エピローグ1/2
「おい! 何をする魔女! なんのマネだ⁉」
「死に逃げなんてさせるかって言ったでしょうが⁉ あと、あたしらも夢見が悪いってんだよ眼の前でいなくなられちゃ!」
捕まえるなり、元気に喚きだす木嶌。まったく現金な奴だよ。
「うお⁉ 引っ張られる!」
目標を確保するなり百八十度反転して一目散に逃げ去ろうにも、そうはさせるかとばかりに『兵香槍攘』の軌道が安定しない。
それはそうだ。行きは引き寄せられる力を利用したのでさして意識しなかったものの、帰りはその力に反発しなければならないのだから。おかげで魔力が余計に喰われ、消耗した心身をよりひっ迫させてくる。マジで節々に力が入りづらい。長居は無用だ早く帰ろう。
「突撃が相殺されかけている。このままでは魔力切れでお前も戻れなくなるぞ⁉ 小生など捨て置け! 今更生き恥を晒すつもりなど──」
「ああもううっさいな! ここであんたがいなくなったらそれこそ意味ないだろ! 誰が覚えててやるんだよみんなのこと⁉ あんたしかいないんだよ黙って掴まってろ!」
「……ぬぅ」
逆ギレ気味に捲し立ててやると、あっさり観念した様子の木嶌。自分から『兵香槍攘』を握りしめたのを確認し、腰に回していた手を放してやる。
いつどこで起こったとかの記録じゃなくて、どれだけ死んでどれだけ生き残ったとかの数字じゃなくて、記憶や感情で忘れないでいてくれる誰かは必要だ。
──でなければ、いなくなった誰かの願いや、傷付いた誰かの想いが、本当の本当になかったことになってしまう。させてたまるかそんな結末! 絶対に生きて帰してやる!
魔力紋に引っ張られながら、進路を阻むあらゆる物体を躱す。わずかでも判断が遅れたら即終了だ。生き残った者たちと生き残れなかった者たちのため、失敗は許されない。
魔力体力その他諸々が限界に差し掛かった頃合いで、ようやく重巡二号の船体が大きくなってきた。甲板で手を振り、大声を上げているだろうみんなの表情までわかる。
「もうすぐ。あと一息──」
ゴォッ!
「うぅ⁉」
わずかに緊張が緩んだ刹那、後頭部に強い衝撃。どうやら死角から何かぶつかったようだ。脳みそがぐわんぐわん揺さ振られる感覚に、意識が遠退く。
「ヤ、バ──」
「四ヶ郷⁉」
姿勢の崩れかけたあたしを、木嶌が『兵香槍攘』を握りしめつつ抱えてくれる。
「ありがとう……うぅ!」
「しっかりしろ魔女。貴様が墜ちてどうするのだ? 小生に生きろと言うのなら、貴様が生きて見届けてみせろ!」
「何……やっとその気になったの?」
「見苦しいことこの上ないのだがな。だから頑張れ。その気にさせて梯子を外すなど、畜生にも劣る所業だぞ」
「わかってるっての! しっかり掴まってな!」
生きる覚悟を決めた木嶌を前に気合を入れ直すも、気構え一つでどうにかなる状況でも状態でもない。垂れてきた血が眼に入り、視界を赤く染める。おまけに身体はダルいし痛い。
「おおぉぉおお‼ ──ぐがぁ⁉」
「四ヶ郷!」
雄叫びで自らを奮い立たせようとしたのも束の間、今度は右肩にコンクリート片が突っ込んできた。魔装衣が裂け、右腕から下の感覚がさらに鈍くなる。
「いぃぃ! うう──」
いよいよヤバい! 重巡二号は目と鼻の先なのに……このままじゃ、二人とも──
「あ゙あ゙……ぐぁぁ」
「おい、何を──」
シャアア……カキン!
気が遠くなるような痛みを組み伏せ、木嶌の腰に装着されている安全帯を引っ掴んで『兵香槍攘』に括る。そのままでは擦り抜けてしまうので、魔力で座標を固定する。
「これで……絶対落ちないから、ちゃんと……持ってて」
「大丈夫なのか⁉ おい、四ヶ郷!」
赤く染まった世界で、焦りの色が濃くなる木嶌と、視線がかち合う。
「──ごめん」
バシュュゥゥンッ!
「んな⁉ 四ヶ郷‼ ──~~っ!」
なけなしの魔力で突撃を追加発動させた『兵香槍攘』を、木嶌をつなぎ止めたまま射出。泣きそうな瞳であたしを見る木嶌の顔が遠ざかる。残す距離を一直線に突き抜け、木嶌を括りつけた『兵香槍攘』は無事、重巡二号の船体に突き刺さった。
「よか……った」
移動する手段を完全に失い、すさまじい勢いで重巡二号から離れていく。みんなの顔がわからなくなり、瞬く間に瓦礫や鉄塊が視界を埋め尽くす。
「あ……ぁぁ」
みんなの姿が見えなくなった途端、孤独が押し寄せる。
「待って! 嫌、だ──」
あのままもたついていたら、どの道二人ともやられていた。だから木嶌だけでもと思い、実行した。後悔はないと覚悟したはずなのに、わずか五秒で心が崩れ去る。
会いたいみんなとの距離はどんどん開き、その分だけ終わりが近づいてくる。
「あたしも……帰り、た──ぐぅ⁉」
虚空に手を伸ばす中、巨木が眼前に迫り、衝突する。
もはや魔力も体力も尽き果てたこの身に、これだけの質量をどうにかできるわれもなく、今度こそあたしは意識を失った。




