第11話 芽吹きの力
村の北門を出ると、湿った土の匂いが鼻をくすぐった。
夜露が草を濡らし、足音を吸い込む。空は澄み渡り、森の向こうに白い靄が漂っていた。遠くで鳥の声が響く。
世界がゆっくりと目を覚ましていく。
「さて、木材を確保しよう」
俺の言葉に、ゼルガンが黙って頷いた。
彼は背中の大剣を抜き、試すように軽く振る。重厚な音が空気を震わせ、金属の匂いが鼻を刺す。
両手で柄を握り、腰を落とした。その動作はまるで儀式のように正確で、無駄がなかった。
静寂を裂く一閃。
――ズン。
音が地の奥に沈む。わずかな振動が足裏を伝い、森の空気が震えた。
「……あ?」
ゼルガンが息を詰めた。
目の前の木の幹には、斜めの切り口が走っている。
次の瞬間、木がゆっくりと軋み、倒れた。
紙を裂くように、あまりにもあっけなく。
彼は目を瞬き、手の中の剣を見下ろした。
「……何だ、これ」
低く漏れた声が森に吸い込まれる。
俺は答えずに見つめていた。その斬撃の軌跡に、異質な魔力の余韻を感じていた。
俺の魔力だ。確かに、そこに流れている。
ゼルガンは再び構える。
息を整え、手の感覚を確かめるように、ゆっくりと肩を回した。
「もう一度、いく」
二度目の斬撃は、空気を裂いた。
風が一瞬止まり、木が音もなく割れる。
切断面は鏡のように滑らかで、光を反射していた。
「……クロム殿。俺、何かおかしい。前よりずっと力が通る。これが……蘇るってことなのか?」
彼の声には、戸惑いよりも、畏れに近い響きがあった。
俺はうなずきながらも、確信を持てずにいた。
ただ、胸の奥でわかる。
彼の肉体に、俺の魔力が脈打っている。
まるで、俺と彼が一本の根で繋がっているような感覚。
木が倒れる音が遠くに響く。
だが、その静けさを破るように、森の奥から低い唸りが聞こえた。
「来るぞ!」
俺が声を張る。
リヴが前に出て拳を握った。風に混ざる腐臭。やがて、枯れ枝を踏みしめる音が近づく。
三体のアンデッドが闇から姿を現した。皮膚は剥がれ、眼窩は虚ろ。呻き声が風に乗る。
「ここは任せてください!」
リヴは地を蹴り、獣のように踏み込んだ。
拳が空を裂き、骨を砕く。頭蓋が粉々に砕け、二体目を振り向きざまに肘で叩き折る。
最後の一体を蹴り上げると、骨が弾け、闇の中に散った。
動きのすべてが研ぎ澄まされていた。
俺の目でも追い切れないほど速く、正確だった。
◇ ◆ ◇
村へ戻ると、ドルビが入り口で待っていた。
木を見て、目を輝かせる。
「おお、これは……立派な木だ。こりゃ試しがいがあるな」
ドルビは木の前にしゃがみ込み、両手を当てた。
深呼吸のあと、淡い光が彼の周囲に広がる。
木の表面が震え、木目が流れるように変化していく。
目の前で、幹がみるみる均一な板材へと姿を変えた。
リヴが小さく声を上げる。
「すごい……もう形になっています」
ドルビの手が止まる。
その表情には、驚きと信じられなさが混ざっていた。
「……こんなに早く終わるはずがねぇ。しかも、この精度……」
手に取った板を撫でる。木目が均一に整っている。
「……正確すぎる。寸分の狂いもねぇ。俺がここまでやれたことなんて、一度もなかった」
その言葉には誇りよりも、わずかな恐れがあった。
自分の限界を超える力。
その正体を理解できない恐怖。
「とりあえず俺の方は大丈夫だ。この調子なら問題ない」
「なら、次はミーノの番だな」
俺たちは畑へ向かった。
◇ ◆ ◇
畑の端で、ミーノは膝をついていた。
乾いた土を掘り、掌の上で小さな種を包む。
その動作には祈りのような静けさがあった。
「……もう一度、芽吹いてください」
彼女の声は、風よりも柔らかかった。
指先から淡い緑光が流れ出す。
光は土に染み込み、わずかな振動を生む。
やがて、土が盛り上がり、薄い芽が顔を出した。
それは、命の誕生だった。
芽は一瞬で伸び、葉を広げ、まるで時間を早送りしたように成長していく。
わずか数秒で、可憐な花を咲かせた。
ミーノが膝をつく。目を見開き、言葉を失っていた。
「こんな……ありえません。成長を促すとはいっても、こんな速度は……」
指先が震え、花を撫でる。
その感触は、確かに生きていた。
温かく、しっとりとした水気が指を伝う。
ただ、全員が違和感を感じていた。
それぞれの力が、明らかに以前とは違っている。
強く、速く、正確で、そして……異様なほど生き生きとしている。
◇ ◆ ◇
夕暮れ、全員が広場に集まった。
空が茜に染まり、焚き火の火が揺れている。
俺は一同の顔を見渡した。
「……みんな、感じていると思う。今日の力の違いを」
俺は火を見つめながら言った。
全員の視線が俺に集まる。
「原因は、おそらく俺だ」
全員の視線が集まる。
「俺の力は、死を越えて命を繋ぐ。だが、ただの蘇りじゃない。生前に果たせなかった願いが、力の形として現れているんだ」
言葉を口にしながら、胸の奥に冷たい感触が走る。
力が増すたび、俺の中で何かが蠢く。
それが何なのかは、まだわからない。
それでも今は、信じたい。
この力が破滅ではなく、芽吹きであることを。
俺は立ち上がり、遠くの畑を見た。
緑の香りが風に乗って流れる。
あの小さな花が、静かに月明かりに揺れていた。
――小さな再生が、確かにここから始まっている。
俺たちの手で、新しい命が芽吹き始めていた。
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