第四章
ドォォオオォォン‼
「くあぁ⁉ な、なんだ⁉」
深戦隊の報告により判明した大回廊を示す座標へ向かう最中、前触れなく大地が弾け飛ぶ。掘り返された土砂に混じり、魔獣たちの肉体が、四肢が、強風に煽られる紙束のように飛び散り、気味の悪い間を挟んでボトボト落ちてくる。
「敵の砲撃か? どこからだ?」
《敵襲! 敵襲~ッ!》《九時方向ヨリ敵襲!》《魔法少女! 魔法少女だ! ぐあぁぁ!》
周囲を見回しながら叫ぶと、浮足立つ魔獣たちが答えをくれる。
《狼狽えんな! 正確に報告しろ! あとお前、ボサっとしてねーで本部に念話送れ!》
《ハ! ……コチラ第一地戦隊! りノ八地点ニテ魔法少女ト遭遇! コレヨリ応戦ス──》
悲鳴など上げる暇すら与えられず、伝令役の魔獣がすだれのごとく斬り下ろされる。
《ちぃ! 散開だ! ひとまず散開しろ!》
跨っている一角獣が叫びつつ速度を上げるも、爆発はそこかしこで発生し、その度に味方の反応が消失していく。
無傷の部隊が半分を割り込んだ辺りで、突風を伴い一つの影がわたしたちの前に躍りでた。
《テメェか、ずいぶん派手にやってくれたじゃねーか。名乗りやがれ!》
「──……」
キャンデロロの怒気を含んだ誰何に、向こうは視線だけで応える。
砂色の外套に漆黒の軍装。×字に結ばれた葡萄酒の襷。情報にあった『砂漠の薔薇』魔法少女の魔装衣に相違ない。問題はそれを着こなした魔法少女だ。
昼過ぎの強い陽射しをはね返す白銀の髪は乱れ、頭頂部に覗くのはイヌ科の耳。口元にはこの距離でもわかる獰猛な犬歯と、害意を込めて向けられる強い眼差し。
「な、なんだあの半獣人?」
眼前に現れた魔法少女に、見たまんまな感想が零れる。
敵本島で開催された説明会の折、わたしは宮境町で留守番をしていたため『砂漠の薔薇』所属の魔法少女たちとは誰とも面識がない。しかし各メンバーの容姿や性格等の情報は会議の際に聞かされていたのですべて把握している。
代表たる木嶌イングリッドは長身の褐色肌に片眼鏡。朝陽ソイニネンはウェーブがかった茶髪に切れ長の眼つきで、現在は詩乃と戦闘中。わたしの一個上らしい瀬川真夜とやらは前に出たがりな性分で、すでに魔女によって討伐済ときている。
なので消去法でいくなら、あいつがホタルアマミヤということになる。だが、情報では長い黒髪で気弱な性格だと申し送られていた。戦況的に背水の陣とはいえ、こんな風に敵意を剥きだして暴れ回るような奴とは考えにくいし、何より見てくれがかなり事前情報と異なる。
《……クソが、クソがクソが‼ やりやがったなテメェ! よくもエベルハルターを!》
「お、おい、どうしたんだよ? 落ち着けって」
初めて見るキャンデロロの激昂に、恐る恐る尋ねる。
《落ち着いてられっか! あのアマ、エベルハルターを喰いやがった!》
「……喰うだと?」
《まんまの意味さ。あの魔法少女に混じってる気配、あれは間違いなくエベルハルターのもんだ! 技も動きも、全部あいつの力だ!》
跨る一角獣より吐き出される情報を瞬時に整理。確かエベルハルターは白銀の狼。アマミヤの頭部から生えた耳や髪の色から考えるに、キャンデロロの推測は矛盾しない。
「つまり、能力で魔獣の力を奪った? ……うお⁉」
わたしの悠長な思考を余所に、キャンデロロが跳躍。今しがた立っていた場所が強風とともにえぐり取られる。
「キャンデロロ! エベルハルターの基本戦術は、風を読むんだったな?」
《そうだ。周囲の大気を自在に操れる。本気でかかれば詩乃さんの風呪文なんか眼じゃねぇ》
「終盤の終盤で厄介なのがきたもんだ」
ここまで想定して奴を温存していたというのなら、木嶌イングリッドとやらの先見の明はやはり侮れない。さて、どう沈めるか?
《忘れちゃいないだろうけど姫さんよ、小管ならあいつを討伐できるぜ?》
「ああ。だからまず二手に別れて挟撃する。短期決戦は捨てて、焦らしに焦らして隙を誘う」
《まずは定石ってわけか。いいぜ、悪くねぇ!》
「奴とわたしたちの位置が直線になるよう留意しろ。征くぞ!」
《応!》
指示をだしつつバランスを取って鞍に立ち、手近な樹々へ跳び立つ。先行したキャンデロロ突進がてらアマミヤの横を通り過ぎ、奴を中央に誘い込む形をとる。
《そぉぉらぁぁ! エベルハルターの仇、討たせてもらうぜぇ!》
ズゥゥーーンッ!
微妙に舌を巻いたキャンデロロの啖呵とともに、眩い閃光と周辺を軒並み震わせる重低音を轟かせ、幾条もの雷撃が戦場を這い回る。
一角獣と呼ばれる所以である、額に頂く一本の角から放たれる漆黒の稲妻。キャンデロロによって行使される固有魔力、黒雷だ。
「──せぇや!」
折を見てわたしも斬りかかり、アマミヤの注意がキャンデロロだけに偏らないようにする。
二方向からの攻撃に意識を割き続けるのは、想像以上に精神力が擦り減る。持久戦になるほど注意が散漫になっていき、綻びが生まれやすくなる。そこにわたしが『疑心暗忌』で一太刀入れ、奴の身体を操って動きを鈍らせ、キャンデロロが討伐する。教科書通りの戦法が易々通用するとは端から思っちゃいないが、初手としては無難だろう。
ビュオオォォ!
「んぬぅ──くそ!」
ヒュュゥゥーーッ!
《ちぃ! この──》
──などと心に予防線を張ってはいたわけだが、やはりそうは問屋が卸さない。
間合いを詰める局面は幾度かあれど、アマミヤはここぞという場面で突風を呼び、巧みにこちらの軸線をずらしてくる。背後を狙えば横っ腹に、同時攻撃と見せかけようとすればわたしたちの頭上へと、嫌な位置に嫌なタイミングで妨害をしかけてくる。
おかげで致命打は皆無であり、成果といえばわたしたちが少し疲れた程度。数の有利で揺さぶる作戦のはずが、始まってみれば手玉に獲られているのはこちら側とは。
一歩引いた視点から戦場を見通し、自身の間合いに入る隙を与えない。凶暴さの中に垣間見える冷静さが光る戦い方だ。
仮司令部で休憩中の時、他部隊の報告にも眼を通してみたけど、『砂漠の薔薇』は突飛押しもないことばかり始める割に、現場では愚直なまでに手堅い奴ばかりだ。
《ヒュューーワゥ!》
キャンデロロが軽快に咆哮し、黒雷を無造作に発生させる。木々を焼き、あるいは弾け飛ばして、炎と煙が視界を満たす。
《姫さん、一時撤退だ! 埒が明かねぇ!》
「応!」
無駄に食い下がったりはせず、即座にその背中へ飛び乗る。逃げも立派な作戦だ。死んだら何もかもお終いだからな。
「別個に当たって勝てる相手じゃなかったか……」
雑魚や凡兵には有効な戦術も、理屈抜きに吹き飛ばし踏み潰すのが魔法少女だってのをすっかり失念していた。
ビュュュューーーーッ!
と、煙幕は大した時間を稼ぐことも叶わず霧散し、アマミヤが追撃に飛び出してくる。まあ煙なんて、それこそ風で飛ばせばいいだけだもんな。
キャンデロロは速度を緩めず草木生い茂る森林を疾駆する。
その後方より、アマミヤは脚力豊かな跳躍を後押しする疾風に乗り、実質飛空状態でわたしたちの背後をピタリとついている。どうやら奴は魔獣の固有魔力だけでなく、獣としての身体的特徴も受け継いでいるらしい。
《さ~て、どうするよ?》
「……なんで楽しそうなんだお前?」
さっきまで恨み辛みを叫んでたクセに。
などとやり取りしている間も、アマミヤは真空の刃をわたしたちの進路上へ先行させ、木の根元を鋭角に切断。行く手を妨害するように切り倒してくる。
「……手がないわけじゃない。ないが」
我ながら歯切れが悪い。なんたって一度失敗してるからなこの技で。
アマミヤはエベルハルターの命を、想いを身に宿して戦っている。であればこちらも、二つを一つにするまで。──とは思うんだけどどうしたものか。
《小管の知ってる姫さんは、ちょっとしくじったぐらいでヘソ曲げるような器の小さいお方じゃなかったぜ。身勝手な期待は百も承知だが、あんたにもかくあってほしいもんだ》
「いや、顔も知らない偉人を引き合いにけしかけられても──」
《つべこべ言わずに命令しやがれ小娘! 地上軍の司令があんたの指示に従ってやるって言ってんだぞ? 泣いて喜ぶところだろ》
「あ゙あ゙⁉」
業を煮やしたキャンデロロの発言に、ついカチンとくる。言い分そのものはまったくもって仰る通りなのだけど、だとしても自分で言われると無性に腹が立つ。
「……ああ、そうかよ。だったらキャンデロロ! お前の力、わたしに貸せ! 嫌とは言わせないぞ馬っころ!」
《おーおー、やっとその気になったか。元よりそのつもりだ。小官の命、存分に使え!》
わたしの逆ギレた態度にも、この一角獣は気持ちよく乗っかってくる。もちろん借りるからにはキチンと返すつもりだが、即答してくれる向こうの信頼は素直に嬉しい。
「遠慮なんてしないぞ? 死ぬ気でついてこい!」
《応さ!》
「よし……ふん──っ」
景気のいい了承を得ると同時に『疑心暗忌』を逆手に持ち替え、右膝の腿に突き刺す。先端は易々と貫通し、キャンデロロの背にも届く。
《ぬお⁉ くぬぅぅ──》
『疑心暗忌』介して流れ込む魔力干渉により、キャンデロロは苦悶の悲鳴を漏らす。自身とは異なる魔力が強引に入り込むのだから当然の反応だ。普段であれば、ここで相手の波長を組伏せ、掌握するところだが──
《……はは、スゲーな、なんだコレ! 力がみなぎってくるぜ!》
ほどなくして聞こえてきたのは、おもちゃを買ったもらった子供のようにはしゃぐキャンデロロの歓声だった。
「どうだ、内側から生まれ変わった気分は?」
魔力循環。キャンデロロから吸収した魔力をわたし由来の魔力と調合させ、再びキャンデロロの肉体に戻して能力を底上げする力技。この循環は、わたし・『疑心暗忌』・キャンデロロが接続している限り絶えず行われ、両者にうずく闘争の意志が続く限り尽きることはない。まさしく魔力の永久機関だ。
「百八十度回頭、突っ込め!」
《言われずとも!》
身体能力が格段に上昇したキャンデロロを駆り、今度はこちらから攻めかかる。
キィン!
すれ違い様、キャンデロロから黒雷が放たれ、アマミヤは両手の爪で交差して受け流す。
ギィィンッ!
すぐさま半径が小さくなるように旋回し、再び正面から互いの獲物を打ち合わせる。
あからさまな八つ当たりを真に受けて暴走してしまったあの時とは違う。魔力で肉体を強引に操るのではなく、相棒の魔力と調和させてより屈強さを引き出す繊細さが必要になる。失敗すれば互いに道ずれであり、今回は他者の命を扱う責任も伴う。狂ってなんかいられない。
打ち合いは八の字を描くように繰り返され、その都度衝撃が身体を揺さぶる。
「ぐぅ、ちょこまかと……っ!」
こちらの奥の手に、アマミヤも面食らっている。まあ『疑心暗忌』をこんな使い方したの、わたしだって始めてだけどな。
『太陽ルチル』時代はこの力を使い、魔獣を一方的に従属させて仲間割れを起こさせ、ことが済めば強制的に暴走させて自壊に追い込んでいた。完全無欠に外道の所業だ。
それが今じゃ、あれだけ醜く殺して回っていた魔獣たちを率いて──しかも姫だ女王だと慕われて──魔法少女を相手に戦っている。人間組最年少のわたしが言うのもアレだけど、人生何が起こるかわかったもんじゃない。
「もう一声!」
ビィィーーンッ!
わたしの左手より黒い稲妻が生みだされ、ジグザグに枝分かれした漆黒の閃光がアマミヤへ襲いかかる。もしかしなくてもキャンデロロの十八番である黒雷だ。
「く! 黒い雷……あなたまで!」
「驚いたか? 吸収や複製はお前の専売特許じゃないんだよ!」
循環魔力は行う時間が長ければ長いほど、お互いがお互いの魔力に最適化され、精度も威力も上がっていく。やがて二つの魔力は一つの固有魔力となり、一時的にだがわたしにもキャンデロロの黒雷が使用可能になる。
異なる生命が織り成す魔力の相乗効果。これも魔法少女と魔獣がともに戦うという在り方の一つには違いない。魔獣の生き様を背負って戦うホタルアマミヤへの対案と言えよう。
「ああ……うああぁぁああ!」
ビュワオオォォーーッ!
