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魔引きの魔女  作者: 片桐 楚江
〈放浪編〉
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第一章

「……う、ん~」

 お尻から伝わる冷たくて硬い感触に、重い瞼を持ち上げる。

「は? え、ここどこ?」

 目覚めると、あたしは道の端で座り込んでいた。

「へ……んん?」

 疑問符が際限なく浮かんでは消えるあたしを、部活の助っ人帰りに決まって見上げる夕暮れ時の空が音もなく迎える。

「家だ」

 仕方なく立ち上がり振り返ると、何度となく行き来した門扉と、『四ヶ郷』と刻まれた表札が眼に留まる。今朝方転移してきたあたしの自宅だ。

「戻ってこられた、のか?」

 この場所を出発してから、時間的には一日も経っていない。それでもこれまで過ごしたこの家、この町の思い出が、三式弾の爆発が周囲を搔き乱す度に現れては消えた。

いくら手を伸ばしても届かなかった、帰りたくて仕方なかった場所が今、眼の前にある。

「──……」

 だというのに、なんの感慨も湧いてこない。脈絡もなければ要領も得ない展開に、脳みそが追い付いていないのだろうか?

 島の崩壊から逃げ遅れた木嶌イングリッドを救うため、あたしは唯姉さんの静止も聞かずにすべてを吸い込む謎の渦へ突っ込んだ。その際、木嶌だけでもと思い『兵香槍攘』に木嶌を括りつけて重巡に向けて射出した。そうして逃げる術を失ったあたしはなす術なく渦に飲み込まれ、瞬く間に遠くなっていくみんなの代わりに迫ってきた瓦礫が衝突する寸前──

 そして眼が覚めたら家の前だ。あれからここに至るまでの記憶が、完全に抜け落ちている。

 ひょっとしてあそこから誰かがあたしを救出して、ここに置いてくれたとか? だとしたらせめて家の中まで運んどいてくれよと思わなくもないけど、あの死地から救いだしてくれただけでも感謝しかない。

「とりあえず入ってみっか」

 ──ガチャ。

 無駄に考えるくらいなら確かめるべしと、かつてない慎重さで我が家の玄関を開ける。靴は一足もなく、みんな出かけているらしい。顔合わせした山奥で打ち上げでもしてんのか?

「誰かいないの~? ケン~、詩乃~」

 見つけてほしい気持ち半分と見つかりたくない気持ち半分に揺られ呼びかけるも、返ってくるのは静寂のみ。

 近頃は魔女やら魔法少女やら居候やら魔獣やらが代わる代わる押しかけ、めちゃくちゃ賑やかだっただけに落差がハンパない。ついこの間までは家に帰れば誰もいないのが当たり前だったのに、人間の慣れってのはスゴい。

「──っ」

 もはや恐怖すら覚える無音の中、わずかに漏れる人の気配を感じ、意識が臨戦態勢へと切り替わる。発信場所は出撃前、灯子と一緒に手を合わせた仏壇が置いてある和室からだ。

「……よし」

 意を決し、和室の襖に手をかける。

 ススゥーー。


「ん? おう棗、おかえり」


 恐る恐る覗き込むあたしを、ちゃぶ台に肘を付いたじいちゃんが出迎える。

「あ゙あ゙ぁぁ~っ! やっぱ夢なのか~これぇ……っ!」

 ささやかな期待が無残にも砕け散り、膝から崩れ落ちる。いやまあ、わかってたけどさ。

 この人がいらっしゃるということは、万に一つもここが現実である可能性はない。なんたってこの世の人じゃないんだから。

「人の顔見るなり叫ぶとは失礼な孫娘だな」

「勝手に出てきて何さその言い草⁉ てか最近よく会うね!」

「それはこっちの台詞だ! こんないちいち死人に会えたら浮世で生きる意味ってなんだよって話になっちまうだろうが!」

 暢気な老人へ八つ当たり気味に声を張ると、あっちもあっちでご立腹。

「じゃあ、現実のあたしはまだ吸い込まれたままかよ~。……え、まさかあたしって死んでないよね? じいちゃんがあたしのお迎え──」

「言うな縁起でもない! まだ死んじゃいない。気を失ってるだけだ」

「そっか、ならよかった。いやよくないけど! うはぁ~、そっか~……」

 緊張の糸がブチブチ切れていく音が聞こえるようだ。

「んで、死後の世界じゃないならなんでじいちゃんここにいんのさ?」

 ちゃぶ台挟んでじいちゃんの対面に陣取り、真っ先に浮かんだ疑問を投げる。

「死後の世界とかやめてくれ。これだってお前の記憶が勝手に作ってる幻かもしれないぞ? なんでも都合よく考えるな」

「はあ……」

 めちゃくちゃ説得力に欠ける返しだな。こんな鮮明で小憎たらしい幻ってある?

「つか、せっかく久々に帰ってきたんだしお茶くらい出してくれよ」

「へいへい」

 先にのんびりしてた側が言うのかというツッコみを飲み込み、作り置きのお茶と縁の下にある漬物を適当に見繕う。にしても細かいとこまで再現度たけー夢だなおい。

「どうぞ」

「苦しゅうない。……なんだ出来合いのお茶かよ? せっかくなら急須で淹れてくれよー」

「死人が文句言うなし。そもそも仏壇にいつも置いてんのもこれだし」

「仏が文句なんて言えるわけないだろ。死人に口なしってのはよくできた言葉だな」

 なんてグチグチ垂れつつ「お、意外といけるな」と、お茶をすするじいちゃん。漬物もポリポリと口に運び、すっかりくつろいでいる。

 その姿は空港で交わした心の声だけの会話とはまるで違い、生前そのものだ。

「この仏壇、俺が生きてる時のと違うよな? 弔いはしなくていいって言っといたのに、立派なのに買い替えやがって」

「残された方は残された方でいろいろあんのさ」

「まあ、遺言なんてすっ呆けられたらそれまでだしな。あいつら、元気にやってるか?」

 あいつらとは言うまでもなく父さんと母さんだろう。戦闘中の時は自らを落ち着けるので精一杯だったので、こうしてちゃんと話せるのはじいちゃんが生きていた頃以来か。

「う~ん、流れた時間だけ歳は取ったけど、普通にやってるかな」

「お前はどうだ? 迷惑かけてないか?」

「そこに関してはかけてないって断言できるね! なんたってこの家のご飯、今は全部あたしが作ってんだから。桜華も印幡もなんでもござれってなもんよ」

「ほう、大したもんだ。ガキのうちから仕込んだ甲斐があったってもんだな」

 だがな~棗と、じいちゃんはお茶をちびちびやりながら続ける。

「迷惑はかけてるぞ。絶対にな」

「え? どこが?」

 まったくもって見当がつかない。そりゃあ、未成年だし高校生なので養ってもらってはいるけど、それをこの話題に持ち込むのは無粋だろう。はてなんのことやら。

「魔女」

「あ」

 たった一言で弁明の余地なく論破される。あたし弱すぎ。

「どうした? 言い訳くらい聞いてやるぞ?」

「……ありません、です」

「うむ、素直で結構」

 反論のしようもなく、とりあえず正座して頭を下げると、じいちゃんは満足そうに頷いた。

 魔女になるのを決めたのは、確かに父さんたちの勧めではあった。だとしても決断したのはあたしだし、誰のせいにもできないしするつもりもない。

 そんな大層なキレイごとを、あの渦はいとも簡単に吹き飛ばした。

『帰りたい』『魔女にさえならなければ──』『やだ、やだ、やだ』『死にたくない』

 恐怖・後悔・懺悔・終焉。

 渦に飲み込まれた瞬間の、あらゆる負の感情が心と身体の隅々まで押し寄せる感覚は、思い出しただけでも怖気が走る。

「やっとわかったみたいだな。自分がどれだけみっともないのか」

「……はい」

 ぐうの音も出ないとはまさにこれ。というか、じいちゃんに指摘されるまで本当の完全に失念していた。後ろ暗くて眼を逸らすとかではなく、当たり前すぎて眼にも留まらなかった。それだけ魔の付く諸々が、あたしにとって切り離せない一部になってしまっていたのか。

「親の静止を振り切って戦争に行く。こんな親不孝が平和な文示の世にいるとはな~」

「……ですね」

「しかも自分でした選択を後悔してるとくれば、これはもう手の付けようのないバカだな」

「……ですね」

 正論に次ぐ正論に、小さくなるばかりだ。

「これでもし本当におっ死んじまうようなことがあれば、お前は正真正銘、お前が常日頃言ってる腐れ外道とやらになっちまうぞ?」

「やだ、絶対! あたし帰りたい! 絶対帰る‼」

 駄々をこねる子供そのものの台詞だが、本心だった。

 今は軽く現実逃避させてもらってるけど、あたしの身体はまだあの絶望のど真ん中にいるのだ。あんなところで終わりたくないし終わらせてたまるか!

 よくよく考えたら、『郷愁作戦』の参加だって母さんたちと揉めた末の強行突破だった。一応送りだしてもらったけど、本当の意味で許してもらってはいない。

 何が迷惑かけてないだ。迷惑かけまくってるじゃないかあたし!

 このまま帰れなかったら、あたしは腐れ外道に不良娘まで抱き合わせになった超絶親不孝娘のまま終わってしまう。それだけは絶対にダメだ。

「おうおう、ようやく元気が湧いてきたみたいだな」

「遅すぎるくらいだけどね」

「わからないままでいるより百万倍マシさ。どんだけ無様で恥ずかしくても、どうにかしてなんとしても、お前はあいつらの待つこの家に帰らなきゃなんない。わかるな?」

「うん。……でも、どうやって?」

「んなもんまで死人に聞くんじゃねぇテメェで考えろ!」

「は、はい! すんませぇん!」

 唐突な折檻についつい身がすくむ。小さい頃はぐずってるとよくこんな風に怒られてたな。懐かしいやら情けないやら。あたしってあの日々から何も変わってないんだろうか?

「まったく。肝心なとこが成長してないんじゃこの先──」

「じいちゃん?」

 急に言葉を止めたじいちゃんに、首を傾げる。漬物が喉に詰まったのか?

