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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第十二章 愛を還す者たち

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第98話 生ききった者

 ハードンの言葉が、回廊の空気に沈んだ。


 まるで重い石を水面に落としたように、音もなく、ただ深く、逃げ場のない沈黙が、俺たちを包み込む。


 俺は、しばらく声を失っていた。


 喉が、動かない。

 言葉を選ぶ以前に、息の仕方を忘れてしまったようだった。


「……何を、言ってるんだ」


 ようやく絞り出した声は、自分でも分かるほど掠れていた。

 ひどく遠くから聞こえる。

 まるで、他人の声だ。


「ふざけるなよ、ハードン」


 膝をつき、血に塗れた彼の前に立つ。

 視界が、滲んでいるのがはっきり分かった。

 涙なのか、血の臭いのせいなのか、それすら分からない。


「ネクレアに……なりたかったんじゃないのか」


 問いというより、縋りつくような言葉だった。

 否定してくれと、懇願するように。


「どうせ死んでも、ネクレアになるんだって……昔、言ってただろ」


 あの軽口。

 冗談みたいに吐き捨てていた言葉。

 あれは、死を恐れていない強さだと、勝手に思っていた。


 だがハードンは、弱々しく笑った。


「あの時……お前も、言ったじゃねぇか」


 声は小さいが、驚くほどはっきりしている。


「ネクレアは……逃げ道じゃねぇって」


 喉が鳴る。

 俺自身が、ドルビの旅立ちの時に放った言葉が、刃となって返ってくる。


「終わらせるために、生き直す存在だって……」


 俺は、何も言えなかった。

 ハードンは、ゆっくりと息を整える。


 その一つ一つが、確実に弱く、短くなっているのが分かる。


 命が、減っている。取り戻せないところまで、確実に。


「……俺な」


 視線が、天井へと向く。

 石造りの冷たい天井。

 その向こうに、何を見ているのか。


「正直……怖かったんだ」


 初めて聞く声色だった。

 戦場で何度も聞いた豪胆な声とは、まるで違う。


「生きるのが……じゃねぇ」


 微かに、口角が上がる。


「生ききれねぇまま……終わるのが……な」


 胸が、締め付けられる。

 生きることを恐れない男が、唯一、恐れていたもの。


 それは――何にもなれないまま、終わること。


「でもよ……」


 ハードンは、俺を見る。

 焦点は合っていない。

 それでも、確かに俺を見ていた。


「今は……分かる」


 一拍、置いて。


「これが……俺の人生の……ゴールだ」


 その言葉に、嘘はなかった。

 迷いも、後悔もない。


 人生を完成した者の、声だった。

 生きることを、最後まで選び切った者の声。


「だから……」


 血を吐きながら、それでも言葉を紡ぐ。


「ネクロマンシーは……使うんじゃねぇ」


 その一言で、俺の中に積み上げてきた理屈も、覚悟も、音を立てて崩れ落ちた。


「ハードン……」


 名を呼ぶ。


「俺は……生ききった」


 それが、ハードンの最後の言葉だった。


 ハードンの身体から、力が抜ける。

 握られていた拳が、静かに開いた。


 命の火が――消えた。


 誰も、動けなかった。


 サリアは唇を強く噛みしめ、肩を震わせている。

 ツムギは俯いたまま、糸を握りしめ、指が白くなっていた。

 シュウは目を閉じ、リリラは小さく、嗚咽を漏らす。


 俺は、ただ立ち尽くしていた。


 守れなかった。

 違う。


 ――慢心《まんしん》した。


 その時、違和感に気づいた。


 胸の奥……いや、身体の周囲。


 まとわりつくような、濁った魔力。


 いつもの俺の魔力とは、明らかに違う。

 重く、甘く、思考を鈍らせ、気分を高揚させる。


 だから、気が大きくなっていた。

 だから、無理が利くと思った。


 ――この城の影響か、それとも、誰かのスキルか。


 分からない。

 だが、はっきりしていることが一つある。


 ハードンは、それに気づかせるために、命を賭した。


 俺は、拳を握りしめる。

 爪が、掌に食い込む。


「……行こう」


 声は低く、短く。


「ここで止まるわけにはいかない」


 誰も反論しなかった。

 それが、答えだった。


 ハードンの亡骸を、その場に残す。

 胸が裂けそうになるが、歯を食いしばる。


「必ず……戻る。アストレイに連れて帰る」


 それが、俺にできる最低限の誓いだった。


 俺たちは、再び城の奥へ進んだ。


 ◇   ◆   ◇


 やがて、視界が開ける。


 広い、広い空間。高い天井。磨かれた床。中央には、円形のダンスフロア。


 かつては、舞踏会が開かれていたのだろう。

 音楽と笑い声が満ちていたはずの場所。


 その中央に――リヴがいた。


「……リヴ!」


 思わず、名を呼ぶ。


 だが、彼女は振り向かない。

 虚ろな瞳で、虚空を見つめている。


 そこに、感情はなく、俺を待っていた様子もない。


 胸が、軋む。


 周囲には、アンデッドの群れ。

 無言の兵士たちが、彼女を囲むように立っている。


「助けに……来た」


 一歩、踏み出す。


 その瞬間、リヴの背中から、黒い翼が広がった。


 魂共鳴《ソウルリンク》した時に発現する黒い翼。だが、俺と発動した時とは違う。

 光を拒み、影を引き連れるような、禍々しさ。


「クロム……」


 サリアが、前に出ようとする。


「ここは、私が――」


「いや」


 俺は、喰闇《くらやみ》に手をかける。


「サリアたちは、周りのアンデッドを頼む」


 視線を、リヴから逸らさない。


「リヴは……俺が取り戻す」


 喰闇《くらやみ》を引き抜く。


 黒い刃が、静かに鳴いた。


 ――待ってろ、リヴ。今度こそ、手を離さない。


 そう誓い、俺は前へ踏み出した。

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