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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第十二章 愛を還す者たち

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第104話 雨を断ち、晴れを刻む ☆シュウ視点

 目の前に立つそれは、魔狼の姿をしていた。


 漆黒の毛並みは月光を拒むように光を吸い込み、その内側を流れる魔力は、濁流のように脈動している。ただの魔物ではない。

 知性があり、こちらの実力を値踏みしている。


 青い双眸が、細められたその瞬間、空気が裂けた。


 消えた。


 そう錯覚するほどの速度だった。

 視界が追いつくより先に、殺意だけが喉元へと突き刺さる。


 牙が襲い掛かる。


 反射的に晴天を振り上げる。

 刃と牙が噛み合い、火花が弾けた。

 腕に走る衝撃。骨に響く重さ。


 速い。ただ速いだけじゃない。

 踏み込みに迷いがなく、攻撃に躊躇がない。


「ちっ……!」


 距離を取ろうと跳ぶが、着地する前に影が追ってくる。


 その影に向け、横薙ぎの一閃。

 今度こそ捉えた――そう思った刹那、ルナリオは空を蹴り、体を捻り、刃の外へと滑り出た。


 かすりもしない。


 まるで、こちらの動きなどお見通しのようだ。


「ツムギ!」


「分かってる!」


 背後から放たれた糸が、月光を裂いて空間を縫う。

 幾重にも張り巡らされた糸の網。逃げ場はない。


 ――はずだった。


 ルナリオは、わずかな隙間を嗅ぎ分けるように体を沈め、回転し、糸と糸の間をすり抜けていく。


 一本も、触れない。


 糸が、追いつかない。


「そんな……」


 ツムギの息が乱れるのが分かった。


 俺は踏み込む。

 真正面から、力任せにでもいい。捉えなければ意味がない。


 刃を振り抜くが、またしても空を斬った。


 視界の端で、黒い尾が揺れた。


 ――まずい。


 背筋を冷たいものが走る。


 間に合わない。


 衝撃が腹を打った。尾の一振り。

 だがそれだけで、肺の空気が一気に吐き出され、俺は石床を転がった。


 視界が揺れる。


 立て。立て。


 歯を食いしばり、膝をつく。


 強い。


 速さだけじゃなく、こちらの動きを、完全に読んでいる。


 踏み込みの間合い。刃の軌道。呼吸の瞬間。


 すべてを把握した上で、かわしている。


 脳裏に、ひとつの名が浮かんだ。


「……シグレだったら……」


 零れた声は、驚くほど弱かった。


 自分でも分かる。

 それは、逃げだと。


「しっかりしなさい!」


 鋭い声が、空気を裂く。


 ツムギが、額に汗を浮かべ、両手を広げ、さらに糸を展開している。


「あなたは、あの人の子孫なんでしょ!」


 その一言が、胸を打った。


 子孫。


 そうだ。俺は、あの背中を追ってここまで来た。


 だが――追うだけでいいのか。


 シグレは強かった。誰よりも、誰よりも。


 でも、その影に隠れ続ける限り、俺は俺になれない。


 俺は、俺の刃で立つ。


 ルナリオが低く唸り、再び姿を消す。


「私が、なんとしても動きを止めてあげる!」


 ツムギの声に、迷いはなかった。


「あとは、頼むわ!」


 次の瞬間、彼女の周囲から糸が爆発的に広がる。

 床、壁、天井――すべてが彼女を支点に、空間そのものを縛り上げる結界となる。


 ルナリオが跳び、糸が絡みつく。


 ――だが、食い破られる。


 牙が閃き、糸が弾け飛ぶ。


 それでも、ツムギは止めない。

 魔力を注ぎ込み、指先から血が滲んでも、糸を紡ぎ続ける。


 ルナリオが、進路を変えた。


 狙いは――ツムギ。


「危ない!」


 体が、動きかける。


 だが、その瞬間、ツムギと目が合った。


 強い意志。揺るがない覚悟。


 目が信じろ、と言っている。


 俺は、踏みとどまった。


 晴天を構え、呼吸を落とす。


 世界の音が、遠のいていく。


 ルナリオが、糸をかいくぐり、ツムギへと迫る。


 牙が迫り――赤が舞った。


 ツムギの右腕が、噛みちぎられる。


 骨の砕ける音。肉が裂ける音。


 それでも、彼女は悲鳴を上げなかった。


 顔をしかめながら、にやりと笑う。


「捕まえた」


 噛みちぎられた右腕が、ルナリオの口内で光る。

 そこから溢れ出す糸が、体内から絡みつき、内側から締め上げる。


 同時に、残された左手から放たれる、全魔力を込めた糸。


 外と内からの、拘束。


 ルナリオが、初めて焦ったかのような、咆哮を上げた。


 暴れ、糸を引き裂く為、一瞬、止まる。


 それで、十分だった。


「ありがとう」


 声に出したかどうかは分からない。


 ただ、心からそう思った。


 視界が、澄み渡る。


 ルナリオの体内を巡る魔力が、点として見えた。


 どこが、最も強いのか。どこが、核なのか。


 ――見えた。


 晴天を、強く握る。

 柄に伝わる重みと存在感が、迷いを削ぎ落としていく。


 踏み込んだ瞬間、床が悲鳴を上げて砕けた。

 反動が足元から全身へと伝わり、視界が一気に研ぎ澄まされる。


 世界が、遅れる。


 魔狼の動きが、水の中を進むかのように鈍く見えた。


 狙うのは、ただ一点。魔力が最も濃く集束する、その中心。


 身体を低く沈め、全身の力を一直線に解き放つ。


 突き。


 刃は迷いなく吸い込まれ、次の瞬間、そのまま流れるように軌道を変え、下から上へと切り上げる。


「霽ノ一刃(はれのいちは)」


 雨を断ち、晴れを刻む一閃。


 魔力の核が、断ち切られた。


 ルナリオの瞳から、光が消え、巨体が、音を立てて崩れ落ちた。


 静寂。


 俺は、膝をついた。


 ――終わった。


 すぐに立ち上がり、ツムギの元へ駆ける。


「大丈夫か!」


「……見ての通りよ」


 蒼白な顔で、それでも笑う。

 左手で肩口を押さえ、糸で傷口を縫い、血を止めていた。


「あなた……あの人を、超えたわね」


 その言葉に、胸が熱くなる。


「まだまだだ」


 自然と、視線が向いた。


 クロムの方、あちらも、戦いを終えたらしい。


 その奥に――一瞬、見えた気がした。


 雨上がりの空のような、穏やかな笑顔。


 シグレ。


 何も言わないが、晴れやかな顔で、頷いた気がした。


 胸の奥に、静かな光が灯る。


 もう、背中を追うだけじゃない。


 自分の足で、ここに立っている。


 俺の心の空は、確かに――晴れていた。

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