第14話 穢れを喰らい、命はめぐる
樹海を切り拓いた土地は広がったが、食料の備蓄はまだ心もとない。
畑に植えた作物だけでは栄養が偏るし、肉の貯蔵も底をつきかけていた。
夜ごとに薪を焚く煙が少なくなり、炊事場からはため息ばかりが聞こえてくる。
それでも村は生きている。
人がいる限り、火は絶えない。
――だが、それを繋ぐ糧が尽きようとしていた。
そんな中、村の防衛に出ているリヴとガレオンの姿があった。
リヴは鋭い気配をまとい、木々の間を音もなく駆け抜ける。
その後ろで、巨躯のガレオンが大剣を肩に担いでいた。
地鳴りのような一撃が響き、魔物の悲鳴が森を裂いた。
やがて、二人が戻ってくる。
荷車には大きな魔狼の死骸。血と魔力の匂いが混じった、重い匂いが風に乗って流れた。
「クロム様、今日は魔狼を仕留めました」
「リヴのやつ、また先に仕留めちまってよ。俺の出番がねぇ」
笑いながら言うガレオンは荷車を引いて村に入る
村の中央にある解体所で待っていたのは、ガレオンの妻イレーナだった。
彼女は器用にナイフを動かし、魔物の体から魔石や皮を取り出していく。
白い指先に血がついても、その動きは迷いがない。
「手慣れたもんだな」
「ギルドでは毎日これでしたから」
イレーナは微笑んだ。
ガレオンとイレーナは元々バルドリアで暮らしていた。
ガレオンは冒険者、イレーナはギルドの解体士。
やがて二人は結ばれ、マリーナという宝を授かった。
だが、ある日、依頼中の事故でガレオンは左腕を失った。
仲間たちは手のひらを返し、無力になった彼を追い出され、この村に流れ着いたと聞いた。
「お父さん、お母さん! 今日のは食べられる?」
マリーナが小さな足で駆けてくる。
イレーナはナイフを止め、やさしく頭を撫でた。
「ごめんね、マリーナ。魔物さんのお肉はね、食べたら病気になっちゃうの」
「うーん、お肉……」
その呟きに、胸の奥が痛んだ。
魔物の肉には、人の体を蝕む『瘴気』が潜んでいる。
人の体はそれを分解できない。
だから、今までは焼いて処分するしかなかった。
最近はコーハの腐食スキルで肥料に回せるようになったが、
それでも食糧にはならない。
――そう、誰もが諦めていた。
だがその時、ふと一人の名が脳裏をよぎった。
「……もしかして」
俺はリヴを呼び止める。
「リヴ、ドレイナさんのところへ案内してくれないか」
「……あの人、ですか」
リヴの眉がわずかに動く。
彼女の名を出すと、村人の大半……特に女性陣は顔をしかめる。
触れた相手の魔力を吸い取る――それが、彼女のスキル【吸魔】。
吸われる瞬間、強烈な快楽を伴うらしく、かつて男たちが狂い、街が滅びかけたという。
追放され、流れ着いたのがこの村だった。
彼女はいま、村の外れで静かに暮らしているが、たまに彼女の家に向かう男たちの姿もある。
だが俺には、彼女の力が鍵に思えた。
◇ ◆ ◇
村の外れ。小高い丘の上に、その家はあった。
蔦に覆われた小屋の窓から、薄紫の香が流れている。
甘く、どこか危うい匂い。
「村長のクロムだ。入ってもいいか?」
扉を叩くと、艶やかな声が返る。
「あら、新しい村長さん。どうぞ、入って」
扉を開くと、薄明かりの中に女が立っていた。
漆黒の髪が肩に流れ、紫の瞳がこちらを射抜く。
その姿はまるで夜そのものが形をとったようだった。
「村長さんも……溜まってるの?」
「……違う。頼みがある」
「あら、つれないのね」
ドレイナが唇に笑みを浮かべた瞬間、リヴが間に割り込んだ。
「クロム様に不用意に触れないでください」
「あら怖い。冗談よ。……でも、イイ男だと思うのは本当よ」
妖艶な笑み。その奥に、どこか寂しさが見えた。
俺は真っ直ぐに言った。
「本題に入るぞ。魔物の肉にドレイナの吸魔を使ってほしい」
「……魔物の肉?」
ドレイナの瞳が揺れる。
吸魔――魔力を吸うスキル。
それを魔物の肉に使えば、瘴気を取り除けるのではないか。
そう告げると、彼女は静かに唇に指を当てた。
「面白い発想ね。いいわ、試してみましょう」
◇ ◆ ◇
解体所に戻ると、ガレオンたちが作業を止めてこちらを見た。
ガレオンに事情を説明すると顔をしかめた。
「クロムさん、本気か? あの肉を食うってのか?」
「試してみる価値はあると俺は思っている。ドレイナ頼む」
ドレイナは無言で一歩前に出る。
魔物の肉に手をかざし、スキルを発動した。
次の瞬間、紫の光が肉の表面を包み込み、黒い靄のようなものが吸い取られていく。
空気がひんやりと変わり、解体所に沈黙が落ちた。
やがて、肉の色がほんのりと赤く輝き、まるで普通の肉のように変化した。
イレーナが思わず息を呑む。
「こ、この感覚……本当に、瘴気が消えた?」
「たぶんな。だが、食べてみなければわからない」
俺は小さく切り取り、鉄板に置いた。
焼ける音。立ちのぼる煙。
その香りに、誰もが息を呑む。
これまで嗅いだことのない、清らかな匂い。
「クロム様、危険です。私が――」
「いい。俺が食べる」
俺は一言そう言って、焼けた肉を口に運んだ。
――噛んだ瞬間、驚いた。
柔らかく、深い旨味がある。
魔物の肉という違和感もない。
むしろ、普通の肉よりも上品な甘みすら感じる。
「……うまい」
その一言が落ちた瞬間、静寂がほどけた。
皆が恐る恐る肉を口にする。
そして、驚きの表情に変わる。
「おいしい……」
「これ、本当に魔物の肉か?」
歓声が上がり、笑い声が響く。
マリーナがはしゃぎながら言った。
「お肉だー! お肉だー!」
その光景を見つめ、ドレイナはそっと微笑んだ。
それは、初めて見る優しい笑みだった。
「ドレイナの力が、村を救う。ありがとう、ドレイナ」
俺の言葉に、彼女は一瞬だけ目を伏せた。
震える唇で、かすかに笑う。
「私のスキルで人を救えるなんて思ってもみなかったわ……」
その表情を見て、俺は確信した。
この村は、まだ強くなれる。
どんな呪われた力でも、使い方次第で希望に変わる。
――穢れを喰らい、命はめぐる。
焼かれた肉の香りが、夕暮れの風に乗って村中へと広がっていく。
その香りの中で、みんなが笑いながら食卓を囲んだ。
ドレイナは少し離れた場所で、その光景を静かに見つめていた。
その横顔は、まるで長い夜を越えて朝日を見上げる人のようだった。
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