魔力循環からの黒雷で機先を制したとはいえ、膠着状態になりつつあると思考した直後、業を煮やしたアマミヤを中心に竜巻が発生し、私たちを周囲の木々もろとも吹き飛ばした。向こうもすべてを賭けた真剣勝負。日寄った考えではあっけなく主導権を握り返されてしまう。
《っ、そうか……姫さんアレだ! あの簪だ》
「は? 簪?」
キャンデロロに促されるままアマミヤの後頭部に注目してみると、白銀の長髪を乱暴に結われている簪があった。わずかに発光しているようにも見える。
「つまり……あれがあいつの魔兵装で、破壊すれば変身を解除できるって言いたいのか?」
《ご名答! これやってると思考まで共有できんのか?》
「いや、ただの以心伝心だ。さすがにそんな機能は嫌だ」
ともあれ方針は決まった。戦闘はこっちが魔力循環を使ってようやく五分。真っ向勝負で決着がつけられないのなら、仕掛けを崩して無力化するしか──
「何ボサッとしてるの?」
「⁉ しま──うぅあぁ⁉」
とか決めたそばからアマミヤが疾風を以って肉薄し、回し蹴りが命中。反動でわたしたちをつないでいた『疑心暗忌』も引き抜けてしまう。
「クソ! 考えることは同じってわけかよ!」
受け身を取りつつ毒づいて見せるも、魔力循環の効力は消え失せてしまい、さっきまで当然のように使えた黒雷の感覚も遠退く。
《ああ、くっそ! 挟まって動けねぇ!》
同じく蹴り飛ばされた相棒は、折り重なる巨木の下敷きになり、身動きが取れない様子。救いだしてやりたいのは山々なのだが、アマミヤにしてみれば千載一遇の好機。悠長に待ってくれるわけもない。
「ちぃ!」
腰を落とし、下段気味に『疑心暗忌』を構える。ここからは一対一。分が悪くても、勝つためにはやるしかない!
「もらった……よ!」
勝利の確信と油断なき警戒を両の眼に光らせ、風とともに跳ぶアマミヤ。
向こうは両手のかぎ爪、対するこちらは『疑心暗忌』一本。防御に回ろうにも、このままでは左右どちらかの爪が身体に届き、わたしの肉体を容易く引き裂いてしまう。
「いい加減に、消えてぇぇよぉぉーーっ!」
「この外道がぁぁ!」
ギィィィィンッ!
「えぇ⁉」
「はははっ! 引っかかったな犬耳女!」
両手それぞれに納まった脇差が、迫るアマミヤの爪を受け止め、盛大な火花が散り乱れる。
「な、なんなの⁉ 二本……なら、なんで今まで──」
「光栄に思え! これを見られるのは、ホントのホントにお前が初めてだ!」
わたしの魔兵装『疑心暗忌』は、刃渡りを短くすることで分離できる機能がある。脇差相当なら二本、短刀相当なら四本と、間合いを犠牲にして頭数を増やせる。これは『太陽ルチル』時代のメンバーはもちろん、ヒカリにさえ教えていなかった最重要機密だ。
誰にも知られていないという利点が、いつか必ず敵の意表を突き、活路を見出すと信じて今日までひた隠しにしていた甲斐があった。
「何ボサッとしてん──だよ!」
「うぐぅ⁉」
互いに両手が塞がっているので、アマミヤのがら空きな腹を蹴り飛ばして後退する。そのわずかな間を使い、右手の『疑心暗忌』をさらに分離、二本の短刀へ変化させる。
ザシュ!
「くぅ。……ロロ! 少し痛むけど我慢しろよ……ふんっ!」
一本を再び自分の腿に刺し、もう一本を動けないキャンデロロに投擲。
──ドッ!
《うお⁉ 痛ってぇな!》
勢いついてその尻に突き刺さる。
《……おお、キタキタ! いけるぜ! 動けねぇけど!》
キャンデロロの無念極まる叫びに呼応して、別たれていた魔力循環が回復。全身を巡る魔力にも荒々しさが戻る。
「調子に乗ってるんじゃ──」
「うるさい来んじゃねぇ!」
ビィィーーンッ!
空いた右手をかざして黒雷を飛ばし、態勢を立て直したアマミヤを牽制。
「うああぁぁああ!」
構わず突っ込んでくるアマミヤ。風に含まれる魔力の密度を上げ、黒雷を強引に捻じ曲げているのだ。破れかぶれみたいな面して、しっかりやることはやってるんだから抜け目ない。
「いいねぇ! 上等だぁ!」
どこかの魔女やどこかの地上軍司令みたいな言葉遣いにすっかり汚染され、右手に黒雷、左手に脇差形態の『疑心暗忌』を携え、再びアマミヤの双爪に対抗する。
暴風と雷鳴が混ざり合い、戦場が大嵐の様相を呈する。ただでさえ荒れに荒れた雑木林が、雷によって砕かれ、風によってすっ飛んでいく。
「どうして……どうしてわたしたちの邪魔をするの? わたしたちはただ、人間も魔獣も関係なく暮らしていたいだけなのに!」
「はん! 第四次天空大戦を引き起こそうとしてる奴の言い分とは思えないな!」
「必要なことよ。戦争が終わって五十年も経つのに、イングリッドさんや朝陽さんみたいな人がいなくならない世界の、どこが平和だっていうの⁉」
「……お前たちの話は聞いた。気の毒だと思うし、わたしたち暁人が暢気に平和を語るのが許せないのもわかる。そう思ってない奴は、魔女一派には誰もいない」
「ならもうわたしたちに構わな──」
「だけどな! 平和に暮らしてる人たちの日常を、奪っていい理由にはならないだろ⁉」
「嘘で塗り固めたの平和に……なんの価値があるっていうのよ⁉ こんな不公平ぜったいに許せない! だからこそ──」
「だからこそ世界の歪みとやらもろとも正してやろうって、お前の代表は考えてるんだろうけどな……それ、誰かがやってくれって頼んだのかよ⁉ なんの意味があるんだよ?」
「生意気な子供が! 何も知らないクセに!」
「ああ何も知らねーよ‼ お前らの気持ちなんていちいち! わたしにはわたしのやりたいことがある。だからこうやって我を通してるんだろうが! お前たちと同じように!」
埒の開かない水掛け論に、いい加減イライラしてきた。口で言ってわかり合えないから腕っぷしで語り合っているので無理もないが、だとしても腹立つもんは腹立つ。
「こっちは人間と魔獣が力を合わせて戦ってんだ! 自己満足の個人技に負ける道理はないんだよ!」
「あなたにはわからない! 魔獣と一緒に歩める能力のあなたに、命を奪わなきゃ一緒に戦えもしないわたしの気持ちが!」
「わっかんねーよ‼ 魔獣と乳繰り合ってる奴の気持ちなんか!」
「~~っ! こんのぉぉ──」
言葉を選ぶ余裕もなく率直な感想をぶつけると、アマミヤは一瞬で顔を真っ赤にし、わたしを抑え込む力に勢いが増す。行動そのものは蛮族極まりないが、浮かべている表情は乙女そのものだ。口で勝てないからって手をだしてくるとことかとくに!
「う、がぁはっ!」
火事場の馬鹿力という名の照れ隠しに耐えられず、ついに膝をつく。
「……お前言ったな? 戦争が終わって五十年も経つのに、世界はちっとも平和にならないって。わたしもそう思う。こんな争い吹っかける奴がいる時代の、どこが平和だって」
「うる、さい!」
「正しいんだろうさ、お前の言い分の方が。……でも、その五十年かけて作り上げたのが今だろ? だったらこれから……これからも作っていけばいいじゃないか。わたしたちが!」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れぇぇ!」
「それをこんなところで、お前たちにむざむざ壊させたりするものかよ! ──とか、カッコいいキレイごと並べてやる気になってんだよ──あいつはっ!」
大口を叩いてから睨み合いを切り上げ、蒼穹が支配する空を見上げる。
「──⁉」
アマミヤもわたしにつられて上空に視線を移し、息を飲む。
「アカリィィィィーーッ!」
真夏の大空を背景にして、魔女こと四ヶ郷棗が歴戦の相棒を手に、ギラついた瞳を湛え荒々しく突っ込んできた。
†
ドォォオオン!
アカリとアマミヤの戦いに突撃で割って入り、大地を陥没させる。
「クソ、外した」
つい叫んでしまったのがいけなかったのか、アマミヤにも察知され避けられてしまった。
「遅い!」
「ゴメンゴメン。動きながら戦ってたから狙いがつけづらくてさ」
助けにきて早々ドヤされる。何はともあれ無事なようでよかった。
「てかなんだ今の突撃! わたしごとやる気だっただろ⁉」
「いやいや、んなわけないでしょ? ちゃんとうまいことするつもりだったっての」
「どうだか。これだから魔女は信用できない」
いつにも増して反応が冷たい。せっかく今朝ぶりの再会だというのに、反抗期か?
「魔女……真夜ちゃんの、仇!」
と、静かな怒りを向けてくるアマミヤ。
「ちょっと違うな。あたしは、あたしを敵だと思ってる魔法少女全員の仇だ!」
挑発を兼ねてあえて軽薄に返す。背後からか細く確かになと聞こえた気がしたが、忙しいし聞き流してやる方向で。
「……あ、姉ちゃん簪だ! あいつの簪を破壊しろ!」
「え、簪? ……ああ、言われてみればそんな感じすんね」
つまりあの簪がアマミヤの魔兵装で、あいつの見てくれがだいぶエベルハルターっぽいのは討ち取った魔獣の能力を得てるって感じで、あれを壊せば変身を解除できるって感じか。確かエベルハルターは風を操るとか言ってたし、詩乃の風呪文的なのがくる感じか。
「よし、大体わかった。じゃあ、あたしがあいつの相手すっから、あんたはそこで寝てる馬っころ叩き起こしといて」
「わかった、頼む」
「あと、どうしても加勢したいってんなら急いでね。どうせすぐ終わっちゃうだろうから」
「ほざいてろ魔女が。……武運長久を」
「あいよ。武運長久をってね!」
潰れかかったキャンデロロへ駆けるアカリ入れ替わって、アマミヤに向かい立つ。
「さてさてお待たせ。じゃあ、いっちょやろうか!」
「あなたは──わたしがぁ!」
アマミヤがわなわなと震わせていた腕を振り上げ、風が一吹きしたと思うと、大地に爪跡が走った。
「ひぇ、危な──いっ!」
考えるより先に身体が動き、次々と襲い来る風の刃を避けまくる。
「くらえ……くらえ! くらえぇ!」
癇癪起こしのような金切り声とは対照的に、アマミヤの技は冴えまくっている。攻撃の展開は次第に速くなり、余分に発生する風も減っていき、時が経つにつれ精度も威力も洗練されていく。どうやら本格的に、あの子の燃え上がる心に油を注いでしまったらしい。
「詩乃より速い!」
当たり前のだけど、操る風の質と扱う量、どちらにおいても詩乃の風呪文とは一線を画す。あれはあれで基礎魔力の高さと的確な機転が恐いのだけど、やはりその道一筋の熟練が、広く浅くを使い分ける手合いに劣るわけもないか。
「一度でも体勢を崩したら細切れにされる流れだなコレ……っ!」
真空の斬撃が疾風を引き連れて殺到してくる刹那を見極め、最適解を選び躱し続ける。言葉にするのは簡単でも、実行するのは至難どころの話ではない。
「……あはは」
だからこそ身体の芯から奮い立ち、あたしという存在を隅から隅まで掻き立てる。ここまであったいろいろのおかげで、すっかりしょぼくれていた感覚が蘇っていくのを感じる。
爆発、戦う魔獣たち、爆発、ジジイの幻、そしてやっぱり爆発。
撃ち墜とされ、撃ち抜かれ、踏み潰され、弾き飛ばされ、切り刻まれ、焼き尽くされ、敵味方区別なく傷付く魔獣たち。降りかかる現実から必死に踏み止まり、精一杯生きようと足掻いている。名前の知っている魔獣も、知らない魔獣も、みんな。
本当の戦争に、本当の戦いに、本当の死が、ここにある。
そして、ただの一般人が抱えるには余りにも重い荷物を背負い、あたしたちに相対する『砂漠の薔薇』の魔法少女たち。
十七年という人生の中で、こんなにも密度の濃い一日が一度でもあったろうか? いや絶対ない。……てかまだ終わってすらないし今日。
これほどまでの体験と経験をすれば、二度と魔の付く事柄には関わりたくないと叫んでもいいはずなのに、心と身体はなお生と死がギリギリをかすめる一瞬を求めている。ここまできてしまうと、つくづく四ヶ郷棗という存在のぶっ飛び具合を痛感してしまう。どんだけ根深いんだよあたしの奥に潜む狂気とやらは!
