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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第三章 境界を越えし者たち

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第21話 選ぶ者たち

 夜空に、不穏な音が響いた。

 澄んだ風を裂くように、乾いた金属音が連続して鳴り響く。


 村の警鐘――北の見張り台からの合図だった。


 敵襲。


 その二文字が頭の中に浮かんだ瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられるように痛んだ。

 息を吸う間も惜しんで、俺はリヴと目を合わせる。

 言葉はいらなかった。彼女は一瞬で状況を理解し、俺を抱きかかえる。


 夜風が頬を打つ。

 地面を蹴るたびに、リヴの髪が淡い栗色の軌跡を描き、月光を弾いて揺れる。

 北壁に近づくにつれ、地鳴りのような唸り声と、鉄が打ち合う音が混じり合い、空気そのものがざらつき始めた。


 松明の灯が揺れる。

 その橙色の光の中、防壁の外ではガレオン率いる防衛班が必死に応戦していた。


「アンデッドだ!」


 誰かの叫びが夜を切り裂く。


 闇の中から、次々と影が現れる。

 朽ちた肉を引きずり、節くれだった手で土を掻きながら、それでも生に縋るようにこちらへ這い寄る者たち。

 その数は十を超えていた。


 俺たちは壁の上から飛び降りた。

 着地と同時に、リヴが前に出る。

 拳を握り、闇の中を駆け抜けた。


 空気を裂く音が響く。

 リヴの拳が一閃し、迫り来るアンデッドの顎を正確に捉えた。

 骨が軋み、アンデッドの体がぐらりと揺らぐ。

 だが、彼女は追撃をしない。息の根を止めることではなく、動きを止めることを選んでいる。


 そのとき、一体の影が地を滑るように跳ね、ガレオンたちの背後へ回り込んだ。


「くっ、速ぇ……!」


 ガレオンの声に反応し、リヴが瞬時に方向を変える。

 足元の砂を蹴り上げ、ほとんど音を立てずに間合いを詰めた。

 影が振り向くよりも早く、彼女の肘がその胸元に突き刺さる。

 呻きとともに、アンデッドが後方に吹き飛んだ。


 それでもリヴは追い打ちをかけず、倒れた相手の上に膝をついて押さえ込む。

 荒く息をするアンデッドの喉から、かすれた呻きが漏れた。人の声の残滓のような、壊れた音だった。


 彼女は眉を寄せ、拳を構えたまま俺に視線を向ける。

 その瞳には、いつものように怒りも恐怖もなく、ただ静かな意志だけがあった。


「クロム様、今です」


 俺は頷き、彼女の傍らへ駆け寄る。

 まだ戦える者を殺さずに抑え込む――それが、リヴの戦い方だ。

 俺の役目は、その先にある。


 俺は息を吸い、黒い霧を呼び出した。


 ガレオンたちは剣で囲い込み、他のアンデッドの動きを封じている。

 霧が俺の掌の中から広がり、闇そのものを呑み込むように膨らんでいく。


 ――冷たい。


 空気が凍りつくような感覚の中、俺は踏み込んだ。

 アンデッドの胸元へ手をかざし、低く呟く。


「還れ」


 呪文のような言葉が夜に溶けた瞬間、黒い霧が爆ぜ、風が巻いた。

 アンデッドの体が崩れ、粉のように地へ落ちていく。


 ガレオンが押さえつけていた他の個体にも同じく力を発動する。

 次々と塵となり、闇の中に吸い込まれるように消えていった。


 だが――その中で、ひとつ。


 黒い霧の中にありながら、形を保つ影があった。

 その目が、ゆっくりと動く。


 濁っていたはずの瞳に、かすかな光が宿った。

 理性の欠片。かつて人であった証。


 俺の喉がひとりでに鳴った。

 胸の奥が熱くなる。


「……まだ、生きたいのか」


 誰にともなく問いかける。


 その者は震える唇で、かすかに頷いた。

 その仕草に、かつての記憶を見た気がした。


 家族を想う者、夢を追っていた者――この地で死にきれなかった魂の欠片。


