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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第三章 境界を越えし者たち

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第23話 戦わぬ者たちの戦い

 あの使者が去ってから、一週間が経った。

 ヴァルデン領主への書状を用意し、穏便にことを収めようと試みたが、肝心のラセル商会はその間一度も姿を見せなかった。


 あの男――ラセルなら、すでに状況を嗅ぎ取っているはずだ。

 何かを察し、動かないのだろう。


 あるいは、嵐の前に船を岸へ戻しただけかもしれない。


 朝靄に包まれたアストレイの空は、どこまでも穏やかだった。

 だが、胸の奥に沈んでいた違和感は、薄霧のように晴れなかった。


 陽が昇るたび、心のどこかで同じ言葉が浮かぶ。


 ――来る。


 根拠はなかった。ただ、あの使者の目を見た瞬間に確信していた。


 言葉の奥に潜んでいたのは脅しではなく、宣告だった。


 ◇   ◆   ◇


 ある日の昼過ぎ、西の見張り塔から、鐘の音が響いた。

 低く、重く、空気を震わせる警鐘。

 その音を耳にした瞬間、心臓が跳ね上がった。


 嫌な予感が、形を持って押し寄せてくる。


 駆けつけた俺の目に映ったのは、すでに壁上に陣取るガレオンと数名の警備隊、そしてリヴの姿だった。

 風が強く、彼女の髪が頬を打つ。

 彼女の視線の先、荒野の彼方に黒い影が揺れていた。


「……あれは」

「ヴァルデンの兵だ」


 ガレオンの声は低く、怒りと緊張を押し殺していた。


「ざっと見ても百はいる。小規模だが、編成は整ってる」


 百。

 この村の兵力を考えれば、十分すぎる脅威だった。

 俺は壁の上から、その光景を見下ろした。


 彼らの鎧は統一され、陽光を受けて鈍く光る。

 掲げられた旗には、確かにヴァルデン領の紋章が刻まれていた。


 あの使いの者が言っていた。


『誠意を示せ』と。

 誠意とは服従すること。


『説明に来なければ後悔することになる』と。

 あれがその後悔というわけだ。


 俺は壁上で静かに息を吐いた。


「攻め込むか?」


 ガレオンが俺を見る。

 彼の手はすでに剣の柄にかかっていた。


「向こうが仕掛けてくる前に、叩くのも手だ。後手に回れば押し潰されるぞ」


 隣でリヴが拳を握りしめる。


「戦う覚悟はできています。でも……どうします、クロム様?」


 答えは出ていた。


 だが、それを口にするのは容易ではなかった。

 視線を下に向けると、村の中には人影がない。

 子どもたちや戦えない者たちは、すでに中心部に避難している。

 家々の戸が閉ざされ、誰もが息を殺していた。


 ようやく形になり始めたこの村を、戦火で壊すわけにはいかない。


「ヴァリアさん、西の方にも結界を張ってもらえますか」


 背後で名を呼ぶと、ヴァリアさんが静かに頷いた。

 淡い光を宿す瞳が、まっすぐ俺を見つめる。


「西側にも……ですか?」

「ああ。できますか?」

「……可能です。ただ、維持には相当な魔力を要します」

「俺も補う。頼む」


 彼女は目を閉じ、両手を胸の前で組む。

 次の瞬間、淡い光が地面に走った。

 それは波紋のように広がり、やがて空気を歪ませて、西の大地に、見えざる境界が生まれた。


 直後、ヴァルデン兵たちが一斉に突進した。

 槍が、剣が、炎が、結界を叩く。


 だが、光の壁は微動だにしない。


 鋭い衝撃音と共に、空気が震える。

 幾度も、幾度も打ちつけられても、傷ひとつつかない。

 俺はヴァリアさんの背に手を当て、魔力を流し込む。


「大丈夫か」