「当たらない、どうして?」
怒りを帯びつつも冷静さの欠かさなかったアマミヤの顔に、焦燥の気が差し始める。決して油断していない。決して慢心していない。なのになぜ届かない? という表情がありありと浮かんでいる。
理由は単純明快。あたしがさっきまで、斬られるまで見えない攻撃をバシバシ繰りだす化け物とやり合っていたからだ。あれに比べれば、例えどれだけ速さを得た疾風であっても、兆候がある以上捌きようはいくらでもある。
「何をちんたらやってる。どうしてもっていうなら助太刀してやるぞ?」
《待たせたな!》
と、キャンデロロに騎乗したアカリが戦線に復帰してきた。わざとらしい意趣返しが鼻につくけど、今はその軽口さえ頼もしい。
「よし、囲め!」
《「応!」》
威勢のいい返事とともに、両者から遜色違わぬ黒雷が放たれ、アマミヤの動きを牽制する。
数で押すのもアレかなと思ったけど、ここで情けをかけて戦い全体を長引かせるのもよくない。正々堂々など二の次三の次、ここで一気に終わらせる!
──と気負ってはみたものの、ここですんなりいかせてくれないのが、魔法少女が魔法少女たる所以なのだった。
「はあ……はあ、なんだこいつ?」
死角を狙っての回り込みも、あえて間を外した時間差も、肝心なところで疾風が発生し、すべて等しくいなされてしまう。こちらの誰かが接近すると、自動で迎撃が働く仕掛けらしい。
『なあコレ! もしかしなくても魔力だよな⁉』
《ああそうだぜ! エベルハルターの十八番、魔力旋風だ! 風そのものが魔力の塊だから、軽く吹かれただけでいろいろ持っていかれるぜ!》
忠告半分自慢半分に、キャンデロロは元部下の戦技を説明してくれる。
魔力が有限である魔獣が繰りだす技を、魔力を無限に引き出せる魔法少女が行使する。まったくもってぞっとしない。ホント、煽っても煽っても冷静に怒る奴ばっかで嫌になるぜ。
《にしても……魔女さんがいても攻め切れねーのか》
『死に際のクセによく吠えやがる。忌々しい!』
『毒づいてる余裕あるならなんか考えてっての!』
みんなして念話を用い、回避を繰り返しながらの作戦会議としゃれ込む。
《だったら魔女さん! 小管たちが囮になって奴の両爪を使わせる! だから──》『お前がその隙にアマミヤを──』
『却下!』
一人と一柱が進言する捨て身の作戦を、間髪入れずに切り捨てる。
《いやいや魔女さん、考えろって言っておいてそりゃひでーな》
『その作戦だと、アカリはともかくあんたは討伐される。だから、それだけはダメだ』
魔法少女であるアカリはアマミと刺し違えても討伐はされない。しかし魔獣であるキャンデロロはその限りではない。
無論逆もまた然りなので、アカリの魔力循環でキャンデロロを極限まで強化してかかればいけなくもなさそうではある。しかし、どうにも決め手に欠ける感が否めない。何よりその程度の策を、向こうさんが予期していないわけがない。アマミヤに限らず、魔法少女を討伐するには、そいつ想定を上回る何かを添えなければならない。
《小管の身を案じてくれるのはありがたい。──が、気遣いは無用だ!》
闘争に身を置く獣の性か、漆黒の一角獣はなおも食い下がる。
《ここに来るまで大勢死んだ! 小管だってあいつらと一緒だ。今更惜しむ命じゃ──》
『これ以上誰も死なせないっつってんだろ⁉ 少なくともあたしの眼で見える範囲では絶対に! 口答えすんな馬もどき!』
《う、馬もどきってよう──》
『まあ待て、ロロ。……大口叩くからには対案ぐらいあるんだろうな?』
絶句する馬もどきに代わり、アカリが凄みを効かせてくる。
『当然! よく聞きな。まずアカリ──』
†
「ふぅ……ふぅ、はぁぁっ!」
展開させた風が死角からの攻撃を知らせ、同時に防ぐ。そうして生まれたわずかな綻びに重ねて風を送り、向かってくる魔女たちの体勢を崩す。これをひたすら繰り返す。
魔力旋風。魔力で風を操るだけじゃなく、空間に魔力そのものを滞留させ、魔力の風を作りだす。まとえば防壁、吹き荒べばすべてを塵芥に変える、まさしく必殺の技。
「はっ……はっ……むぐぅ──」
強力無比な大技の代償として、かつてない勢いで魔力が消費され、身体中を駆け巡る不快感が絶えない。自力で魔力を生み出せるわたしでさえこれなのだから、ハルのような魔力蓄積量が多い高位の魔獣でなければ、あっという間に干からびてしまうだろう。それ故に、この力はエベルハルターのみが使用の許される唯一無二の絶技なのだ。
ハルの喉元を掻き斬って力を吸収した時、これまでそうしてきた魔獣など比べものにならない量の経験と知識が流れ込んできた。今のあたしは、身も心もハルと一つになっている。
「うぅぇ……ええぇぇいっ!」
倒れそうになる身体を死ぬ気で動かし風を読み、魔女たちを追い詰めていく。
どれだけ頑張っても、わたしが魔女を討伐できないのはわかってる。だとしても最後の瞬間まで諦めず、わたしたち『砂漠の薔薇』の意地と誇りを見せつけてやるんだ。
「こんのぉぉ!」「いい加減に!」
わたしを囲んでいる魔女四ヶ郷棗と、魔法少女アカリの眉間に寄ったシワが、時間が経つにつれて深くなっている。攻めきれない苛立ちと、無駄を繰り返す疲れが出始めているんだと思う。辛いのは向こうだって同じ、ちゃんと対等な勝負になっている証拠だ。
「まだ……まだわたしは、戦える!」
ハルの想いだけじゃない。真夜ちゃんや、散って逝った大勢の魔獣たち想いが、わたしの背中を押し、支えてくれている。みんなの命に意味を持たせてあげられるかどうかが、わたしにかかっている。疲れてなんかいられない! 例え刺し違えてでもここを守る!
「そこ……っ! くらええぇぇ!」
ビュュオオォォンッ!
「ぬぅぅううああぁぁ⁉」「おい⁉ バカが、ぐはぁぁ!」《ぐぬぅあ!》
拳にのせた大気の塊が、これ以上ないタイミングで魔女を捉えた。魔女は後ろへ吹っ飛び、さらにその後ろにいた魔法少女アカリと跨っている馬に直撃。二人と一頭はもんどりを打ちながら木の葉のように地面を転げ飛んでいく。
「やった……やっ──ぁぁ」
ようやく手にした眼に見える戦果に、緊張の糸が切れかけ、片膝をついてしまう。
「まだ、ダメ……」
足りない、まだ。このままだとすぐ起き上がってしまう。せめてあと一発撃ち飛ばして、島から追い出さないと……!
ズゥゥーーンッ!
顔を上げた瞬間、黒い稲妻が爆音を轟かせながら空へと昇り、蒼穹に亀裂を撒き散らす。
「……魔女!」
太陽を背後にして現れたのは、漆黒の紫電をまとわせた魔女の姿だった。
†
「はは……すごい何これ⁉ マジすごい」
語彙力が完全に抜け落ちてしまった浅く軽い感想が、小一時間ぶりの空にて溢れだす。
「いい加減、墜ちてよぉぉ!」
アマミヤより放たれた真空の斬撃が、幾条も折り重なって襲いかかる。
「くひぃ!」
この危機的状況を前にしてもなお、戦場に身を置いていたいという衝動と、それを実行し得られる快感が、頭の天辺から爪先に至るまでを余すことなく暴れ回る。
「そーらいくぞぉ‼」
大声張ってこの想いを発散し、突撃を発動。全身からさらにパチパチと黒雷が弾け、かつてない速度で景色が動く。
稲妻のような鋭角な空戦起動が、稲妻のように高速で繰りだされていく。全身に帯びた漆黒の雷を、どう扱えばいいのかがわかる。理屈を組み立ててから肉体を動かすのではなく、頭と身体が何をどうすればどうなるのかをすでに把握している。
「うう、ぐぅぅ──」
矛先を変える度、慣性に引っ張られ手も身体も千切れそうになるが、無論そうはならない。この程度であたしの身体は音を上げたりしないと、あたし自身が知っているから。
「これが、魔力循環の力!」
アマミヤに吹き飛ばされた時、ついでに背中へ突き刺さしてもらったアカリの『疑心暗忌』。それが患部から魔力の線を伸ばし、アカリとキャンデロロにつながっている。自分以外からのあらゆる感覚が流れ込むとか、なんとも不思議な体験だ。
「風が吹きまくるってんなら……上から押し潰す!」
キャンデロロの黒雷とアカリの魔力循環を宿した渾身の突撃が、魔力の風を前面に押し出したアマミヤと逆落としの構図で激突する。
「ぐぎぎぃ! どうだコラァ!」
「負け、ない! あなたと戦ってるのは、わたしだけじゃないんだからぁぁ!」
アマミヤの啖呵を起点に、風がさらに勢いが増し、こちらがジリジリと押される。
「んなもん……あたしだって同じだよぉぉ! うおおぉぉおお!」
あっちが叫ぶならこっちも叫ぶ。ここまできて負けてたまるかっての!
余計なもの一切を削ぎ落し、研ぎ澄まし、洗い落とされた意地と意地がぶつかり合う。魔力・風・雷、使う道具に差はあれど、最後の最後でものをいうのは使い手の心意気だ。
──キィィ、ィィ!
そんなあたしの意志が通じたわけではないだろうが、これまで何者も通さなかった大気の膜に、『兵香槍攘』がゆっくり、ゆっくりと這入り込み始めた。
「嘘──どうして⁉」
「言っただろ! みんなで戦ってるのは、あたしも同じだって!」
この言葉は精神的な意味だけじゃなく、技術的にも当てはまる。
なんたってあたしから送られてくるアマミヤの魔力波長をアカリが解析し、こちらが有利な波長に書き換えているのだから。魔力循環を一手に引き受け、相手の魔力にも適応させてくるとは。常にあたしが望む一段上を行くアカリの対応力、すごすぎる! こんなのされたらますます甘えたくなるってもんだよ。あたしの堕落は止まらない!
「いけるぞアカリ! これなら!」
うまくハマった作戦によってもたらされた確かな手応えに、あたしは後ろでほくそ笑んでいるであろう魔法少女の名を叫んだ。
──ほんの十数秒前のやり取りだ。
『アカリ、あんたの『疑心暗忌』、あたしにも刺して!』
『っ……なんだと?』
あたしの提案を聞くアカリが、念話越しにも息を飲む気配が伝わる。
『そっちの脇差、もう一段階分離できるんでしょ?』
『な、なんでわかる?』
『闘剣が分離できたとして、限界が三本なんてわけないじゃん。こっちはさっきまで四刀流と戦ってたんだっての。両手両足分で四本が普通でしょうが』
『……いや、その理屈はおかしい。……いや、すでに理屈ですらないが』
『あんたさっきいいこと言ってたじゃん。「こっちは人間と魔獣が力を合わせて戦ってんだ!」って。アレ、結構嬉しかったよ』
『こんの耳年増が!』
『んでせっかくなら、魔女も混ぜた方がいいんじゃない大義名分的にもって話さ』
《おいおい、魔力の又貸しとは感心しないな~。小管にも一言入れろよなあ?》
文句を垂れつつも、キャンデロロは喉の奥をくつくつ慣らし、愉快そうにあたしの作戦に乗る気満々なご様子。
『簡単に言うなお前ら! 絵の具じゃないんだぞ⁉ 大体、誰がそれを調律すると思ってる⁉ 人の苦労も知らないで勝手ばかり抜かすな!』
即座に異を唱え激昂するアカリの言い分も、わからなくはない。
お互いを注視していればどうにかなっていたところに、あたしの魔力まで混ざってくるとなれば、魔力循環の難易度が跳ねあがるのは容易に想像できる。アマミヤの動きにも気を配らないといけないし、調律を担当する者には相応の負担がかかるだろう。
『茶化すような言い方したのは、ゴメン。でも、あんたならできるって信じてる』
ことここに至って、感情的な言葉でしか伝えられないのが我ながらもどかしい。でも、絶対にできるはずなんだ、この子になら。
群雄割拠していた魔法少女たちをまとめ上げ、今日は魔獣たちを指揮して、あたしたちをここまで導いてくれた、屋代灯子こと魔法少女アカリ。
魔の付く業界の酸いも甘いも噛み分けてきたこの子に、この程度の役目、果たせないわけはない。……酸いも甘いも噛み分けさせてきたのは主にあたしだけど。
『だからお願い、アカリ!』
『……もとはと言えば全部お前が──』
『そもそも! こんな便利な能力黙ってたなんてさ、あんたも隅に置けない子よね~』
などとツッコまれようものなら、せっかくのいい流れが台無しになりかねないので、ここぞとばかりに押していく。喋らせてはダメだ。
《切り札はここぞという局面で切るから切り札ってこったな。小管も、姫さんを信じるぜ》
察してくれたキャンデロロも援護に回ってくれる。確かに、良くも悪くも『知らない』って情報ほど怖いもんはないからな。この教訓にどれだけ窮地を救われ、はたまた陥ったか。
『つーわけでアカリ、作戦は賛成多数で可決されたから、いい感じでよろしく!』
《頼んだぜ! 失敗したって姫さんだけのせいになんてしねーからよ。気楽に征こうぜ》
『そういう問題じゃ──わたしはお前たちの命を軽々しく、なんて──大体いつも……お前らは──ああ、クソが‼ なんなんだいつもいつもお前らはぁ!』
吐き出したい諸々が追い付かず、念話でも口汚く喚くアカリ。この子を丸め込めるとどうかで世界の命運も決まるので、この際そしりはいくらでも受けようじゃないの。
『…………ああわかった、どうにかしてやる。そのかわりあの犬耳絶対討ち取れよ⁉』
急に黙りこくった末、アカリは首を縦に振った。察するに、ブチキレてる反対の頭では冷静に思考し、『できる』という見通しが立ってしまったのだろう。さすが我らがアカリさん。
「本当に、仲間に恵まれてんね。あんたも、あたしも!」
長ったらしい回想が刹那ばかし脳裏をよぎる中、大気の膜をゆっくりと浸食していた『兵香槍攘』が、ついに最後の障害を突き破る。
「もらったぁ!」
「ひぃ──く! まだ、まだ!」
ザシュ!
