第103話 魂が交わる刃
アンデッドの残骸が、ようやく完全に沈黙した。
骨と鎧の砕けた音が消え、広間に残ったのは、重く張り詰めた沈黙だけだった。
だが、それは安堵とは程遠い。
空気が変わる。いや、正確には、俺たちを見つめる視線の質が変わった。
アルドレイン。チェイナード。ルナリオ。
玉座の前に並び立つ三体の存在は、先ほどまで相手にしていた精鋭アンデッドとは、明確に異なっていた。
意思があり、知性がある。そして――殺す覚悟がある。
死の女王を守るために。俺たちを、ここで確実に排除するために。
「……来るぞ」
自然と声が低くなる。
緊張が、背筋を這い上がってくるのが分かる。
その一言だけで、全員が理解した。
説明も、合図もいらない。
俺たちは散開した。
◇ ◆ ◇
アルドレインが、静かに一歩前へ出る。
その足が床に触れた瞬間、城が呻いた。
床が割れ、そこからありえない速度で樹木が芽吹く。
根が石を押し割り、幹が天井へと伸び、枝が広がる。
生命の暴力。
まるで、この城そのものを苗床にしているかのようだった。
「お前の相手は俺だ!」
俺が前に出ると同時に、サリアが半歩遅れて位置を取る。
「援護するわ、クロム!」
迷いのないその言葉で、胸の奥が静かに熱くなる。
次の瞬間、床を突き破って樹根が襲いかかってきた。
鞭のようにしなり、鋼鉄よりも硬い一撃。
考えるより先に、俺は魂を沈めた。
魂回帰。
呼びかける名は、ひとつ。
ドルビ。
木材を知り尽くした職人の魂。構造を理解し、役割を変える力。
迫る樹根に手をかざす。
触れた瞬間、それは力を失い、ばらばらに崩れ落ちた。
「……相変わらず厄介な力だね」
アルドレインが、どこか楽しげに呟く。
「黙りなさい!」
サリアが踏み込む。
槍が閃き、枝を薙ぎ払い、幹を正確に穿つ。
「私たちの力を、思い知りなさい!」
その気迫に、空気が震えた。
俺はサリアの動きに合わせ、樹木へと触れて樹木を無力化していく。
俺たちの連携は完璧だった。
攻撃がアルドレインに通る。
確実に、追い詰めている。
だが、アルドレインは、まだ余裕を失っていなかった。
後退しながら、彼はゆっくりと両腕を広げる。
「君たち、本当に面白いよ」
焦りはない。
むしろ、その瞳には愉悦が浮かんでいた。
床に散らばっていた木片が、一斉に宙へと浮かび上がる。
砕いた枝。無力化した幹。それらが、逆再生されるようにアルドレインに集束していく。
「……っ!」
アルドレインの身体を覆うように、樹木が絡みついた。
幹が骨格を形作り、枝が重なり、樹皮が鎧となる。
人の形をした、巨大な樹木の甲冑。
「この城はね、五百年かけて根を張ってきたんだ」
低く、響く声。
「君が触れたくらいで、止まると思わないでほしい」
樹木の鎧が、ぎしりと音を立てる。
次の瞬間、無数の枝が槍となって放たれた。
「クロム!」
「分かってる!」
俺は前に出て、ドルビの力を、限界まで引き出す。
触れた枝は崩れ落ちるが、すぐに新しい枝が生え、樹皮が覆う。
終わらない。
分解しても、意味がない。
これは素材じゃない。
生きたまま、再構築されている。
「クロム、無理はしないで!」
サリアの槍が叩き込まれるが、衝撃は吸収される。
「くっ……!」
次の瞬間、巨大な腕が振り下ろされた。
俺は反射的に前へ出て、サリアを庇う。
衝撃。肩に走る激痛。
体が宙を舞い、床を転がる。
強い。
単純な力比べなら、完全に向こうが上だ。
「君の力は、確かに厄介だ」
アルドレインが歩み寄ってくる。
樹木の鎧が、城を軋ませる。
「でも、戦闘系じゃないスキルなんて、その程度さ」
俺は、ゆっくりと立ち上がる。
確かに、ドルビの力は戦闘向きじゃない。
だが――俺は、一人じゃない。
脳裏に浮かぶ、静かな背中。
――シグレ。
魂を、切り替える。
世界の輪郭が研ぎ澄まされる。
木の流れ。魔力の道。魂の結束。
すべてが、線として見えた。
「サリア!」
「……ええ!」
言葉は、それだけでいい。
「次で、終わらせる!」
サリアが深く息を吸う。
槍に、全魔力が集束する光の槍となる。
空気が震える。
俺は、一歩踏み出した。
「――霽光」
一閃。
銀光が、走る。
樹木の鎧を構成していた魔力の結束が、断たれる。
「はあああああっ!!」
サリアの槍が、アルドレインに叩き込まれた。
全魔力を乗せた一撃。
霽光によって弱体化した鎧を、正面から貫く。
轟音。
樹木の鎧が、内側から爆ぜた。
中心で、アルドレインの身体が宙に浮いた。
「……なるほど……」
微笑みすら浮かべながら、彼は崩れ落ちる。
「それが……君たちの答えか……」
床に倒れたアルドレインは、動かない。
静寂が戻る。
俺は、大きく息を吐いた。
「……終わったわね」
「ああ。でも……」
視線を、まだ続く戦場へ。
本当の正念場は、ここからだ。
俺は、剣を握り直した。
まだ、終われない。




