少女の恋と、少年の決意
~~~~~エリオット・レッセリアの場合~~~~~
びしょ濡れになった大輔くんが戻ってきた。
「……あー、タオルかなんかあります? あとこれ野菜っす」
そう言って、これまた雨に濡れたビニール袋と野菜を伊乃さんに手渡した。
「風邪引いちゃうから、お風呂に入っちゃって」
「すんません」
渡されたタオルで全身をわしわしと雑に拭いて、ふう、と一息ついた。
「…………」
し、仕草の一つ一つをつい見てしまう……。というか……!
僕の視線が大輔くんの胴体に釘付けになる。水で濡れて、腹筋が露わに……!
濡れて垂れた前髪を掻き上げる仕草! 疲れたようにつく溜め息……!
う、ぐ、ぐううううう…………!
『どこ見てますの』
突然、エミリアが魔素会話で話し掛けてきた。
『えっ!? あ、いや、その、なんだね?』
『……これは高揚期が大変そうですわね』
『い、いつだっ、け?』
『当人が忘れないでくださいまし。スラーマの期ですわね。……今が麗樹ですから……すぐに来るか、もしくは植樹のどちらかに来るでしょうね』
す、すぐじゃないか……マズい、マズいぞ……!
『とは言え、祖繁紋も出ていないのでしょう? アレが無ければ、高揚期は最悪来ないはずですし』
…………どうしよう。
祖繁紋。エルナーの女性、それも想い人のいる女性にのみ現れる紋章。
心身ともに大きく制限の付くそれは……既に僕の下腹部に現れてしまっている。
これを伝えるべきだろうか。……いや、ここでしなくてもいいか。下世話な話になってしまうし……。
『いいですか? いくら大輔さんが好きでも祖繁紋が現れるようなことはしてはいけませんわよ? ナニ、とは言いませんけれども』
『………………もちろんだとも』
だ、大丈夫。そういうことはしていな……あんまりしていないとも。ただ……祖繁紋は想い人のことで数時間以上頭がいっぱいになるだけでも出来てしまうらしいから、手遅れと言えば手遅れなのだがね……。
『大輔さんの肉体に興奮するのは自由ですけれど、あまり羽目を外さぬように』
『覚えておくよ』
困った。もうどうしようもないかもしれない。
……最悪、椅子なり寝具なりに縛り付けてもらうかあ……。
そんなことを考えているうちに、大輔くんはお風呂へ入っていった。
「そうだ、お兄さま? 大輔さんに服を貸してあげてくださいまし」
今度は普通に話し掛けてきた。聞いてる限りの声は変わらないから、声を出して返事すればいいのか魔素を通じて返事すればいいのかわからなくなるときがあるんだよな……。
「えっ? なんだいそれ」
そんな話は聞いてないんだけど?
「勝手にそういう話で進めておきましたわ。なにかあったときのために衣服をいくつか粒子化していたでしょう? サイズも似たようなものですし、ね?」
ま、まあ構わないのだけれど……ぼ、僕の服を大輔くんが着る……? 匂いなんか、ついちゃったりして……?
「わ、わかった! 思う存分着てもらおうじゃないか」
「……これもう駄目かもしれませんわね」
エミリアに溜め息をつかれてしまった。祖繁紋はもう出てしまっているし、駄目と言えば駄目なんだけどね。
「よし、じゃあ鹿沼くんが出てくる頃にすぐ食べられるように、お野菜切っとくわね」
そう言って、伊乃さんはさっそく調理に入った。
康太くんや幽ヶ峰さんにシエルちゃん、そして美姫ちゃんに日奈ちゃんたちは日曜の朝にやっているアニメのDVDをひたすら見ている。
「最近のニチアサの作画は凄いねえ……」
「…………そう、有名なアニメーターも参加していたりする」
「いけー! ミリプリー!」
「……!」
「みりぷりー!」
ミリタリープリンセスというアニメだ。軍服に身を包んだ少女たちが悪の組織と戦うミリタリーアクションのご長寿シリーズ。大輔くんも見ているらしいし、なんなら僕も小さい頃に見ていた。レナウセムでも有名なアニメはちゃんと放送されるからね。
「私はニチアサは魔装ドライバーシリーズとハイパー小隊シリーズ派なのよねえ」
伊乃さんはそんなことを言った。康太くんがうんうんと頷いている。
「新作の魔装ドライバーはいいですよね! 魔装ドライバーリスト! デザインもさることながら変身待機音はそれぞれのモチーフ音楽! ストーリーもいいんですよ!」
「わかるわ……特にリストとオルタナの絡みが……イイのよ!」
「え?」
「え?」
どうも康太くんと伊乃さんの楽しんでいるポイントが違ったらしく、二人して顔を傾げている。
ああ、本当に……こっちの世界に留学に来てよかったと思う。
高校3年間と、大学の4年間。7年間しかきっと僕はこちらにいられないけれど。
だからこそ、毎日毎日を楽しんでいたい。
レナウセムへ帰る時には……隣に大輔くんがいればいいと思う……なんてのは夢見すぎかな、えへへ。
――この想いを打ち明ける日は、来ないかもしれないけれど。
~~~~~鹿沼大輔の場合~~~~~
温かいシャワーを浴びながら、しかし俺は椅子に座ったままボーッと項垂れていた。
「…………くそ」
未だに、後悔してしまう。
俺の選択は正しかったのだろうか、なんてことじゃない。間違っていることなんかわかりきっている。
誰かを見殺しにしたんだ、俺は。
見知らぬ誰かを殺さんとしている半魔を見逃した。既に誰か殺されているかもしれないし、今後誰かが殺されるかもしれない。
もしもあの場にいたのが俺でなければ。悠人ならば。
そう思ってしまう。
右腕がざわつく。魔物となった、人の皮を被った化物が。
俺が俺であることを否定したが故に生まれた、俺でないモノが。
誰かに話してしまいたい。そうすれば楽になるかもしれない。
けれど、こんなこと話せない。
……そういえば、あの半魔の男。
俺のことを裏表がハッキリしていないと言っていた。アレはどういう意味だったのだろう。
突然銀髪になったり眼の色が変わったり……俺は半魔のことを何一つ知らない。
考えてもどうしようもないことはわかってる。けれど……考えなければやっていられない。
まあいつかわかるだろうと全てを放り出して、目の前にあることだけを見ることは簡単だ。それはきっと生きるためには大事なスキルみたいなもんだろう。
だけど、そうしてしまったら、俺が俺でなくなってしまう気がするのだ。今までずっとそうしてきた癖に、ただ今回だけは、そうしてはならないと思う。
とは言え、だ。
みんなに悩んでいると悟られてしまうのはマズい。元気がないと思われてはならない。
咲月が死んだ時に決めただろう。彼女の前で見せていた俺のままでいると。
落ち込んでいるようなのは、俺らしくないだろう。
「……ふーっ……」
そうだ。いつも通り、いつも通りでいい。
ここから出れば、またいつもの鹿沼大輔のままでいよう。
今もきっと俺のすぐ傍で。
咲月が見ているのだから。