「──残念だが棗、そろそろお別れだ」

「はい? お別れって?」

「いい加減起きないとヤバいぞって話だ。ここにいるからって向こうの時間が止まってるわけじゃないからな」

「え、そうなの⁉ ヤバいじゃん早く言ってよそういう大事な話はさぁ!」

 このまま説教に突入かと思いきや、とんだ急転直下だ。

 戻るにしても雑談だけでなんの対策も浮かんでないし、貴重な時間を何一つとして活かせてない。大切なことには気付かせてもらったけども!

「言いたいことは山ほどあったんだけどな、とりあえずこれだけは伝えておく」

「な、なんでしょう?」

 改まって真剣な顔をするじいちゃんに、つられて居住まいを正す。

「まあ、その……なんだ、人生いろいろだ」

「っ。お、おう」

 とんでもなくフワっとした哲学に、思わずズッコケそうになる。

「今回の問題を解決して無事帰ったとしても、これからの人生、壁や障害なんてもんはいくらでもある。遠回りしたっていいし振り返ってもいい。時には立ち止まったりもするだろう。でもな、引き返すのだけはだめだ。どんだけ足掻いてもいいから、必ず前に進め」

「……空港で振り返るなって言ってたアレは?」

「アレは空間の構成上仕方なくだ。いいとこなんだから黙って聞いとけ」

 祖父の見せ場に水を差す孫の図。あたしが肝心な場面でなんだかんだ締まらないのは、四ヶ郷家の血が悪さしてたんだな。納得です。

「そ、それじゃあ……ぼちぼち行きますんで」

 万感の思いでちゃぶ台に手を突き、立ち上がる。

 実のところ、じいちゃんとはもうちょい話していたい。

 じいちゃんが死んじゃったのはあたしが小二の頃。じいちゃんの年齢的にも大往生だったと今なら思えるけど、当時はめちゃくちゃ悲しかった。

 教えてほしいこともたくさんあったし、じいちゃんがいなくなってからのことだって、話したいあれこれがいっぱいある。

 だけど、そんな時間はない。ここでもう少しあと少しとズルズルやって、向こうの気絶したあたしに何かあってはそれこそ申し訳ない。何より帰れなくなるのは嫌だ。

「次会う時は、せめて俺と同い年くらいになっててほしいもんだな」

「いやいや長すぎるし。せっかくだし十年置きくらいに会えないの?」

「贅沢言うなじゃじゃ馬! 本来なら二度と会えなかったんだからな?」

 最後だというのに相変わらずのじいちゃん。確かにこんな臨死体験、定期的にできちゃたまらないか。十年に一回死にかけなきゃいけないとか辛すぎるし。

「小さい頃に、戦争の話してくれてありがとう。すごい役に立った」

「そりゃあよかった。俺としては二度と参考にならないことを願いたいんだがな」

 嬉しいような悲しいような、複雑な眼をしてじいちゃんは笑う。

「えっと、武運長久を祈る。だったか?」

「うん。そっちもね!」

「死人に武運もくそもあるかっての。いいから征け」

 じいちゃんは面倒そうにしっしと手を払う。あたしは再び頷く。

「行ってきます!」

 あたしはずっと続いてほしいこの時を終わらせるべく、襖を勢いよく開いた。



 ヒュゴゴオオォォオオ‼

「うひぃぃ⁉」

 いい感じの別れから一転、完全無欠の大窮地があたしを待っていた。

 咄嗟に上を見上げ、はるか上方よりゆっくり近づいてくる天井に唖然とし、自身が頭から落下中なのだと気付くまで数秒を要した。

 視線を周囲に巡らせば、一緒に吸い込まれた土砂や木々、艦隊の一部らしき金属塊でごった返していた。というかこれ、意識ない状態でよくどこにもぶつからなかったな!

 大小様々な物体の先へ焦点を合わせると、隙間から見えるのは紅い空と赤い大地。

「もしかして──魔界⁉」

 ケンと契約したばかりだった頃の記憶が瞬間的に呼び起こされる。

 味方に付いてくれた詩乃と一緒に『太陽ルチル』を壊滅させた直後、冷静さを失って次元の狭間に跳び込んだケンを連れ戻すために向かった別の世界。

 まったく同じ場所ではないみたいだけど、特徴は一致している。

 間違いない、ここは魔界だ。あれはあたしたちの世界と魔界をつなぐ、巨大な転移紋だったのか。まさかこんな形で再び訪れるハメになろうとは。

「──ってそんな場合じゃなくて! なんか、なんかないか⁉」

 状況を確認できたところで、落下速度が遅くなりもしなければ手段も見つからない。このままじゃ八方塞がりだ。文字通りの意味でも!


『おい! 聞こえるか⁉ 聞こえてたらなんでもいいから返事しろ!』


 衝突までどれくらいかと思案した矢先、つんざく風を突き抜け、頭に声が流れ込む。

「は? これって──念話?」

『おお、ホントとにいやがったぜ! おいお前、無事か⁉』

「え……だ、誰あんた⁉」

 聞き覚えのない声。『砂漠の薔薇』でも、ましてや魔女一派の誰でもない。もしかして吸い込まれた魔獣の生き残りか?

『んなこたぁどうでもいい! よく聞け、なんとかして瓦礫の外側に出ろ! そしたらあーしらがお前を補足して拾ってやる! 急げ! 時間がない!』

「くぅ! っ! っ!」

 巻舌調で捲し立てられる指示に疑問を抱きつつ、意識はすでに外側への最短路を探し始めていた。このまま重力に身を任せていても、全方位から押し寄せる島と艦隊の残骸に圧し潰されるだけだ。どこの誰だか知らないけど、生きるためには信じるしかない!

「よし! ふん──ぬぅ!」

 持てる限りを振り絞り、身体の上下を入れ変える。

 瓦礫の外側に出ろというのは、このまま障害物に埋もれたままではあたしを探知できないという意味だろう。ここには魔力を宿した装置も混じってるから、人間一人の位置なんて把握できるわけないし、そもそも向こうさんの言う通り時間もない。

「『兵香槍攘』! ……え?」

 相棒の名を呼ぶも、常ならば溢れ出す漆黒の炎が、湧き上らない。

「ダメか」

 かつてない連戦とかつてない異常事態の連続で、あたしの魔力も空っ穴。魔兵装を呼び出せないのも道理か。こんなに長い時間変身しっぱなしなのも初めてだもんな。

「だったら──はぁ!」

 手近な瓦礫に足をかけ、魔力で座標を固定して跳躍。『兵香槍攘』が使えないのなら、残った魔力で身体を補強して移動する!

「よっ! ほぉ! はぁ!」

 唯姉さんの同盟を用いた闘片捌きには速さも正確さも遠く及ばないけど、とにかくあの戦技を意識して瓦礫の間を駆け抜ける。

 大小様々な瓦礫を掻き分けている間も、視界を占める地面の割合が多くなっていく。横に跳んでいるつもりでも、同時に相当な速度で落下もしている。マジのマジで時間がない!

「うぐ⁉ 痛っつぅ──」

 一瞬も気を抜けないというのに、身体の節々が痛みを訴えてくる。その度に飛びそうになる意識を無理くりに引き寄せる。魔力に次いで肉体も限界が近い。てか絶対超えてる!

「くっそぉぉおお!」

 だからといって止まるのも休むのも許されない。それすなわち終わり!

 砕けた岩石、根ごと引き抜けた巨木、視界を阻む土塊。眼に写るすべての物体が、数刻前の決意を叩き潰さんと襲いくる。

 落下物は質量も空気抵抗もバラバラだから、当然落下速度も軌道も異なる。わずかでも状況把握を誤れば、瞬く間に距離感が狂わされてしまう。身体が悲鳴を上げようが魔力が尽きようが、進むしかない。じいちゃんが教えてくれたように!

「あたしは帰る! 帰る──ん、だぁぁああぁぁ‼」

 絶叫で激痛を押し殺し、渾身の力で足場を蹴る。

「やった……やった! 抜けた! 抜けたぞ!」

 真紅の濃淡が作りだす異世界が、あたしを無機質に迎えていた。前方に障害物はない、眼前にはひたすらに広がる紅い大地と、どこまでも広がる赤い空があるばかり。

 謎の声の指示に従いどうにか外縁へは出られた。これであの声が罠ないし嘘だったら、あたしは今度こそ生き延びる術を失う。

「頼む、あたしはここだ。お願いだから、助けて……」


「見ぃつけたぁぁっ!」


 柄にもなく呟いた弱気が効いたのかはわからないが、さっきは頭から聞こえてきた声が、今度は耳から聞こえてきた。

「ああ、助かっ──」

 ドゴォ!

「ぐっほぉぇあ⁉」

 認識した瞬間腹部に衝撃。達成感からくる気の緩みも手伝い、今度こそ視界が暗転した。



「……おう、あぁ」

 眼を開くと、知らない天井があった。

 さっき別れたばかりのジジイがしゃしゃり出てくるなんて事態もなく、いたって普通の目覚めだ。ていうか、最近気絶からでしか眠りに落ちてないのは嫌がらせか何かなのか?

