第97話 魂が届く距離
城の奥へと続く回廊は、どこまでも冷たく、薄暗かった。
天井の高い石造りの通路には、かつては誇りを示していたであろう紋章や装飾が並んでいるが、その多くは途中で削り取られ、あるいは歪に砕けている。
――近い。
理由は分からない。だが、確信に近い感覚が胸の奥で脈打っていた。
リヴだ。
言葉にしなくても分かる。魂の距離が、確実に縮まっている。
まるで、同じ方向へ引き寄せられる磁石のように。
俺は、自然と歩調を速めていた。
「クロム、少し落ち着け」
後ろから、ハードンの低い声が飛んでくる。
「焦るな。ここは敵の城だ」
「分かってる」
そう返しながらも、足は止まらなかった。
止められる気がしなかった。
今なら、行ける。胸の奥に残る、あの声。あの温もり。
旅立ったはずの仲間たちが、今も確かに俺の背中を押している。
――魂回帰。
その名を意識した瞬間、胸の奥が微かに熱を帯びた。
「今は、この力がある」
思わず、口に出ていた。
ツムギがこちらを見て、わずかに眉をひそめる。
「……無理はしないでください、クロムさん」
「大丈夫だ」
根拠はない。だが、不思議と怖くなかった。
その時だった。
前方の通路の奥から、重く、鈍い足音が響いてきた。
一つではない。複数だ。
「来る!」
サリアの鋭い声と同時に、闇の中から影が浮かび上がる。
アンデッドの群れ。
だが、今までのアンデッドとは明らかに違っていた。
手には剣や槍、斧などの武器を構え、間合いを測っている。
無秩序に突っ込んでくる気配がない。
中には、魔力を練る仕草を見せる個体すらいた。
「……スキルを、使ってる?」
リリラが息を呑む。
生前の動きをなぞっているだけではない。
統率され、磨かれた動き。まるで、訓練された兵士のようだ。
言葉を持たないだけで、命令に応じ、役割を理解し、連携して動く。
やっていることは――ネクレアと、同じだ。
「厄介だな……」
シュウが低く呟く。
俺は一歩、前に出た。
「任せろ」
胸の奥に意識を沈め、魂回帰を呼び起こす。
応えがあった。
身体が、羽のように軽い。
視界が研ぎ澄まされ、時間の流れが緩やかに感じられる。
俺は足元の石を拾い上げた。
掌に収まる、ただの瓦礫。
だが、それで十分だった。
一投。
空気を裂く音すら置き去りにし、石が飛ぶ。
アンデッドの額を正確に撃ち抜き、頭部を砕いた。
二投、三投。
距離も、防御も、意味をなさない。
次々と倒れ、黒い霧となって崩れていく。
指先に、別の感覚が走る。
空気が軋み、紫電が走り、通路を塞ぐアンデッドの群れを、雷がまとめて焼き払う。
「……ほう」
シュウが、素で声を漏らした。
俺自身も、内心で苦笑していた。
「一度に使えるのは……一人の力だけか」
雷を放ちながら、呟く。
「案外、使い勝手はよくないんだな」
だが――悪くない。
新しい力がある。それを、はっきりと実感できる。
胸の奥で、少しだけ気が大きくなっているのが分かった。
慢心だと分かっていても、今はそれを否定できなかった。
アンデッドの残骸を踏み越え、先へ進む。
――リヴに近づいている。
だが、その感覚に酔った一瞬の隙が、牙を剥いた。
再び現れるアンデッドの群れ。
「……よし、次は――」
魂回帰を、再び発動する。
だが、応えがない。
胸の奥が、静まり返っている。
「……?」
もう一度、意識を沈める。
だが、 何度呼びかけても、返ってこない。
「クロム!」
サリアの声。
反応が遅れた。
アンデッドの一体が、俺の死角から踏み込み槍を突き出す。
「しまっ――」
その時、衝撃が走る。
「邪魔だ!」
ハードンだ。
俺を殴り飛ばし、前に出る。
全身を硬化させ、盾となる。
「何しやがるハードン!」
「しっかりしやがれ!」
次の瞬間、アンデッドの槍が、一直線に突き出された。
ハードンの硬化した胸部を――貫いた。
音が、消えた。血が、床に落ちる。
「――ハードン!!」
正気に戻る。
俺は叫び、喰闇を振るった。
ツムギの糸が絡み、動きを止める。
サリアが槍を突き出し、シュウが背後を取る。
連携。俺たちの本来の戦い方だ。
精鋭のアンデッドは、ほどなく崩れ落ちた。
ハードンのもとへ駆け寄る。
「……くそ……」
膝をつき、血を押さえている。
「大丈夫よ、すぐに治す!」
ツムギが必死に糸を走らせ、裂けた肉と骨を繋ぐ。
だが、顔色は悪い。
「……血が流れすぎてる……」
ツムギの声が震える。
ハードンの命の火が、弱っている。
喉が詰まる。
「心配するな、ハードン」
震えを押し殺し、言葉を絞り出す。
「もし死んでも……」
その先を、言い切る前に。
ハードンが、俺を睨んだ。
力のない目だが、意志だけははっきりしている。
「……先に言っておく」
血を吐きながら、言葉を紡ぐ。
「俺が死んでも……ネクロマンシーは……使うんじゃねぇぞ」
その言葉が、胸に突き刺さったまま――回廊は、再び静まり返った。




