表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第三章 境界を越えし者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/26

第22話 偽りの支配者

 昼下がりの陽光が、窓辺の木枠を淡く照らしていた。

 静かな午後だった。

 木槌の音も、遠くの畑から響く笑い声も、いつもと変わらない。風が頬を撫で、乾いた紙の端をめくる。


 こんな平穏が、どれほど貴いものだったか。


 ――かつての俺なら思いもしなかっただろう。


 だが、その穏やかさを破ったのは、耳慣れぬ鐘の音だった。

 いつもの敵襲とも、来客を知らせる合図とも違う。


 短く、鋭く、まるで焦燥そのものを刻むような音。


 胸の奥がざわめく。

 机の上の書類を閉じ、立ち上がろうとしたその瞬間――窓の外から、風を切る影が飛び込んできた。


「クロム様っ!」


 息を切らして飛び込んできたのは、白色の短髪を風に乱した少年――ラピだった。

 数日前、ネクロスの群れの中から救い出し、ネクレアとして再び息を吹き返した少年。

 【俊足】のスキルを活かし、今では伝令役を任せている。


「ラピ? どうした」


 息を荒げながら、彼は言葉を紡いだ。


「西門に……ヴァルデン領の使いを名乗る者が……っ!」

「ヴァルデン領……?」


 その名を聞いた瞬間、胸の奥が冷たくなる。

 机に手を置いたまま、思わず息を吐いた。


 ヴァルデン領。ヴァルメイア西端、国境を支える領。

 数十年もの間、この辺境の地の存在すら知らなかった。


 それが――今さら。


「何十年もこの地を見捨てておいて、今さら何を言いに来た」


 呟きが怒りに変わる前に、俺は立ち上がった。

 背後で椅子が軋む。

 廊下を抜ける足音の隣には、すでにリヴの気配があった。


「クロム様、私も行きます」

「ああ」


 ◇   ◆   ◇


 陽光の下、村の中央に人々が集まっていた。

 畑仕事の手を止めた老人も、子どもを抱えた母親も、皆が不安げに門の方を見つめている。


 西門の前には、灰色の軍服に身を包んだ男たちがいた。

 胸元に刻まれたヴァルデン領の紋章。

 四人のうち三人は護衛。どうやら中央の男が使者らしい。


 痩せた顔立ち、冷たい目。

 その笑みは皮肉に近く、どこか人を見下ろすような気配を纏っていた。


「この村の代表者は?」


 静かな声だった。

 だが、静かさの裏に、圧があった。

 俺は一歩前に出る。


「この村の村長、クロム・アストレイだ。用件を聞こう」


 使者は軽く頭を下げ、懐から封蝋付きの書簡を取り出す。


「ヴァルデン領領主よりの正式な通達です。この地は本来、我が領に属する土地。勝手な領地の拡大、並びに商取引の拡散は、領法に照らして違反行為にあたります」


 ざわ、と人々がどよめいた。

 俺は深く息を吐き、笑った。


「何十年も放置しておいて、今さら『違反』とはな。俺たちはこの地を、誰の助けも借りずに再建した。ネクロスから土地を取り戻したのも、俺たちの手だ」


 使者は冷たい視線を向け、唇の端を僅かに上げた。


「……それを含めて、領主殿に直接お目通り願いましょう」

「直接……?」

「ええ。ヴァルデン領主館まで来ていただきます。あなたがこの地をどう治め、誰に従うのか――そのけじめを、領主の前で示していただきたい」


 穏やかな声音。だが、そこに選択の余地はなかった。


「つまり、俺たちに服従しろと言っているのか」

「言葉を選んでください。我らの秩序に従うこと――それが、この村の平和を保つ唯一の道です」


 微笑を崩さぬまま放たれたその言葉は、命令に等しかった。

 俺は短く言った。


「俺が村を離れることはできない」


 使者は眉をわずかに動かす。


「なぜです? 弁明の機会を与えているのです。それを拒否するのは――」

「拒否ではない。ただ、この村を離れられない理由がある」


 リヴが前に出て言葉を継ぐ。


「我々は今も再建と防衛に追われています。ネクロスの影響が残る地を放って行くことはできません」


 使者は首を傾げた。

 その笑みが、氷のように冷たかった。


「それは弁明にはなりません。この地はヴァルデン領。――貴方方が何を成そうと、法の下では借り物にすぎないのです」