「ん~……っと」

 ゆっくりと上体を起こすと、寝ていたのは横長のソファーだった。

 きっと念話の人が気を失ったあたしをここまで運んでくれたのだろう。他に道がなかったとはいえ、とりあえず信じて正解だったみたいだ。

 身体をあちこち触って異常がないかも調べる。魔女の再生が効いたようで、全身を駆けずり回る稲妻のような痛みはすっかりなくなっている。

 おまけに見覚えのない寝間着まで着ていた。まったくもって至れり尽くせりだ。無防備なあたしを脱がしたり着せたりしてくれたと考えると、気まずくはあるけど。

「で、ここどこ?」

 部屋は暖色の照明に薄暗く照らされている。室内を見回してみると、家具や小物は原色のものが多く、雑誌や貼り紙にはレビ=ラルダとメルーピアルの公用文字であるアルファベットが目立つ。まるで映画の一場面から抜き出したような誂えの室内だ。

 窓の外は黒一色。壁にかかる時計の短針は1を指している。

「ってことは深夜か」

 変な時間に起きちゃったなとがっくり。どんな人か知らないけど、こんな時刻ではまだ寝ているだろう。起こすのも悪いし、朝まで大人しくしているべきか。

 ガチャ。

「あら? 眼が覚めたのね」

 とか思ったそばから、普通に一人の女性が入ってきた。

「え、あ、はい! おかげさまで──うぅ!」

 すぐ隣までやってきたその人は、カチリと天井から下がる照明を付ける。起きがけの上急に明るくなり、反射的に眼を閉じる。

「あ、ごめんなさい。ついクセで」

「い、いや大丈夫です。助けてくけてありが、とう……ご、ざ──」

 徐々に眼が光に慣れていく中、写しだされる光景に息を飲む。

 照らされたその人の髪は艶のある黒色ではなく、夜明けの太陽が如き金髪だった。顔はどこからどう見ても暁系なのに、ちぐはぐな印象はまったくない。背も高くスラっとしていて、容姿だけでなく出で立ちそのものが美人さんだ。

「ちゃんと起きてくれてホッとしたわ。運んできた時はとても消耗していたから。とどめを刺したのは椿だけど」

 おどけてそう言い、肩をすくめる金髪の人。口調も声質も念話の人とはまるで違うので、あの人の仲間なのだろう。

「見たところ打撲や傷は治っているみたいだけど、他に痛むところはある?」

 片膝をついて目線を合わせ、金髪に人は聞いてくる。

「い、いえ! 大丈夫れすぅ!」

 同性とはいえ、こんな美人さんがあたしの顔を間近で、しかも上目使いで覗き込んでくるのだ。なんにも感じないわけがないだろと。

「ならよかった。お腹空いてない? お昼すぎたばかりだから温め直すわね」

「昼すぎ⁉ え、こんな真っ暗なのに──ですか?」

「ここは洞窟に設営したアジトだから。私たちも初めは体内時計が狂って苦労したわ」

「は、はあ……そうなんですか」

 動作の一つひとつが様になりすぎて眼を逸らせない。気遣いの聖人さも相まって、神々しささえ感じてしまう。

「そんなに見つめられると、さすがにこそばゆいのだけど?」

「っ! す、すみません!」

 言われてようやく視線を外す。なぜあたしはこんなにもドキドキしているのだろうか?

「珍しい? 私の髪」

「あ、いや! えっと──はい」

 否定するわけにもいかず、何より図星なので大人しく頷く。

「母がメルーピアル人なの。いわゆるハーフってやつね」

「……なるほど」

 レビ=ラルダの次はメルーピアルの混血かよ。『砂漠の薔薇』然り、魔の付く業界って国際色豊かだよな。説明会でも世界の縮図みたいになってたし。

 ガチャ!

「お、やっと起きたか。いやー悪かったなぁ。手加減しないで引っ掴んじまってよ」

 気まずい雰囲気があたしたちを包み込む中、勢いよくドアが開かれる。今度こそ念話で聞こえてきたあの声だ。

「いえいえ、おかげで助かりました。あたしに念話をくれた人、ですよね?」

「おうよ。あーしがご本人様だぜ!」

 金髪の人とは対照的に、こっちの人は鋼鉄と見紛うばかりの銀髪。刈り上げられた短髪がとても活動的だ。生え際がわずかに黒いところを見るに、こちらは染めているようだ。

 そしてこちらも背が高い。あたしも同年代では高い方だけど、この人は学校の男子連中のそれをも凌駕している。金髪の人とはまた違う方向性の美人さんだ。

「顔が赤いな。先輩の見目麗しい金髪から眼が離せなかったんだろ?」

「う! ……はい、生まれて初めて見たもので。……とてもキレイで、つい」

 否定するわけにもいかず、何より図星なので大人しく頷くパート2。

「あら、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」

「実際、中々お眼にかかれたもんじゃないぜ? 金髪ってメルーピアル人でも二割くらいしかいないんだ。それをよりによって暁顔のハーフが引き当てちまうんだから運がねーよな」

 ちなみにあーしのコレは地毛じゃないぜ! と、自身の頭を指差し豪快に笑い飛ばす銀髪さん。まさに竹を割ったような性格といった風だ。

 にしても気さくというか自然体というか、たいして言葉も交わしていないのにすっかり打ち解けてしまった感がある。人に会えた安心感も手伝い、とても落ち着く。

縁子(ゆかりこ)E桜沢(さくらざわ)よ。よろしくね、四ヶ郷棗さん」

「あーしは金井山(かねいやま)椿(つばき)だ。こんな魔界の最果てで最古参の魔女に会えるとは光栄だぜ!」

 そう自己紹介をして、金髪の人改め桜沢さんはそっと手を差し出して握手を求め、銀髪の人改め金井山さんは愉快そうに肩を揉んでくる。やっぱりというか、この人たちもあたしのこと知ってんのか。この流れには慣れてきたけど、やはり違和感は拭いきれない。

「四ヶ郷棗です。改めて、助けてくれてありがとうございました」

 だとしても誠心誠意を込めて名乗る。二人の助けがなければ、あたしは間違いなく島の残骸に下敷きにされていた。感謝してもしきれない命の恩人だ。

 例えあそこで生還したとしても、あのままでは単身で魔界を放浪しなければならなかったのだから、こうして人と出会える時点で破格の展開もいいところだ。どうやら天の──いや魔の神様はまだあたしを見捨てちゃくれないらしい。ありがたいこって。

「やっぱり、ここは魔界なんですね」

「辺境もいいとこだけどな」

「この辺りは起伏のある森林地帯で、この洞窟も崖の影にあるの。だからここは安全よ」

「あの……あたし、自分がなんでこうなったのかさっぱりで」

 思い起こせば敵本島の最奥で木嶌を問い詰めていた時、突然地震のような揺れに見舞われ、ケンの広域念話に従い大慌てで脱出し、状況を把握する暇さえなかった。

「簡潔に説明するとな、お前は魔人軍が()(こう)越しに撃ちだした高圧縮魔力閃に破壊された島もろとも魔孔に吸い込まれたんだ」

「は? え……まこう? あの、すみま、せん。ちょっとわからないです」

 初めて聞く専門用語ばかりで何がなんだ。

「まあ、そうなるよな。ちゃんと一個ずつ説明すっから──」

 言いながら椅子に腰かけ、金井山さんは丁寧に教えてくれた。

 高圧縮魔力閃とは、魔力を凝縮して発射する光線。魔人軍における最強の兵器。敵本島こと第三八六二号島が崩壊したのも、島の核たる天空石をかの攻撃が撃ち抜いたかららしい。

 魔孔とは異なる同士次元をつなぐ文字通りの孔で、転移紋と違い出入り口の境界が不安定で生物が通り抜けるのは想定していない。あたしは島もろともこれに吸い込まれてしまったと。……我ながらよく生きてたな。

 さらに二人は、事前に魔女一派と『砂漠の薔薇』が衝突するという情報を掴んでおり、魔人側が何かしらの横槍を入れるだろうと構えていて、急な魔孔の出現にも対応できたのだとか。

「──つーわけだ。わかったか?」

「はい。……大体は」

「それでいい。十教えて十覚えられる奴なんてそういねぇからよ」

「あなたみたいにね」

「……うるせぇっすね~」

 桜沢さんの横槍を金井山さんが受け流し、場の空気が弛緩する。

 とりあえず、あたしを取り巻く状況はなんとなく掴めた。

 戦場で散る兵隊のほとんどが、自分の最期を理解できないまま逝ってしまう現実を思えば、あたしはなんと幸運だろう。まだ逝ってないけども!


《クソ親父の臭いが濃くなったと思えば、ずいぶんのんびり寝ていたようだな。忌々しい》


 キィィと三度ドアが開いて何者かが入ってくる。背丈が足りないのか、ここから姿は伺えない。今の聞こえ方は、ひょっとして魔獣か?

「まーだ言ってんのかよ? 恨み骨髄ってのは見苦しいねぇ」

「当人のどうしようもない事柄で差別するのは感心しないわね。それを言い出したら私だって血混じりなのだけれど?」

 入室してきた存在に対して、二人は不快感を隠さずに答える。

「はあ……ついでに紹介するわ四ヶ郷さん、彼が私たちの契約主よ」

《直接顔を合わせるのは初めてだな。忌まわしき魔女、四ヶ郷棗》

 桜沢さんがうんざりそうに言うと、声の主は尊大に告げ、ひょいとテーブル飛び乗ってあたしの視界に入り込んできた。

「ど、どうも……」

 嫌味もそこそこに眼光鋭く睨んでくる向こうさんへ、とりあえずあいさつ。

「あの……今、入ってくる時、親父がどうとかって──」

《ああ、お前の契約主は、俺の親父さ。腹の立つことにな》

「……え?」

 決定的な一言に、間の抜けた一言が無意識にこぼれ落ちる。

「つまりあんたがケンの──獣王の息子?」

《今はそう名乗ってるらしいな。あのクソ親父》

「え……ホントに? あんたが、そうなの?」

《疑ってかかるのも無理ないが、そうだとしか言いようがないんだがな》

「あ、いや、嘘だとかそういうんじゃなくて」

《じゃあ、その疑念の眼はなんだ?》

「えっと……」

 この魔獣からは、常日頃助けていた一般的な魔獣から感じられる枯渇感がない。むしろ気配だけでみれば、ケンや直参衆のそれに近い。こいつが高位の魔獣であるのは明らかだし、あたし相手につまらない嘘を付く道理もない。だから、疑ってるわけじゃないんだけど──


「だってあんた──猫じゃん!」


 あたしの眼の前で悪態付く魔獣は、見間違いようのないまでの黒猫だった。

 光沢のある黒い毛並み黄金色の瞳がよく映え、手ごろな大きさで抱きやすそうな体躯。不機嫌そうに左右に揺れる尻尾。やっぱりどっからどう見ても黒猫だ。

「そいつが猫だと問題あんのか?」

 首を傾げる金井山さん。冗談でも悪ノリでもなく、本気で言っているのが雰囲気でわかる。

「いやいやいやおかしいでしょ犬から猫が生まれるとか⁉ んなむちゃくちゃな摂理がまかり通ってたまりますかよ!」

「え? 魔獣ってそんなものじゃないの?」

「は? 魔獣ってそんなもんじゃねーの?」

「え、ええ……」

 身振り手振りを交えて懸命に訴えるも、あえなく棄却されるあたしの言い分。あたしの方がおかしいのかこれ?