このまま討伐と思いきや、アマミヤは自ら両掌に『兵香槍攘』を突き刺し、三位一体の突撃を受け止めた。傷口より流れ出した血が、雷撃と突風に挟まれて瞬時に霧散する。
「あはは、いい根性してんじゃん! やっぱ魔法少女はこうでなくっちゃね!」
この期に及んで往生際の悪いアマミヤの抵抗に、あたしなりに最高の賛辞を贈る。
普段大人しい奴も、普段からやかましい奴も、命の危機には必ず泥臭く足掻く。だからそこどれだけ場数を重ねようと討伐は一期一会であり、得られる狂気も格別なのだ。
「──『快刀乱魔』」
アマミヤの気概に敬意を以って応えるため、戦場の騒音に掻き消されてしまうほど静かに、その銘を呼ぶ。『兵香槍攘』とともに幾度となくあたしを助け、道を切り拓き支えてくれたもう一振りの相棒が、今回だけは炎ではなく雷を伴って現れ、右手に収まる。
「んあぅ⁉ ぐぅ! ああ!」
己の失態に気が付いたアマミヤが慌てて身じろぐも、すべてはあとの祭りだ。
「ホタルアマミヤ、あんたは強い! でもあたしは負けない! 大切な毎日と、守りたい人たちが、あの町にいるから! おおぉぉおおぉぉ──」
もはや遮るもののなくなった『快刀乱魔』は一直線に、そのまんまの意味で両手が塞がったアマミヤの胸元へ、粛々と突き刺さっていった。
†
「よし! 討伐したぞ!」《うおっしゃゃあ! さすが魔女さんだぜ!》
ドオオォォン!
わたしたちの歓喜も束の間、魔女とアマミヤが衝突している地面が爆発した。
アマミヤの討伐により魔力旋風が消失し、ぶつかり合っていた魔力の均衡が崩れ、魔女は突撃の力を弱める暇もなく地面に激突。地盤ごと砕いてアマミヤともども落下してしまった。
「おい! 大丈夫か⁉ 返事しろ!」
《姫さん危ねーって! ちゃんとどっか掴めって!》
できたてホヤホヤの穴に頭を突っ込んで、今まさに消えていった者の安否を叫ぶ。煙も収まりきっておらず、下の様子は窺い知れない。
「にしたって、なんでこんなところに空洞が──そうか!」
《お、おい。大丈夫かよ姫さん?》
制止するキャンデロロを後ろに独り言ち、二人が落ちていった奈落へ身を投じる。落下の感覚は長くは続かず、コトン、という上品な靴音が地面を鳴らし、底に降り立つ。
「やっぱり……ここが報告にあった大回廊か」
わたしが降り立ったのは、白く輝く大理石の通路だった。深戦隊の報告で座標は開示されていたが、戦闘と魔力循環の調律に忙殺されてしまい、現在位置を確認する余裕がなかった。
しゃがんで足元の砂埃を払ってみると、疲れを浮かべたわたしの顔があった。
「すごいな」
写った顔は置いとくとして、よく磨かれ手入れされている。それが横幅10メートル以上、奥行き約200メートルまで続いているのだから、どれだけの財を以って作られたのか想像もできない。左右に屹立する断崖には同質の大理石に落ち着きのある装飾が施され、圧迫感はない。歴史の教科書に載っていた、メルーピアルにある大聖堂のようだ。というか、おそらくそこを参考に建設されたのだろう。
本来であれば光も控え目で神聖さ極まる空間なのだろうが、現在は魔女が穿った大穴から正午の陽が差し、せっかくの雰囲気が物理的にもぶち壊されている。
「おーい、アカリ! あんたのおかげで助かったよ! あんがと姫さん」
まさしく大回廊と称してはばかりない空間のど真ん中にて、腰に手を当て仁王立ちしているのが一人。見間違うべくもなく魔女だ。
「お前がそのあだ名で呼ぶな。まったく、余計なものまでぶっ壊して……」
「いや~、前来た時よりずいぶん陽当たりよくなったね~」
こちらの小言など気にも留めない暢気な魔女。そういやこいつは二度目だったな
「……う」
魔女の傍らから覗き込んでみると、案の定討伐一歩手前のアマミヤが横たわっていた。
胸には魔女の闘剣が深々と突き刺さり、両掌は頭の上でこれまた魔女の槍によって縫い付けられている。ぶら下ってこそいないものの、完全に時代劇で磔にされた町民である。こいつのエグい討伐は敵側味方側問わず見せられてきたが、これは指折りだな。
「そんじゃまあ、感想戦といきましょうか? ホタルアマミヤさん」
常ならば眼すら逸らしたくなる惨状のアマミヤを見下ろし、魔女は試合終了後に健闘を称え合うスポーツ選手然とした爽やかな笑顔を浮かべている。なんだこの温度差?
「その前に槍ぐらい抜いてやれよ? どうせ起き上がる力も残ってない」
「だね。──ほい」
魔女はテキパキとした動きで槍を引き抜き、アマミヤはわずかに顔をしかめる。
「手慣れてるな」
「これで何人目だと思ってんのさ? 場数が違うっての」
「……そうか」
こちらの皮肉に、魔女は飄々と返してくる。──ように見えるが、わずかに声色が固い。場数を踏めば慣れるものでもないだろうに、本当にバカな奴だ。
「ここ……は?」
「お、起きた起きた」
アマミヤの顔の近くでしゃがみ、魔女が顔を覗き込む。
「負けちゃった、んですね? わたしは」
「そう、あたしたちの勝ち。ずいぶんと手こずらせてくれちゃったね」
狂気とやらはどこへやら、全部終わった途端気さくになる魔女。何度かかまされたわたしとしても、釈然としない瞬間である。
《うわ、めちゃくちゃじゃねーか。ずいぶんと派手にやりやがったな》
「おお、キャンデロロ。あんたもあんがと! よく降りれたね?」
《降りれるっつんだよこんくらいの高さ。あんまバカにすんなよな》
魔女の軽口に拗ねる一角獣。こいつって意外と誰かの言葉間に受ける性格だよな。
「そこのお馬さん、キャンデロロさん、ですよね? ハルの、上官さん……の」
《馬じゃなくて一角獣な? あんたの国の言葉ならユニコーンな?》
自身にとって譲れない部分を主張し、アマミヤに歩み寄るキャンデロロ。大理石の床をパカパカ歩く姿は、角さえなければ確かにお馬さんだ。
「ハルを……こんな風にして、ごめんなさい」
《ああ、その話か。どうせ老い先短かったんだろ?》
「はい。エベルハルターは大怪我を負っていて、普通に生活はできてましたけど、戦うまでは無理でした」
《前線にでて来なかったのはそういうわけか。好き勝手暴れられなくて、辛かったろうな》
「ごめん、なさい」
《だから謝んじゃねーよ。あんたがベルの想いを背負って戦ったんだろ? やり合っててそれは十分伝わった。もっと胸張って──》
「違うんです……っ! あの傷は元々、わたしと戦ってついた傷なんです。だから……わたしが全部悪いんです。ごめんなさい」
《……さっさは頭に血が昇っちまったがよ、あいつがあんたに命を捧げたってのは、つまりそういうアレだし……気にすんな。小管は絶対に許しゃしねーけど、気にすんな》
投げやりになりながらも、キャンデロロは恨み言や、罵詈雑言の一切を飲み込んだ。
「あんたはエベルハルターを、愛してたんだよね?」
「はい、愛してます。いや……愛して、ました」
魔女の問いに、アマミヤは名残惜しそうに言い直し、心の中に宿る気持ちを過去にする。
「世界とか戦争とか、ホントはどうでもよかった。ただ、ハルと一緒にいられれば、それだけで……わたしは幸せだった」
「うん」
茶化しも笑いもせず、魔女は優しく相づちを打つ。
戦っていた時とはずいぶん言い分が違うなと感じつつも、アマミヤの言葉には不思議としっくりくるものがあった。
魔法少女と魔獣が手を組み、この世界の歪んだあり方を正す。
その主張も嘘ではなかったのだろうが、大仰なお題目さえ本音を隠す建前にすぎなかったというわけか。それらもほろほろ剥がれ落ち、今わの際ののろけ話に付き合わされていると。
「でもハルは、わたしたちのためじゃなくて、未来のわたしたちみたいな人たちのために戦おうって、言いました。ハルは最後まで、明日を見てました」
「うん」
「約束して下さい、四ヶ郷棗さん。わたしたちの代わりに、魔獣と人間が幸せになれる明日を創るって」
「ごめん、約束はできない」
ここはきっぱりと魔女。
「……そう、ですよね。こんなこと言われても、迷惑ですよね」
「う~ん、と……約束はではないけど、あたしなりにみんながうまくやっていける世界になればいいなって思ってるからさ、できる範囲でやってみるって感じじゃ……ダメ?」
無念そうに眼を伏せるアマミヤに、魔女は言い訳がましく付け加える。それが多くの魔法少女が抱き、望む未来を摘み取って回る魔女の、精一杯の歩み寄りなのだろう。
「はい、十分です。よろしくお願い……します」
「あいよ。お願いされましたってね」
気前よくポンと胸を叩き、魔女は消えゆく魔法少女の願いを受け取った。
「……じゃあ、こっちもお願いします」
アマミヤの視線が、胸に刺さる闘剣に向く。
「うん」
迷いも躊躇いもなく、魔女が闘剣に手をかける。
「また会えるといいね、エベルハルターと。──ふ」
アマミヤの返事を待たず、魔女は闘剣を引き抜き、魔法少女の命とも呼べる魔力塊が摘出される。魔力塊は象牙色に輝く、とても美しい魂の煌めきだった。
†
「……ふぅ──」
静寂がやかましい。
矛盾した考えなのは小生とてわかっているのだが、そう形容する他ない。
真夜に続いて、ホタルの応答も途絶えた。先程のように共通回線から大々的に周知されてこそいないが、衆寡敵せず討伐されてしまったと考えるのが妥当であろう。
残る魔法少女は小生と朝陽のみ。その朝陽は戦艦にて未だ赤岩詩乃と戦闘中とのこと。あちらはあちらでよくもまあ持ち堪えるものだ。
艦隊への攻撃や奪取も並行して行われており、全体の稼働率は下がる一方。もはや戦力が拮抗しているなどとは口が裂けても言えない状況にある。
小生の抱く野望に賛同し、参画し、協力してくれた、唯一無二の仲間たち。魔法少女も魔獣も分け隔てなく、各々の特技を持ち寄り、一つの理想を目指して万進していた。
無論キレイごとだけでどうにかなるほど簡単な話ではなく、それぞれが抱く思惑や野望が絡み、政治的なやり取りがあったのも事実ではある。その際も納得いくまで話し合い、時に拳で語り合い、誰も損をしない落としどころを見つけて今日に至った。
その結果が、これだ。
暁系落民の名誉回復と、魔獣の生存権確立を柱に打ち立てた一連の戦いは、大勢の運命を動かし、巻き込み、振り回し、何一つ成せないまま終わろうとしている。
勝とうが負けようが、戦うからには必ず犠牲がでる。運悪くそういった運命を引いてしまった者と、その近しい者たちにとっては、戦いの結末など関係なく敗北なのだ。
だとしても、辛うじてでも勝利を得られれば、先に逝った者たちに顔向けできる。自己満足にも満たない愚かな行為ではあっても、みっともなくとも体裁は整う。
「──ぅぅ!」
……だかもしこのまま敗北し、尊い命を捧げてくれた仲間たちに応えてやることもできなかったら? という意識がよぎった途端、言いようのない恐怖が全身にのしかかってくる。
《──『砂漠の薔薇』代表、木嶌イングリッド殿とお見受けいたしますが、相違ありませんでしょうかん?》
罪の意識などという温い言葉では到底表現しきれない過ちに苛まれていたところ、なんの前触れもなく眼前の床が水面のように揺らめき、傷跡だらけのサメが顔をだす。
「いかにも。貴官は?」
《これは失礼。魔獣深海軍司令、ラズチナと申しますん。此度は魔女一派にて深戦隊を預かっておりますわん》
「であれば貴官の役割は島のマッピングか。……ついにここまで抑えられてしまうか」
代表たる小生の居場所が割れてしまっては、いよいよ敗北へのカウントダウンだな。
《木嶌殿、勝敗は決していますわん。どうか降伏してほしいのですわん》
「……降伏したとして、どうなるというのだ?」
《我々は『砂漠の薔薇』が掲げる志を、すべて否定しているわけではないのですわん。ひとまずは互いに矛を収め、事態を収束されるのが肝要と愚考しますわん》
「……それでは、命を張ってくれた者たちの想いが、すべて無駄になってしまう」
先程まで何度となく繰り返された自問自答が口を付く。
《今木嶌殿が声を上げなければ、『砂漠の薔薇』の魔獣たちは命尽きるまで戦い続けてしまいますん。そのような結末、誰も望んでいないのですわん。……向こうにいる者たちも》
「わかった」
《でしたら念話で──》
「その前に魔女と話をさせてほしい」
《お言葉ですが木嶌殿、悠長にしている間にも──》
「小生に顔をだす前に座標は報告しているのだろう? ならそう時はかかるまい。頼む」
《……かしこまりましたわん。魔女サマにその旨、しかとお伝えしますん》
言いたいことは山ほどあったろうに、ラズチナとやらは堪えて引き下がってくれた。有無を言わさず頭から丸かじりしてきそうな見た目に反して、中身は誇り高き立派な軍属だと、失礼ながらに思ってしまった。
ガァァアアン!
