エピローグ2/2
「♪~~、♪~」
蓄音機から流れるジャズの音色が心地いい。
CD全盛期のこの時代に、なんでわざわざ面倒な機械で質の悪い音を聞くのかと、これまで散々言われてきた。『そんなのあーしの勝手だし! 嫌なら出てけ!』と、険悪なムードになったのも一度や二度じゃない。
だがしかし、あーしはその古臭い部分が好きでしょうがない。
中でもレコードに針を落とす瞬間のカリッって音と感触は、無機質な再生ボタンをただ押すだけでは味わえない快感だ。利便性や効率だけを追い求めていてはまず辿り着けない拘りの境地。これぞまさしく趣味の領域だろう。
「ふぅ……」
好みの音楽に身を預け、適度にエアコンの効いた部屋で、暇を潰し尽したつまらない雑誌に眼を落とす。ここだけ聞けばとんだスローライフだぜ。
こんな何もない場所での生活に始めはどうなるかと思っていたが、いざ始まるとどうにかなるから不思議だ。当然不満もあるが我慢できる範囲だし、住めば都ってのはまったくよくできた慣用句だとつくづく感じる。
トン、トン。
「はい~?」
雑誌に眼を落したまま空返事。ここにいる人間は、あーし以外は一人しかいない。ほどなくして扉が開き、ノックの主が部屋に入って来る。
「どしたっすか~先輩?」
「魔抗の予兆を感知したって。出撃するから準備して」
「……は?」
予想外の用件に思わず顔を上げると、先輩は壁に背を預け、おすまし顔で腕を組んでいた。
「早くないっすか? 予定じゃ最低でも四日後だって──」
「予定は未定よ。というか、それとは別口のイレギュラーみたいね」
などと言い、先輩は肩をすくめる。様子から察するに、伝言で来ただけで先輩自身も詳しいことはよくわかってないらしい。
「はあ……了解っす」
雑誌をベッドに放り、背伸びをしつつ立ち上がる。
「整備は済んでるのよね?」
「いくらあーしがずぼらでも、そこの手は抜かねっすよ。ガソリンも満タン。いつでも走れるようにしてありますぜ!」
パチリとウインクし、統一サインを掲げてみせる。
「……そう。ならお願いね。私も支度するから、暖気して待っててちょうだい」
こちらのアクションには取り合わず、言うだけ言って出て行ってしまう先輩。あの人との付き合いもいい加減長いし、この虚しさにはいい加減慣れっこなものの、たまには気前のいい返しの一つもできないものかと考えずにはいられない。
「ふう。さて」
気を取り直してレコードから針を外し、蓄音機を止める。メインの音源がなくなり、部屋にはボロくなった小型冷蔵庫の駆動音だけが寂しく唸る。
「んま、ちゃっちゃと済ませてちゃっちゃと帰るか」
イスに掛けた魔装衣を引っ提げてプレハブを出ると、夜空ではなく真っ暗な洞窟が迎えてくる。敵さんから隠れるためとはいえ、こうも一日中暗いと体内時計が狂って仕方ない。
「う~い、出番だぞ~」
言いながら相棒にかけてある布を引っぺがす。現れた大型の自動二輪、つまりはバイクが間接照明を反射して鈍く輝いている。
その勇士に見とれるのも一瞬、すぐさま各部の最終チェック。
昨日の調整で全項目が規定値内に納まっているのは確認済だが、こいつに何かあればあーしと先輩は自分の足で帰らなければいけなくなるので、できる確認はギリギリまでやる。
「異常なし。──ふんぬ!」
チェックを終え、重い車体をノロノロ押して出口まで運ぶ。洞窟内で吹かすとエンジン音が反響してやかましく、排気ガスも風で流れていかないのでこうするしかないのだ。
「ったく。タダ乗りしてんだからたまには手伝えっての……」
しれっと肉体労働から逃げおおせた先輩に愚痴りつつ、軽く慣らしただけの砂利道を抜け、洞窟を出る。樹々生い茂る魔界の森が出迎え、紅の空があーしの視界を一時的に奪う。
この世界の空は、あーしたちの世界の夕焼け空よりも赤く紅い。なのであまり長く見上げていると、眼の奥の方がチカチカしてくる。
「やっぱし、空は青くねーとな」
こっちに来る前は疑問すら抱かなかった青い空に、ここまで恋い焦がれるとは、文化の違いってのは恐ろしい。
「っしゃあ! 今日も頼むぜ」
故郷の蒼穹に想いを馳せ、あーしはカチリとキーを回し、分身と言っても過言ではない相棒のエンジンに火を入れる。
ブッブッブッブッブッ!
子気味のいいエンジン音が魔界の森に響き、突如現れた騒音に森の獣民たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。




