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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第十二章 愛を還す者たち

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第96話 魂を還す者

 意識が、沈んでいく。


 闇に呑まれるというより、深い水底へと引きずり込まれる感覚だった。

 身体が重く、冷たい。肺が圧迫され、呼吸の感覚が遠のいていく。

 視界は黒く滲み、輪郭という輪郭が溶けていった。


 終わりだ、とどこかで理解していた。

 抗う力は残っていない。

 ここまでか――そう思った瞬間。


 声が、叩きつけられた。


 諦めるな。

 ここまで来たんだろうが――


 怒鳴るようでいて、突き放さない。荒々しい言葉の奥に、確かな熱があった。


 その声は、何度も背中を押してきた声だ。

 迷ったとき、立ち止まったとき、無茶をしたとき。

 呆れながらも、最後には必ず隣に立っていた。


 胸の奥が、じんわりと熱を帯びる。


 沈んでいた意識が、ゆっくりと引き上げられていく。

 戻ってくるのは、痛みだ。

 骨が軋む感覚。肉が締め上げられる感覚。


 それでも――生きていると実感できる痛みだった。


『おい、クロム』


 乱暴で、ぶっきらぼうで、それでいて、不思議と落ち着く声。


 懐かしさが、胸の奥を強く叩いた。


 声にならない問いが、意識の中で自然と浮かぶ。


『ドルビ……?』


『おう。俺だ』


 たったそれだけの返事なのに、胸が軽くなった。

 理屈じゃない。この声があるだけで、立てる気がした。


 疑問が、遅れて浮かぶ。


『まだ、旅立ってなかったのか』


 だが、その問いを待っていたかのように、ドルビは笑った。


『いや、旅立ったさ。ちゃんとな』


 迷いのない声だった。未練も、後悔も感じられない。


『でもよ、クロムがこんなザマだって聞いたら、黙ってられねぇだろ』


 聞いた? 誰からだ。

 そう思った瞬間、ドルビは続ける。


『なぁ、みんな!』


 その呼びかけを合図に、闇がざわめいた。


 ひとつ、またひとつ。闇の奥から、声が重なっていく。


『頑張って、クロム様』


 穏やかで、包み込むような声。


『ここで倒れるわけ、ないですよね』


 少し意地悪で、けれど信じ切っている声。


『リヴを助けるんだろ』


 真っ直ぐで、揺るがない声。


『アストレイで待ってる、みんなのためにも』


 あたたかく、背中を支える声。


 聞き覚えのある声ばかりだった。

 何度も共に戦い、守り、守られた存在。

 そして、俺が見送った――ネクレアたちの声。


 胸の奥が、強く脈打つ。鼓動が、確かな熱を伴って全身に広がっていく。


 そうか。これは奇跡じゃない。


 俺が、選び続けてきた答えだ。


 ネクレアとして縛り、留めることはしなかった。

 生者の都合で、死者を使い続けることはしなかった。


 それでも、彼らは、俺を見捨てなかった。

 旅立ってもなお、俺の戦いを見ていてくれた。

 必要なときに、背中を押しに来てくれた。


 生きているか、死んでいるかなんて関係ない。

 同じ場所に立ち、同じ方向を見る。


 それが、俺の在り方だ。


 意識が、はっきりと現実へ戻る。


 樹木の締め付けが、痛みとして明確に伝わってくる。

 呼吸は苦しい。だが、闇には沈まない。


 俺は、ゆっくりと目を開いた。


 視界いっぱいに広がるのは、黒く歪み、脈打つ樹木。

 俺の体を絡め取り、吊り上げている。


 だが、もう恐怖はない。


 ――触れるだけでいい。


 根拠はない。理屈もない。


 だが、なぜかわかった。


 俺は、震える腕を無理やり動かし、樹木に触れた。


 その瞬間。


 ぱき、と乾いた音がした。


 樹皮に走る、無数のひび。そこから、崩れるように構造がほどけていく。


 繊維が分離し、魔力が抜け落ち、ただの木材へと変わっていく。

 斬ったわけでも、砕いたわけでもない。


 加工だ。


 俺の身体を縛っていた樹木は、音を立てて崩れ落ちた。


「……なに?」


 アルドレインの声が、初めて揺れた。


 彼は目を見開き、信じられないものを見るように俺を見ている。


「……なんだ、何が起きている?」


 俺は地面に落ち、膝をつく。

 息を整え、ゆっくりと立ち上がる。


「援軍か?」


 アルドレインが周囲を見渡し、問いかける。

 警戒と困惑が、隠しきれていない。


 俺は、喰闇《くらやみ》を支えに、顔を上げる。


「そうさ」


 胸の奥に、確かな温もりを感じながら、答えた。


「旅立った、みんなのな」


 その言葉と同時に、感覚が広がった。


 木の繊維、密度、材質。


 この感覚は、俺のものじゃない。


『任せな。木材加工は、俺の十八番《おはこ》だ』


 ドルビの声が、重なる。


 俺は一歩、踏み出した。


 手を伸ばし、迫り来る樹木に触れると、触れた先から、樹が崩れる。

 魔力を失い、ただの木材へと変わっていく。


「クロム!?」


 サリアの驚いた声。


「嘘だろ……今のは……」


 ハードンが目を見開く。


 シュウも、ツムギも、リリラも動きを止めてこちらを見ている。


「説明は後だ!」


 俺は叫ぶ。


「今は、押し切る!」


 仲間たちは即座に動いた。


 俺が、樹木を破壊し、道を作る。

 ツムギの糸がアンデッドを縛り、サリアが前線を切り開き、ハードンがその背を守り、シュウの刀が、正確に敵を断つ。


 ドルビの力。ネクレアたちの意志。


 それが、俺の中でひとつになっている。


「……想定外だ」


 アルドレインが、舌打ちする。

 彼は樹木を引き、距離を取る。


「今は、ここまでにしておこう」


 その言葉を残し、彼の姿は城の奥へと溶けていった。


 中庭に、静寂が戻る。

 荒い呼吸だけが、響いていた。


「……クロム」


 ハードンが、恐る恐る声をかけてくる。


「今の力は……?」


 仲間たちの視線が、俺に集まる。

 俺は、胸に手を当てた。


「ドルビが……」


 言葉を選びながら、続ける。


「旅立ったネクレアたちが、力を貸しに来てくれたんだ」


 少しだけ、笑う。


「言うなれば――魂回帰《ソウルリバース》、かな」


 沈黙が落ちる。

 だが、それは不安の沈黙じゃない。

 信頼の沈黙だった。


「……なるほどね」


 サリアが、小さく息を吐く。


「あなたらしいわね」


 俺は、前を向く。


 まだ、終わっていない。


 リヴがいる。

 メルクアがいる。


 だが、旅立った仲間たちがついている。


「行こう」


 新たな力を胸に、俺たちは再び、城の奥へと進み始めた。


 立ち止まる理由はない。ここは、まだ入口に過ぎない。

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