程なくして、鉄製の強固な扉が、まるで襖でも放り投げるかのように軽々と吹っ飛んだ。
「はあ……はあ……やっと見つけた。木嶌──イングリッドォォ!」
砂埃の上がる入り口から鬼の形相をした魔女が現れ、小生を認めるや否や突っ込んでくる。
無理もない反応だ。敵も味方も、大勢の魔獣が命を落とし、傷付いた。魔女一派にとって諸悪の根源たる小生など憎まれて当然。いや、憎むべきなのだ。
《お下がり下サイ、代表! ここは私ガ!》
もはやこれまでかと眼を伏せると、眼の前にちょうどよくモズレーが着地してきた。姿が見えないと思っていたが、天井で気配を殺していたのか。
モズレーは身体を球体にし、スーパーボールの如き直線的軌道で部屋の中を跳び回り、いくつかのフェイント挟んで魔女に肉薄する。
《私とて魔の獣の端クレ! 主のタメ、当にこの身を捨てる覚悟ハ──》
「すっこんでろ文官はぁ!」
ドゴォ! ──ズゥゥーンッ!
「……お、おう」
言葉違わず一蹴され、壁にめり込んでしまう我らのアルマジロ。まさしく秒殺である。
「はああぁぁああ!」
「ぐぬぁぁ⁉」
魔女はそのまま勢い減じぬまま回し蹴りを繰り出し、小生は抗う術なく弾き飛ばされた。
†
「……は? え、終わり⁉」
とくになんの抵抗もなくあたしの蹴りを受け、木嶌が大の字になって倒れ伏す。
「いやいやいくらなんでもあっさりすぎんだろてかもっとがんばれよ⁉」
「……見くびってもらっては困る。こう見えて小生は、頭脳労働専門だ」
「威張ることじゃなくない?」
「あ~……いろいろと語りたいことがあったはずなのだが、なんだかどうでもよくなってしまったな。もう一思いにやるがいい。小生は逃げも隠れもしない」
「あそう? んじゃまあサクッと──」
「待て待て! こいつには洗いざらい説明する責任が山ほどある。ここまできて死に逃げなんてさせてたまるかよ!」
言いながら、『快刀乱魔』を呼びだすあたしと木嶌の間に、瞳に怒りを宿したアカリが割って入る。この子もたくさんの魔獣たちが討ち討たれする場面を見せつけられたはずなので、思うところがあって当然だろう。
「わかってるっての。少しくらいビビらせないと治まりつかなくてさ」
「とか抜かしてちゃっかりやりそうだから油断ならないんだ、お前は! そもそも『砂漠の薔薇』の代表がこんな安いハッタリで縮こまるわけないだろ」
信用されてるのかされてないのか、いまいち伝わってこない文句だな。
「快晴色の魔装衣……貴官が魔法少女アカリか?」
「ああ、そうだ。『砂漠の薔薇』代表、木嶌イングリッド。……ほら」
「……すまないな」
自己紹介を交え、アカリはすっ飛んでしまった木嶌の片眼鏡を差しだす。
「貴官の部隊運用にはずいぶんと手こずらされた。奇襲による上陸を許してしまったのは痛手だったが、真の敗因は上陸以降に下された貴官の差配によるものだと痛感している」
「違う。命を投げ打ってくれたのも、身体を張ってくれたのも、全部あいつらだ。指揮を執ったのは確かにわたしだが、わたしは守られていただけだ」
「嘘も大概にしたらどうだ? 貴様が部隊の先頭に立ち、こちらの大型魔獣を手玉に取ったという報告がいくつも上がっていたぞ? とんだ戦女神だな」
「言ってろ。では、話を聞かせてもらおう。ちなみに直参衆に停戦命令をださせてある。聞き分けのない魔獣もいるだろうが、ひとまず派手な戦闘は終わった」
「たっぷりとはいかずとも、小生の調書を取る時間はあると? 手際がいいな。貴官は魔を冠す冠さないに関係なく聡い子らしい。真夜の一個下とは思えんな」
大抵の人間が『ケンカ腰』と受け取るであろうアカリの尊大な態度に、木嶌は気分を害すどころか感心している。あたしはすっかり慣れっこだからなんとも思わないけど、初見でこれに怒りもしないってなかなかだな。
「木嶌イングリッド。お前、わかってたんじゃないのか?」
相手の称賛には応じずに、アカリは尋ねる。
「……なんの話だ?」
「とぼけるな。お前はバカかもしれないが愚か者じゃない。『砂漠の薔薇』でことを起こした時から、こうなると見越していなかったはずがないんだ!」
しらばっくれる木嶌に対し、アカリは不快感を隠そうともせずに声を張り上げる。
仰々しい大義名分ではなく、心の奥底でこいつが何を想い、何を原動力としてここまでするに至ったのか、あたしたちは知る権利がある。
「うまくいくに越したことはないと、考えてはいた。だがそうだな……こういう結末になるだろうと、どこかで確信してもいたな」
アカリの視線を受けて、木嶌は観念したように苦笑する。
「つまりあんたは……負けるとわかってて戦をしかけたってのかよ⁉」
「これも一つの手段だ──」
あたしの言葉を手で制し、木嶌は続ける。
「レビ=ラルダ国内で虐げられているのは、何も小生たち暁系落民だけではない
「先住民族はもちろん、同じ移民同士でさえ移り住んだ時代や地域でいざこざがある
「最近ではそこに貧困格差も加わり、この国は人々の不満と鬱憤で爆発寸前だ
「小生たち『砂漠の薔薇』が現れ、国を相手取って戦いを仕掛ける
「成功したのなら、各地の反抗勢力は呼応して立ち上がり、各地で暴動を起こすだろう
「そうなれば上々。国を越えて戦果は拡がり、人類総出でこれまで眼を背けてきた矛盾や歪みのツケを支払う運びとなるわけだ
「逆に小生らが敗北して滅びの道を歩むとなれば、奴らは怖気づいて振り上げた拳をみっともなく降ろすしかなくなる
「我々は変わらず踏み付けられる側だが、それはそれで流血を避けることが叶う
「どちらに転んでも、停滞した世界を前に進められるという筋書きだ
すべてを吐き出し終えた木嶌は、ただ虚ろに天井を見つめている。
「──これが、小生の考え方だ。さあ、好きに罵るがいい」
「ふ、ふざけるな! その言い方じゃ……まるで失敗する方が本命みたいじゃないか⁉」
「ああ、だったのかもしれないな」
「あんたは──お前はぁ!」
「うぐぅ⁉」
倒れている木嶌に馬乗りになり、胸倉掴んで上半身だけ引き起こす。お互いの視線がぶつかる。なおも他人事のように自身の胸の内を語る姿に、いい加減頭にきた。
「瀬川は最後まで、あんたたちをいい奴らだって言った! アマミヤは最後まで、魔獣と魔法少女の未来を信じてた! それを、お前は──」
「みんなにはすべて説明してある。魔獣側とて承知している」
「その魔獣がたくさん死んでるんだぞ⁉ お前の──あたしたち人間の都合で!」
「だが魔獣内の意思は統一される。魔女一派が『砂漠の薔薇』を降した今ならば、貴様たちの方針を主軸に再統合できる。ぶつかり合わなければ成し得なかった結末だ」
ケンと仁も言っていた。意志の硬い者に何を言って聞かせても無駄だと。こうなったからにはどちらかが屈するしかないと。
「魔獣と人間が抱える、決して避けては通れなかった畦道を、小生は最小限の被害と犠牲で済ませたのだ。褒め称えられるなどとは微塵も思っていないが、糾弾されるいわれもない!」
「それが本音かよ⁉ この前のご立派なお題目はどうしたよ⁉」
「何度も言わせるな! 小生は人間だ! 双方の事情を考慮した上で、人間側を優先して何が悪い⁉ 小生にとって人間の命は魔獣の命より重い! ただ、優先順位を遵守したまでだ!」
「だったら悲しそうな顔すんなよ! 泣くなよ! もっと悪い顔してろよ!」
木嶌はハっと、自身の涙が伝った頬に手を当てる。言ってることがめちゃくちゃなら、浮かべている表情もめちゃくちゃだ。
この世界を救うために魔獣の命という、何を以ってしても取り返しのつかない代償を払った木嶌イングリッド。やり方はとんでもなく乱暴で不器用だけど、こいつは本当に、こいつなりの信念と覚悟で思い描いた目標へ進んでいる。それがわかってしまう。
「あんたは討伐しない。してやるもんか。あんたは、魔獣が、魔法少女が、この世界がどうなるかを、最後まで見届けるんだ。死に逃げなんかさせてたまるかよ!」
数多の事柄を巻き添えに、心身ともに燃え尽きてしまった魔法少女に対して、あたしは八つ当たり紛いに言い放つしかできなかった。
†
「ち! ここも空っぽかよ……」
戦艦中央部にある食堂の厨房にて、食う物はねーかとひたすら物色する。
本来なら兵隊さんたちが窮屈そうにしながらも、艦内生活唯一の楽しみと言っても過言ではない食事の時間を迎えていたのだろう。もしかしたら、肩がぶつかったとかどうでもいいきっかけからケンカ騒ぎ。なんて場面もあったかもしれない。
勝手な想像に思いを馳せるこの場所も、人の影などもちろんなく、ところどころ破損し閑散としている。なんせ追い出したのは私たちだからな。
「はあ。……まあ、食いもんは改装の時に降ろしちまったしな~。わかってんだけどよ~」
でもなんかあるだろ! なあ⁉ と、根拠のない根拠で己を励まし、まだ閉じたままの戸棚を片っ端から開けていく。
「あ~~……腹減った」
何もないのがわかればわかるほど、腹の虫からの主張が大きくなる。
赤岩との戦闘が始まり、さっき直参衆とかいう奴らが戦場全体に停戦命令をだすまで、ほとんど戦いっ放しだったのだから無理もない。心身ともに限界だ。
「……ベーコンエッグ食いて」
この期に及んで庶民的なものしか思い浮かばない自分を呪いたい。
ベーコンはカリッカリになるまで炙って……卵は黄身が固くなるまでしっかり焼いて……胡椒を降ってからケチャップとマスタードをたっぷりで……焼き立てのパンにはさむ。……いや待て! 炊き立てのご飯があるなら……丼に乗せて醤油を垂らしてもいいな!
