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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第二章 命の灯をつなぐ者たち

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第16話 名なき地に道を刻む

 ラセルが村を訪れてから、ひと月が過ぎた。


 季節は静かに進み、風の匂いが柔らかくなっていた。

 樹海の緑は少しずつ後退し、開けた大地には畑がいくつも並んでいる。

 防壁は三重に伸び、丸太と石の層が村を守る環のように形を成していた。


 だが、何よりの変化は人の心だった。


 かつては怯えた瞳で日々をやり過ごしていた者たちが、今は笑っている。

 鍬を振るい、泥に足を取られながらも、誰かの笑い声が必ずそばにあった。

 その光景を見ていると、胸の奥が温かくなっていく。


 生きる音がする。

 風と笑い声が交わる――それが、生の証だった。


「クロム様! こっちの畑、土がいい感じですよ!」


 ミーノの声が風に乗って届いた。

 腰を曲げ、芽吹いた作物を両手で撫でるように見つめている。

 その目は、希望を知る人の目だった。


「そうか。陽当たりもいい、ここなら根付くな」

「えへへ。ラセルさんが持ってくる苗木も、ここならきっと喜びますよ」

「あいつのことだ、もうすぐ来るかもしれないな」


 その予感は、すぐに現実となった。

 その言葉が、まるで呼び水だったかのようだった。


 昼過ぎ、村の鐘が鳴った。鋭く、しかしどこか明るい響き――

 村の門へ向かうと、見覚えのある馬車が二台、ゆっくりと入ってくる。

 ギルディアの商会、ラセルのものだ。


 先頭の馬車から降りたラセルは、前回より軽装で、しかしその笑顔はまるで変わらない。


「これはこれは……! まるで別の村に来たようだ。たった一ヶ月でここまでとは、さすがです」


 彼は感嘆の声を上げ、帽子を取って頭を下げた。

 その仕草ひとつにも、上品な柔らかさがあった。


「ラセルさん。再びの来訪、感謝します」

「いえいえこちらこそ。……クロムさんも随分と顔つきが変わられましたね」


 俺は少しだけ笑みを返した。


「ご依頼の品、すべて揃えてまいりました」


 ラセルの合図で商人たちが箱を運び出す。

 木箱を開くと、中には乾いた土の匂いとともに、様々な種や苗木が整然と並んでいた。

 見たことのない果実の苗もある。


「……すごいな。本当にこれだけのものを一月で」

「ええ、ラセル商会の誇りにかけて。植物や果物の種、苗木、それに栽培に必要な道具も少し。ぜひ役立ててください」


 ラセルの声は穏やかだが、その奥に確かな自信があった。

 それが商人という生き物なのだろう。


「本当に助かる。これでこの村の畑もまた賑やかになる」

「そうなるでしょうね。……それにしても、貴方のような方がここにいるとは」


 ラセルが、ふっと視線を細めた。

 その眼差しには、何かを見抜く光があった。


「クロム様――いや、失礼。クロム・《《ヴァルネスト》》様の名で呼ぶ方が正しいのでしょうか?」


 心臓が、一瞬だけ跳ねた。

 やはり、気づいていたか。

 ギルディアの情報網を考えれば当然だろう。


「……その名は、もう俺のものではない」


 静かに、だがはっきりと告げる。

 風が吹き抜け、木々の葉がざわめいた。


「今の俺は、クロム・《《アストレイ》》。この村の名前は【アストレイ】だ」


 その名を口にした瞬間、胸の奥で何かが確かに形を成した気がした。


 この地を名もなき墓場と呼ばせはしない。

 生きる意志が宿る場所として――名を刻む。


 ラセルは目を丸くし、そして微笑んだ。


「アストレイ……王道ではないという意味でしたか?」

「俺たちは道を外れた者たちかもしれない」


 その言葉に、村の皆が静かに耳を傾けていた。

 俺は彼らを見渡し、ゆっくりと続けた。


「だが、それは邪道ではない。自分だけの真念を持ち、己の信じる道を進む者たち。道を探し、時に運命に逆らってでも前に進む――俺たちは、そんな存在でありたいと思う」


 ラセルが目を細め、静かに頷いた。


「……では、その力で蘇った者たちは、何と呼ぶのです?」


 その問いに、俺は迷わず答えた。


「――【ネクレア】だ」

「ネクレア……?」


 ラセルが首をかしげる。


「死から蘇り、再び命を得た者たち。死者でもアンデッドでもない。死を越えて、生きる意志を持つ者たちだ」


 その言葉を放つと、足元の大地が微かに震えた。

 空を渡る風がひときわ明るく、清らかに吹き抜ける。

 まるで、世界が認めたように感じた。


 ラセルは沈黙ののち、ゆっくりと微笑む。


「……素晴らしい。名とは、魂を結ぶ鎖。アストレイとネクレア――どちらの名も、強い意志を感じます」


 彼はそう言って手を差し出した。

 その手を、俺は迷わず握る。


「クロム・アストレイ様。今後も末永く、お付き合いさせてください」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 手の温もりが、言葉以上の契約だった。


 馬車へ戻るラセルが、振り返って帽子を掲げた。


「――真に道を創る者とは、王道に背く者。貴方たちの歩みが、新しい時代の礎になる。私はそう信じています」


 その声を最後に、ラセルは去っていった。

 金色の光が車輪を照らし、やがて森の向こうに消える。


 俺はその背を見送りながら、深く息を吐いた。


「……アストレイ」


 その名をもう一度呟く。

 胸の奥に灯った火が、もう消えることはないだろう。


 村の人々が再び動き出す。

 笑い声、木槌の音、土の匂い――

 そのすべてが、確かに生きている証だった。


 もうこの地に、死の匂いはない。


 かつての俺が願った再生は、いま形になり始めている。

 この場所から、新しい未来が芽吹くのだ。


 ――俺たちは道を外れた者たち。


 だが、誰も歩んだことのない道を創る者でもある。


 風が吹き、芽吹いた若葉が揺れた。

 陽の光がその上をやさしく包み込む。


 俺はその光の中で、小さく笑った。


「行こう。アストレイの名のもとに――新しい世界をつくるために」

※作者からのお願い


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