↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第十二章 愛を還す者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
115/122

第108話 絶望の中に降る光

 サリアの声は、張り裂けそうな静けさを破った。


「……周りの状況が見えていないのかしら。この状況で、何を言っているの」


 鋭く、冷静だが、怒りを孕《はら》んだ声音だった。


 視線の先にいるのは、鎖を操り、なおも余裕の笑みを浮かべるチェイナード。

 瓦礫《がれき》と血の匂いが充満する広間の中心で、彼だけが、この戦場から切り離された存在のように立っていた。


「……すでに残っているのは、お前とメルクアだけよ」


 その言葉は、事実だった。


 俺も、リヴも、シュウも、サリア、ツムギも、まだ立っている。

 息は荒く、身体は重く、魔力は底を突きかけているが、それでも剣は握れている。


 少なくとも、戦える。


 だが――チェイナードは、眉一つ動かさなかった。


「……ならば」


 淡々と、ただの次の手順を告げるように。


「こうするまでです」


 その視線が、ゆっくりと、鎖に縛られたメルクアへと向けられる。


 背筋を、冷たいものが這い上がった。


「メルクア様」


 その呼びかけは、甘く、柔らかい。

 戦場には不釣り合いな、恋人に囁《ささや》くような声音だった。


「このままでは、あなたの愛の国が滅びてしまいます」


 鎖が、ぎしりと鳴る。金属音が、やけに大きく響いた。


「あなたが築き、守り、愛した国です」


 チェイナードは、ゆっくりと言葉を重ねる。


「それを救えるのは、あなたしかいない。……その愛の力を」


 彼は、微笑んだまま、告げた。


「われらに、お与えください」


 瞬間、メルクアの身体が大きく震えた。


「……い、や……」


 かすれていたが、それは確かに拒絶の声だった。

 まだ、彼女自身の意思が、そこにあった。


 だが、鎖が、さらに締まる。

 腕を縛り、肩を押さえ、胸を締め付け、そして喉元へ。

 それは肉体だけではなく、思考を、記憶を、選択肢を、締め上げる動きだった。


「メルクア様」


 チェイナードの声が、耳元で囁《ささや》くように低くなる。


「あなたは、愛を与える存在でしょう」


 優しい言葉だが、その中に拒否は許されていない。


「迷う必要はありません。考える必要も、苦しむ必要もありません。あなたは、ただ――愛を与えるだけでいいのです」


 メルクアの瞳が、大きく揺れた。


 恐怖と、混乱は、長い年月をかけて刷り込まれた偽りの愛によって抑え込まれる。


 俺は叫ぼうとしたが、その前に、メルクアの身体から、魔力が溢《あふ》れ出した。


 濁流《だくりゅう》のように、止めどなく。


 空気が、変わる。


 床に伏していたアルドレインの身体が、びくりと跳ねた。

 続いて、ルナリオの巨体が、低い唸り声を上げながら動き出す。

 まるで、死から引き戻されるように。


「……くそっ」


 シュウが、歯を食いしばる。


「このままでは……また、負けてしまいますよ」


 チェイナードが、囁《ささや》いた。

 あくまで、優しく、彼女の耳にだけ、届くように。


 メルクアの唇が、わずかに動いた。


「……それは……」


 言葉が、震える。


「……いや……」


 その一言に、胸が締め付けられる。


 そして、魔力が爆発した。


 アルドレインの全身に、樹木が絡みついていく。

 先ほどとは比べ物にならない量。

 太く、硬く、幾重にも重なり、やがて大地そのものを纏うかのように巨大化し、人の形をした、樹木の巨兵となる。


 ルナリオの頭部が、異様に膨れ上がった。肉が裂け、骨が軋み、血が飛び散る。


 そして――もう一つの頭が、生えた。


 二つの口が、同時に咆哮を上げる。

 二つ首の魔狼。

 その異形を前に、息が詰まった。


 魔力に満ちた唸りが、広間を震わせる。


「来るぞ!」


 俺は叫ぶと、みんなが構える。


 アルドレインの巨大な拳が振り下ろされ、床が砕け散る。

 衝撃波が走り、身体が宙に浮いた。


 必死に着地し、剣を構えるが、腕が重い。視界が揺れる。


 そこへルナリオが突進してくる。


 避けきれない。


 その時、シュウが割り込み、居合を放つ。

 しかし刃は片方の頭に止められ、次の瞬間、もう片方から放たれた火炎弾が直撃した。


「がはっ……」


「シュウ!」


 吹き飛ばされたシュウを、ツムギが残った片方の腕から伸ばした糸で必死に受け止める。


 追撃しようとする二つ首のルナリオを、リヴが抑え込む。

 リヴは、獣の懐へと踏み込み、二つの頭が生む死角を潰すように張り付いた。


 右の牙を弾き、左の爪を受け流す。

 だが、リヴの動きは確実に鈍っている。

 