「ああ~……ああ、クソ!」
いろんな物質が欠乏してパニックになりそうだ──というかすでにパニクっている。
「頼む、なんかあれ! ──ん?」
ダメもとで最後の冷蔵庫を開けてみると、瓶のコーラ数本ばかり隅の方に残っていた。
「うお~やったぜ!」
喜び勇んで掴み取り、天井の明りにかざす。お馴染みの黒々とした液体に、瓶もろともキンキンの冷たさが直に伝わり、戦場で熱くなった手を冷やしてくれる。
「よかった~……マジでよかった」
ベーコンエッグとまではいかずとも、心持はだいぶ楽になった。少なくとも発作は納まったしな。
そこからさらに運よく発見できたビスケット缶を持って、のんびりと来た道を引き返し甲板へ上がる。
「……おお、やっと来たか! 腹減って死にそうだよ」
両手に抱えた戦利品をドカ食いしたい誘惑に抗いつつ戻ると、私と激闘を繰り拡げた裏切りの魔法少女が、こちらの苦悩などお構いなしに言ってくる。隙も隙だらけに両足を投げだし壁に寄りかかる姿は、私同様すっかり燃え尽きており、腕一本動かすのも億劫そうだ。
「人使いの荒い裏切者が」
「お前のが後輩なんだからいいだろ? そもそも私は船の中なんてわからんし」
赤岩は悪びれもせずツラツラと言い訳をのたまう。疲労困憊はお互い様のはずなのに、ただ一個下というだけで私を顎で使っているのだから、こいつもなかなか業が深い。もっとも、これぐらい図太くないと魔法少女も裏切者もやっていられないのだろうが。
「まあ、立ち話もアレだし座れよ」
「言われなくても座る。いちいち命令するな」
ブレることなく偉そうな赤岩に促され、少しだけ距離を置いて腰を降ろす。戦いを止めたとしても私たちは依然として敵同士。慣れ合うには早すぎる。
「まったく、なんでこんなことになっちまってんのかね~」
因果を呪った呟きが、だいぶ静まった戦場の空に溶けていく。
私も赤岩も先発型の魔法少女。どれだけ戦ってもお互いに討伐はできない。しかし魔獣相手となれば話は別で、上陸されれば戦線を切り崩される危険が十二分にあった。
だからこそ私が持久戦に持ち込んで足止めし、休憩もなければ昼飯もない拷問のような戦いに身を投じた。そして憎らしくも、こいつは私の予想を裏切ってみせた。
私の魔兵装『信傷必罰』は、持ち主である私が受けた痛みや感覚を、与えた側に跳ね返す特性がある。つまり意識的に能力を使おうとすれば、自らダメージを受ける必要がある。
無論直撃などしようものなら本末転倒もいいところなので、メインで使える能力じゃない。主役はあくまで十文字槍であり、こちらは補助ないし相手に対する牽制で使用するものだ。
とは考えていながらも、向こうは対魔法少女戦における手練れ中の手練れ。獲物をぶつけあう中、やむをえず世話になるシーンが多々あった。
火炎が迫れば皮膚が焼ける感覚を、稲妻が走れば全身に電気が駆けずり回る感覚を、風が吹き荒べば圧空で肉体が潰される感覚を、逐次発動して赤岩に返していた。
どれもこれも一度でもくらえば次の一手を躊躇してしまう威力だというのに、赤岩はまったく怯む気配がなかった。向こうは反射した攻撃に加え、私の技を受けているにもかかわらず、だ。挙句私の方が根負けし、戦艦の中や外をみっともなく逃げ回る羽目になった。
大将が掲げる『私たちの世界と魔獣内の対立を同時に解決する』という目的に賛同したのは本気だし後悔もないが、こうもみっともなく慌ただしくしていると、いい加減いろいろとバカらしくなるというものだ。
「で、収穫はあったのか?」
「ああ、ほら」
待ってるだけの偉そうな奴に急かされ、調達してきたコーラ瓶の片方を投げて寄越す。
「うお⁉ 危ないな。……なんだこれ、醤油? 泡でてるけど、腐ってんのか?」
「はぁ? お前、コーラも知れねーのかよ?」
「コーラ? ……え、これがコーラなのか⁉ 生まれて始めて見た!」
もったいぶらずに教えてやると、赤岩は戦闘時とは異なるベクトルの驚きに両眼を見開き、手に持った瓶を凝視している。
「こんなもん、店でも自販機でも普通に売ってるだろ?」
「私がどこに住んでると思ってんだ⁉ 電車が一時間に一本の片田舎だぞ? 連合の飲み物なんて易々と手に入らねーんだよ!」
「知るかよ。……あ、栓抜き忘れた」
仕方なく戦闘の余波でささくれだった壁に無理くり引っかけて王冠を外す。赤岩も私の動きを見て、手近な突起で真似をする。
「ほれ」
「ん」
キィン。
赤岩が差しだしてくるコーラ瓶にこちらも軽く打ち合わせ、互いにグビっといく。何度となく飲んできた馴染みの味が喉を潤し、炭酸が通り抜けていく感覚が心地いい。
「ぷはぁ~っ! どうだ、うまいだろ?」
「ああ、うまいな。ラムネとはまた違った味だ」
物珍しさと喉の渇きに逆らえず、赤岩はゴクゴクとコーラを煽り、あっという間に一本飲み干してしまう。渇きに関しては私も似たり寄ったりな状況なので、久々に感じる味の享受に歯止めが効かず、すぐに飲み終えてしまった。
「こんなうまいもんがあるとは、レビ=ラルダも捨てたもんじゃないな」
「まあな。国のやり方は気に食わねーが、こいつが飲めるのは数少ないメリットの一つだ」
「……なあ、もう一本くれないか? こんなデカい船に二本だけってことはないだろ?」
早くもレビ=ラルダの文化侵略に屈している赤岩。気持ちはわかるがな。
「確かにまだ残っちゃいるが、ほどほどにしとけ。飲みすぎると骨が溶けるぞ?」
「は? ……はぁぁ⁉ なんだそれどういうことだ私を騙したのか⁉」
と、赤岩は血相変えて胸の辺りを掻きむしりだす。
「ぶぅ──あ、はははははは‼」
笑わずにはいられない。ほんの数分前まで本気でやり合っていた相手が、冗談一つでバカみたいに取り乱しているのだから。こんなの見せられて、笑うなと言う方が酷な話だぜ。
「落ち着け落ち着け。骨が溶けるってのは本当だが、飲みすぎたぐらいじゃなんともねーからよ。むしろ骨よか糖分のがヤベーぞ? なんたって砂糖の塊だからな。くっははは!」
腹がよじれる。ここまで心の底から笑ったのは久しぶりだ。
「な、なんだ……嘘かよ。お、脅すかんじゃねーよ」
口を尖らせて拗ねる赤岩。これが見られただけでも、ここにいる甲斐はあった。
「くはははは! はは……はあ」
笑いも収まり、戦場の光景が眼に写る。
停戦したから戦闘こそしていないものの、生き残っている艦はどれもが傾き、砲弾や魔力弾で穴だらけになり、毒々しい煤煙を巻き上げてところどころ燃えている。
比較的被害の少ない艦が舵の死んだ艦に接舷し、負傷者の収容と救助活動に乗り込むのがここからでも見える。面と向かってやり合ってないだけで、戦い自体はまだ終わっていない。
「なんつーか、とんでもない景色だな」
普通に暮らしていればまず拝めない現実離れした景色を前に、ただただありきたりな感想が零れ落ちる。疲れすぎて言葉の引き出しさえ空っぽだ。
「ああ、映画でも観てるみたいだ」
独り言のつもりだったのだが、隣が律義にも乗っかってくる。
「こんな時にギターの一本でもあれば、気の利いた曲の一つもかけられるんだがなー」
「……は? ギター? お前ギター弾けるのか⁉」
これも独り言のつもりだったのだが、隣が思いもかけず食い付いてくる。
「お、おう……。近所のおっさんが流しやっててよ、怪我でやめるっていうからもらって見よう見真似でな」
「で、何が弾けんだよ? やっぱレビ=ラルダの音楽なのか?」
「それもあるけど……メルーピアルも暁も有名なのは大体知ってるぞ。なんせ民族の掃き溜めみたいな土地だからな。いろんな国や場所のCDやレコードが手に入るんだ」
赤岩はほぉ~と唸りながら、興味深そうにあたしを見つめてくる。
「誰にでも特技はあるもんだな。今度聞かせてくれよ? お前の好きな曲でいいからさ」
「一言余計なんだよ。……ははっ」
「何笑ってんだよ、変な奴だな。……ふふっ」
さっきまで討つか討たれるかって綱渡りをしていた相手と、今度は一転して世話話に興じている状況に、またしても笑いが込み上げてしまう。
「真夜……ホタル」
しばらくそうしていたら、急に二人の顔が浮かび、押し寄せるように過ごした日々が思い起こされる。あいつらとこんな風に笑い合った時間など、ついぞ一度もなかったというのに。
あいつらの記憶の中に、私はもういない。最盛期は四十人近くいた『砂漠の薔薇』も、一人減り二人減り十人減り、今日は真夜とホタルがいなくなり、ついに私と大将の二人だけになってしまった。
『西側で遊ばせてるΔとΓ艦隊を東側に合流させろ。火力を倍にして一気に叩く』
私が大将にあの進言さえしなければ、結果は大きく違っていただろう。下手な色気を出さず流れに身を任せていれば、魔女一派は瓦解していた。百歩譲って巻き返されたとしても、ここまでの惨敗はなかったはずだ。だからこの結末は、私のせいでもある。
結果論で見るならば、あれは我ながら前のめりな提案だったとは思う。それでも、あの時はいけると、いかねばならないと思った。大将なら『貴官の意見具申を採用した小生に全責任がある』とか言いそうなもんだが、私の後悔は消えない。消えるわけがない。
せめてもの救いは、赤岩と一緒にいた大室青江は抜かせてしまったものの、日野渚と中田唯音を艦隊鹵獲に専念させ、『最低でも二人は止める』と切った時大見えを果たせたぐらいか。
奴らも含めて全員でかかれば、間違いなく私を討伐できただろうに、よりにもよって赤岩が私との勝負にこだわってくれたおかげで、私は『三人止める』ことが叶い、辛うじて大嘘つきにならずに済んだ。……敵さん相手におんぶにだっこもいいところではあるが。
「なあ、ソイニネン」
「あ?」
俗にいう自責の念とやらに沈んでいたところで、赤岩が構うものかと声をかけてくる。
「お前、暁に──私たちの町に来る気はないか?」
その提案に数秒ばかり凍り付いた。
「……なんだよそれ? 私も裏切者になれってか?」
「裏切るも何も『砂漠の薔薇』はこれで終わりだろ? そういうんじゃなくてだな──」
歯切れ悪くなりながらも、赤岩は続ける。てかまだ終わってねーし。
「すでに知ってかもしれないが、魔女一派はみんな同じ町に住んでる。実際は私だけ隣町なんだが、世界規模で見れば大した距離じゃない」
「電車が一時間に一本しか来ないのにか?」
「…ちゃんと人の話聞いてるんだな、お前」
「あのな~裏切者。落民が何千、何万人いると思ってんだ? 私一人助けて全部解決するってのかよ? 裏切者の次は英雄気取りの偽善者か? 付き合い切れねーぞ?」
「眼の前に困ってる奴がいるとして、ひとまずそいつからどうにかしてやりたいって考えるのが、そんなにおかしいか?」
「…………」
私の苛立ちを含んだ返事にムッとすることもなく、赤岩は淡々と言葉を紡いでくる。
「そもそもお前たちは、その落民とやら全員を救おうとしてこんな大騒ぎになったんじゃないのか? 英雄気取りっていうなら、むしろお前の方だろ」
「…………」
「お前の言う通り偽善者ではあるかもだが、私は間違いなく英雄じゃない。だから、手近な奴にしか手を貸さないし、貸せない。文句あるか?」
カッコいい言葉を真顔で並べ立て、赤岩は私の領域に土足で踏み込んでくる。こいつが男ならさぞモテたろうな。……いや、きっと気付いてないだけでファンクラブとかあるな絶対。
「……頭にクソが付くような田舎じゃ、どの道余所者扱いされる。まして猿混じりだぞ?」
「世界の歪みを正そうとするような根性があれば、どこでもやってけそうだけどな」
「私の家族はどうなる? 移住するなら家族全員じゃなきゃ嫌だ。親父や母さんの仕事だってある。そう都合よくいくわけ──」
「その辺は仁とケンにうまーい感じでやってもらえばいい。自分たちが町に住むためだけに町民全員の記憶をいじくるような奴らだ。お前の家族くらい楽勝だろうよ」
「な、なら討伐されたらどうする? そしたら……全部おじゃんだ」
「討伐されなければいい。うちには頭のおかしい魔女が三人もいる。むしろ簡単に討たされちゃくれない。私たちは基本援護しかできないから、言うほど前にも出ないしな」
赤岩はビスケットをポリポリつまみ、のらりくらりと私の逃げ道を潰していく。正攻法と見せかけて外堀を埋めてくる狡猾さは、戦ってる時と変わらない。
「少し、考えさせてくれ」
「おう、悩め悩め。お前みたいな性格は先延ばしにした時点で答えが決まってるからな。私にしたら早いか遅いかだけの話だ」
「くぅ──っ」
それをわざわざ口にするところが非常に腹立たしい。
「ったく。……ん?」
戦闘とは無関係なところで負けた気がしながら、夕方に差し掛かった大空を仰いでみると、先程まではなかった漆黒の星が煌めいていた。
†
甲板の手摺に身体を預け、てっぺんを過ぎた日に照らされる戦場を、ぼんやりと眺める。
穴だらけになった船たちのほとんどは傾き、未だところどころから毒々しい黒煙を昇らせている。敵本島でも砲撃や戦闘による火災が随所で発生し、戦闘開始前には一面森色だった表層を虫食いのように汚している。
それでも眼を閉じれば、耳に入ってくる音が風だけに、鼻に入ってくる臭いが海だけになったのだからだいぶマシだ。
転移してきてからこっち、息つく暇もないほどの激戦だっただけに、一転してこれほどまでに周囲が穏やかだと、どこか物足りなささえ感じてしまう。
停戦が言い渡された直後は、最後の瞬間まで戦わんとしていた連中もちらほらいたが、その者たちにも限界が訪れ、ついに抵抗を止めた。
自分たち魔女一派も、相対してきた『砂漠の薔薇』も、ともに疲れ果てていた。
《渚サマ》
「ああ、ザイツィンガーですか」
バサッとたくましい双翼を羽ばたかせ、ザイツィンガーが隣に降り立つ。
《全戦場での戦闘行為停止を確認したであります。敵も味方も、現在は消火活動と救護活動に従事しているであります》
「お疲れ様です。ようやく終わりですね」
《はい。長いようで短く、しかし長い戦いでありましたな》
「ですね」
かつてない徒労感が全身に覆い被さり、つい腰を降ろしたくなってしまう。
負けたつもりは微塵もない。かといって、勝ったと言い張れるだけの結末でもなかった。
公式記録的には自分たちの勝利なのだろうが、実際は痛み分け。魔獣全体で見れば戦力を大きく減じる結果となり、得をした者など誰もいない。