《魔界の摂理ってのはそういうもんだ。お前たちの世界で形成された生態系とはまた違う》

 理屈と屁理屈が織り成す夢の競演に、ますます覚醒しかけた頭が振りだしに戻る。

「もっかい確認させて。あんたが本当に、ケンの息子、つまり新王で間違いないんだな⁉」

《いい加減くどいな。そうだと言ってるだろうが》

「だったらあんたには言いたいことが山ほどあるんだよ!」

《……だろうな》

 前触れもなく振り切ったあたしの癇癪に、元新王は疲れたように囁く。幸いにもこちらの態度に心当たりがある様子。相手の思いもよらぬ姿に気勢を削がれはしたけど、ここはなんとしても言ってやらねば。


「あんたがいろいろやってくれたおかげで、周りがどんだけ振り回されたかわかってんの⁉

「さっきまで戦争してたんだよあたしたち! あんたが守ろうとした魔獣同士で! あたしたちの世界のあれこれも抱き合わせにされてさ!

「こんなバカな話ってあるかよ⁉

「それでも戦えって怒鳴られたよ! あたしが直接助けたカナブンに!

「大勢墜ちた、大勢撃たれた、大勢潰された、魔獣同士で──仲間同士で!

「最後はあの渦に吸い込まれて、大勢が、たくさんが──

「どう責任取るつもりだよ‼ お前ぇ!


「はあ……はあ……っ」

 一息に捲し立て、つい息が上がる。

 新王に会う機会があれば、是非ともガツンといきたいと常々考えていた。

『砂漠の薔薇』が魔獣と手を組んで、あたしたちの世界で戦争を引き起こそうとした一連の騒動が、こいつの意図じゃないのはわかってる。副次的な争いまでこいつのせいにするのは、お門違いも甚だしい。……わかってるさそんなの。

 でも伝えなきゃいけない。こいつが考えて考え抜いて選択した未来の結果が、どう捻じ曲がってどう掛け違えたのかを。自覚するだけじゃなく、誰かの声に乗せて。

《……お前の激昂はわかる》

 だが俺にも言い分はある。と、猫は粛々と言葉を紡ぐ。


《俺の決断が、魔人族との全面衝突を招いてしまったのは否定しない。

《だがあのままズルズルしていても、俺たち魔獣族は疲弊し、磨り潰されていた。

《仮に親父が魔人族と和睦したところで、奴らが俺たちへの迫害をやめるわけがない。

《表向きは解決したと言い張り、変わらずじりじりと締め付けてくるに決まっている。

《そんなもん和睦と呼べるか! だから俺は親父を追放した! 昔の思い出に浸りきった腑抜けに、これ以上任せていられなかったからだ!

《例え多くの同胞が犠牲になろうと、俺たちが起つのはあの時を置いて他になかった。

《俺たちはお前らの愛玩動物ではないと、魔人族に痛みを以ってわからせるためにな。

《……無論、向こうへ逝ってしまった同胞には申し訳ないと思っている。

《だが後悔はしていない。魔の獣として、あるべき道を選んだのだと確信している!


 ひとしきり吐き出すと、黒猫は《さあ、好きに罵りやがれ》と、ぶっきら棒に呟いた。

 選ぶ言葉に違いはあれど、内容は契約前のケンや、敵本島での木嶌イングリッドと同じだ。

 このままではいけない。現状を打開するにはここで動くしかない、と。

 本当にそうするしかなかったのかもしれない。ひょっとしたらもっといい道があったかもしれない。──なんてのは所詮、あとからどうとでもこじつけられるおべんちゃらだ。

「……そうやって突っ走った結果が、これ? ケン──父親を追い出しまで始めた戦いに負けて、仲間にも見捨てられて、こんな洞窟でコソコソ隠れてさ」

 理屈では理解していても、口から紡がれるのは事実を振りかざすだけの八つ当たりばかり。情けないとはわかっていても、その決断で傷付いた者たちがいると思うと、止められない。

 当事者にしか感じ取れない事柄は間違いなくある。何より限られた情報と時間の中で、未来を信じて差配する重圧は計り知れない。あたしはそれを嫌というほど学んだばかりだ。

 だとしてもあたしには、それがそこまでするほどの価値を持つとはどうしても思えない。単にあたしが平和ボケで、今日まで自分の命と権利が脅かされるような経験をしてこなかったからなのかもしれないけど。

 そんなこんなで因果やら縁やら運命やらがぐちゃぐちゃに絡み合った結果、敗走した魔獣はあたしたちの世界に落ち延び、魔人は逃げた魔獣を狩り尽さんと魔法少女を生み出し、獣王はさらにその魔法少女を迎え撃たんとあたしであるところの魔女を生み出した。

 こうやって考えると、あたしがここにいるのって宇宙で生命が誕生するぐらい稀有な確率だよな。気が遠くなるぜまったくもう。

《こちらの気も知らないでずいぶんな物言いだな》

「は! わかってたまるかっての。戦争始める奴の言い分なんて!」

 あたしだって、別にこの猫がすべての元凶だなんて思っちゃない。

 初めは些細な違和感だっただろう。それが長い年月をかけて蓄積していき、ついには取り返しのつかない歪みとなって爆発した。これはそういう類の話だ。ケンも仁もこの猫も、たまたま爆発の瞬間に居合わせたにすぎない。

 その奇跡的偶然の中、物事の中心的な位置にあり、かつ最悪の結末を回避し得る立場にいたこいつが、正しい選択をしたとはどうしても考えられなかった。

《上に立つ者の心理をお前ごときにわかられてたまるか。それを言うなら、お前が俺から日野渚を奪った暴挙を忘れてはいないぞ?》

「……あったねそんなこと」

 恨みがましく言われ、はたと思い出す。

 こいつがケンの息子だというのなら、渚の契約主でもある。渚は元々、獣王の先兵たるあたしを暗殺するために送り込まれた刺客だったのだから。重要な経緯ではあるけど、そこからの日々がいろいろありすぎてすっかり忘れていた。

《極めつけはあのありがたいご高説だ。まさかあれも忘れちゃいないだろうな?》

「……あったねそんなことも」

 若気の至りを掘り起こされ、つい苦笑い。

 園の家族を人質に取られて身動きできない渚をどうにかしようと、ブチギレ交じりで新王に食ってかかったあの夜を思い出す。

『いいか、よく聞け! お前んとこの日野渚は、あたしがもらう!』

『世界中から魔の付くものを一人一匹残さず、ぶっ潰す──!』

『それが嫌ならあたしに従え! そうすれば、お前たちのくだらない親子喧嘩に、もう少しだけ付き合ってやる──』

 ──等々、一方的で生意気な宣言だったな。当時はそれしかないと必死だったとはいえ、振り返るとさすがにはずいな。

《中々腹に響く脅し文句だったな。身を潜めていた俺でも気圧されるほどの》

「え、あんたアレ直で聞いてたの⁉」

 あの口上は誰も聞いてないのも覚悟の上だったし、見られていたとしても精々魔力で遠視されている程度のつもりだった。よりにもよってご自身がいらしたのか。

《念のため木陰で戦場を伺っていた。そしたらお前はあれよあれよと日野を懐柔し、あまつさえ配下にしやがった。ただでさえ狂いまくった俺の計画は、あれで完全にご破算だ》

「懐柔とか配下とかやめてくんない? 渚は大事な仲間で、あたしについてくれるのだってあの子自身で決めたんだっての。あたしは背中を押しただけだし」

《魔の付くすべてをぶっ潰すと抜かした口で何をほざきやがる》

「あんたこそ渚の家族を押さえておいてどの口が言うのさ!」

 お決まりとばかり、戦争談義が醜い口喧嘩に成り下がる。まあ、争いの始まりってだいたいこんなもんよな。

《そもそもお前の前提に誤解がある。俺は日野が謀反しようが造反しようが、奴の家族に手をだすつもりなど微塵もない。身内を人質に取って戦わせるなんて畜生にも劣る所業だ。その証拠に今日まで一切干渉してないだろうが!》

「こっちの身内が園の周りを警護してるからね」

《被害妄想からくる杞憂だ。んなもんいなかったところで何もしやしない》

 どうやら荒い喋り方のわりにその辺は緩いらしい。とはいえ──

「でも渚はそう思ってなかった。あの子にそう思われてた時点で、あんたの言い分は関係ないんだよ! あんたは渚に信用も信頼もされてなかった。あんたがちゃんと説明しないで、人の心に胡坐掻いてたから! どうせ魔獣相手にも同じだったんじゃないの? 身から出た錆ってんだよそういうの!」

