ピクリと動く。


「落ちぶれたものだな」

「黙れッ!!」


 クラガンが吠えた。


「お前が欠けてから全部狂ったんだ! パーティーは崩れ、仕事も減り、金も消えた! 俺たちは落ちたんだよ!! 全部――全部、お前のせいなんだよ、ガレオンッ!」


 ガレオンはゆっくりと、首を横に振った。


「違う。背を向けたのは、お前たちだ」

「自業自得だ」


 俺は言った。


 村長としてではなく、一人の人間として、ただ真実だけを。


 クラガンの顔が真っ赤になった。


「村長風情が……ッ! 死ねやァァァ!!」


 クラガンがメイスを振りかぶり、叫びとともに突っ込んできた。

 一歩踏み込むごとに、地面が重く鳴る。


 だが、その一撃が俺に届くことはなかった。


 ガレオンは、大剣を背負ったまま、ただ右足を一歩踏み込み、左拳を握り──


「……悪いな」


 その拳は、クラガンの腹へ深く沈んだ。


 重い肉の音と、肺から漏れる息の音。

 クラガンの体がくの字に折れ、そのまま地に崩れ落ちる。


 あまりに、あっけなかった。


「俺は……ここで、もう一度、生きるって決めた。失った分だけ、得るものもあった。……お前たちには、わからないかもしれないが」


 声は震えていた。

 強さではなく、哀しみの震え。


 護衛の一人がクラガンを引きずり、ドレークは静かに頭を垂れた。


「……今回は引きましょう。ですが、商品は必ず取り戻します。いずれまた」

「二度と来るな」


 俺はただそれだけを告げた。


 馬車は砂煙を上げ、南へと消えていった。


 ただ、風だけが残った。


 ガレオンは空を見上げていた。

 その瞳に映るのは、失ったものでも、過去でもない。


「……情けないな」

「いいや」


 俺は首を振った。


「昔の仲間に、ちゃんと向き合えたガレオンは強いよ」


 ガレオンは俯き、小さく息を吐く。

 その肩に手を置くと、彼はわずかに目を閉じた。

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