仕方のないこと
雨の中、銀髪の女半魔を追う。とは言え、フラフラと歩いているに過ぎないのでそこまで遠くへは行っていなかった。
そいつの前に回り込み、蒼天を顕現させる。
女は気付いたのか足を止め、俺を凝視した。
「……シ、ンデ、ヨ……ッ!」
そう言葉を発するや否や、俺に向けて突撃してきた。
「気持ち悪いんだよッ! こンのォッ!」
核を狙い、突きを繰り出す。しかし女はそれを身体を捻ることで回避し、そのまま回転の勢いを使って刃を振るう。
だが俺も跳躍することでそれをかわす。
動きは割と単調で、回避することは容易だ。だが……こちらとしてはかすりさえしたくない。奴の得物は刃物なので、衣服や肉体に傷ができるかもしれない。そうなると友人達や八ヶ代家の人達を心配させてしまうから。
「殺、すッ!」
着地と同時に、蒼天を向けて女の方へ跳ぶ。女は腕を振ったままの体勢だ、刺さる!
「!」
女は目を見開いて、少しだけ身をよじる。
蒼天が突き刺さった。しかし……核を潰した感覚はない。やられた……!
「イ、ヤァァァァァァァァ!」
金切り声を上げる女。鮮血が迸り、俺は蒼天を引き抜いて距離を取る。
「ァァァァァァァァァァァァ! 」
女は叫び続ける。そして。
ぐじゅる、と。そんな音とともに、女の肉体は傷口から飛び出してきた触手めいた肉塊に包まれる。
何かさせるとマズいと思い、もう一撃加え……。
いや、待て……なんだこの気配は!?
目の前の女の魔力がどんどんと膨れ上がっていく。ピリピリと皮膚を震わす感覚。俺の中の魔物が離れろと叫んでいる。弱いからか、こういう時に止めに入れないのが辛いな。
「ァァァ!」
肉塊が弾け飛ぶと、女の姿は鎧に包まれていた。
「な……でぃ、魔鎧……!?」
まさか、こんなところで……!
どうする、どうするどうするどうする!
目の前のこいつの魔力は1.5倍ほどに膨れ上がっている。
「………………」
しかし。
女は、跳び去って行った。
「クソ、待っ……!」
慌てて蒼天を消し蒼空を顕現させたところで、ポケットの中で携帯が震えた。エミリアから着信だ。
「……もしもし?」
『今どこにいらっしゃいます?』
しまった、流石に時間をかけすぎたか。とは言えアイツを放っておく訳にも……!
いや、黙るな俺、怪しまれちまう。なんか適当言うんだここは。
「スーパーの軒先で雨宿りだ。もう走って帰ろうかと思ってる。なんなら蒼空で跳んで帰ろうかね」
『あら、外での魔導武装の使用はあまりよろしくはありませんわね?』
「こんなことなら粒子化インベントリに折り畳み傘でもぶち込んどくんだったよ。スーパーの傘も売り切れちまってるしなあ」
喋ってる間に、魔物の気配が消えた。しまった、俺の感知範囲から離れやがった……!
『伊乃さん。……ええ、……ええ、そうらしいですわ。…………大輔さん、伊乃さんが戻ってきたらお風呂に入るといい、と仰ってますわ。着替えはお兄さまのインベントリにあるものを借りればいいでしょう』
「んー……じゃあ、そうさせてもらうか」
『では、お待ちしてますわね』
そして電話は切れた。
雨に打たれながら、俺は置いておいた野菜の入ったビニール袋を拾う。
あの魔物を追い掛けるべきだ……そう思ってはいるが、しかし。
追い掛けた所で、俺に何が出来る?
実力差は明白だ、正直なところ……勝てる気がしない。行ったところで殺されるのが目に見えている。
あの半魔は誰かを殺すためにああなったのだろう。しかし……俺が行っても犠牲者が一人分増えるだけだ。
見知らぬ誰かには申し訳ないけれど……そうだ。
こういう時の魔導士だろう。警察と同じく、通報することができるのだから。
いや、待て。
話したところで、どうなる?
魔物を見たと伝えるのか? この結界の中で? 今まで二度ほど結界内の死体は発見されているはずだが、なんの報道もされていない。
そりゃそうだ、結界の中に魔物が出るなんてことが世間に知れたら……魔物が出たので魔導士を派遣しましただなんてことを知られたら……。
間違いなくパニックになる、隠さなきゃならん。
俺がここで通報したところで、魔導士は動くのか? それとも……自由に動ける部隊なんぞがあるのかもしれない。そうすれば……。
そもそも、俺が見たものがどうして魔物であるとわかる? いやあ俺が半魔なので、だなんて言えるわけがない。
そうだ、仕方ない、仕方ないんだよ。
誰だって自分の命は惜しいじゃねえか、なんだってこんなところで自殺まがいのことをしなくちゃならない?
弱いんだ、どうしようもないんだ。
情けないと言われたって知ったものか。じゃあ自分より格上の存在に挑んでみろと俺は返すだろう。負けたら死ぬと知っても、果たして同じことが言えるだろうか。
仕方ないんだ、俺は弱いんだから。きっと、誰も俺を咎めない、咎めないとも。
自分に言い聞かせて、俺は八ヶ代家に戻ることにした。
〜〜〜〜〜???〜〜〜〜〜
「ふん、口だけか、汝れは」
「ぐ……くっ」
男の前に、傷だらけのトーレスの父が膝をついていた。
「では、そろそろ……法神レムゼンのもとへ送ってやるとするかのう?」
「そう、簡単に……やら、れるか……!」
トーレスの父は手をかざし、魔法陣を展開する。
「む、悪あがきを!」
男がリナリアという銘のフランベルジェを振りかざす。
「ここは退かせてもらおう……」
トーレスの父は、そう言って身体ごと霧散した。リナリアが空を切る。
「霧となって逃げおったか……逃げ足だけは速い奴め」
男は舌打ちして、リナリアを魔素へ戻した。
「若き半魔も取り逃したようじゃの。造られた紛い物どもはどうにも逃げ足が速くていかん」
そう呟いたあと、男はどうしたもんかと考え始めた。トーレスの方はせいとかい、とやらが邪魔をしていて介入しにくいし、若き半魔が取り逃した方は随分と遠くへ逃げているようだった。恐らく、負った傷を癒すためだろう。野生の魔物も、魔物同士での争いにおいて負った自然治癒のしにくい傷を癒すときには交戦場所とは遠く離れた場所へ逃げる。あの人工半魔は随分と理性のない個体らしい。
今日のところは退くのもいいかもしれない、と男はぼんやり考えた。疲れもあるが、何よりこの雨が鬱陶しいのだ。
そう考えて、男は拠点にしているホテルへ戻ることにした。