 血が、床に落ちる音が聞こえた。


 それでもリヴは退かない。


 一方で、サリアの槍が唸りを上げてアルドレインへと突き込まれる。

 狙いは正確。魔力も十分に乗っている。


 だが――槍先は、樹木の装甲に阻まれ、浅い傷しか残らない。それすら、瞬《またた》く間に再生する。


 まるで、傷つくこと自体が無意味だと嘲笑《あざわら》うかのように。


「……ちっ」


 サリアが舌打ちする。額には汗が滲み、呼吸も荒い。


 二人とも、限界が近い。


 今、この膠着《こうちゃく》を破れるのは――


 俺しかいない。


 そう悟った瞬間、身体が動いていた。


 二人が必死に抑え込んでいる、その隙を縫うように、俺は駆け出す。


 狙いは、ただ一つ。


 メルクアを縛り、意志を奪い、ネクロマンシーを強制している、あの呪縛の鎖。


 シグレの気配が、俺に応える。

 呼吸と剣が、自然に重なり刃に、静かな熱が宿った。


 今しかない。今、断たなければ、すべてが終わる。


 メルクアへと距離を詰めた、その瞬間だった。


 チェイナードが、一歩、前に出た。


 まるで、最初から俺の動きを読んでいたかのように、俺の進路を塞ぐ。


「……無駄ですよ」


 静かな声。そこには焦りも怒りもない。


 視線の先で、チェイナードからメルクアへと伸びる鎖が、妖しく光を放っているのが見えた。


 あれだ。あれを、断つ。


 俺は、意識を一点に集中させる。


 鎖の流れ。魔力の循環。呪縛の核。


 見極めた。


 踏み込み、全身の力を刃に乗せる。


「霽光《せいこう》」


 斬撃が、鎖に向かって一直線に走った。


 だが――


 甲高い金属音が、広間に響き渡る。


 刃は、弾かれた。

 鎖は、断ち切れない。


 メルクアの魔力によって強化された呪縛の鎖は、わずかに揺れただけで、なおも彼女を縛り続けていた。


「……っ!」


 歯を食いしばる。


 今の状態では、通じない。

 それが、はっきりと分かった。


 次の瞬間、チェイナードの腕に、鎖が巻き付く。


「あなたの狙いは、正しい」


 淡々とした声が、耳に届く。


「ですが――私たちの愛には敵わない」


 鎖に覆われた拳が、振り抜かれる。


 重い衝撃。


 内臓が揺さぶられ、視界が白く弾けた。


 世界が、反転する。


 身体が宙を舞い、次の瞬間、壁に叩きつけられた。


 鈍い音。


 息が、一気に吐き出される。


 床に転がりながら、必死に呼吸を取り戻そうとする。

 だが、肺がうまく動かない。


 痛みよりも先に、悔しさが込み上げた。


 まだ、届かない。


 力も、覚悟も、すべてが――足りない。


 誰もが、限界だった。


 息が、続かない。


 このままでは――


 その時だった。


「クロムさま! 壁を壊して!」


 後方から、リリラの叫び声。


「……なぜだ!?」


 俺は振り返る。


「いいから、早く!」


 切迫した声。理由を聞いている余裕はなさそうだ。


 俺は、残った力と、シグレの力を借り、城壁へと居合を放った。


 斬撃が走り、石と瓦礫が崩れ落ち、外の空が、裂けるように現れた。


「……何をしているのですか」


 チェイナードが、怪訝そうに眉をひそめた。


 リリラが、にやりと笑う。


「援軍だよ」


 次の瞬間、空から、光が降り注いだ。


 柔らかく、温かく、勇気をくれる光。


「遅くなって、ごめん」


 その声に、全員が空を仰ぐ。


 舞い降りてきたのは、一人の女性。


 白き翼を背に持ち、穏やかながら揺るがぬ意志を宿した瞳。


 オルタリアの聖女候補――セラ。


 彼女は、戦場を見渡し、静かに告げた。


「ヒーローは遅れてやってくるってね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。