《──言わせておけば何も知らない小娘が!》


「ぶ! くっははははっ!」「ふふ、ふふふ……っ!」


 思いの丈を洗いざらいぶちまけてやると、金井山さんは大声上げで壁をバシバシ叩き、桜沢さんは背を丸めてプルプルしていた。

《な、何がおかしいお前ら⁉》

「いや、だってあなた──」「出会って五分で論破されてる! ウケる、あっはっは!」

 猫が毛を逆立てて恫喝するも、二人の笑いは収まらない。

《どいつもこいつも好き勝手に──俺はな!》

「わかったからその辺にしとけって。崩壊寸前の魔獣をここまで立て直してくれた魔女様のお言葉だぜ? 口で言い返したって勝ち目なんかねぇよ」

「むしろこの子があなたの失態を取り返したのだから、お礼の一つもあって然るべきじゃないかしら? 罵倒するなんてもっての外よ」

《ぐぅぅ!》

 二人の援護も重なり、ますますもって黒猫への風当たりが強くなる。なんか寄ってたかってイジめてるみたいで、口火を切ったあたしさえ気が引けてきた。

「んで、手持ちの駒まで取られてにっちもさっちもいかねってんで、あーしらを使うことにしたって寸法か? 嫌われてんなー王子様」

《……ほっとけ》

 全方位敵でいじけてしまった様子の猫。

「そっか。こいつが契約主ってことは、二人も魔女なんですね」

「ええ、そうよ」

「ちっとばかし事情があってな。一身上の都合ってやつさ」

 知らない間にまた増えてたのか、魔女。

《つか、なんでお前は魔女なんて蔑称、後生大事に名乗ってんだ?》

「へ? 別に深い意味はないけど?」

 深刻そうに疑問を呈されても返事に困る。理由も何も、妙にしっくりきたからそのまま使ってるだけだし。

「まあ、私たちもこの歳で少女を名乗るもの気が引けてたし、由来はともかく気に入っているわ。いい呼び名よね、魔女って」

「普通にカッコいいっすよね。あーしも好きっすよ」

 不満たらたらのお猫様とは対照的に、人間勢には受け入れられている。お気に召していただけているようで何より。

「歳といえば、二人はいくつなんですか?」

「あら四ヶ郷さん、出会ったばかりの女性に歳を訊ねるなんて感心しないわね」

「先輩は二十一。あーしは二十だぞ」

 キメてるそばから秒でバラされる桜沢さん。じゃあ二人とも成人してるんだな。魔女歴ではあたしが上かもだけど、年上の後輩とはこれいかに。

「何よつまらないわね。せっかく『いくつに見える?』ってやろうとしてたのに」

「それ、やられた方はとてつもなくかったるいっすから。ハッキリ言ってウザい」

「はいはい。わかっているわ」

 金井山さんの歯に衣着せぬ物言いにも、桜沢さんは気を悪くするでもなく応じる。魔女になる前から親密だったのが垣間見える。あたしと唯姉さんみたいな幼なじみなんだろうか?

「てか二人はよくこんな身の上の魔獣と契約しましたね」

《こんなとはなんだこんなとはクソガキ⁉》

「だってさ──」

 桜沢さんと金井山さんの契約は、ぶっちゃけると渚という本命が使い物にならなくなってしまったが故の策。つまりは第二・第三の作戦なわけで、そんな説明されたらとても首を縦に振る気持ちにはなれない。少なくともあたしは。

「だって聞かされてなかったもの。ねえ?」

「応よ。全部事後報告だ。ふざけ腐った野良猫だぜまったく」

《マイナスの要素をわざわざ伝えるものか。俺も手段を選んじゃいられなかったんだ!》

 二人の冷ややかな文句に、猫は壁を向いたままで怒鳴り返す。

 どうやら自分に都合の悪い情報を意図的に端折るのはこいつらの血らしい。めちゃくちゃそっくりじゃねーかこの親子。


 ジリリッ! ジリリッ! ジリリッ!


「「《っ!》」」「へ、電話?」

 昔ながらの黒電話的ベルが室内に鳴り響く。

「どこだ⁉」

《少し待て──イプシロン5・1388・イーグル》

「なるほどな。悪い意味で期待を裏切らねー奴らだ」

「すぐに支度して出撃よ」

 会話から察するに荒事展開らしく、二人と一匹の気配が引き締まる。

「お前もボサッとしてんじゃねぇ、行くぞ」

「え、行くって……あたしも、ですか?」

「他に誰がいんだよ?」

 カツアゲを通り越して恫喝とも評せるほどの視線を寄越してくる金井山さん。眼が怖すぎ。

「いや、でもあたしまだ起きたばっかりで──」

「敵は待っちゃくれない。お前はそうやって討たれる瞬間も寝てるつもりか?」

「敵⁉ 敵がいるんですかここ⁉」

《俺たちが意味もなくこんな辺鄙なとこにいるわけないだろ。少しは考えろ》

「……すんません」

 あたしだってまさか旅行で来てるなんて思っちゃいないけど、そこまで怒らなくたっていいじゃんかよ。こんな魔獣って呼んだの根に持ってんのか?

「じゃ、じゃあ……みんなは何と戦って──」

「それもひっくるめて見に行くぞって話だ。いいから黙ってついてこい」

「は、はい!」

 金井山さんに促され、反射的に背筋を伸ばし、かけられた毛布を取っ払う。

 実際のところ、身体に問題はない。魔力もほとんど回復してるし、戦えと言われれば十分戦える。助けてもらった恩もあるし、ここまで言われてしまえば断るわけにもいくまい。

「私たちは着替えてくるから、四ヶ郷さんは先に出て待ってて」

「着替えるって……変身しないんですか?」

「……ああ、あなたはできるのよね」

「あーしらそういうのやってないから」

 しれっと競争相手のいない老舗旅館みたいな言い分を披露する金井山さん。

《こいつらの魔装衣は非変身型だ。普通の服と同様手入れの必要はあるが、変身時にいちいち魔力を消費しないで済む》

 と、隣から解説の猫さん。そういえば渚も変身時に纏う魔装衣は最低限だったもんな。

 いつでも新品だけど都度魔力を消費する変身型。常日頃の手間はかかるけどいちいち魔力を消費しない非変身型。使い手の好みや戦い方も千差万別だし、着るもの一つ取っても考え方があるんだな。変身しか知らないあたしには『めんどくせー』って感想しかないけども。

「おお、ホントに洞窟だ」

 栓のない考察しつつ外へ出てみると、ゴツゴツした岩肌が、ブルブル唸る発電機につながれた照明におぼろげに照らされていた。

 空気は湿っぽく、寝間着だけではどうにも肌寒い。というか、最近洞窟で目覚める流れが多いのは嫌がらせか何かなのか? ……最近こんなのばっかでイヤんなるよ。

「ほぇ~なんかオシャレ」

 アジトとやらの外観を眺めると、貨物用のコンテナがいくつか重なり合ってできていた。周りにもテントや幕で覆われた荷物があちこち配置されている。

 部屋の内装もだけど、いい意味でごちゃごちゃした感じが秘密基地っぽくて非常にワクワクする。残念なのはガチで見つかるわけにはいかない本当の秘密基地ってとこくらいか。

「これだけの荷物、よくこんな場所に運び込めたもんだね」

《その辺は魔力的なアレだ。転移紋をまとめて開き、一気に送り込んだ》

「ほ~ん」

 二人を待つ間、猫と雑談。

《……クソ親父と王は、どんな感じだ?》

「ん~、元気にやってるかな? 討伐の時以外は日常を満喫してるし」

《け! 暢気なもんだな》

「契約したては余裕なかったけど、最近は……確かにそうかも」

《…………》「…………」

 呆気なく会話が途切れる。向こうもお喋りな性格でもなさそうだし、自然とこうなるわな。

《……さっきはすまなかった。口が過ぎた》

 とか考えてたらあっちから話しかけてきた。

「別に、気にしてない。……でも、本心だから」

 素直に受け入れるのもなんだかなと思い、余計に一言足してしまう。

《お前のやり方には驚かされたが、結果としては魔獣の状況は改善された。礼を言う》

「ケンにもそうやって謝ればいいのに」

《それとこれとは別問題だ》

 これが普通の親子喧嘩なら、どっちかが折れれば済む話なんだけど、いかんせんこいつらは取り巻く要素が多すぎる。立場・仲間・思想・その他諸々のしがらみが、この親子には絡みついている。何本も何種類も何重にも。

《あいつらもそろそろだろう。今のうちに変身しておけ》

「そだね。……狩れ、狩れ、狩れ!」

 急かされた流れで認証呪文を口ずさむ。漆黒の炎が全身を駆け巡り、唯一無二の魔装衣を形成していく。毎度お馴染み暗緑青色の魔装衣は、バッチリあたしの身体に現れる。

「ふう。どれどれ──」

 確認がてら軽い柔軟をしてみても、全身に違和感はない。この調子なら『兵香槍攘』も問題なく出せるだろう。準備万端だぜ。

《忌々しい色だな》

「この色嫌いなの?」

 どうやらお猫様は魔装衣の暗緑青色がお気に召さない様子。苦楽をともにした愛着も手伝って、あたしは結構気に入ってるんだけどな。

《クソ親父の趣味丸出しだからだ》

 ただの八つ当たりだった。ここまで徹底していると意地というよりむしろ呪いだな。

「おまっとさん!」

「待たせたわね」

 そうこう話しているうちに二人がやってきた。

「……似てる」「似てるな」「似てるわね」

 互いの装いをまじまじ観察し、同じ結論に行き当たる。だってマジで似てるし。

 二人の魔装衣は灰海色の軍装、つまりあたしと色違いだった。

 桜沢さんは上着の裾が膝の上までと長く、これぞ指揮官って感じで威厳があり、左腕にのみ小手を装備している。

 一方金井山さんは裾こそ普通だけど、上着は肩にかけてマントのようにたなびかせている。見てくれ的にただのカッコつけだけど、この人がやると様になるから悔しい。防具は間接周りを守るように両肘と両膝に装備されている。

 細かい誂えは違うし、軍装のクセに個性優先の趣はあれど、系統は完全にあたしと同じ魔装衣だ。ここに唯姉さんがいたらさぞかし壮観だったろうな。軍装魔女四人衆。

「これ、実質親子のペアルックじゃないかしら」

「服の趣味まで一緒とか、実は仲いいんじゃねぇの?」

《気持ちの悪いこと言ってんじゃねぇ‼ 俺もクソ親父も軍籍だったんだから似るの当たり前だろ‼》

「「「はあ……」」」

 その安易な連想も含めてそっくりなんだぞって話なんだけど、当の本猫は言い訳に夢中で気が付いていない。

《揃ったんなら征くぞ! ぐずぐずすんな!》

 ばつが悪いのか、猫は勝手に怒ってトコトコ行ってしまう。

 三人見合って苦笑を浮かべ、あたしたちはその背中を追った。



 ブゥゥオオォォオオォォ!