これまで同様魔法少女と戦いつつ、今後はその背後にいる魔人族にも備えなければならないと考えると、手放しで喜べる状況では決してないのだ。
「……いけませんね」
とはいえ、こんな心持で先ばかり考えても仕方がない。今はただ終始五体満足でいられた事実を喜び、戦いの幕引きを見届けよう。そのあとで姉上の作る料理を囲み、みんな一騒ぎでもすれば、きっといい案も浮かんでくる。
「……ん? ザイツィンガー、あれはなんです?」
さっさまではなかった漆黒の星を指差し、隣で羽を休めていた翼竜に尋ねる。一番星にしては早すぎるし、何より色が不気味すぎる。
《……あれは⁉ いけない! 至急退避を──》
ギュイイィィイイン‼
星から放たれた禍々しい漆黒の閃光が、一直線に伸びていく。
ガアアァァドォォン‼
射線上にあった戦艦一号のど真ん中を無慈悲に貫き、さらに先端は敵本島へと向かう。
ドォォオオォォ──‼
戦艦一号に同じく、まるで鶏肉に串でも通すかごとく、閃光は呆気なく貫通し、敵本島下部より出でて海面へ直撃。周囲の海水を一瞬で蒸発させ、太陽と見紛うばかりの光と破壊を巻き起こし、敵本島に届かんばかりの水柱が屹立させる。
「これは、いったい……うあ!」
巻き上げられた海水が爆風に流され、十分に距離を取っていた自分たちにも磯の香りを叩きつけてくる。そのせいで、うまく呼吸ができない。
動力部をやられたらしい戦艦一号がみるみる傾斜し、破孔付近より爆発の花を咲かせる。敵本島は剥きだしになっている下部の岩盤が次々と剥がれ落ちていく。
「ザイツィンガー! あれはなんです⁉」
十数秒前と一字一句違わぬ問いを、呆然としている翼竜に投げかける。
《あれは、高圧縮魔力閃。魔界軍の……大量破壊兵器であります》
「大量、破壊……兵器?」
どこを切り取ったとしても、決して穏やかではない言葉の羅列に唖然となる。
「まずい、まずいですよあれ!」
戦艦も島も、内部にある天空石のもたらす恩恵によって浮遊している。しかし高圧縮魔力閃とやらは、確実に双方の中心を穿っていった。つまりこのままでは──
《この場に参集するすべての存在に通達します!》
眼に写る光景の意味すらわかりかねている状況の中、脳内からケンの念話が響く。
《魔界からの直接攻撃により、この島の天空石は破壊されました。現時点を以ってすべての敵対行為を停止。可及的速やかに第三八六二号島より退避して下さい》
流れ込んでくるケンの口調は、普段通り丁寧で聞き取りやすいものの、これまでにない焦りを含んでいる。
《以降の念話主回線は等周波数に集約。全体の指揮は私が執ります。もはや崩壊まで一刻の猶予もありません。各員、急ぎなさい!》
ケンが念話を飛ばしているこの瞬間にも、第三八六二号島の上部は土煙を上げ、下部の断崖は眼でわかる速さで脱落していく。大袈裟でも比喩でもなく、本当に時間が切迫している。
「ど、どうするのですか? ザイツィンガー」
《某らが往復して生存者を逃がすほかないでありますな》
「そんな悠長な。……転移紋は開けないのですか? 来る時と同じものを開いて──」
《今朝と同規模の転移紋を展開できるだけの魔力は、もうないのであります。小型のもの複数展開し、負傷者を優先して転移させているようでありますが》
「では深海軍は? 次元の狭間に退避させるというのは──」
《あの空間に入れるのは深海系の魔獣だけなのであります。処置なしで踏み入れば溺れてしまうであります。水中に無理矢理押し込めるようなものなのでありますよ》
自分のだす提案をザイツィンガーは素早く却下する。この翼竜にとって自分程度が思いつくような策は、一瞬の思考で精査済というわけか。
《総員傾注! これより動ける飛翔軍及び騎乗兵は、ただちに第三八六二号島へ急行。可能な限り多くの同胞を救助、退避させるであります!》
《《《ハ!》》》
ケンより下された命を、ザイツィンガーが具体的に下知すると、重巡二号にいた魔獣たちは背筋を正して敬礼し、次の瞬間にはせわしなく動きだした。
《マズハ船ヲモット島ニ寄セルンダ!》《魔力ガ残ッテル奴ハ飛翔軍ニ分ケテヤレ!》《島内仮本部ノ座標、認識共有ニ同期シタ! 『砂漠ノ薔薇』トノ情報共有開始!》
止まったら死んでしまうのではないかと思うほどの気迫を放ち、魔獣たちはそれぞれができる最善を万進している。困惑しているのは自分たちと同じだろうに、一体一体が肉体を形作る細胞となって、一個の巨大生物として動いている。
《では渚サマ、某も現場に向かいます故》
「待って下さいザイツィンガー! 自分、も──」
一緒にと続けようとして、詰まる。
自分は、跳べたとしても飛ぶことができない。こんなのがくっ付いたところで足手まといになるだけだ。戦いによって間接的に守ることはできても、直接手を差し伸べて助けてはあげられない。どれだけ工夫を凝らそうと、空において自分はどこまでも非力だ。
「すみません、なんでもありません」
《……渚サマには、運んでくる負傷者たちの受け入れ準備をお願いするでありますよ》
「わかりました。武運長久を祈ります」
《そちらも、武運長久を祈るであります》
こんな時でさえ気遣いを怠らない優しい翼竜に敬礼し、送りだす。
「ナギ、ちゃん……」
「? 中田会長」
振り返ると、船内で休んでいるはずの中田会長が、所在なさげに立っていた。
搬送直後に比べたらだいぶ見違えたが、回復は完全ではなく、治癒促進の魔力が織り込まれた包帯が随所に巻かれ、右腕には当て木がしてあるままだ。
「どういうこと? 島が崩壊するってケンちゃんが──」
「ま、まずは落ち着いて下さい。回復が遅れます」
「棗は⁉ 棗は大丈夫なの⁉ ねえ、ナギちゃん!」
「落ち着いて下さい!」
「ひぐぅ!」
狼狽しながら詰め寄ってくる中田会長の両肩をガシッと叩き、黙らせる。
「姉上に何かあれば、必ず自分たちに報告が上がります。それがないということは、少なくともやられてはいない。きっと今頃、こちらに向けて退避中のはずです」
「だ、だったら! 無事かどうか念話で──」
「自分たちが念話を飛ばしても姉上の気が散るだけです。待つのも辛いですが、一番辛いのは今あそこで戦っている方たちです。ですから、ここは待ちましょう」
「……うん、わかった。ごめんねナギちゃん」
悲しそうにしゅんと萎れつつも、中田会長は納得してくれた。
根拠も何もあったものではなかったが、眼の前の人を安心させるには、こう言うのが一番効果的だ。我ながら、よくここまでツラツラと出任せをのたまえたものだ。
「かまいません。現在の自分たちにできる役割は限られていますが、だとしてもやれる範囲でできる最善を尽しましょう」
中田会長が慌てふためくのも当然だ。この人にとって姉上の存在は、自身や他者を積み重ねても傾くことはない。そんな一切の曇りない気持ちに、嫉妬も嫌悪も抱く余地はない。その想いこそが、中田唯音が魔女として戦う理由そのものなのだから。
「ナギちゃん、あそこ!」
と、中田会長の指差す先、夜色の直綴りをまとった人影が一人、風を伴ってこちらに向かってくる。機動が常より安定していない。どこか負傷しているのかもしれない。
「ぐぅ……がはぁ!」
ドォン!
「赤岩先輩!」「詩乃ちゃん!」
着地と表すには程遠い有様で辿り着いた赤岩先輩を、中田会長と一緒に抱き起こす。会敵から停戦まで、ほとんどぶっ通しで朝陽ソイニネンとやり合っていたのだ。食事もろくに摂っていないだろうし、肉体的にも精神的にも消耗していない方がおかしい。
「ご無事でしたか」「大丈夫? どこも怪我してない?」
「私は大丈夫だ、です。それより……ソイニネンがやられた。あの光に飲み込まれて──私の眼の前で──クソがぁぁ!」
赤岩先輩は叫びながら拳を甲板に打ち付け、多くの感情が混ざった瞳で爆沈していく戦艦一号を睨み付ける。
「ひ、ひとまず中へ。魔獣の救出も始まっていますし、ここにいては邪魔です。さあ」
「……ああ、悪いなナギ。会長も」
「ううん、気にしないで」
中田会長とともに肩を貸し、赤岩先輩を船内へ運ぶ。
赤岩先輩の『やられた』という一言が『討伐された』の意でないのは、疑うまでもない。これまで多くの魔法少女が迎える最後を見てきたこの人が、今更一人の討伐でここまで取り乱したりはしない。
おそらく、本当にやられてしまったのだ。先刻の高圧縮魔力閃とやらで、跡形もなく。
「お二人とも、ここで安静にしていて下さい。自分は甲板に上がって魔獣たちを手伝います。姉上たちが戻り次第念話を送りますので、どうか」
姉上を心配して気もそぞろな中田会長と、見た目以上に気落ちしている赤岩先輩の空気に居たたまれず、返事も待たずにその場を去る。
「はあ……くそう」
眼鏡を外し、眼元を覆い項垂れる赤岩先輩。涙が顎を伝い、魔装衣にシミを作っている。
「……──」
あの人の心に届くだけの言葉を紡げる経験と器量を、今の自分は持ちえない。それがとても情けなく、悔しい。姉上であれば『甘ったれんじゃないよ!』と、頬の一つも叩きそうなものだが、それを自分が倣おうものなら即乱闘ものだ。
「あら日野ちゃん、元気そうね」
あれこれ考えつつ甲板に戻ると、鮮血色の着物をひるがえした妙齢の魔法少女が、大勢の魔獣を引き連れ立っていた。言うまでもなく赤岩先輩とアカリの元同僚、大室青江さんだ。
「大室さん! ご無事で何よりです」
今朝がた振りの再開に、思わず拳を打ち合わす。目的の人物ではないものの、ともに戦った仲間、また会えて嬉しくないわけがない。
「ええ、そっちもね。四ヶ郷ちゃんじゃなくてごめんなさいね」
「な、何を仰いますか。そういえばケンと仁は? 同じ洞窟にいたと聞いていましたが?」
確信を突いた冗談に内心ドキリとしながらも、どうにか話題の軌道を修正する。
「魔王様たちなら、時期に到着するはずよ。王が真っ先に逃げ出すなんてあり得ないって言われて、私だけ先に返されたの」
「そうでしたか。何はともあれ、お疲れ様です」
《オオォォ無事ダッタカ!》《アノ一発ハ効イタゼ! アトチョット避ケルノガ遅カッタラヤラレテタゼ》《ソウカ……アイツハ立派ニ逝ッタノカ》
大室さんを労う周りで、魔獣たちも再会を喜んでいる。時間がなかったため、敵味方の識別波長がそのままのようだが、もはやここに陣営の区別はない。
「しかし、よくここまで大勢の生存者を乗せられましたね」
「私のいた洞窟の生き残り全員よ。積み込むのに苦労したわ」
「あなたの話は赤岩先輩より伺っていましたが、なるほどさすがのご采配です」
「お世辞なんてよして。……亡骸までは面倒みてあげられなかったんだから」
大室さんはか細く呟き、無念そうに眼を伏せる。
仕方がないと断ずるのは簡単だ。生者と死者、どちらかしか選べないのであるなら、前者を選んで然るべきだ。という建前はあっても、後ろ髪を引かれないかといえば別の話だ。亡くなった者の周りには戦友だっていたはず、痛みを伴う判断だったのは考えるまでもない。
敵を倒すだけが戦いではない。この人にはこの人の、避けて通れない戦いがあったのだ。
「とりあえず、休んで下さい。奥に赤岩先輩と中田会長もいます」
「……ありがとうね、そうさせてもらうわ」
大室さんは擦れたように呟くと、どこか危なげな足取りで艦の中へ。後姿が一回りほど小さくなったように感じたのは、きっと間違いじゃない。
「残るは、姉上とアカリですか」
断崖が眼でわかる速さで脱落し、どんどん小さくなっていく第三八六二号島を眺め、この場にいない者たちを想う。
「まったく、こちらの気も知らずにもったいぶってくれますね」
よりによって肝心要の大役が遅れるとは、絵物語の英雄でもあるまいし。
《見ロ、魔女サマダ!》《姫サマモイルゾ!》《オーイ! コッチダ! ガンバレ!》
「──来ましたか⁉」
内心愚痴っていたところで横から聞こえてきた魔獣たちの歓声に、思わず甲板の縁へ走り身を乗りだす。小柄な魔法少女を小脇に抱えて魔兵装に立ち乗り、こちらに近づいてくる魔女が眼に写る。
「姉上、アカリ! もう少しです! 頑張って下さい!」
自分も魔獣たちに交じって声援を送る。やはり連戦で消耗しているらしく、突撃の勢いにもキレがない。それでもこちらを認め、あと一仕事と気合を入れてゆっくりと上昇してくる。
「よっ、こい、しょっと~! 到着っと」
「うぐぇ! お前──もっと丁寧に着地しろよ」
「ゴメンゴメン、ついね」
余裕そうに口元を吊り上げ、姉上が甲板に降りてくる。
「二人とも! よくぞご無事で」
「おお、渚! あんたはまだピンピンしてんね!」
「いえ、自分も疲労困憊ですよ。本当に……よかった」
中田会長にあれだけ言っておきながら、自分も姉上の姿を見て安心してしまう。中田会長に及ばずとも、この人は自分にとっても人生になくてはならない方なのだから。
「いつまでやってんだ! 放せコラ!」
我慢の限界とばかりじたばたともがき、アカリが姉上の手より逃げおおせる。
《ふう。ここまで来れば、安全でありましょう》
《ご苦労様です。ザイツィンガー》
「みんなお疲れ様! ちゃんと生きてるよね⁉」
続くようにザイツィンガーの背に乗って、魔の付く王たちも帰ってきた。全員集合である。
「おお、あんたたち! ちょうどいいや! ほい」
などとぞんざいに言い捨て、姉上はアカリと反対側に抱えられていたボールのようなものをケンと仁の足元に放り投げた。
《……我らが王、陛下》
「《モズレー!》」
ボールもどきは無音で変形し、ケンたちにかしずくアルマジロになった。
「残るってうるさかったから無理やり丸めて連れてきた。現時点の『砂漠の薔薇』所属魔獣の最高責任者だから。煮るなり焼くなり好きにしてくれってさ」
《…………》
合わす顔がないとばかりに、モズレーは跪いたまま動かない。
《モズレー、あなたへの沙汰は追って言い渡します。今は退避に集中しましょう》
《……ハ》
「あ──」
主と臣下の場面を見ながら、ふと思い出す。
『みなさん、姉上とアカリが帰還しました。魔女一派人間勢は全員無事です』
艦内で休憩中の面々に、念話にて姉上たちの帰還を告げる。みんな待ちに待った、一番聞きたかったはずの朗報だ。
バァン!
