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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第二章 命の灯をつなぐ者たち

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第12話 腐食の恵み

 朝霧がゆっくりと晴れ、陽光が村を包み込む。

 修復の進む木の壁が、淡い金色の光を反射していた。


 リヴが肩に担いだ丸太を軽々と運び、ドルビが指示を飛ばす。

 周囲では村人たちが縄を結び、釘を打ち、木槌の音が乾いたリズムを刻んでいた。

 音が重なるたび、村が少しずつ生き返っていくのを感じる。


「リヴ! その木は北側だ、もう少し右!」

「了解っ!」


 リヴが笑いながら巨木を軽々と持ち上げた。

 細身の体のどこにそんな力が潜んでいるのか、いまだに信じがたい。

 けれど、あの拳に宿るのは確かに――生。

 死の淵から戻った命の光が、確かに燃えていた。


 その光を見るたびに、俺の胸の奥で何かが脈を打つ。


「クロムさん!」


 呼ばれて振り返ると、畑の方でミーノが手を振っていた。

 腕には摘み取ったばかりの野菜の束。


 けれど彼女の表情には喜びよりも困惑が浮かんでいた。


「……やっぱり駄目です」

「見た目は悪くないが……駄目なのか」

「はい。スキルで成長を速めても、土の栄養が足らず成長に追いつかないみたいです」


 彼女が指先でトマトを押す。

 皮が破れ、淡い汁が流れ落ちた。

 その果肉は柔らかすぎて、命の張りを感じなかった。


 俺は空を仰いだ。

 雲の切れ間からこぼれる光が、まるで試すように大地を照らしている。


 ――まだ、何かが足りない。


 だが、解決の糸口はすでに見えていた。

 俺は村のはずれに住む、一人の男に目をつけていた。


 名はコーハ。

 スキル【腐食(ふしょく)】の持ち主。

 触れたものを何でも腐らせてしまう力ゆえ、忌み嫌われ、行き場を失ってここに流れ着いた男だ。


 ◇   ◆   ◇


 午後、俺はミーノを連れてコーハの小屋を訪ねた。

 辺りの土は焦げ茶色に変色し、草一本生えていない。

 腐食の残滓が、空気にまで染みついていた。


「……誰?」


 扉の隙間から、掠れた声が漏れた。

 覗いた顔はやせ細り、頬には影が落ちていた。

 それでもその瞳の奥には、まだ人の温度が残っていた。


「俺はクロム。この村の新しい村長だ。少し話をしたい」

「……僕に話? 冗談でしょ。僕が触れたら何でも腐る。そんな化け物に用なんて――」


 コーハは自嘲の笑みを浮かべた。

 けれどその声の奥には、長い孤独と諦めが滲んでいた。


「腐らせる力を、呪いだと思っているのか」

「他にどう思えってんだ。僕が触れれば、全部終わるんだ」

「終わるか。だが、終わりがあるからこそ始まりがある」


 その言葉に、彼の眉がわずかに動いた。

 ミーノが一歩前に出る。


「腐るって、命が還ることです。腐食がなければ、新しい命は生まれません」


 静かな声だった。だが確かに届いた。

 コーハの目が揺れる。

 彼にとって肯定は、もう何年も聞いたことのない言葉だったのだろう。


「……僕に、できることなんてない」

「ある。コーハの力を使って、肥料を作ってほしい」

「……肥料?」


「命を分解し、次の命に変える。その循環を早めるのが、腐食の力だ」


 コーハはしばらく黙り、やがて息を吐いた。

 それは諦めではなく、微かな覚悟の息だった。


「……本気で言っているんですか?」

「もちろんだ。コーハの力を信じてる」


 その言葉に、彼の肩がかすかに震えた。


 ◇   ◆   ◇


 翌朝、畑の外れ。

 積み上げられた枯れ草、家畜の糞、腐った野菜――

 その中に立つコーハの姿は、かつてないほど真剣だった。


「力を……制御するなんて、やったことがない。いつも、勝手に腐らすだけだったから」

「大丈夫だ。俺がここにいる。何かあってもネクロマンサーの力で蘇らせる」

「……そう言われると、逆に緊張しますね」


 微かに笑った彼の顔に、初めて人間らしい表情が浮かんだ。

 ミーノが静かに告げる。


「腐らせる、じゃなくて――還すって思ってみてください」


 コーハは目を閉じ、手をかざした。

 紫の靄が指先から立ち上がり、枯れ草の山に触れる。


 じゅう、と湿った音。

 草が黒く変色しながら、柔らかく崩れていく。

 完全な腐敗ではなく、呼吸するように温かい蒸気が立ちのぼった。


「……止めた。これ、成功なんですか?」

「見ろ。土が呼吸してる」


 俺の言葉に、ミーノが瞳を輝かせた。


「すごい……本当に、土が息をしてる!」


 黒土から立ちのぼる湯気は、腐臭ではなく甘い香りを帯びていた。

 それは、発酵の香りだった。


 コーハは膝をつき、黒土を掴んだ。

 震える手が、その温もりを確かめる。


「僕の……腐らせる力が、誰かの役に立つなんて……」


 その声は、嗚咽に近かった。

 俺は彼の肩に手を置く。


「ここからが本番だ。これを畑に撒こう」


 ◇   ◆   ◇


 新たな種が植えられ、ミーノの緑光が畑を包む。

 光が土に吸い込まれた瞬間、芽が音を立てて伸び始めた。

 その色は深く、葉は厚く、まるで命が満ちているようだった。


 数日後、見事な野菜が実を結んだ。

 ミーノが摘み取ったトマトをコーハに差し出す。


「コーハさん、どうぞ。あなたの力で育ったんですよ」

「……いや、僕が触ったら、また腐る」

「大丈夫。今のあなたの力は、命を支える力です」


 彼女は微笑んで、トマトを持ち上げた。


「はい、あーん」

「え、あ、ちょ、ちょっと待て……」


 戸惑うコーハの口元へ、赤い果実が触れる。

 かぷり、と小さな音。

 瞬間、彼の目が見開かれた。


「……甘い。僕、こんな味……知らなかった」


 涙が頬を伝い、黒い土に落ちる。

 その雫が、まるで新しい芽のように輝いた。


「腐るという事は、終わりじゃない。コーハの力は始まりを作る力だ」


 俺はゆっくりと告げた。


「東の島国には、発酵食という文化があるらしい。腐敗の先に旨味を見出す。チーズも酒も、腐食の延長にある恵みだ。コーハの力は、それと同じだよ」


 コーハは顔を上げ、唇を震わせた。


「僕の力が……そんな風に見られるなんて……」

「これからだ。コーハの腐食は、村の未来を育てる力になる」


 コーハは泣き笑いの顔でうなずいた。


「ありがとう。僕、生まれてきてよかった……」


 風が吹き抜け、土と若葉の香りが混じる。

 腐食の地に、確かに命が息づいていた。


 ――腐ることは、再生の始まり。


 これが、俺たちの村の新たな一歩だ。

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