「うう! ううぅぅ!」

 ガチャ! ウウウウゥゥウウン!

「ひぃぃ!」

 ジャキ! ウウゥゥウウウウン‼

「ひぃぃいい‼」

 ガチャ! ウウウウゥゥゥゥウウン‼

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙‼」

 ギアが一足入る度、背中が強烈に引っ張られる感覚に襲われ、そうならないよう必死に運転手である金井山さんの腰に手を回してしがみつく。

「うぅ⁉ おい、腰触んなバカ! シートの裏に掴むとこあんだろうが!」

「無理ですぅぅ!」

 金井山さんの背中に顔を密着させているので、振動でも声が伝わってくる。

 この状態から身体を動かすなどできようはずもない。だいたいあんなささやかな出っ張りに指掛けた程度じゃあっという間に振り落とされるっての!

「だったらせめて手ぇ緩めろ! あーしが墜ちたらみんな死ぬぞ⁉」

「無理ですってぇぇええ! うあ゙あ゙あ゙あ゙⁉」

 速度を維持したままでこぼこ道による縦軸の揺れも加わり、錯乱状態に陥る。

「後ろに私がいるんだから落ちたりしないわ。ほら、落ち着いて」

 冷静沈着を崩さない桜沢さんの頼もしい声が後ろから。でも無理なものは無理。

 あたしたちが乗っているのは大型の自動二輪。つまりはバイクだ。そこに三人乗り+猫──しかも猫は先頭に鎮座──という、あたしたちの世界でやったら秒で警察がすっ飛んでくるような前代未聞体勢で絶賛爆走中だ。

 尻が痛い。風で息が詰まる。なんでこんなことに。怖い。落ちたら死ぬ。

「ああ……ああ、あ゙あ゙痛あ゙あ゙!」

 あっちの世界で魔孔に吸い込まれた時に引けを取らない絶望が、あたしを支配している。

《やかましいぞ小娘! 静かにしろ!》

 同じく先頭に構える猫も念話で捲し立ててくる。よく滑り落ちないな。

「ううぅぅ! ……ふうっ」

 瞑っていた眼をゆっくり開くと、視界に拡がる森が凄まじい速度で過ぎ去っていく。

 ここが魔界で、暁の交通規則に従う必要はない。それはつまるところ、規則を守るべき道も存在しないという意味でもある。こんな畦道を高速で走って大丈夫なわけがない。ましてやあたしたち全員、魔装衣をまとっているだけでヘルメットも何も装備していない。枝の先に引っかかるだけでもタダじゃ済まない。

「──っ! ……っ! ──っ!」

 このまま言われ放題では魔女の名折れだと自らに言い聞かせ、あらん限りの意識を総動員して悲鳴を噛み殺す。

「そうそう、冷静さを保って。もうすぐ着くからがんばりましょう」

「は、いぃぃ!」

 速度・怪我・未知と、様々な恐怖に晒されて、あたしはあたしの意志と関係なく、紅い木漏れ日が照らす魔界の森を進んでいくのだった。



「はあ……はあ……はあ……うえぇ」

「吐きそうなのはこっちだっての。本気で締め上げやがって……ううっ!」

 四つん這いで手足をガクガクさせているあたしの横で、金井山さんはぶつくさ言いながらお腹をさすっている。なんだこの敗北者しかいない空間?

「魔女のあなたは飛んだり跳ねたりしまくってるって聞いてたのに。拍子抜けだわ」

「そういう問題じゃ……ない……です、から!」

 背中をさすってくれている桜沢さんの皮肉を、息も絶え絶えになりつつ返す。ガチのマジで違うんだよこういうのはさ。

「……ううっ!」

 喉元をせり上がる熱いものを、意志力で押し戻す。

 指の数では足りないくらいの修羅場は潜ってきたけど、今度ばかりは死ぬかと思った。

 自分の判断と責任で突撃を発動させるのは大丈夫だったのに、命の手綱を握られているだけでこんなにも恐怖が倍増するとは。あたし絶対飛空機とか乗れないな。てか帰ったら絶対どこへも行かない! 一生神衆島の土だけを踏みしめて生きていこう。

「いつまでも下向いてないで、四ヶ郷さん。ほら、あれ見て」

「え? あれって──」

 ある種の引きこもり宣言を胸に誓っていると、桜沢さんに促され顔を上げる。

 あたしたちは小高い丘の上にいた。振り返ると、走り抜けてきた森も見渡せる。どうやらここが森の出口のようだ。

「……っ!」

 桜沢さんが指差す先、紅くだだっ広い荒野の真ん中に、山がそそり立っていた。

 掘り返されたばかりの湿り気を帯びた土砂。不自然に空を向いた巨木の根っこ。何かが燃えた状態から土が覆い被さっているのか、ところどころから煙も燻っている。

「ここって」

「ああ。お前を回収した現場さ」

 苦虫を噛み潰したように、金井山さんも眉間にシワを寄せている。

 敵本島こと第三八六二号島の成れの果てた姿がそこにはあった。

 核である天空石を破壊された挙句、島本体は粉々に砕かれ、さらに魔孔で魔界にまで飛ばされ、なんの対処もされぬまま、どことも知れない土地にただ積み上がっている。

「……こんな仕打ちがあっていいのかよ」

 いくらなんでも酷すぎる。あの山の中には、志半ばに倒れた魔獣たちも、崩壊から逃げ遅れた魔獣たちも大勢いるってのに、あんまりだ。

「あたしの他に生存者っていなかったんですか?」

 傍らにいた金井山さんへ、絞り出すように問う。どんな答えかはわかりきっているけど、あの中から這いでた者として、尋ねずにはいられない。

「お前一人担いで帰るのが精いっぱいでな。悪い」

「いえ、攻めてるわけじゃないんで。あたしこそ、すみません」

「あなたが気に病む必要はないわ。それに私たちも全部確認したわけじゃないから。きっと無事に逃げられた魔獣がいたはずよ」

《その通りだ。我々のしぶとさはお前もよく知っているはずだ》

 これまでの容赦ない発言とは打って変わり、口々に励ましてくれる面々。それほどまでにこの光景は、各々の心に去来するものがあるのだろう。

「休憩は終わりだ。こっからはゆっくり進んでやるから、さっさと乗れ」

「……はい」

 金井山さんお無慈悲なお告げに、観念して後ろへ。同じ轍は踏むまいと、座席の裏に指を這わせ、突起を握りしめる。やはり心許なさすぎる。

 みんなしてバイクに乗り、金井山さんは宣言通りゆっくりと丘を下り、山と成り果てた島の外周を回っていく。移動のためというより、何かを探しているような走り方だ。

「でけー」

 近くを走ると、より質量の暴力に圧倒される。これだけの物量が刻々と降り注ぐ中、よく大した怪我もなく外側に抜け出せたな。一生分の悪運と幸運を使い果たした気分だよ。

 そうして誰も口を開かずしばらく進んでいると、向こう側から人工的な物体が見えてきた。

「……軽巡」

 見つけたのは、半分近くが土に埋もれた軽巡洋艦だった。外に現れているのは船首側の半分だけ、船尾側は土砂に埋まり、まるで山肌に突き刺さったような状態だ。

「駆逐艦でも見つかりゃ御の字ってつもりだったが、あーしらは運がいいぜ」

 速度を緩めながら金井山さんは軽巡を見上げ、嬉しそうに口の端を吊り上げる。

 あたしが最後に聞いた報告では、軽巡の損害は小破と鹵獲が一隻ずつ。魔孔に飲まれるほど接近していたということは、恐らく『砂漠の薔薇』旗下だった方だろう。

 序盤ではあたしたち魔女一派を撃ち墜とさんと砲火を浴びせかかり、島が破壊されてからは生存者の救援へ向かいと、本当の意味で最後まで戦い続けた武勲艦だ。

「で、何するんですか?」

「宝探しよ」

「宝──え、なんて?」

「椿、お願いね」

「あいよ! でも先輩、その前に」

「わかっているわ」

 バイクを降りると、二人はビシッと背筋を伸ばし、これまたビシッと敬礼した。

「あ──っ!」

 あたしも慌てて二人に倣い、艦に、魔獣に、戦いに最大の敬意を払う。部活の試合じゃないけど、戦いが終われば敵味方もない。実際は簡単に割り切れるものじゃないけど、心がけられるうちはそうすべきだ。あたしがあたしでいるために。

「──んじゃ、ちょっくら漁ってきますんで、見張りよろしくっす!」

 真面目な顔からコロッと表情を変え、金井山さんはスタっと軽巡に跳び移り、せっせと中へ入ってしまった。

「四ヶ郷さんも見張りお願いね」

「わ、わかりました」

 桜沢さんに言われ、周囲を警戒する。山側はともかく、荒れ地側は平坦で障害物もほとんどなく、とにかく先まで見通せる。

 アジトを出発してからこっち、とにかく状況の推移が速い。いちいち説明する暇がないのもわかるんだけど、連れて行くならもう少しいろいろ教えてほしいところではある。

 ゴォォンッ! ゴォォンッ!  ギュイイィィ!

 一方軽巡からは、何かを叩く音や切断するような音が引っ切り無しに響いてくる。桜沢さんも宝探しって言ってたし、武器か食糧でも探しているのだろうか?

 ガァァアアン!