 俺はそっとその額に手を当てる。

 温もりなどない。だが、確かに『心』がそこにあった。


「ならば――ネクレアとして、生き直せ」


 淡い光が彼の体を包み込む。

 腐敗していた皮膚が再び張りを取り戻し、黒ずんだ血が清らかな色に変わっていく。

 やがて彼の体は静かに光を帯び、霧の中で新しい息を吐いた。


 ネクロマンサーによって再び生命の形を得た存在――ネクレア。


 それは俺が背負う罪であり、希望でもあった。


 すべての者が蘇りを望むわけではない。

 霧の中で、静かに眠りを選ぶ者もいた。

 俺はその意思を尊重し、両手を組んで祈る。


 光が細くなり、魂が夜風に溶けて消えていくとき、胸の奥に小さな痛みが走った。

 教会の教えでは、ネクロマンサーによって生み出されたアンデッドは輪廻に戻れないという。


 だが、俺の還した魂は……どこへ行くのだろう。

 天か、地か、それとも俺の知らない世界か。


 その答えを知る術はない。

 けれど、彼らの表情には確かに安らぎがあった。

 それで十分だった。


 そして――その中に、ひとり。


 リヴが取り押さえていた、あの素早い影。

 他のアンデッドが消えゆくのを見届けるように、彼は俺の前で立ち止まった。

 その瞳には、人間らしい迷いが残っていた。


「……僕は、まだ生きたい。あなたの役に立ちたい」


 掠れた声だったが、そこに宿る意思は確かだった。

 俺はしばらく黙って見つめ、それから静かに頷いた。


「なら、共に来い。アストレイで生きよう」


 少年は深く頭を垂れた。


 その姿は、再び夜の灯の下に生まれ落ちた新しい命のようだった。


 ◇   ◆   ◇


 俺たちの日々は変わった。

 北のネクロス領を広げるにつれ、アンデッドの襲撃は昼夜を問わず続いた。

 ネクレアとなったヴァリアさんの力はさらに磨かれ、今では範囲を指定し、常時北側に結界を展開できるようになった。


 夜明け前、結界の光が薄闇の中で淡く揺らめく。

 その光を見るたびに、人々の肩の力が少し抜けるのがわかる。


 ヴァリアさんは言っていた。


『生きている人たちの笑顔を見られるのが、何より嬉しい』と。


 その笑顔に、どれほど救われているのかを俺は知っている。


 俺もまた、アンデッドたちに対して積極的にネクロマンサーを使うようになっていった。

 魔物のアンデッドはいまだ解くことができないが、人として生きた者なら救いはある。

 ネクレアの数は少しずつ増え、今では二十人に届こうとしていた。


 彼らはもう死者ではない。


 この地を守る、静かな守り人だ。


 そして彼らが増えるたび、俺自身の力も増していった。

 

 繋がりが強くなる。

 離れていても、彼らの息遣いがわかる。まるで心が糸で結ばれているように。


 どこまで離れても繋がっていられるのか。

 その限界を試したことはない。

 もし、糸が切れたら――二度と彼らの声を聞けなくなる気がして怖かった。


 戦えるネクレアたちは、ガレオンのもとで警備隊として働いている。

 新しい仲間も増え、アストレイの守りは確実に厚くなっていた。


 だがその一方で、救いを求めて村にやってくる者たちの中には、危うい影もあった。


 明らかに盗賊崩れのような風貌の男。過去に罪を犯したと噂される者。

 その眼差しには、諦めと恐れが混じっていた。


 それでも――俺は追い払わなかった。


 焚き火の明かりの前で、俺は彼らに言った。


「ここでは過去よりも、これからを見せてもらう。それができないなら、去ってもらう」


 長い沈黙が流れた。

 やがて、彼らは一様に頷いた。

 その瞳の奥に、小さくも確かな光を見た。


 アストレイには――何かがある。

 生者も死者も、少しずつ変えていく、不思議な力。


 絶望が、希望へと姿を変えていく。


 この夜が、何度訪れようとも、俺はまた、みんなと一緒に立ち上がる。


 生きることを選んだ者たちと共に。

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