「棗⁉ 棗は⁉」
直後、軍艦特有の強固な扉が吹き飛ばんばかりの勢いで開かれ、血相変えた中田会長が飛び出してくる。
「ああ、棗! よかった、棗、棗!」
「うわ⁉ ちょっ──唯姉さん待って、みんな見てるから──」
姉上の姿を認めるや否や、中田会長は一目散に姉上へ抱きつき、その顔を赤くさせる。茶化すなど一人もいない。感情表現の差こそあれ、気持ちはみんな同じだ。
「一時はどうなるかと思ったが──」「はい、生きてるだけで丸儲けですね」「ほらほら、アカリも」「へ? な、なんだよこれ? え、え?」
誰ともなく肩を組み合い、出陣前の面子にアカリを加えて円陣を組む。個々で多少の怪我はあったにせよ、誰一人欠けず、こうして一堂に会すことができた。
両隣と向かいにいる仲間たちと、時間と温もりを共有できる。たったそれだけなのに、この一体感がたまらなく嬉しく、ありがたい。
「ナツ、木嶌イングリッドはどうした?」
唐突に赤岩先輩が尋ねる。
「魔兵装で島の崩壊を遅らせてくれてるけど、そろそろ来ると思う。急いでてそれどころじゃなかったけど、降伏もしてくれた。……だから、大丈夫」
「そうか。……なんて説明したもんか」
それを聞き、赤岩先輩は再び表情を曇らせる。
《オイ、見ロ! 島ノ真上!》《デカイ! マサカ、モウ一発ブッ放ス気カ⁉》《違ウ、アレハ……魔力紋ダ!》
にわかにざわつき始める魔獣たちにつられ、自分たちは顔を上げる。
当初の半分ほどに削られてしまった第三八六二号島の直上に、玄き凶星が煌めいている。ドクンドクンと脈打ち、どこか心臓のようにも見受ける。
「おいおいおい……今度はなんだよ?」
姉上がうんざり気味に吐き捨てる。自分もまったくもって同感だ。
ここに集うすべての者たちが、死力を尽くして戦い、傷付き疲れ果て、追いやられている。これ以上、何が待ち受けるというのか?
────ッ!
音の一切を発することなく、魔力を走らせた紋様が禍々しさを孕んで拡がっていく。不規則ながら精密な模様が隅々まで巡り、見ただけで生半な代物ではないと確信する。
ここへ来る際に潜った転移紋も中々巨大だったが、現在も拡張しているそれは、すでにあの時の規模をゆうに超えている。比べるのもばかばかしく感じてしまうほどの大きさに。
魔力紋は崩壊を続けている島の直上を覆うように展開し、拡大を止めた。物体としての質量があるのか、日の光を遮り、直下の空間に暗い影を落とす。
パリン!
うっかり落としたガラスコップが割れてしまうような、巨大さにまったく釣り合わない日常的な音を立てて魔力紋がひび割れ、空には巨大な孔だけが残った。
──ヒュゴゴオオォォオオ‼
「うわ! 何……これ?」「全部まとめて吸い込もうってのか⁉」
巨大な孔に向かって風が吹き始める。まるで台風でも生まれたかのようだ。
落下中の地盤が徐々に速度を緩め、海面スレスレのところで止まる。そして今度は徐々に速度を上げ、もと居た高度さえ追い抜いていく。最後は粉々に砕け、孔の向こうへ消えていく。比較的瓦解を免れていた島の上部では、うっそうと生い茂っていた木々が次々と、まるで芋でも掘り起こすようにあっさり持ち上がり、同じく引きずり込まれていく。
海面からはすでに沈んだ島の陸地部分や、撃沈された艦が時計の針を戻すように現れ、やはり孔へと向かっていく。どうやら風だけではなく、重力にも干渉しているらしい。
《各艦全速後進! 至急第三八六二号島より距離を取りなさい!》
ケンに命じられるまでもなく島から離れ始めていた駆逐艦たちだが、二隻ほどが巨大魔力紋の勢いに抗いきれず、ゆっくりとだが引き寄せられている。
「ああ……っ!」
最後まで諦めるものかと踏ん張っていた駆逐艦の一隻に、巻き上げられた島の地盤が激突して爆沈する。煤煙が拡散したのも一瞬、破片もろともすぐさま吸い込まれる。生存者救出のために率先して島へ接近していたのが仇になってしまった。
「……これほど派手な証拠隠滅もありませんね」
出撃前の会議でケンも言っていた。これ以上魔の付く輩がこちらの世界で目立ちすぎてしまうと、業を煮やした魔界が強行的に介入してくると。
これだけ派手に戦っておいて今更も今更だが、魔の付く輩は原則として人眼を避ける。魔法少女が魔獣を討伐する時も、魔女が魔法少女を討伐する時も、必ず。こちらの世界において魔の活動は最低限にすべしという、陣営に関係なく存在する不文律のために。
その点において『砂漠の薔薇』のしでかしはとんでもない。何せ魔の付くの力を使ってこちらの世界へ戦争を仕掛けたのだ。これ以上人の眼を引くやり方を、自分は知らない。
だからといって関係するものすべてを消し去ろうとは、やはり魔人は魔獣たちを同胞とは認識せず、魔法少女は消耗品としか見ていないという証明なのだろうか?
「外道め……う⁉」
毒づいているそばから拠り所のない浮遊感が全身を駆け、咄嗟に手摺を掴む。
「っとと」「ちぃ!」「くぅ……」
見渡せば、他の面々もどこかに手をかけ、身体を固定していた。
自分たちの乗る重巡二号は、島から一番離れているし船そのものが大きく重量もある。別段棒立ちだったところで吸い込まれたりする心配はないが、ついそうしてしまうだけの恐怖が、眼前の世界で繰り広げられている。
《代表! 代表ォォ‼》
「え、どこ⁉」
《あそこデス! あの大きな崖ノ影!》
叫ぶモズレーが食い入るように見つめる先、フクロウの魔獣の背に乗った木嶌イングリッドの姿があった。フクロウは一刻も早くこの場を離れようと、嵐の中を必死に飛空している。
《負ケルナ! モウスグダゾ!》「危ない! 左から岩石!」《来イィ! 来ルンダァ!》「頼む! これ以上、誰も──頼む!」
人間も魔獣も一体となり、必死に生を掴もうとする仲間に声援を送る。
あのフクロウもきっと、戦闘で疲労も蓄積してとうの昔に限界のはずだ。それでも自身の代表を逃がすために死力を尽くすあの勇士を、応援せずにはいられない。
「こちらからも迎えを出せないのですか⁉」
《この状況下では無理です! 我々は掴まっているから安定していますが、飛ぶとなれば話は別です。そもそもあの者だって熟練中の熟練なのです!》
風に負けじと提案するも、同じく張り上げたケンの声が提案を却下する。
「く! ……お願いです。どうか──」
ドォォン!
下方から突き上げてくる障害物を接触しないように蛇行するフクロウであったが、無慈悲にも巨石が死角から飛来し、ついに激突してしまう。
「ああ……クソがぁ!」《そんな──代表ォ‼》
無念な光景を前に、赤岩先輩とモズレーが絶叫する。
フクロウは瞬く間に土砂や残骸に覆われ見えなくなる。投げだされた木嶌イングリッドはきりもみしながら宙に舞い上がっていく。このままでは早々に見失い、孔に吸い込まれる。
絶体絶命の窮地だというのに、当の本人は足掻こうともしていない。まるで運命を受け入れるように、なすがままされるがままだ。
「あたしが行く! 『兵香槍攘』!」
見兼ねた姉上が手摺を跨ぎ、魔兵装を呼びだす。
「待って棗! 行かないで!」
「うおぁ⁉ ちょっ──放して唯姉さん!」
中田会長が姉上にしがみつく。
「危ないから! もう無茶しないで!」
「んなこと言ったってこのままじゃヤバいってあいつが!」
「わたしは棗の命の方が大事‼」
「あいつだって誰かにとってはあんたにとってのあたしなんだよ‼」
懸命に引き止める中田会長を振り解き、姉上は一撃で説き伏せてしまう。さすがだ。
「問題ないから。大丈夫だから。さっと行ってさっと帰ってくるから。ね?」
「棗……」
「待って棗姉ちゃん! これ!」
中田会長をなだめる横から、仁が何やら投げ渡す。
「ん? あんがと。じゃあ、行くから!」
姉上はさして確かめもせず受け取り、魔装衣の内側にしまう。
「ナツ、頼む! あいつは……あいつだけは助けてやってくれ」
「あたぼうよ! 絶対に、死に逃げなんてさせてやらないっての!」
悲痛な面持ちの赤岩先輩に、姉上はいつも通りに気前よく言い放つと、甲板から飛び降り木嶌イングリッドへと突撃を発動した。
†
「ぐぅ! あぁぁ! がはぁ──」
不規則に視界が回転する中で、身体には絶えず何かがぶつかり、衝撃の度何かに叩きつけられ、その先でさらに何かがぶつかってくる。無論痛いが、小生にはどうにかする術もない。
……これが、小生に与えられる罰か。
終わりの見えない苦痛の中で、ふとそんな考えが頭をよぎる。
小生の背負う罪があるとして、それは断じて償い切れるものではない。
自身はのうのうと安全な場所に身を置き、多くの者たちの運命を捻じ曲げ、あるいは摘み取った罪。現在進行形で受けているこの仕打ちでさえ、我が身には生温い。
「……ああ──」
すべてを無に帰そうとする巨大な孔が、刻一刻と近づいてくる。厳密には小生が引き寄せられているだけだが、あれがギロチンの刃だと思えば納得もできる。
魔女らには死に逃げなどさせるものかと立腹されたが、自身の有様を鑑みるに、あの中へ吸い込まれる運命は避け得ない。
ここで小生が責を負い、小生自身が解放されてしまうのは心苦しくもある。だとしても、この事実で魔獣たちの溜飲が少しでも下がるなら……まあ、よかろう。
「あれ……は?」
長いようで短い旅の終わりを迎える景色の中に、ふと小さな違和感を捉える。破片を躱し、打ち払い、最小限の軌道変更でこちらへと向かってくる一条の光。
「⁉ ばか、なっ!」
全身の痛みも、費やされた思考も吹き飛ぶ。見間違うはずがない。ほんの十数分前に、蹴り飛ばされたばかりなのだから。
小生たちの『砂漠の薔薇』を、組織の体すら保てなくなるまで瓦解せしめた魔女。
真夜とホタルを討伐し、小生の思惑を完膚なきまで打ち破ってみせた魔女。
小生と『砂漠の薔薇』に溢れんばかりの苦渋と辛酸をもたらした魔女こと四ヶ郷棗が、小生目指して向かってきたのだ。