「うわぁ⁉」

「ふう! 見っけた見っけたぁ!」

 突然の破砕音に驚くと、金井山さんが船体下部の装甲をぶち抜いて出てきた。……扉から入ったなら扉から出てきなよ。

「四ヶ郷! ほれ!」

「うわちょちょっと⁉ うおっと!」

 軽巡から出てくるや否や、金井山さんはいきなり何かを放り投げてきた。咄嗟のことで何度かお手玉し、どうにか落とさずに済む。

「危ね~。もう! なんなんですかいきなり⁉」

 冷や汗垂らしつつ受け取ったのは、紺碧色の鉱石だった。

 野球ボールくらいの荒削りの球体で、空にかざしても向こう側は見えない。魔界の日差しを鈍く跳ね返す姿はどこまでも濃密で、知識のないあたしでも直感的に美しいと感じる。

「キレイですね。なんて石ですかコレ?」

「天空石よ」

「天空石って──え、これが⁉」

 桜沢さんよりもたらされた回答に、素っ頓狂な声を上げてしまう。魔界に飛ばされてからこっち、落ち着く間もなく驚かされてばかりだ。

「これが、天空石?」

「メルーピアルでは飛空結晶。レビ=ラルダでは奇跡鉱とも呼ばれているわね」

 隣で桜沢さんが補足してくれているが、あたしたちの生活、ともすれば命そのものを支えている物質が掌に収まっている事実が衝撃すぎて、まったく頭に入ってこない。

 あたしたちの住む島を浮遊させ、空を行き来する船のすべてに用いられている天空石。

 その重要かつ重大な役割故に、一般人はそれがどんな形状をしているのか一切知らされていない。知られればたちまち社会の裏表関係なく取引され、偽物や詐欺が横行し、世界中が大混乱に陥りかねないからだ。

 全貌を把握しているのは、造船に関わる一部の技術者や各国のお偉方のみ。しかもとてつもなく厳しい守秘義務を課される極秘中の極秘だ。本当か嘘かわからないけど、該当者は誰かとお酒を呑むのさえ許されないのだとか。

 ──そんなあたしたちの世界そのものと断言して憚りない物質を、片田舎に住む女子高生が片手で持ち上げているとか、これもうなんの冗談だよ。

「これ……ど、どうするんですか?」

「当然持って帰るわ。私たちの世界が誇る貴重な資源だもの」

「それってヤバ、いんじゃ──」

「ええ、ヤバいわね。でもないよりはあった方がいいでしょ?」

 手を震わせ囁くも、桜沢さんは安売り品を買い込む主婦のようにどっしり構えている。先輩に悪い遊びを教わる後輩ってこんな感じなのだろうか? この場合、悪さの度合いがとんでもないほどにとんでもないけど。

 第三次天空大戦の軍事需要の増大により、各国は一隻でも多く船を造るため、競うように島の天空石を採掘していった。過剰な採掘により島の天空石含有率が減り、多くの島々が下層へ降下、あるいは崩壊していった。

 大戦が終結して統一歴が定められると同時、世界各国は過去の過ちを二度と繰り返さないために、天空石の新規採掘を全面的に禁止した。

 よって現代において、人や国が使用できる天空石はすでに採掘されたもののみ。各方面の需要に対して、運用できる絶対量が決まっているのだ。

 この天空石は元々レビ=ラルダ艦隊で使われていたやつだから、『砂漠の薔薇』に艦隊を根こそぎ奪われた時点で喪失扱いになっているはず。

 つまりあたしが持っているこれは、世界に存在してはいけない闇天空石というわけだ。

「ふふ、高校生には早かったみたいね」

 冷や汗と脂汗を一緒くたに流しているあたしの手から、桜沢さんはひょいと天空石を取り、乱暴に魔装衣へねじ込んだ。……いいのかそんな雑な扱いで?


 ──ゴオオォォオオ!


《おい! 来たぞ!》

 遠くから何やら轟音が聞こえてきたかと思うと、急に猫が慌てだした。

「敵だ、移動するぞ!」

 金井山さんの指示に、言われるまでもないとばかりにバイクへ跳び乗り、みんなして急いで現場を離れる。バイクは一気に森の端まで引き返し、姿勢を低くして物陰に隠れる。二人は短眼鏡を覗き込み、来た道に注目している。

 どうやら敵とやらは山の裏側、死角から接近しているらしく、まだ姿は伺えない。それでも確実に接近されているようで、駆動音は徐々に大きくなっている。

「敵ってなんなんです? 音だけ聞くとめっちゃデカそうですけど」

「黙ってれば時期にわかる。あまりデカい音立てるな」

 金井山さんからぴしゃりと言い捨てられ、さらに息を潜める。周囲を震わせる轟音に、自身の脈打つ心臓の鼓動も追加される。

「ぁぅ!」

 手で口を抑え、危うく漏れそうになった声を飲み込む。

 黒い巨大な塊が、宙に浮いている。

「あれは……船?」

「驚いた? あれが魔人軍の魔鋼(まこう)艦よ」

 桜沢さんは目標に眼を放さぬまま、あの物体をそう呼んだ。

「魔孔ってさっき教えてもらった?」

「あれは(あな)。こっちは(はがね)よ」

 なるほど、魔孔と魔鋼か。音が同じでややこしい。

 意味はまったく違うのに、同じ時期に習ったがために思い出す度ごっちゃになってしまう漢字のようだ。族と旅とか、技と枝みたいな。

 そんな雑事はさておき、現れた魔鋼艦とやらはあたしたちの世界の船とはまったく別物だ。

 両舷に船の象徴たる巨大プロペラが雄々しい揚力機関はなく、代わりに船尾から巨大なバーナーのような構造物が存在し、先程から絶えず爆音を蹴立てている。

 形的には燃焼機関、つまり飛空機に近い。火器も口径の大きな主砲はなく、小口径の機銃が針ねずみの如く表面に配置されている。

 数は一隻。高度を低く取って残骸の山をなぞるように飛空している。まだ日は高いというのに、下腹部の探照灯をバリバリに点灯して山肌をなぞっている。

「あいつらもいそいそと探し物か」

「生存者の捜索でもしているのかしらね」

 あたしもそうだと思った。島を破壊し、魔孔を使ってあそこに積み上げたのはあいつらだ。大方、生存者がいれば捕縛なり処刑なりするつもりなのだろう。胸くそ悪い。今からでも乗り込んで全員引きずり出してやりたい。

「あれに、どれくらいの魔人が乗ってるんです?」

「乗ってないわよ?」

「へ? じゃどうやって動いてるんですかアレ?」

「魔鋼兵って魔力で動く人形みたいのがいてな、操縦から整備まで全部奴らで賄ってんだ」

「ええ~……。そんなのいたら人なんていらないじゃないですか?」

「だな」「魔人なんてそんなものよ」

《俺たち魔獣が排斥されようとしてんのも、アレの技術水準が向上したのが始まりだしな》

 サラッとあたしたちが魔の付く業界に巻き込まれることになった背景が暴露された気がするけど、これ以上は頭が耐えられそうにないので聞き流す方向で。

「ねえねえ、ちょっと」

 眼の前にある猫の背をちょいちょいとつつく。

《ああ? なんだよ?》

「えっとさ、変なこと聞くんだけど──」

《だからなんだよ? はっきり喋れ!》

 歯切れの悪いあたしを、猫はいらだたし気に急かしてくる。

「魔人ってさ、ホントにいるの?」

「「《……は?》」」

 あたしの今更な問いかけに、二人と一匹は眉間にシワを寄せて首を傾げた。まあ、そんな顔にもなるよな……。

 何を隠そうこのあたし、魔人族は仁──つまり魔王にしか会った経験がない。

 もちろん、魔人がそうそう現場に赴かないのは知っている。

 魔法少女から吸い上げられる余剰魔力でさえ、奴らにとっては資源を確保する数ある手段の一つに過ぎない。魔獣を狩るついでに魔力も補給するという構造上、長期的な安定供給も見込めない。ヒドい言い方をすれば副業、小遣い稼ぎみたいなものなのだ。

 先の短い計画にいちいち魔人が出張るはずがないのはわかる。……わかるんだけど、魔の付く業界に関わって結構経つのに、未だに敵さんの姿もお眼にかかれないってのは、さすがにどうなのって感じなわけさ。

 ぶっちゃけた話、『実は魔界は王様一人だけの寂しい王国なのです』とか、幼稚園に置いてある絵本じみたオチを聞かされても、あたしは簡単に受け入れてしまう自信がある。

 という気持ちもあり、あたしは出撃すると聞かされた時『これはもしかしたら念願の魔人さんに会うとまではいかないまでも、遠目に眺めるくらいはできるのでは?』と内心期待していたのだが、これはいよいよもって絵本オチの可能性もあり得てきたな。

《普通にいるって。バカなのかお前?》

「だ、だよね! いるよね当たり前だよね!」

 さっきの意趣返しと言わんばかりの罵倒に、腹立たしかったりホッとしたり。

「ああ、お前魔人見たことないのか」

「……そう言う二人は」

「あるわよ。この間まで都市部にいたから」

「情報収集も兼ねて一週間近くな」

「ほえ~」

 マジかよその話めっちゃ聞きたいな!

「期待を裏切るようで悪いけど、普通の街並みと変わらないわよ? ねえ椿」

「ん~まあ、そっすね」

《魔人族から魔力回路を取り除いたのが人間だからな。文化レベルにも特段差はないはずだ》

「だから四ヶ郷さんが考えているようなストーリーは存在しないから安心して」

「はあ……」

 所詮魔が付いても人は人、そこ生まれる文化や価値観もあたしらと大差ないのか。近未来的な世界を期待していただけになんとも拍子抜け。

「……なあ、先輩」

「ん?」

 よくわからないがっかり感に苛まれていると、金井山さんが短眼鏡を除いたまま呟く。

「あいつ、せっかくだし沈めません?」

「そうね。私もこの子にいい恰好見せたいし、反対はしないわ」

《「……は?」》

 唐突な提案と唐突な賛同に、今度はあたしと猫の声が重なる。

「んじゃあ、いつも通りあーしが突っ込んで攪乱しますんで、サクッと頼んます」

「了解よ。あの大きさなら子機も少ないでしょうし、十分あれば楽勝ね」

「うす、そしたらちゃちゃっと──」

《「ちょっ、ちょっと待った!」》

 あっという間にまとまりそうな話に、またしても猫と声が重なる。

「沈めるって、あれをやるんですか? 今から?」

《暴発は禁物だ。奇襲により不意は突けるが、念話を飛ばされたらすぐに増援が来る!》

「そこはお前がくっついて念話妨害すれば済む話だろ?」

《う……だが、しかし──》

 言いよどむ辺り、できなくはないのか。まあ、急な作戦に気乗りしないのはわかる。だからこその奇襲なのかもしれんけど。

「つべこべ言わずに来い。口は出しても手は出さない王様なんて誰もついてこねーんだよ」

《クッソ! 放せバカ! 俺はまだ行くとは言ってねぇ!》

 金井山さんは吐き捨てつつ猫の首根っこを掴み、バイクに跨る。お猫様もジタバタもがいて抵抗するも、案の定徒労に終わる。

「お前はいい、今日は見てろ! 病み上がりを戦わせても役になんか立たねーからな」

 まさかあたしも駆り出されるのかと身構えるも、そんなことはなかった。バイクで身も心もガクガクになるまで連れ回しといてどの口が言うのかとは思ったけど。

「『夜明けを共に(モーリーフェタウィ)』、椿」

「『夜明けを共に』、先輩」

 あたしたちでいうところの『武運長久を祈る』的なアレだろうか、二人は何事か言い交わし、金井山さんは猫を抱えたままアクセルをブォンブォン吹かし、颯爽と行ってしまった。

 にしても音を立てるなと舌の根の乾かぬ内にあの爆音。本当に100か0しかない人だよ。

「ん、なんだあれ?」

 金井山さんの接近に伴い、魔鋼艦にも変化があった。船体のところどころから黒い円盤のような物体が吐き出されていく。さっき桜沢さんが言っていた子機とやらか。あれだけ騒音を撒き散らせて突っ走っているのだから、気付かれて当たり前か。

 キュィィン! ガガガガッ! キュィィン! ダッダッダッ!

