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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第十二章 愛を還す者たち

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第100話 この手で終わらせるために

 リヴの黒翼が霧のように消え、部屋を覆っていた異様な気配が、ゆっくりと薄れていく。


 まるで長い悪夢が、ようやく終わったかのようだった。


 耳に届くのは、崩れ落ちた石が床を転がる乾いた音と、誰かの荒い呼吸だけ。

 それ以外の音は、何もない。


 俺は、リヴを腕に抱いたまま、ゆっくりと周囲を見渡した。


 ついさっきまで、死と呪縛が渦巻いていたはずの空間に、仲間たちの姿がある。

 床には、完全に動かなくなったアンデッドの残骸がいくつも転がり、もはや敵意も魔力も感じられない。


 サリアは槍を地面に突き、額に汗を浮かべながら肩で息をしていた。

 シュウは壁際に座り込み、必死に呼吸を整えている。

 ツムギもリリラも無事だが、表情には隠しきれない疲労が滲んでいた。


 どうやら――俺がリヴを取り戻したころ、ほかの戦いも、すべて終わっていたらしい。


 その事実に、胸の奥がわずかに緩む。


 腕の中で、リヴが小さく身じろぎした。


「……ここは……?」


 掠れた声。だが、確かな意識。

 その一言を聞いただけで、張りつめていた何かが、音を立ててほどけた。


「ネクロスの城だ。もう……大丈夫だ」


 そう告げながら、ゆっくりと彼女を下ろす。

 リヴは一度足元を確かめるようによろめき、それでも自分の足で立った。


 視線が、周囲を巡る。


 倒れ伏したアンデッド。

 消耗しきった仲間たち。


「……クロム様」


 呼ばれて、視線を合わせる。

 その瞳には、さっきまであった虚無も狂気もない。

 だが代わりに、何かを察したような、張りつめた色が宿っていた。


 ◇   ◆   ◇


 俺は、簡潔に、ここまでの経緯を話した。


 リヴがチェイナードに囚われたこと。

 アストレイや、他国で起きていた異変。

 彼女を取り戻すため、ネクロスに乗り込んだこと。

 城内での戦い。


 そして――


「ハードンが……俺をかばって死んだ……」


 その名を口にした瞬間、リヴの表情が、はっきりと凍りついた。


「……え?」


 小さな声。理解を拒むような、短い沈黙。


「ハードンは、ネクロマンシーを拒んだ。これが俺のゴールだと言って……」


 言葉が落ちた瞬間、場に沈黙が降りる。


 リヴの肩が、かすかに震え始めた。


「……私が……」


 唇を噛みしめ、声を絞り出す。


「私が囚われたばかりに……ハードンさんが……」


 悔恨と自責が、抑えきれずに溢れている。

 その姿を見て、胸が締めつけられた。


「違う」


 俺は即座に首を振る。


「ハードンは、自分で選んだ。誰のせいでもない」


 それでも、リヴは俯いたままだった。

 その背中に、サリアが静かに歩み寄る。


「……リヴ」


 責める色のない、落ち着いた声。


「あなたを取り戻す、という目的は果たした」


 そこで一度、言葉を切る。


「でも――これから、どうするの? クロム」


 現実的な問いだった。


 ここまで、誰一人として無傷ではない。体力も、魔力も、確実に削られている。


 城門には、ガレオンとコーハを残してきた。無事でいる保証はない。


 アストレイは。ほかの国々は。

 ネクロスが引き起こした混乱は、ここだけでは終わらない。


 その時だった。


「……クロム様」


 リリラが、こちらを見る。


「実は……リリリから、連絡が入ってました」


 その名に、全員が顔を上げる。


「アルトリアも、アストレイも無事。ほかの国も、今のところ大丈夫だって」


 安堵の息が、いくつか漏れた。

 だが――リリラの表情は、晴れない。


「……でも」


 彼女は胸元を押さえる。


「私たちは、共鳴で繋がってる。だから……分かるの」


 声が、わずかに震える。


「リリリ……平気なふりをしてるけど……」


 一度、目を閉じる。


「……限界が近いと思う」


 空気が、再び張りつめた。


 俺は、静かに息を吸い込む。


 ここまで来て、引き返す選択肢は、もう現実的ではない。


 この状況を変えるには。


 この連鎖を断ち切るには。


「今ここで、ネクロスと決着をつけるしかない」


 俺の言葉に、視線が集まる。


「俺は、進むべきだと思う」


 言い切った。


「確かに消耗はしてる。でも――」


 自分の内側を、確かめる。

 魔力が、満ちている。


 歪められていた流れが、正常に戻りつつある。

 旅立ったネクロスたちの存在を、はっきりと感じていた。


 リヴも、俺の魔力で回復している。

 その顔色は、さっきよりもずっといい。


「被害がゼロじゃないのは分かってる」


 ハードンの顔が、脳裏をよぎる。


「でも……ここで止まったら、ハードンの死は、無駄になる」


 それだけは、許せなかった。


 サリアが、ゆっくりと息を吐く。


「……分かったわ」


 槍を握り直す。


「行きましょう。ここまで来たんだもの」


 シュウも、立ち上がった。


「俺も、まだ戦える」


 ツムギも裾を払う。


「……私も、平気です」


 震えはあるが、目は真っ直ぐだった。


 リリラは一度だけ天井を仰ぐ。


「みんなが、持ちこたえてる間に、終わらせよう」


 リヴが、俺を見る。


 その瞳には、もう虚無はない。


「……私も、行きます」


 静かだが、強い声。


「今度は……こちらの番です」


 俺は、頷いた。


 ◇   ◆   ◇


 城の頂上。ひときわ大きな扉の前に、辿り着いた。


 石と骨で作られたような、不気味な造形。

 扉の隙間から漏れ出す魔力は、桁が違う。


 肌が、ひりつき、魂の奥を、直接撫でられるような感覚。


 ここだ。


 ネクロマンシーを巡る、すべての終着点。


 俺は、扉に手を伸ばす前に、一度振り返り、仲間たちの顔を見る。


 恐怖は、ある。

 迷いも、ある。


 それでも――


 全員が、前を向いていた。


「行こう」


 その一言で、十分だった。


 扉の向こうに待つものが、何であれ。


 俺たちは、ここで終わらせる。


 生と死と――この物語を。


 この手で。

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