「……問題ありません。ただ、長期戦は避けたいところです」

「無理はしないでくれ」


 ◇   ◆   ◇


 夜になっても攻撃は止まなかった。

 炎の矢が夜空を裂き、結界にぶつかっては弾ける。

 外側から怒号と命令の声が響く。


 それはまるで、世界そのものがアストレイを責め立てているようだった。


 眠れぬ夜が続く。

 俺とヴァリアさんは肩を並べ、波状攻撃を支えた。

 リヴとガレオンは見張りに立ち、村人たちは火を囲んで祈り続けていた。


 ◇   ◆   ◇


 三日目の朝。

 空には重い雲が広がり、風が湿っていた。

 ヴァリアの頬は紅潮し、額に汗が滲んでいる。


「もう少しだ、ヴァリアさん」

「……ええ。感じます。彼らの気配が……退いていきます」


 結界越しに見える兵の列が、ゆっくりと後退していく。

 武器を構えたまま、やがて荒野の向こうへと消えていった。

 残されたのは、焦げた草と足跡の群れだけ。


 ヴァリアさんは力が抜けたように膝をついた。

 俺は慌てて彼女の体を支え、魔力を注ぐ。

 淡い光が彼女を包み、呼吸が静まっていく。


「……よく耐えてくれた」

「いえ……私一人では到底。クロム殿の力があってこそです」


 俺は首を振る。


「一緒に守ったんだ。アストレイを」


 言葉にした途端、胸の奥で何かが波打った。

 安堵、そして、その奥底に沈む不安。


 三日間なら耐えられた。


 だが、次も同じとは限らない。


 ガレオンが低く呟いた。


「次はもっと来る。結界のことも伝わってる。やつらも対策を練ってくるはずだ」


 俺は炎を見つめながら、無言で頷いた。

 ゆらゆらと揺れる炎の奥に、かつてのアストレイの姿が浮かぶ。


 ようやくここまで再生した。

 また壊されるわけにはいかない。


「……こちらからは、手を出さない」


 気づけば、声に出していた。

 ガレオンが顔を上げる。


「無茶を言うな。戦わずにどうやって守る」

「戦うことが守ることとは限らない。結界を維持する。それが俺たちの選ぶ道だ」

「理想論だ」

「それでもいい。誰かが理想を選ばなければ、何も変わらない」


 短い沈黙のあと、リヴが微笑んだ。


「まったく、クロム様らしいです」

「どういう意味だ」

「諦めが悪い。……でも、そういうところに私は惹かれたんです」


 リヴの笑みは、強さよりも祈りに似ていた。

 その瞳に灯る光が、暗闇の中で静かに揺れている。


 俺はその光に、僅かに救われた気がした。


 だが、安息は長く続かなかった。


 ◇   ◆   ◇


 一週間後、再び、西の地平に影が現れた。


 風がざわめき、地が鳴る。

 砂塵の向こうから、黒い波が押し寄せてくる。

 それはもはや百などという規模ではなかった。


「……数が、違いすぎる」


 誰の声かも分からなかった。

 ガレオンか、リヴか、それとも俺自身か。

 ただ、その言葉が胸の奥に沈んでいく。


 百ではない。五百でもない。


 千――いや、それ以上。


 押し寄せる黒の波が、地平の端まで続いていた。

 まるで、大地そのものがこちらへと迫ってくるかのように。


 息を呑む音が、壁の上に連鎖した。

 ヴァリアさんが唇を噛み、結界の光が微かに揺らめく。

 それでも俺は目を逸らさなかった。


 これが、彼らの秩序の形。

 数で押し潰す、力の正義。


 拳を握りしめた。


 だが、胸に灯るのは怒りではなかった。

 抗えぬほどの現実を前に、ただ、冷たい静けさが広がっていく。


 ――このアストレイを、守れるのか。


 その問いが、心の奥で静かにこだました。


 遠くで鳴る軍靴の響きだけが、無慈悲に続いていた。

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