 子機から赤黒い光線が走り、バイクに殺到。魔鋼艦からの銃撃も加わり、地面から砂煙が巻き上がって金井山さんたちを覆い隠す。

『おうおうおう! きたきたきたっ!』

《おい、ギリギリを攻めるんじゃねぇ! 余裕を持って躱せ!》

『最低限の行動で最大の結果をって、お前が言ったんじゃねぇか!』

《それは単機で行動する場合だバカ! 他の命が絡んでる時は気を遣えバカ!》

 視界が効かず、ここからでは音声だけのお届けとなっているが、念話越しからやかましいやり取りが引っ切り無しに聞こえてくるので、やられてはいないようだ。

『いっせーのっとぉぉ!』《うぉぉおおい待て⁉》

 突き出した岩盤にでも乗っかったのか、一人と一匹を乗せたバイクは砂煙を飛び出し、一段と高く飛んだ。

「ヤバい! あんな無防備な跳び方したら──」

 ──間違いなく狙い撃ちされる!


『抱きしめろ! 『闘奔勢走(とうほんせいそう)』!』《うぉ⁉ だからいきなり投げんな!》


 猫を上に投げると同時、バイクが空中で分解した。前輪部と後輪部が本体から分離し形を変えていく。本体は金井山さんの背中に接続され、次いで出てきた装甲を両手で握りしめる。前輪部と後輪部はそれぞれ両足に納まり、車輪は踝の辺りで固定される。

 その一連の余波かはわからないけど、包囲する子機より撃ちだされた光線が金井山さんのいる空間を避けるように湾曲する。


『兵装合体! 『闘奔勢走』!』《だから危ねってんだよいつもいつも!》


 金井山さんは気持ちよく名乗り上げ、放り投げていた猫も時間差でその肩に乗っかる。

「うおおぉぉ! カッコいいぃぃ!」

「そう?」

 手に汗握るあたしの隣で、まったくブレない桜沢さん。

 いつ獲物だすんだとハラハラしてたけど、跨ってるあれが魔兵装だったのか。魔装衣に続いて魔兵装も常在型とか、今までになくてアツいな!

『っしゃあ! 狩りの時間だ! 簡単に沈むなよ鉄クズどもぉ!』

 これまでの憂さを晴らすかのように啖呵を切り、金井山さんは両足に装着した車輪を回転させ、さらなる砂煙を巻き上げて爆走。魔鋼艦の下腹へ潜り込む。

『はっはぁ! それそれそれぇ!』

 パァァンッ! パァァンッ! パァパァァンッ!

 破裂音が一つ鳴り響く度、魔鋼艦と地上の間から火の手が上がる。金井山さんが子機を撃墜しているのだ。あれほどの縦横無尽な軌道を描きながら空中を立体的に動く標的に命中させ続けるなんて、射撃の腕スゴすぎ。てか、バイクなのに銃ついてるんだな。

 魔鋼艦はちょこまか動き回る金井山さんを仕留めんと旋回し、狙える銃座はすべて火を噴いている。あの躍起具合から見て、ここにあたしたちがいるなどとは夢にも思っていなかったのだろう。機械に夢も何もないかもだけど。

「攪乱って言ってましたけど、このまま本当に撃沈できるんじゃ?」

「いくら椿でも、一人であれを沈めるのはちょっと骨ね」

「は、はあ……」

 その言い回しだと、『私がいればできるんだぞ』って話になるわけだけど、等の桜沢さんは未だ魔兵装を呼びだしてはおらず、腕を組んでゆったり佇んでいる。

「そろそろ頃合いかしら」

シャン!

 あたしの疑問に答えるように桜沢さんは囁くと、左腕に装備された小手から何かを引き抜いた。すでにあそこに魔兵装が仕込んであったのか。

 持ち手は刀や闘剣のそれだが、小太刀ほどの刀身は無色透明で、先端には金属のような部品があしらわれている。刀身の材質はガラスか水晶か、ここからでは判別がつかないし、そもそもどう使うのかもわからない。

「盟約に従い堕溺せよ──」

 最初は刺客、現在は頼れる仲間の口から何度となく聞かされた前口上が、今回は桜沢さんの口より唱えられる。つまりあれは、魔兵装じゃなくて──

「──『境界閃(ホライゾン)』!」


 ズキュウウゥゥン!


「はうわぁ⁉」

 眩い閃光が一条、一瞬で魔鋼艦に到達し、漆黒の船体を貫く。

魔鋼艦は散発的な爆発とともに高度を落とし、赤の大地へその下腹を擦り付ける。やがて船体は自らの慣性と重量でみるみる拉げていき──

 ドガアアァァアアン‼

 周囲に存在するあらゆるものを抱き込んで爆散した。生み出されたきのこ雲があっという間に立ち昇り、残骸の山の頂をも追い越す。

「い、一撃⁉」

『ふぉぅ! サイッコーだぜ先輩っ! ゴホォ、ゲホォ!』

《ゴッフォェ! ふざっけんなバカが! もっと離れとけゴッフェ!》

 付近にいた猫と金井山さんも、咳き込みながら戦果に沸いている。……合図とか一切なかったのに、あの位置取りでよく無事でいられるな。

「……それ、堕溺兵装ですよね?」

「うん、そう。私の獲物はこれだけだから」

 またしても無機質に答えてくれる桜沢さん。

 天族の遺体を凝縮してできた堕溺水晶を用い、魔力と天力という相容れない性質の力を強引に掛け合わせることで強制的に反発させ、一時的に高出力を得る反則の業物。堕溺兵装。

 魔装衣は非変身型で統一し、獲物も常在型魔兵装に堕溺兵装と、魔女自身の潜在魔力を極限まで節約し、少しでも多く戦闘力に割り振る調整。

 渚で得た経験を活かしつつ、二人の適性や能力も加味した上での戦闘重視思考。契約主たる猫の『今度こそ本気』さが窺える。

『先輩! 全部そっち行った!』

 敵艦撃沈も束の間、残された子機たちが攻撃の発生源である桜沢さんへ殺到してくる。意志のないただの機械だというのに、母艦を沈められた憤りが伝わってくるようだ。

「クソ! 来い、『兵香──」

「必要はないわ」

 さすがにマズいと相棒を呼びだそうとしたあたしを、空いた左手で桜沢さんが制する。

「いや、でも! 来ますよ⁉」

「すぐに片付けるから大丈夫よ。私の後ろから離れないで」

 言われてすぐ桜沢さんの背中に隠れるも、子機たちはあたしたちの周りを取り巻いていく。

「囲まれましたけど⁉」

「だから問題ないわ」

 ビシィ!

 子機より発射された光線が、桜沢さんの振るう『境界閃』に跳ね返され、別の子機に命中。ど真ん中を穿たれカランと音を立てて転がる。

「光の……闘剣?」

 桜沢さんの手元を見ると、先程光を放った場所から光の刀身が伸び、打ち刀ほどの長さになっていた。撃ちだすだけじゃなくて、維持もできるのか。

「──っ! ……っ! ──っ! ……っ! ……っ!」

 ビシィ! ビシィ! シャン! ビシィ! シャン!

 やや腰を落とし、桜沢さんは『境界閃』を的確に動かし、迫る光線は跳ね返し、突っ込んでくる子機は切り伏せる。あたしの方に光線がくると、桜沢さんは背中に眼でも付いているかのような素早さで難なく回り込み、これまた弾き返す。めちゃくちゃカッコいいぞこの人!

「……カッコいい」

「そう? ありがと」

 思わず口にも出てしまったあたしの称賛にも、桜沢さんは手を休めない。破壊された子機が次々とあたしたちの周りに積み上がり、ちょっとした塹壕みたいになっていく。

「ふう。ね、問題なかったでしょ?」

「は、はい」

 独壇場とはこのことか、子機は凄まじい勢いで減っていき、取り囲まれてから一分と経たずに宣言通り全滅させてしまった。スゴすぎ。

 渚の『村雨』が抜けば玉散る氷の刃なら、桜沢さんの『境界閃』はすべてを斬り裂く光の剣だ。やはり堕溺兵装は魔兵装と比べて獲物としての格が根本的に違う。

「ぁぁ──」

 眼と心両方の意味で、『境界閃』の輝きが焼き付いて離れない。

 魔族が行使する力──魔力によって生じる現象は総じて漆黒だ。安易な発想だけど、きっと天族が行使する力──天力はその反対、純白なのだろう。

 あたしの魔力や、子機の禍々しい光ではなく、白く暖かで高潔な閃光。

 それを美しさすら織り交ぜて使いこなす桜沢さんの後ろ姿は、さながら戦神のような煌めきを放っていた。


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