 その一言に、空気が凍りついた。

 誰もが拳を握り、唇を噛んでいた。

 俺の背後で、ガレオンの低い唸り声が聞こえた。


「……ではこうしよう」


 俺は深呼吸し、声を落ち着けて言った。


「手紙を書く。村の現状を説明し、領主殿に送る。誠意ある者なら、それで理解してくれるはずだ」


 だが、使者は首を横に振る。


「お話になりません。領主が求めているのは言葉ではなく、『誠意』です。謝罪と、それに見合う代価を持参していただきたい」


 怒りが喉元までせり上がる。


「誠意だと? 俺たちは命を賭けてこの地を取り戻した。生き残るために、何を犠牲にしてきたかも知らずに――よくそんな口がきけるな」


 使者は無表情で一礼した。


「その言葉、領主殿にそのまま伝えましょう。もっとも……命を賭けた努力がどれほどの価値を持つかは、存じませんが」


 背を向け、使者たちは踵を返す。

 去り際、男は振り向かずに呟いた。


「後悔することになりますよ。……この地の境界が、どちらに揺れるかは、時の運です」


 その声が、昼の光の中で不気味に溶けていった。


 ◇   ◆   ◇


 使者たちが去ったあと、集会所には沈黙が満ちていた。

 木机の上に置かれた地図が、誰の手によっても触れられないまま、陽に照らされている。


「ヴァルデン領の要求、飲むわけにはいかねぇな」


 ガレオンが腕を組み、低く言う。


「だが、放っておけば軍を寄越すだろう」


 俺は頷く。


「問題は、こちらから行けないことだ」


 視線が集まる。

 言葉にするのも苦しい現実だった。


「ネクレアたちとの距離が離れすぎれば、みんなは――おそらく消える。リヴも、ガレオンも、ヴァリアさんも。かといって全員を連れて行けば、アストレイを守れない」


 ヴァリアさんの張る結界。

 それはネクレアとして存在する彼女が、村に留まり続けることで維持されている防壁だ。

 彼女まで連れて行けば、結界は消える。


 守りを失ったアストレイが、長い間襲撃に耐えられるはずがない。


 俺たちは奇跡の上に生きている。

 だがその奇跡は、場所と距離に縛られた、あまりにも脆い均衡だった。


 ほんの一歩でも踏み外せば、すべてが崩れる。


「……やはり手紙を送るしかない。ラセル商会を通じて届けてもらう。誠実に書けば、理解してもらえるかもしれない」


 希望とも諦めともつかない声だった。

 皆が頷くが、誰の顔にも不安の影が残る。


「それで納得してくれますかね?」


 リヴが問いかける。


 俺は窓の外を見た。

 空は淡く、どこか遠かった。


「正直、分からない。だが時間を稼ぐしかない。今は、まだ戦う時じゃない」


 ガレオンが低く息を吐く。


「クロムさん、もし最悪、奴らが武力で来たら――その時は、覚悟を決めるしかない」


 頷く。

 その言葉の重みを、誰よりも理解していた。


 思い残した願いがあるから、みんなは蘇った。


 再び奪われるために、ここに立っているわけじゃない。


 リヴがそっと呟いた。


「……あの使者、怖かったです。言葉よりも、目が」

「ああ、同感だ」


 俺は空を見上げた。

 夕暮れが近い。雲の端が金に染まり、風が乾いた匂いを運んでくる。


「だが、どんな力が来ようと、この村は渡さない」


 リヴが静かに笑う。

 その笑みは、強さよりも祈りに似ていた。


「はい。私たちはもう――消えません。アストレイを護り続けます」


 その言葉が、風に乗って村の上を渡っていった。

 日が落ち、鐘の音の余韻だけが遠くに残る。


 揺らいでいた境界は、まだ曖昧なままだ。

 けれど、確かに胸の中にはひとつの灯があった。


 生きる者として、この地に立つという、揺るぎない灯が。

※作者からのお願い


投稿のモチベーションとなりますので、この小説を読んで「続きが気になる」「面白い」と少しでも感じましたら、↓の☆☆☆☆☆から評価頂き作品への応援をよろしくお願い致します!


お手数だと思いますが、ブックマークや感想もいただけると本当に嬉しいです。


ご協力頂けたら本当にありがたい限りです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