第15話 名もなき村に、商人は微笑む
樹海を切り崩し、また領地が広がった。
剣を振るう音、泥をかき出す音、そして笑い声。
あの絶望に沈んでいた村が、今では生きる音で満ちている。
かつてははぐれ者たちが身を寄せ合うだけの残骸のような村。
地図にも記されず、誰にも知られず、ただ朽ちていく運命だった。
けれど今は違う。
仲間がいて、人々の営みがあり、命が流れている。
それだけで、この地はもう墓場ではなかった。
大木をゼルガンが切り倒し、木の根を切り出すドルビの背後で、リヴが怪力で丸太を運んでいく。
ミーノは畑の作物の成長を確かめ、コーハは肥料の調合を続けている。
ドロシーは防壁の地盤を均し、泥を固めるためにスキルの調整を試していた。
ドレイナもイレーナやマリーナと一緒に、魔物肉の加工をしている。
それぞれが、自分の居場所を見つけていた。
その姿を眺めるだけで、胸の奥が温かくなる。
――もう、誰も死の中に取り残されてはいない。
その事実が、何より嬉しかった。
そんな時だった。
村の鐘が鳴り響いた。金属の甲高い音が空を裂く。
「敵襲か!?」
反射的に身構える。
杖を構え、リヴも拳を握った。
だがゼルガンが笑いながら手を振った。
「落ち着けよ、クロムさん。あの鳴らし方は歓迎の合図だ。」
敵襲ではない――客人だったみたいだ。
村の入口に戻ると、馬車が二台、並んで止まっていた。
布を張った幌の側面には見慣れぬ紋章。
金貨と羽根を組み合わせた意匠――商会の印だった。
馬車の扉が開き、ゆっくりと男が降り立つ。
茶色の外套に金の刺繍。品のある動作で帽子を取ると、穏やかな笑みを浮かべた。
「やあ、初めましてですかね? 新しい住人の方ですか?」
柔らかく通る声。
だが、その笑顔の奥に、研ぎ澄まされた光が宿っていた。
俺は一歩前に出て答える。
「俺はこの村の新しい村長をやらせてもらっているクロムだ。あなたは?」
「これは新しい村長さんでしたか。これは失礼。私はラセルと申します。ギルディアにて商会を営む者でしてね。以前からこの村を経由して、ヴァルメイアやバルドリアに交易をしておりました」
なるほど、この人が以前からこの村に立ち寄っていたという商人だったか。
「ですが……この村の変貌ぶりには、正直、驚かされましたよ。以前来た時とはまるで『匂い』が違う!」
「匂い……?」
ラセルはふっと微笑んだ。
「ええ。商人は『匂い』に敏感なんです。死んだ土地は淀み、風が腐る。ですが今のこの村には、芽吹きの香りがする。――いい風が吹いています。商人の勘が告げています。この村は、これから大きくなる。」
その言葉に、少しだけ胸がざわついた。
勘、と言いながら、その瞳は確信を帯びていた。
まるで、俺の正体まで見透かしているような鋭さ。
だが俺も負けじと微笑み返す。
「ちょうどよかった。商人が来たら、お願いしたいことがあったんです。次に来るときには、野菜の種や果実の苗木を売って頂きたい。」
ラセルは顎に手を当て、少し考えたあと、興味深そうに目を細めた。
「なるほど。つまりそれを育てられる環境になったという事ですね。どうやったのか興味がありますねぇ」
少しでも新しい情報を得ようとするラセルに警戒しつつも、俺はあらかじめ用意しておいた魔物の素材を用意する。
「お代はこれでお願いします」
「……ほう」
ラセルの目が光る。
手に取って質感を確かめ、まるで宝石を見るように唸った。
「こちらも以前より量が多い。戦力も上がっているという事ですね。ええ、これで取引は成立です。次に来るときには、求められた品を必ずお持ちしましょう」
「助かる。俺たちは今、村を広げている途中だ。植物が増えれば、食料にも資源にもなる」
「ええ。繁栄の第一歩ですね。」
ラセルは帽子をかぶり直し、右手を差し出してきた。
俺はその手を握り返す。
しなやかだが、商人らしい厚みと力強さを感じた。
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
握手を終えたラセルが、表情を少し引き締める。
「この村……名前はないのですか?」
「名前?」
「ええ。以前から気になっていたのです。私たちも取引の記録にどう残したものかと悩みましてね。それに――名がある場所には魂が宿る。あなたほどの人物なら、その意味を理解しているでしょう?」
確かに、名前がないという事実はずっと気になっていた。
今までは名を掲げることをためらっていたのかもしれない。
「……いつか、決めるつもりだ。」
ラセルはゆっくりと頷く。
「いつか、ですか。ならば、そのいつかが良き兆しと共に訪れることを願いましょう。」
そう言って、軽く帽子を持ち上げてみせた。
柔らかな笑み。
だがその奥に――確かな探りの光がある。
「次に来るとき、名前が決まっていることを期待しますよ。無名の村では、商談がしづらいものですからね」
ラセルは軽やかに馬車へと戻った。
積まれた荷の中から金属のきらめきがこぼれ、陽光を反射する。
その背を見送りながら、村の空気が静かに動いた。
いつの間にか、リヴが隣に立っていた。
「クロム様。あの男……ただの商人じゃないですね。」
「いや、むしろありがたい存在かもしれない。ラセルの言葉――あれが、俺の背を押した」
「村の名前、ですか?」
「それだけじゃない。」
俺はネクロマンサーの力で蘇らせた者の顔を見渡した。
彼らはアンデッドではない。
命を取り戻し、新しい道を歩む者たちだ。
――ならば、俺が呼ぶべき名も変わる。
風が吹いた。
木々がざわめき、陽が差し込む。
ラセルの馬車が遠く小さくなっていくのを見届けながら、俺は静かに呟いた。
「この地にも、名を与えよう。俺たちの『生』を証明するために。」
風の匂いが、確かに変わった気がした。
それは、新しい時代の始まりを告げる匂いだった。
※作者からのお願い
投稿のモチベーションとなりますので、この小説を読んで「続きが気になる」「面白い」と少しでも感じましたら、↓の☆☆☆☆☆から評価頂き作品への応援をよろしくお願い致します!
お手数だと思いますが、ブックマークや感想もいただけると本当に嬉しいです。
ご協力頂けたら本当にありがたい限りです。




